第637話「団長へ報告」

 アイの子守歌を聞きながら暗い森の中を歩き続ける。

 アイのLPが半分を切ったところで休憩し、回復したら再び進む。


「レッジさん!」

「ああ。ようやくだな」


 そうして、俺たちはついに深奥部の入り口――城壁樹に開いた隙間の前まで辿り着いた。

 木々の間から差し込む光を見て、レティが歓声を上げる。そこから外に出ると、広場に待機していた騎士団員たちが駆け寄ってきた。


「副団長、おかえりなさい!」

「地図製作はどうでしたか?」


 支援機術師によってLPの回復が行われ、テント村へと誘導される。その間も、アイは今回の作戦の成果について尋ねられていた。


「道中は問題なく進むことができました。詳細な地図は団長に報告した後、秘匿スレッドで共有します。アンプル類を消耗したので、補充をお願いします。それと地図製作に協力してくれそうな三術師に連絡を取って下さい。スキル要件は既にスレッドに上げています」

「分かりました!」


 アイは歩きながら方々に指示を下し、そのまま中央指揮所へと入っていく。


「お疲れさん! 温かい料理ができてるよ」

「わーい!」


 三術連合の面々やレティたちは、テント村に用意された休憩所へ向かう。そちらでは騎士団の料理人達が簡易調理場を設置して、大鍋をグツグツと火に掛けていた。

 俺もそっちの方へ向かおうとするが、アイに服の袖を掴まれる。


「どこに行こうとしてるんですか?」

「どこって、休憩しようと……」

「まずは団長に報告です。“黒腕大猩猩”のドロップアイテムはレッジさんが持ってるんですからね」

「あっはい」


 有無を言わせぬ気迫を向けられ、頷くしかない。

 美味しそうに食事を摂っているレティたちを尻目に、俺はアイに引き摺られるようにして中央指揮所へと入っていった。


「お疲れさまです、レッジさん!」

「おう。アストラもな」


 中央指揮所二階にある騎士団長室へと入ると、アストラがいつもの爽やかな笑みで出迎える。大きく両腕を広げて、随分と上機嫌だ。


「これが地図。ひとまず、深奥部の中の野営地とそこの入り口までだけど」

「ありがとう。うん、やっぱり一本の太いレイラインなんだな」


 2人が兄妹であることを俺が知っているからか、アイは普段よりも砕けた口調でアストラと話している。護衛らしい騎士団員もいるが、彼はすでに承知しているのだろう。特に驚く様子もなく平然としている。

