第629話「応援を待つ」

 暗闇のなか、二進も三進もいかなくなった俺たちは、ひとまず消耗を抑えつつ休息を取るための簡易的な拠点を設置することにした。

 一応、こういった時のためにそれなりに大きめなテントも準備していたため、それを提供する。


「とはいえ、流石に“白壁”みたいな耐久力はないぞ?」

「屋根があるだけでも凄く助かります。騎士団のキャンパーを防御壁に割けますから」


 俺が大枠のテントを作り、騎士団のキャンパーたちがそれを囲む形で防御を固める。更にエイミーたち防御機術師によって障壁が構築され、盾役たちも交代で警戒にあたるシフトを組んでいた。

 これだけやっていれば、例えまた鉄腕猩猩の槍が降ってきても、対応するだけの時間は稼ぐことができるだろう。


「すまんな。カミルもいないから簡単な料理しか出せないんだが」

「いえ、そもそもフィールドで温かい料理が食べられるだけでも凄くありがたいので……」


 簡易調理場を設置して、大鍋で湯を沸かし、ボムカレーのレトルトパウチを温める。その隣では白米も炊いて、ひとまず空腹を凌げるようにはした。

 カレー皿を抱えながら、アイはふっと表情を和らげた。


「三術連合の皆さんが応援に来てくれているんですよね。ひとまずはその合流を待つ形でしょうか」


 三杯目のカレーを完食したレティが、口のまわりをナプキンで拭いながら言う。

 クリスティーナが空間のループを示した段階で、アイはすぐさま森の外に待機しているアストラに連絡を取った。その結果、即応部隊として三術連合のラピスラズリ、ぽん、ろーしょん、アリエスの四人が駆け付けてくれる算段がついた。

 どうやらこのループは三術のいずれかが絡んでいるとアストラは睨んでいるようだ。


「ミカゲは既にあちこち見て回っているみたいですけどね。まあ、私たちはできることもありませんし」


 カレーを食べつつトーカが頷く。

 彼女の弟は光源に照らされた範囲内を歩き回り、何やら状況分析を始めているようだ。俺たちは三術の分野には疎いため、何か手がかりがあるのかすら分からないが。ともかく、彼も三術連合の一員として既に動き始めていた。


「ねえ、レッジ。コーヒーってどこにあったっけ?」

「そっちの木箱だな。紅茶と一緒に入ってるはずだぞ」

「あったあった。ありがと」


 離れたところでエイミーがインスタントコーヒーを淹れ始める。各種ドリンク類は福利厚生の一環として揃えているため、彼女も慣れたものだ。

 しかし、そんな様子も〈白鹿庵〉以外の人々には奇異に映るらしい。


「改めて思いますけど、やっぱりレッジさんのテントは色々おかしいですよね」

「そうか? 普通のテントだと思うけどな」

「そもそもこのテント、がっつりお屋敷の規模なんですよ」


 アイが周囲を見渡して言う。

 今回建てたのは洋館を少しミニマルにしたもので、広間がひとつ、個室が六部屋、会議室が三部屋の三階建てだ。

 休憩中のプレイヤーはほとんど広間に集まっており、個室では騎士団の解析部などが今できる作業を行っている。

 今、俺たちがいるのは会議室の一室で、アイたち前哨部隊の幹部が集まっている場所になっていた。


「ちょっとした別荘の離れくらいの大きさじゃないですか?」

「レティさんのお家はどんだけ豪邸なんですか」

「ウチは普通の一般家庭ですよ?」


 流石に俺もこれが一般人の家の規模だとは思わないが、まあレティだからな。

 前哨部隊とはいえ人員規模はそれなりにあるし、腰を据えて休むのならばこれくらいのものは必要だと考えていた。まさか本当に出番がやってくるとは思わなかったが、転ばぬ先の杖というやつである。


