第632話「不可視の隘路」

「はぁ。エネルギーの生産ねぇ」


 調査開拓員プレイヤーたちが一心不乱に回し車を動かす様子を目の当たりにしたラクトは、俺が根気よく説明を続けることでようやく納得してくれた。

 別に立ち往生して暇になったからとか、そういう理由ではないのだ。止むに止まれぬ事情があったのだ。


「それはそうと、ラクトが1人で鉄腕猩猩を倒したって本当ですか?」


 館の会議室の一室でラピスラズリたち即応部隊の道程を聞いたレティが、耳を立ててラクトに迫る。俺としてもなかなか驚いた点で、あの鉄腕猩猩を一対一で倒すというのは、現時点ではかなりの難易度を誇るはずなのだ。


「ぽんもアリエスもろーしょんも単独討伐しているから、あんまり胸は張れないんだけどね」


 照れた様子でそう前置きしつつ、ラクトは鉄腕猩猩と戦ったときのことを話してくれた。

 彼女が先の戦闘で使ったのは、思念操作というゲームに用意された機能の一つである。

 本来は現実で障害を持っているなどして発声ができないプレイヤー向けに、考えるだけでテクニックを使うことができるようにするシステムだ。それを前提にしているため、当然問題なく発声の行える健常者が思念操作を行おうとしても難しい。むしろ、不可能と言っても過言ではないくらいだ。


「物理的な口で話しながら、精神的な口で全く別の言葉を話すような感じかな。わたしも長時間はできないけど」

「そもそも一回でもできるのが信じられないわ」


 エイミーの言葉に、俺も頷く。

 ラクトは俺と同じように並列思考ができるタイプの人間だと思っていたが、実際には少し違うようだ。

 俺の場合は思考の範囲を拡大して、無理矢理に自分以外の存在を操作するようなものだ。対して、ラクトは自分の思考とは全く別の独立した思考を脳内に生み出すことができるらしい。

