第636話「少女告白」
コンサートが終わり、死屍累々があとに残った。唖然としている暇も無く、俺はひとまず四腕ゴリラの解体から手を付ける。
「すごいじゃないですか、アイさん!」
「うぅ。止めて下さい」
レティが興奮した様子でアイに迫る。
たしかに、彼女の華麗な戦いは目を見張る物があった。伊達に〈大鷲の騎士団〉副団長を務めていない、ということだろう。
歌唱戦闘によって無数の黒影猩猩と一頭の鉄腕猩猩、そして五頭の四腕ゴリラこと“黒腕大猩猩”を、一切の被弾なしに完封してみせたのだ。並のプレイヤーでは黒影猩猩だけで手一杯、鉄腕猩猩を単身で相手にできるだけでも素晴らしく、全く初見の原生生物を一方的に倒すとなれば、もはや冗談のような戦果だ。
だというのに、当の本人はぐったりとした様子でレティたちからの喝采を避けている。
「綺麗な歌声だと思ったんだけどなぁ」
黒腕大猩猩を片付けながら、アイの歌声を思い出して呟く。
優しい子守歌も、勇ましい軍歌も、軽やかなポップミュージックも、とても様になっていた。
「れ、レッジさん。今の本当ですか?」
「うおっ!?」
背後から声を掛けられ、驚きながら振り返る。
そこには耳まで赤く染めたアイが緊張したような顔で立っていた。俺の声が聞こえていたらしい。
「もちろん。〈万夜の宴〉の時も思ってたけどな、アイの歌は素敵だと思うぞ」
「そ、そうですか。ふーん。そうですか」
なるほどなるほど、とアイは小声で繰り返す。赤みがかった金髪を指先に絡ませ、むにむにと口元を動かす。
「レッジさん、そう言うところですよ」
「ええっ!? なんか悪いことしたか?」
レティたちから冷めた視線を向けられ、慌ててしまう。本心を率直に語っただけなのだが、気に触っただろうか。
こんなおっさんに言われても困るか?
「大丈夫です。はい。レッジさんがそう言って下さるなら」
「そ、そうか? 大丈夫か」
アイがぶんぶんと首を振り、語調を強めて断言する。どうやら、喜んでくれているらしい。
「あの! 大丈夫ならもう一曲歌って貰っていいですかね! もう新手が続々来てて大変なんですけど!」
そこへシフォンの悲鳴が飛び込んでくる。
声のする方へ視線を向けてみれば、早速現れた新たな黒影猩猩の群れを、シフォンたちが必死に抑えているところだった。
「わ、分かりました! とりあえず眠らせますね」
そう言って、アイは早速子守歌を歌い始める。
一度披露したからか、今度は躊躇う様子もなく堂々と口を開いている。その優しい声色が周囲に広がり、黒影猩猩たちがバタバタと倒れていく。
「いやぁ、凄まじいですね。無理にトドメを刺す必要もないですし、このまま移動すれば楽に地図も作れますよ」
レティがそういうと、アイも歌いながらコクコクと頷く。子守歌が続く限り、周囲の原生生物は深い眠りに落ちる。アイと会話ができないのはもどかしいが、そこはボディランゲージで対応するしかないだろう。
「それじゃ、先に進みますわよ」
「おう。よろしく頼む」
ラピスラズリたちが動き出し、地図師もそれについていく。その後を追って、俺たちも森の中を再び歩き出す。
ここが深奥部だとは思えないほど、平和な道中だ。
少し離れた場所でドサドサと何かが落ちる音がして、そのあたりまで近づくといびきを掻いて眠る猿が見つかる。俺たちが十分に離れたあとで、彼らはようやく目を覚ます。
地図製作は順調に進み、予定していた道を半分ほどまでやってきた。
「“ねーむれー、ねーむれー”」
「おっと。どうした?」
その時、歩きながら歌っていたアイが俺の腕を掴む。
振り向いて首を傾げると、彼女は制止のジェスチャーをしてみせた。
「レティ、一旦止まるぞ。周囲の警戒を頼む」
「任されました!」
レティたちが周囲に散開し、戦闘準備を整える。それを確認して、アイが子守歌を止めた。
「ぷはっ」
「お疲れさん。LPか?」
「はい。流石にこれだけずっと歌っていると、かなり減りますね」
アイも無限に歌い続けることができるわけではない。特に歌唱戦闘で扱う曲は多くのLPを消費するようで、こうして休憩を挟む必要があるようだった。
「移動式テントが出せればもっと楽なんだけどな。ま、今はこれで勘弁してくれ」
野営地で用意した水筒をアイに手渡す。中に入っているのは、LP自然回復量が上昇するハーブティーだ。
「ありがとうございます」
「なんの。俺はこれくらいしかできないからな」
アイはコップに温かいハーブティーを注ぎ、一口飲んで喉を潤す。歌唱戦闘がどのような発声で行われているのかは分からないが、喉に負担がかからないわけではないだろう。
「レティたちが警戒してるので、ゆっくり休んで下さいね」
「休憩中は地図の確認をしておきますわ」
レティやラピスラズリからもそう言われ、アイは恐縮した様子で感謝を返す。そうして、再びコップを傾けた。