「しかし、三術連合の人たち、ちゃんと来てくれるかな」


 ココアの入ったマグカップを包むようにして持ち、シフォンが憂いを帯びた表情で睫を伏せる。

 しかし、それに対してはアイたちも俺たちも特に心配はしていない。


「三術連合、特に今回来てくれてる四人は全員かなりの実力を持ってるからな。その辺は安心して良いと思うぞ」

「個人の戦闘能力で言えば、やっぱりアリエスさんが一番でしょうかねぇ」


 レティが口にしたのは、“星読”の二つ名でも知られる占術師の女性だ。双曲刀と占術、特に占星術を融合させた戦闘スタイルを取り、〈双星流〉の開祖でもある。


「ぽんさんもかなり有名な呪符術師ですね。ミカゲも呪符は使いますが、あの方はそれを専門とされていますし」


 呪符術師は〈呪術〉を扱うプレイヤーの分類のうちの一つだ。呪符という特殊なお札を使って様々な呪術を発動させて戦う。かなりトリッキーな戦い方ができるスタイルだったはずだ。

 ぽんはその呪符術師の代表とでも言うべき人物で、愛用している巫女装束も合わせて“闇巫女”という二つ名が付いている。


「ろーしょんさんの数の暴力も驚異的ですよ。条件さえ合えば、騎士団精鋭でも押し負けると思います」


 “孤群”のろーしょん。〈霊術〉スキルのうち、“召喚”という分野を極めたトッププレイヤーだ。

 安価に使い捨てることのできる低級の霊を大量に使役し、その圧倒的な数で敵を圧倒する。キヨウの祭りで戦ったこともあるが、対群性能の高い〈風牙流〉でも苦戦を強いられた。


「そんでもって、ラピスラズリか」

「その人も強いの?」


 俺が思わず言葉を零すと、シフォンが首を傾げる。


「まあ、強いな。主に愛が」

「愛?」


 煮え切らない俺の言葉に、シフォンは更に眉を顰める。とはいえ、こちらもどう言えばいいのか分からないのだ。


「ラピスラズリさんの二つ名は“溺愛”なんですよ。“禁忌領域”という〈呪術〉スキルの新たな分野を開拓した方です」

「なるほど、呪術愛が強いってことね」


 彼女ともキヨウ祭や〈鋼蟹の砂浜〉へ立ち入る際に交流したことがある。彼女の発明した“禁忌領域”は俺の〈罠〉と〈野営〉の運用をヒントにしたと、本人が言っているため、よく覚えている。


「ともかく、そんな名だたる方々なので。心配しなくてもいいですよ」

「むしろ、こちらが即応部隊の到着まで持ち堪える方に注力した方がいいでしょう」


 アイの言葉に少し驚く。

 一応、現在も二重三重の守備を固めているため、安心していたのだが。


「実は、ライトのバッテリー残量が怪しいです」

「ええっ!? そうだったんですか」


 突然の報告に、レティがぴくんと耳を立てる。

 俺としても寝耳に水で、予想外の事態だ。


「今のところはまだ余裕があるのですが、このあと即応部隊の皆さんが到着して、調査を行って、帰還すると考えると、それまで持つかが不安なんですよ」

「なるほど。そういうことか」


 暗闇の中には黒影猩猩たちが潜んでいることもあり、光源を節約することはできない。とはいえ、ずっと光を放ち続けていれば、当然大型のバッテリーでも残量は減っていく。

 もともとの前哨部隊としての予定だけならば余裕はあったのだろうが、こうして強制的に待ちの発生している状況はあまり良くない。


「虹輝鮫の在庫はもうないのか?」

「ありませんね。そんなに必要だとは思っていなかったので」


 ライトがないなら自分が光れば良いじゃない、ということで尋ねてみるが、アイは首を横に振る。まあ、他にも持っていきたい物資はいくらでもあるし、虹輝鮫は優先度は低いほうだろう。