 俺が両手を使って二つのルービックキューブを解く所を、ラクトはそもそも別の自分を作り出してひとつずつパズルを解いている。


「一応言っときますけど、一般人からしたらレッジさんも大概ですからね?」


 話を聞いていたアイが、俺が何も言っていないにも関わらず釘を刺してくる。


「俺の並列思考はまあ訓練すればなんとかなると思うぞ。ラクトのそれは、やろうと思ってできるもんでもないだろうが」


 ともあれ、ラクトが新たな力を得たのは喜ばしい。

 普通に考えればめちゃくちゃ脳に負荷がかかっているだろうし、できればあまり使って欲しくないが。そもそも、よくそんな無茶をして強制ログアウトを喰らわなかったもんだ。


「ラクト、ログアウトしたら一回ブレインスキャンを走らせておいた方がいいぞ」

「はいはい。分かってるよ」


 ゲームで頭を壊して良いはずもない。

 ラクトもそれは分かっているのか、素直に頷いた。


「それはそうと、ラピスラズリさんたちの方はどうなんです?」


 トーカが手を上げて口を開く。

 ラクトと共に野営地まで駆け付けてくれた三術連合の4人、ラピスラズリ、アリエス、ぽん、ろーしょんは、早速調査に着手していた。

 館の三階にある会議室の窓から見下ろせば、光に照らされた敷地内で真剣な表情をしているラピスラズリの様子が見えた。


「うおっ」


 何をやっているんだろう、と思っていると、突然ラピスラズリがこちらに視線を向けてくる。ばっちり目が合い、思わず声を上げてしまった。


「どうしたんです?」

「いや、ちょっとびっくりしただけだ」


 首を傾げるレティをあしらいつつ、再び視線を外にいるラピスラズリに向ける。

 見間違い、と言うわけではなさそうで、彼女はこちらを見上げて笑みを浮かべて手を振っていた。


「むぅ。知らない間にラピスラズリさんと仲良くなってます?」

「いや、そんなことは……」


 レティから疑念の目を差し向けられるが、最近は彼女とも会っていないし、そもそも2人きりで顔を合わせたこともない。

 強いて言うなら、ブログで彼女らしいコメントがついているくらいだろうか。

 むんむんと悩んでいると当の本人、ラピスラズリからTELが飛んでくる。それに応じると、彼女は楽しげな声色で話し始めた。


『少し分かったことがあるので、下まで来て頂いてもよろしいでしょうか』

「おお。そりゃ楽しみだ」


 ラピスラズリの一報を受け、俺たちは急いで階段を駆け下りる。

 地上にいる三術連合の面々と合流すると、前置きもなしに説明が始まった。


「霊視、地相占い、風水診断、その他諸々の三術的な測定を行いました。その結果から考えると、このフィールドは自然発生的に作られた迷宮のようなものだと思います」

「自然発生した迷宮、ですか」


 ラピスラズリの言葉を、レティが鸚鵡返しに繰り返す。


「はい。というのも、城壁樹というのは地中にも深く根を張っていて、内部の様々なエネルギーを封じ込めるような能力を持っているようです。木々が生まれ、枯れ、種を残す、世代のサイクルがこの深奥部だけで行われた結果、この内部だけに異常に濃いエネルギーが滞留しているんです」

「エネルギー、ですか。それはBBエネルギーのようなものですか?」

「もっとオカルティックなものですね。霊力、呪力、運命力、そういったものです。本来は普遍的ながら、微弱にしか存在しないエネルギーですが、それが物質に影響を与えるほど濃縮されている。明らかに自然の摂理に反しているため、超自然的な現象が発生してしまった、というところでしょう」


 〈花猿の大島〉の深奥部は、城壁樹という特殊な木によって頑丈に囲まれている。

 そのため、内部は外界と明確に異なる環境となったということらしい。


「私たちが鉄腕猩猩を単独討伐できたのも、フィールドのエネルギーによって威力が底上げされていたからでしょうね」


 つまらなさそうな顔をしてアリエスが言う。

 自分の力だけではなく、文字通り地の利を得た戦いだったことが気に入らないようだ。


「それで、ここから脱出する算段は付きそうか?」

「恐らく、進退窮まっているのは道を進んでいないからでしょう」

「道?」


 首を傾げるのは、俺たち非三術師。

 それに対して、ラピスラズリは銀の杖で地面に線を描いた。

 ぐにゃぐにゃと曲がりくねり、規則性もなく、まるで絡まった毛糸のような線だ。

 そうして、彼女はその線の絡まりを丸い円で取り囲んだ。


「この円が、深奥部とその外を隔てる城壁樹です。円の中には、膨大なエネルギーが入り乱れていますが、混沌としているわけではありません。霊脈、龍脈といったものを聞いたことは?」


 ラピスラズリの問いに片眉を上げて、ふと思い至る。


「〈ウェイド〉のシードが投下されたのは、ポイント〈レイライン〉だったな」


 俺の返答はラピスラズリが満足するものだったらしい。彼女は笑みを浮かべて頷き、言葉を続ける。


「〈花猿の大島〉に限らず、フィールド各地には大小さまざまなエネルギーの流れ――レイラインが走っています。その上で呪術を行使すれば、夜間ボーナスとは別種の上昇補正がかかることも確認されています」


 ポイント〈レイライン〉、ポイント〈コア〉。今までのことを思い返してみても、シードが投下される場所は何かしら重要なポイントであることが示唆されている。


「レイラインは強力なエネルギーの流れですが、私たちプレイヤーにとってはあまり影響はありません。三術に対する上昇補正も、微々たるものですからね」

「けれど、ここじゃ少し様子が違う。普通、フィールドには一本大きなレイラインがあれば良い方なんだけど……」


 ラピスラズリの言葉を引き継ぎ、アリエスが地面を見下ろす。


「この線は全部、レイラインなのか」

「そうです。無数のレイラインが入り乱れた、特異な環境。無秩序なように見えますが、個々のレイラインには秩序があります」

「つまり、このレイラインから別のレイラインに外れてしまった時に……」


 はっとして口を開くアイ。

 彼女の言葉に、ラピスラズリが頷いた。


「レイラインの大きな流れに逆らうイレギュラーとなった時、その不自然を修正するための力が働きます。おそらく、それが空間の歪みの正体でしょう」


 ラピスラズリが締めくくる。

 その言葉を理解するまでには、少々の時間を要することになった。


「つまり、俺たちが深奥部を自由に歩こうと思ったら、目に見えない道を辿らないといけないってことか」

「そういうことになりますね」


 間違いであって欲しい、という淡い期待。

 それは楽しげに笑うラピスラズリによって打ち砕かれた。


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Tips

龍脈レイライン

 大地に流れるエネルギーの血脈。生命力を運び、還元と調和を保つ。そのエネルギーは[閲覧権限がありません]を根源とし、[閲覧権限がありません]へと至る。[閲覧権限がありません]の時代より[閲覧権限がありません]の遙か未来へ、連綿と流れる。


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