「このハーブティー、珍しい味ですね」
「だろう? ウチの農園で栽培したハーブを使った、独自のブレンドなんだ」
驚いてコップを覗くアイに、胸を張って答える。
〈ワダツミ〉の別荘にある農園で種から育てたハーブだ。オリジナルの配合で、香りと味とバフのバランスに拘っている。
「レッジさんの農園、ですか」
「毒草のエリアとは隔離されてるから安心していい。そもそも毒草類はキッチンに持ち込むのをレティたちに禁じられてるからな」
以前、毒草の加工実験の一環で作った蜂蜜漬けを戸棚に置いていた。それをレティがつまみ食いして死に戻って以来、キッチンへの毒草の持ち込みは厳禁になっていた。
「何をやってるんですか……」
「確かに中身を書いてなかったのは迂闊だったが、あれを食べるとは思わなかったんだ」
当時のことを話すと、アイは苦笑する。
「そういえば、ウチの団長も一時期毒草を食べてましたよ」
「アストラが? なんでまた」
ふと思い出した様子でアイが話し始める。
「微量の毒を継続的に摂取すれば、毒耐性がつくんじゃないかと思って検証したようです。結果として、そういうことは無かったんですが、それが分かるまでに100回以上死んでます」
「ええ……。アストラも筋金入りの攻略組だな」
普通もうちょっと手前で諦めないかと思ってしまうが、アストラの事だから様々な毒草を様々な加工法、分量、組み合わせで試していったのだろう。攻略組、検証班と呼ばれるようなプレイヤーは、時として狂気的な行動を見せることがある。
つまりはそれだけ、攻略というプレイに情熱を傾けているということなのだろう。
「アイはどうして〈大鷲の騎士団〉に入って、副団長になったんだ?」
ふと気になって、尋ねてみる。
彼女の強さはさっき見たとおりだが、普段の様子ではむしろエンジョイ勢のようにも見える。良くも悪くも、普通のプレイヤーのように。
そんな彼女が最大手攻略バンドのナンバー2にまでなった理由を聞いてみたかった。
「うぐ。そうですね……。あまり人には教えてないんですが」
聞かれたアイは一瞬喉を詰まらせて、それでも教えてくれた。
声を潜ませて、俺の耳元に口を近づけてくる。
「その、アストラと私はリアルの兄妹なんです。それで、まあ、成り行きというか……」
「そうだったのか!?」
今明かされる驚愕の事実に思わず大きな声を出す。顔を近づけていたアイが後ろに倒れそうになるのを、慌てて抱き寄せる。
「す、すまん。驚きすぎた」
「いえ。だ、大丈夫です」
顔を俯かせてアイがそそそ、と離れる。
「レッジさん、マジで言ってるんですか……」
「な、何がだ?」
こちらへ振り向き、珍妙な物でも見るような目つきをするレティ。もしかして、彼女はすでにアイとアストラの関係を知っていたのか。
「割と有名な話だったと思いますが。リアルの事なので、表だって言う人もいませんけど」
「ええ。トーカまで知ってるのか」
どうやら〈白鹿庵〉の女性陣は皆知っていたらしい。というか、三術連合の面々も驚きの目をこちらに向けている。
「そ、そうでしたか。そこまで広まってましたか」
「……僕は知らなかった」
「ミカゲはいいですから」
アイが恥ずかしそうに笑う。ミカゲは俺と同じく、兄妹について知らない様子だったが、トーカに軽くあしらわれていた。
「ていうか、レッジさんはアストラさんとアイさんはどういう関係だと思ってたんです?」
「そうだなぁ。仲の良い友達とか、あとはカップルとか?」
「かか、カップル!? わたしと兄貴が!?」
レティの問いに答えると、真横でアイが頓狂な声を上げる。そんなに驚かれることだろうか……。
この場に居る全員が知っていることに気付いたからか、アイはもはや隠す様子もなくブンブンと首を振る。
「ありえませんよ、あんな廃ゲーマー。頼まれたって願い下げです」
「そ、そうか……」
烈火の如き勢いで否定するアイに若干気圧される。
そんな俺を、周囲の女性陣が今度こそ信じられないといった目で見ていた。
「レッジさん、ちゃんと眼球ついてるんですか?」
「まさかここまでにぶちんだったとはねぇ」
「いっそ、アイさんが可哀想になってきました」
なんて酷い言われようだ。助けを求めてエイミーの方を向くと、にっこりと笑みを浮かべて首を横に振られた。
ここに味方はいないらしい。
「レッジさん、ミネルヴァってご存じですか?」
「ギリシャ神話の神様だったか」
唐突にアイに質問を投げられ、反射的に答える。これでも神話関係には詳しい方だぞ。
しかし、俺の回答は的を射ていなかったららしく、呆気なく首を振られる。
「そうじゃなくて、歌手のミネルヴァです。少し前から凄く人気の」
「……?」
首を傾げると、悲しそうな顔でしょんぼりされる。
申し訳ないが、そういう若者文化的なものについては疎いのだ。
