第633話「メンバー選考会」
ラピスラズリたちによって明らかになった〈花猿の大島〉深奥部の事実。それを知ったアイは、すぐさま対応のために動き出した。
森の中に建てた館の三階、会議室の一部屋に彼女が呼び寄せたプレイヤーたちが顔を並べている。
「前哨部隊の役割は、深奥部の調査を行い、後に投入される本体の支援を行うことです。撤退の条件は一定以上の情報を集めるか、一定以下まで人員を失うこと。現時点では、そのどちらにも該当していません」
「ということはつまり、調査を続行するということですね」
レティの言葉にアイは頷く。
これまで停滞していたのは、フィールドの特性を暴くことができず、物理的に進退窮まっていたからだ。
しかし、ラピスラズリたち即応部隊の参加によって、迷宮の秘密も暴かれた。ならば、まだ調査は続行できる。
「目下の所、第一の目標は詳細な地図を作成することです。入り組んだ
深奥部で複雑に絡み合いながら存在している
それでは調査どころではないため、まずは三術師以外のプレイヤーでも使える地図に龍脈の流れを記録しなければならない。
「龍脈を見ることができるのは、ミカゲさん、ラピスラズリさん、ぽんさん、ろーしょんさん、アリエスさん。申し訳ありませんが、騎士団の人員にもそれ以外にも、三術師はいませんでした」
「5人もいれば良い方だろ。三術師は元々少ないからなぁ」
三術連合が毎週定期的に情報交換と新人勧誘を目的にした調査開拓員企画を開催しているようだが、それでもまだまだ人口は少ない。〈花猿の大島〉深奥部に通用するほどの戦力を持ち、なおかつ龍脈を見ることができるほど三術系スキルを鍛えている者となれば尚更だ。
「ていうか、ミカゲは霊脈見れるんじゃない。なんで気付かなかったのよ?」
トーカが隣に座るミカゲの脇腹を肘でつつく。
「……僕は専門じゃないから。地相を見るのは、陰陽師」
三術系スキルの厄介なところは、同じスキルの内部でも更に分野が細分化されているところだ。
〈呪術〉スキルと一言で言っても、ミカゲのように呪術を戦闘に使用する呪撃師、ホタルのように呪具の製作を行う呪具師に大別される。更に。呪撃師の中にはぽんのような呪符術師、“呪縁”を扱う忌み師、“怨嗟”を扱う恨み師、そしてラピスラズリが切り開いた禁忌領域術師も存在する。陰陽師は禁忌領域術師の近縁ではあるが、“陰陽”というまた別の概念を専門とする別の体系になるらしい。
それぞれが専門化せざるを得ないほどに領域が深く、そして広い。故に研究も遅々として進まず、そのわかりにくさが新規参入の難しさにも拍車をかけているのだという。
「ミカゲはどの呪術師に入るんだ?」
「……呪撃師全般?」
興味本位で尋ねてみると、意外にも曖昧な答えが返ってくる。
ミカゲは〈呪術〉スキル全体を広く浅く扱うことで総合的な理解を深めているらしく、他の三術連合所属術師のように尖った性能を持っているわけではないようだ。とはいえ、彼の研究はなかなか凄まじいものがあるようで、ぽんたちからは“広く深く”呪術を扱う術師だと評された。
「こほん。ともかく、地図製作には5人の皆様にご尽力頂きたいと思っています」
アイが空咳で逸れた話題を戻す。
深奥部は城壁樹によって区切られた範囲ではあるが、それでもかなり広大だ。たったの5人で全てをカバーするのは色々と無理がある。
「いきなり全ての龍脈を明らかにしようとは思っていません。まずは、入り口からこの野営地まで、安全な経路を明らかにして、撤退や人員補充を円滑に行えるようにします」
「なるほど。それなら5人もいれば十分ね」
アイの提示した第一目標に、アリエスも納得する。
そもそも、霊脈について明らかになっていない段階で俺たちがここまで到達し、即応部隊も合流できたように、入り口から野営地までは一本のレイラインで繋がっている可能性が高い。
そのためアイも、試運転にはちょうど良いと考えたのだろう。
「騎士団からは
「はいはいはいっ!」
アイの言葉に被せるように、レティが勢いよく手を上げる。
彼女は赤い瞳を輝かせて、会議室のテーブルに身を乗り出していた。
「レティたち〈白鹿庵〉が護衛にあたりますよ。ミカゲもいますし、他の皆さんとの共闘経験もありますし」
その言葉にアイは瞠目しながらも検討を始める。
しかし、レティの言っているのは建前で、本音はそろそろ戦いに出たいというところだろう。即応部隊がやってくるまで、ずっとフィールドのど真ん中で立ち往生していて、欲求不満なのだ。
そのことを察した俺たちは、無言で視線を交わし、肩を竦めた。
「では、レッジさん以外の皆さんは地図製作の護衛に――」
「ぬあっ!? な、なんでレッジさんだけ抜きになるんですか?」
アイの口から飛び出した言葉に、レティが耳を震わせる。
「そりゃ野営地を維持する必要があるからだろ。テントがあるなら、俺はそこから動けない」
「ぐ、ぐぬぬ……」
アイの代わりに俺が説明すると、レティはきつく唇を噛む。俺としては、野営地に引きこもっている方が楽ができて嬉しいのだが……。
「でも、解体師は必要だと思うんだけど」
そこへ、突然ラクトが口を開く。