「しかし、即応部隊が到着しても碌に調査ができないと、ここから出ることもままならんぞ」

「そうなんですよね。どうしたらいいか……」


 調査の時間が取れないとなると、そもそも帰ることができなくなる。三術連合の貴重な人員がせっかく駆け付けてくれたのに、ミイラ取りがミイラになるような状況は避けたい。


「……アイ、随伴の技師って何人くらい居る?」

「は、技師ですか。一応〈鍛冶〉〈制御〉を持った者が3名いますが」


 節約できるエネルギーには限りがある。ならば、こちらで新たにエネルギーを作り出すしかないだろう。

 そんな前置きをして、俺はアイに考えを伝えた。


_/_/_/_/_/


 〈花猿の大島〉深奥部に突入した前哨部隊は、無限にループしてしまう謎の異常現象によって足止めを強いられていた。

 幸い、部隊の中に“要塞おじさん”こと〈白鹿庵〉のレッジが居たため、フィールド上とは思えないほど快適な洋館が用意され、そこでゆっくりと休息を摂ることができた。

 盾持ちのプレイヤーなどは交代で周囲の警戒を行っているが、他のプレイヤーはやることもなく、大広間でトランプやボードゲームに興じていた。


「ロイヤルストレートフラッシュ!」

「うるせーハゲ! どうせスカだろうがよ!」

「何回角取られたら学習するのかねぇ」

「うわあああっ! 御慈悲を!」


 テーブルや椅子が置かれていない殺風景な広間の床に座り込み、ゲームの中でゲームを楽しむプレイヤーたち。コーヒーや紅茶、緑茶、炭酸飲料も揃っており、インスタント食品も食べられる。随分と快適な暮らしぶりである。


「いいのかねぇ。俺たち一応攻略組だろ?」

「とはいえ進めねえし戻れねぇなら、どうしようもないしな」

「光の外に一歩でも出ると瞬殺されるしなー」


 完全にだらけきっていた。

 何もすることはなく、ただ待てと言われ、自由に遊べる環境が整っているのだ。暇を慰めるための娯楽に興じているうちに、こうなってしまうのも仕方のないことだった。

 しかし、そんな安寧も唐突に崩れ去る。


「皆さん、元気が有り余っているようですね!」


 大広間の中央から続く大階段の上から、朗々と声が響く。

 三々五々固まっていたプレイヤーたちが驚きながら見上げると、そこには前哨部隊の指揮を取るアイと、この館の主であるレッジ、そして爛々と目を輝かせる“ヴォーパルバニー”――レティの三人が立っていた。

 その組み合わせを見ただけで、全員が自然と背筋を伸ばす。特にレティの妙にワクワクとした顔に嫌な予感が脳裏を過る。


「皆さんも身体を動かしたいでしょう。うんうん、分かります。ですので、騎士団随伴技師の皆さんにご協力頂いて、良いものをご用意しました!」


 パチンッとレティが指をならす。

 それと同時に二階の個室から騎士団の技師たちが現れる。

 技師がレッジに何やらアイテムをトレードすると、彼はそれをアセットとして広間の壁際に並べていく。


「なっ……!」

「これは――」


 台座の上に載せられた、大きな円形の構造。

 円盤の中には、タイプ-ゴーレムの男が収まるだけの空間が確保されている。

 大きさこそ違えど、それはまさしく――。


「回し車じゃねーか!」


 ハムスターなどを遊ばせるための定番のアイテム、回し車を巨大にしたものだった。


「ただいまよりBBエネルギー生産活動にご協力頂きます。リバーシ、トランプ、その他ボードゲーム各種の貸与、飲食料の提供、また個室の利用権は、生産したBBエネルギー量と引き換えとします」

「そ、そんな!」


 アイの言葉にのほほんとしていたプレイヤーたちが立ち上がる。

 つまり、休みたければ働けということだ。


「回し車は順次増設していきますので、ぜひよろしくお願いしますー」


 他でもない部隊長、そして館の主とその仲間の少女に言われてしまえば、従う他ない。

 何より、すでに贅沢を知ってしまった彼らには、今更それを失うということはできなかった。


「うおおおお! 俺はやるぜ俺はやるぜ!」

「仕方ねぇな。近接組はむしろ身体が鈍っちまうところだったし、ちょうどいいさ」


 一人が回し車に乗り込めば、他のプレイヤーもそれに続く。

 彼らの労力によって生まれたBBエネルギーは、ケーブルを通じて館の外に配置された大型ライトに供給される。


「これなら何とかなりそうですね」


 早速ライトのバッテリー残量が減少しなくなったのを確認し、アイはほっと胸を撫で下ろすのだった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇簡易型無限軌道式BB生産装置

 汎用金属部品などを使用し、急造した回転エネルギーをBBエネルギーへ変換する装置。台座上の大きな円盤の中に調査開拓員が入り、走行などで円盤を動かすことでBBエネルギーを生産する。

 エネルギー変換効率は悪いが、ギアチェンジによって負荷を上げることが可能。


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