 地図データを受け取ったアストラは、興味深そうに目を凝らしてそれを確認する。


「それで、団長」

「うん? なんだ」


 しかし、アイの用事はそれだけではなかったようだ。

 彼女はすっと目を細め、地図に目を落としているアストラを見上げる。そうして、おもむろに片足を後ろに下げると、勢いよくアストラの脛を蹴り飛ばした。


「がっ!? 何を!」

「何を、じゃないわよ! レッジさんにペラペラと人の隠し事を話して! どう言うつもり!?」

「そ、それは……」


 脛を抑えて蹲るアストラを、アイは仁王立ちになって睥睨する。彼女の頭頂に角が生えているように見えたのは幻だろうか。

 どうやら、彼女はアストラが俺に連絡してきて、歌唱戦闘について暴露したのに怒っているようだ。


「どうせそのうち分かることだったろ。むしろなかなか言い出せない妹の背中を押してあげたというか――」

「余計なお世話よ! もう人前で歌いたくないって言ったのに」

「前は街角でラブソングだって歌ってたじゃないか」

「それとこれとは話が違うの! バカ兄貴!」


 嵐のように激しい兄妹喧嘩が目の前で展開される。

 凄まじい疎外感を覚え、どうしたらいいものかと首を捻らせる。ドアの側に立つ騎士団員に視線で助けを求めると、苦笑して肩を竦められた。


「ていうかそのうち分かるってどういうことよ!」

「だって、お前。最近副団長室で歌詞にレッジさんの名前を入れて――」

「わーーっ! わーーーっ!」

「がぷっ!?」


 何か口走ったアストラの顔面に、アイの華麗な跳び蹴りが決まる。ヒューマノイドとフェアリーの体格差など物ともしない、完璧なクリーンヒットだ。

 勢いよく崩れ落ちる兄に脇目も振らず、アイは真っ赤な顔でこちらへ振り向く。


「な、何を言い出すの! ち、違いますからねレッジさん。いや違わないかもですけど、その、練習! そう、練習のために!」

「お、おう……」


 俺は何故ここに居るんだろう。

 そんな思いを抱きながら、アイの言葉に頷く。


「歌の練習は大切だよな。アイの場合は戦闘にも使うんだし」

「……あっはい。そうですね」


 俺は分かってるぞ、とアイの頭をぽんぽんと軽く撫でてやる。すると何故か彼女はすんとしてしまった。

 何がいけなかったんだ……。


「とりあえず、ゴリラのアイテムはアストラに渡せばいいのか?」

「ああ、そうですね。――ほら、兄貴。レッジさんからアイテム受け取って」


 アイはようやく俺を連れてきた理由を思い出してくれたようで、床に倒れているアストラをつんつんと指先でつつく。よろよろと起き上がった団長は、乱れた髪を整えて白い歯を零した。


「すみません、レッジさん。バタバタしてしまって」

「いやまあ、仲が良さそうで何よりだよ。とりあえず、アイテムは渡すから好きに使ってくれ」

「ありがとうございます」


 俺のインベントリに入っている黒腕大猩猩のドロップアイテムは、アイが倒した個体から剥ぎ取ったものだ。騎士団に渡す、というより預かった物を返すといった表現が正しい。

 アストラは受け取ったアイテムを、早速ドアの側にいた騎士団に預ける。すぐさま解析部の方へと移されて、詳細な鑑定が行われるはずだ。


「しかし、妙ですね」


 ドロップアイテムを団員に渡した後、アストラは再び地図を開いて眉間に皺を寄せる。何か、彼の思惑に外れることがあったらしい。


「なにが妙なの?」


 アイも気になるようで、首を傾げる。アストラの側で一緒に地図を覗き込む様子は、なるほど兄妹らしい仲の良さだ。

 アストラは地図ウィンドウを拡大すると、執務室の中央にあるテーブルに載せた。


「前哨部隊が鉄腕猩猩四体と戦闘を行ったのはここ。三術連合の即応部隊が鉄腕猩猩が戦闘を行ったのもここ。それで、アイがゴリラと対敵したのもここです」


 アストラは地図の一点、今回発見したレイライン上に指を落とす。それは、前哨部隊、即応部隊、そして地図製作班が通った時に特別な原生生物と遭遇した場所だ。

 その時には周囲が暗いこともあって気がつかなかったが、三回の戦闘はどれも一箇所で行われていた。


「俺は、地図製作中も鉄腕猩猩四体が現れると思っていました。この地点は、それのポップポイントになっていると予想して」

「なるほど。それでその直前に俺のとこへ連絡してきたのか」


 現在地が常に把握されているのもなかなかだが、ともかくアストラの予想通り戦闘は行われた。

 しかし、現れたのは鉄腕猩猩四体ではなく、鉄腕猩猩一体と黒腕大猩猩五体だ。


「往路と復路で条件が違うかも知れませんね。まだ検証は必要ですが、どうせこの道は何度も通ることになるでしょうから、そのうち分かるでしょう」

「ともかく、このポイントは必ず戦闘になるわけだ」


 それが分かるだけでも一歩前進だ。前もって覚悟していれば、いくらでも戦える。


「おそらく、このようなポイントはいくつもあると思います。その条件は、より詳細な地図ができないことには分かりませんが」

「三術連合以外の三術師にも連絡を取ってるわ。そのうち増援も来てくれると思う」

「分かった。じゃあ、ひとまず前哨部隊の仕事は終わりだな」


 アイが事前に準備を進めていることを知り、アストラは満足げに頷く。

 前哨部隊の仕事は終わり、今後は地図製作が強力に推し進められることになるようだ。


「レッジさんのテントは前哨基地として使わせて貰えませんか。館の周囲に、騎士団ウチのテントを建てる形で」

「いいぞ。〈ミズハノメ〉ができる前の砂浜テント村みたいな感じだろ」


 俺もアストラたちとの付き合いがそこそこ長くなり、色々と慣れてきた。

 深奥部に置いているテントは、そのまま足がかりとして利用することで合意する。

 前哨基地が完成したら、カミルたちを連れてきて商売するのも良いかもしれないな。フィールドでの攻略活動中に温かい料理は魅惑的だろう。俺としても臨時収入が入るのはありがたい。