彼女はレティ側に立つと、口早に捲し立てた。
「わたしが死んだ時の襲撃で、騎士団の解体師も結構何人かやられてるでしょ。今もまだ原生生物素材のサンプルは足りないんだし、解体師は必要なんじゃない?」
「そ、それはそうですが……」
「だからといって、非戦闘員を連れ出すのは人員の少なさからしてちょっと難しい。だったら、ある程度戦えるレッジを持ってくる方がいいよね」
俺は非戦闘員なんだが、と主張しようと手を上げるが、無言の睨みで封殺される。
「レッジがここを離れても、テントの効果が消えるだけで上物は残るんでしょ。だったら、とりあえず仕事はこなせるんじゃない?」
テントには獣避け効果があるが、そもそもライトが周囲を照らしているため、猩猩たちは野営地の範囲には入ってこない。LP回復能力も、すでに人員が完全にLPを回復させているため必要ない。
そういえば、俺がここにいる必要性がないかもしれないが……。
「地図作成は迅速な行動が肝だよね。となると不必要な人員、機動力の低い人員は持って行けない。その点、レッジは〈歩行〉スキルも持ってる〈
「人を家電みたいに……」
思わず抗議の声を上げるが、何故か全員が頷いていた。俺はいったい、どういう風に見られているんだ。
「ぐぅ。わかりました」
ラクトの強い説得によって、アイが負ける。
俺の意思は華麗にスルーされたまま、俺が地図製作班に編入されることになった。なんでだ。
「しかし! 確かに地図製作は迅速が命。それなら、護衛の人数も絞る必要がありますね」
議論が終わったかと思ったら、アイが再び口を開く。
それに対して、何故かラクトが僅かに眉を顰めていた。
「私も護衛として参加しましょう」
「はい?」
つまり、三術連合の4人に、〈白鹿庵〉の7人、それに騎士団からアイ。地図師の数人を除いても合わせて12人、フルパーティ2つぶんの人員だ。
「なんでアイが……」
「そうですよ。護衛はレティたちだけでも間に合っています」
ラクトと同時にレティが椅子から立ち上がる。
「騎士団の人員も居るのですから、指揮を取る者が必要でしょう。野営地の防衛はクリスティーナたちに任せます」
「それなら、クリスティーナを地図製作班に入れた方が――」
「レッジさんは黙っていて下さい」
手を上げて意見を陳述しようとすると、アイに封じられる。現場の意見が上司に届かないのが辛い。
真面目に言えば、地図製作は重要な任務だから前哨部隊の長であるアイが付いてくるのはおかしくない。ついでに言えば、彼女個人の戦力もかなり高いので、心強くもある。
「まあ、アイが来てくれたら俺も嬉しいかな」
「そ、そんな……!」
思わず言葉を零すと、レティが愕然とした顔でこちらを見る。何かマズいことを言ったかと焦るが、アイが付いてきてくれるなら、俺が戦うこともないだろうし、心強いのは確かだ。
不本意ながら戦力に数えられるが、レティたちとアイ、ラピスラズリたちがいるのなら、俺が槍を持ち出す機会もないだろう。
「それにほら、アイがいると雰囲気も和らぐし、心強いだろ」
アイは〈歌唱〉スキルも扱う。それによってパーティを越えた広域にバフを撒くことができるので、複数パーティ規模の今回の行動には適している。
彼女の歌唱戦闘は範囲内の原生生物をスタンさせることもできるし、万が一の際も安心だ。
「むしろ緊迫感が増す気がするけど……」
「エイミー?」
「何でもないわ」
小さくなにか呟いたエイミーの方を伺う。彼女はひらひらと手を振って、誤魔化した。
「レッジさん。そ、そんなに褒めなくても。へへ」
アイの方はと言えば、顔を赤くして俯いている。ローズゴールドの髪の毛を指先に絡ませて、なにかもじもじと身体を動かしていた。
「ぐ、ぬぬぬ……。外野だからと油断していましたが、ここまで親密になっていたとは。――いいでしょう。アイさんの参加を認めます。そして、レティとレッジさんの絆を見せつけてあげますよ」
何やら奥歯を噛み締めているレティが、力強く宣言する。別に彼女に人事権があるわけではないのだが、アイも少し気圧されている。
レティはくるりとこちらへ振り向くと、ぎゅっと俺の手を握った。
「見てて下さい、レッジさん。レティの方がいっぱいエネミーを倒して見せますから」
「おう。……おう? うん、まあ、頼りにしてるよ」
よく分からないが、レティも気合いは十分らしい。
そんなわけで、地図製作班のメンバー選定も終わり、早速作戦が動き出すこととなった。
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Tips
◇『呪力視』
〈呪術〉スキルレベル30のテクニック。フィールド上に存在する呪力を直接視認できるようになる。呪力がある程度濃くなければ視認できず、〈呪術〉スキルレベルが上昇するか、テクニックの熟練度が上昇することでより敏感に呪力を視ることができるようになる。
人が呪えば思いが残る。水が流れれば地に刻まれる。思いの残滓を感じ取り、呪いの怨嗟をつかみ取る。
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