「わたし知ってるよ。“光の空”とか“滅びよカルタゴ”とか」
「そうです! 私、ミネルヴァに憧れてたんです」
よく分からないが、有名な歌手らしい。
レティたちも知っているようで、なるほどと手を叩いている。
「……ラクトも知ってるのか?」
「まあ、コンビニとか料理屋さんとかでも良く掛かってるし、CMでも使われてるよ。ていうかほんとに知らないの?」
ラクトまで疑念の目を向けてくる。
どうやらミネルヴァという歌手はかなり有名な人らしい。今度動画でも探しておこう。
「ふんふーん、ふふふーん♪ ってメロディしらない? 一番有名だと思うけど」
「知らんなぁ。……いや、なんか聞きおぼえはあるかもしれないけど」
エイミーが鼻歌でメロディを奏でてくれるが、あまりピンとこない。まさか、ここまで話題についていけないことがあるなんて……。
しかし、若干、薄ら、聞いたことがあるような、ないような、気がしないような、こともないような……。
「ともかく、私はミネルヴァの曲が好きなんです。それで、高校で軽音部も作ったんですけど……」
「ちょ、アイさん!? そこまで言ってもいいんですか?」
「まあ、悪い人もいないと思うので。――でも、集まった部員がバイトで忙しいとか彼氏ができたとか勉強がとか彼氏がとかで辞めていって……」
「なるほど」
それで軽音部は空中分解。傷心の妹を慰めるため、アストラが彼女をFPOに誘ったらしい。
「最初は町でストリートミュージシャンっぽいこととかやってたんですよ」
「ええ、アイさんが!?」
アイの告白にレティが驚く。
たしかに、今のアイの活躍を見ていると、街角でギターを抱えているような姿はなかなか想像し辛い。まあ、それはそれで可愛いだろうけど。
「〈歌唱〉と〈取引〉が少しあれば、おひねりが貰えるんですよ。それで生活してました。その頃、兄貴はバンドシステムもなかったので、銀翼の団の4人とつるんでました」
バンドシステムができるよりも前の話だ。もっと言えば、第一回〈特殊開拓指令;暁紅の侵攻〉よりも以前の話だろう。あの時にはすでに、アイは騎士団の副団長として指揮を行っていた。
「でも、ある時〈歌唱〉スキルに戦闘支援能力があることが分かって、兄貴に町の外に連れ出されたんです。私は戦闘なんて何も知らないのに、いきなり〈毒蟲の荒野〉に」
「いきなり第二域ですか……」
「スパルタですね」
アストラらしいと言えばその通りだが、容赦がない。しかし、今のアイを見るに、そこで何か感じる物があったのだろう。
「そこで、歌唱戦闘の原型ができました。と言っても使える物ではなかったんですけど。ともかく、兄貴がそれは強くなるって言ってくれて。それでまあ、騎士団ができて、流されるまま副団長になりました」
「なるほど。その頃にはもう歌唱戦闘がねぇ」
あまり広めないで下さいね、とアイが口に人差し指を当てる。なかなか面白い話を聞かせて貰えたもんだ。
「しかし、ストリートミュージシャン時代のアイは見てみたかったな」
「はは。もしかしたら居たかも知れませんよ?」
FPOのサービス開始直後はまだ町も〈スサノオ〉しかなかったこともあり、かなり混雑していた。街角に立って演奏している音楽家も沢山いたし、その中に彼女も紛れていたのだろう。
「ちなみに当時の曲って今でも聞けますか?」
レティが耳を揺らして尋ねる。
確かに、それは興味があるな。
「だ、ダメですよ! 無理です。全部忘れました!」
「ええー? ほんとですかぁ?」
レティが疑念の目を向けるものの、アイは頑なにそれを拒否する。どうやら、相当披露したくないらしい。まあ、人には知られたくない過去というのもあるだろう。
逃げ回るアイと、それを追いかけるレティを見ながら、思わず俺は笑みを零した。
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Tips
◇No.01“
〈大鷲の騎士団〉内部非公式ファンクラブ〈シングバードウォッチャーズ〉所蔵のレコード。才能溢れるシンガーソングライター“アイ”の記念すべき第一曲。彼女が路上演奏を始めた際に歌った、最初の曲。現在の彼女にも通じるDNAが既に存在し、そこには想い人に対する熱い気持ちが綴られている。
たまに副団長室で歌っているのが漏れ聞こえることもある。←てか最近これ歌ってる頻度高くないか?←ウチの副団長を誑かす奴がいるってことか???←は?許せんが?
なお、当ファンクラブおよびこのレコードの存在は、絶対に、必ず、何があっても、本人に知られてはいけない。そのことをゆめゆめ忘れる事なかれ。
あとアイテムinfoに落書きをするな!!!
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