「アイ、補給部隊の指揮を執って前哨基地まで行ってくれ」

「分かった。兄貴は何するの?」

「城壁樹外周の調査を続けるよ。こっちはこっちで、〈キバヤシ組〉と共同で作業してるし、上手く行けば他の入り口から攻めることができるかもしれない」


 アストラは深奥部内の活動をアイに一任しているが、自分が働いていないわけではない。むしろ、今回の攻略作戦の中で一番忙しくしているくらいだろう。

 現在、深奥部への入り口は城壁樹一本分の隙間しかないが、周囲をぐるりと囲む他の壁にも穴を開ける作戦が試みられている。

 当然、城壁樹が切り倒されれば、以前と同じように鉄腕猩猩や走卒猩猩との戦闘が始まる可能性が高く、それに騎士団鉄騎兵隊などが備えている。

 前哨部隊は重要度の高い作戦を行っているが、アストラはそれ以外にも様々な作戦を同時に指揮しているのだ。


「やっぱり、アストラは凄いんだな」

「ははは。レッジさんに褒められると嬉しいですね」


 まったく、この青年は本当に優秀だ。爽やかな笑顔の裏では、複雑に思考を巡らせているのだろう。

 そう感心していると、アイが微妙に不機嫌な顔になってこちらを見上げてくる。


「こほん。これで報告は終わり。私はすぐ野営地に戻るから。ほら、レッジさんも行きますよ」

「うおっ? とと、分かったからそんなに引っ張らないでくれ」


 ぐいぐいと腕を引っ張るアイに連れられて、俺は団長室を出る。アストラは俺たちを笑顔で見送り、早速別の所へ指示を出し始めた。

 中央指揮所を出ると、レティたちが休憩所のテントで美味しそうにカレーを食べているところだった。彼女たちも俺に気付いたようで、皿を抱えたまま立ち上がる。


「あ、レッジさん! 無料でカレーが貰えるみたいですから、どうですか? ってアイさん!? ななな、何を!」


 一際大きな皿を抱えたレティは、俺に向かって手を振る。直後、アイが俺の腕にしがみついているのに気がついたようで、ピンと耳を立てた。


「ま、まさかアストラさんの所に行ってたのって、そういう挨拶のためですか!」

「なんのことだ? まあいい、アイも腹ごしらえしてから出発しないか?」

「そ、そうですね。……そうしましょうか」


 ずんずんと歩み寄ってくるレティに怯えた様子で、アイはぱっと俺の腕から手を離す。なぜかレティに鬼気迫る表情で詰問されるが、ゴリラのドロップアイテムを渡しただけだと答える。


「まったく、油断も隙もありませんね」

「レティが真っ先にカレーの方に行ったからじゃない?」


 腕を組むレティに、ラクトが苦笑する。

 その間に俺は野外調理をしていた騎士団員からカレーを受け取る。なんということはないただのカレーだが、一仕事終えた後の疲労感が最高のスパイスになる。俺は何やら楽しげに話し合っているレティたちを見ながら、いそいそとスプーンを手に取った。


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Tips

◇大鷲の騎士団カレー

 〈大鷲の騎士団〉輜重部兵糧班によって開発された、オリジナルカレー。数十種類のスパイスを独自の比率で配合し、様々な鳥型原生生物の肉、沢山の野菜と共にじっくりと煮込んだ逸品。複雑で奥深い味わいが飽きさせず、野外での攻略活動で疲弊した騎士団員を腹から温める。

 兵糧班監修のレトルトカレーは〈三つ星シェフ連盟〉によって作成され、各都市の店舗および〈大鷲の騎士団〉支部、また〈翼の砦ウィングフォート〉にて大好評販売中!


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