第626話「幸運のお守り」

「うおおおおおっ! ラッキーアイテム! ラッキーアイテム!!」


 猛々しい声を上げ、シフォンが燃え盛る炎の双剣を構えて濃密な闇の中へと突撃する。彼女の身体は燦然と光り輝き、周囲を強く照らしていた。


「いやぁ、まさかシフォンのラッキーアイテムが一番最初に役立つとは」

「偶然だと思うけどねぇ」


 闇を押し退けながら進むシフォンを追って、俺たちも巨木の乱立する森の中を走る。

 レティの傍らにはしもふりも併走しており、随分と楽しげだ。


「すげぇすげぇ! “黒影猩猩”がどんどん逃げてくぜ!」

「追え追え! このまま一気に制圧するぞ!」


 彼女以外にも少なくないプレイヤーが“虹輝鮫”由来の料理を食べており、ダマスカス組合提供の強力なライトも手伝い、森の中は真昼のような明るさだ。

 そして、事前の偵察からアストラたちが予測したとおり、闇に潜む“黒影猩猩”たちは光を嫌う性質があるようだ。光り輝くプレイヤーが近づくだけで悲鳴を上げ、目にも止まらぬ速さで逃走している。

 それを目の当たりにしたプレイヤーたちは更に勢いに乗って、一気呵成に突撃し続けていた。


「みんな、気をつけろよ」

「分かってるわよ」


 そんな中、俺たち〈白鹿庵〉を含めた一部のプレイヤーはまだ冷静な部分を保っていた。

 攻略最前線の〈花猿の大島〉の深奥部、あの“鉄腕猩猩”や“走卒猩猩”が現れた場所だ。そう簡単に行くはずがない。


「ぐわああああっ!?」

「な、なん――ぎゃあっ!?」

「左方面から襲撃! 最前線の一陣が壊滅!」


 思った通り、進撃は半ばで阻まれた。

 光の届かない闇の奥から飛んできた巨大な幹の槍によって、瞬く間に陣形が瓦解する。光源部隊が咄嗟にライトを向けるが、密度の高い木々に阻まれ槍の出所は見つからない。


「うおおおおっ! 兄者の仇ぃぃぃいいい!」

「待て、早まるなっ!」

「ぐあわああああっ!?」


 血気盛んなプレイヤーが周囲の制止を無視して突撃する。

 しかし、彼の鋭利な剣が何かを切るよりも早く、影の中で待ち構えていた猩猩がその腕を掴み、堅木に叩き付けた。


「クリスティーナ!」

「任せて下さい! 穿馮流、一の蹄――『地駆け草薙ぐ赤き駿馬』ッ!」


 張り上げられたアイの声。

 それに応え、深紅の風が木々の隙間を駆け抜ける。

 長槍が黒影猩猩を貫き、大きく振るわれる。遠心力のまま闇の中へ吹き飛んだ猿を一瞥することもなく、全身をぴっちりとしたスーツに包んだ長身の女性は青年を抱えて戻ってきた。


重装盾ヘビィタンクは左翼の防御を固めて下さい。進軍速度を落とし、陣形の立て直しを最優先に。ライトは周囲を満遍なく照らすように。少しでも闇ができれば、その隙間を縫って襲撃が来ます」

「了解ッ!」


 後方の中央指揮所で控えている団長に変わり、最前線で指揮を執るのは副団長のアイだ。

 彼女は騎士団の精鋭に素早く指示を下し、すぐさま崩れかけていた陣形を修復する。


「機術師は遠距離貫通系術式を装填。どうせ闇の中にはうじゃうじゃといるんだから、狙いを定める必要はありません。構え――撃てッ!」


 外周にずらりと並ぶ、両手盾を構えた重装盾役たち。その後方に控えていた機術師たちが一斉にアーツを放つ。

 夥しい、様々な光が闇の中へ吸い込まれ、爆発する。

 甲高い悲鳴があがり、一定の成果が現れたことが分かった。


「弾幕を切らさず、悲鳴が無くなるまで打ち続けなさい! 触媒が切れたら後方の補給要員から受け取って!」


 アーツの嵐は絶え間なく続き、闇の中で猩猩たちの悲鳴が上がる。

 光によって襲撃を退け、一方的に攻撃を行う。太い幹の木々によって本来の射程は望めないが、その分破壊力と貫通力に重きを置いた術式によって一網打尽にする作戦のようだ。

 騎士団の機術師に混じって、在野の機術師や銃士、弓師たちも攻撃を開始する。

 その間に近接戦闘職たちが負傷した仲間を陣の内側に運び込み、待ち構えていた支援機術士や技師が治療を行う。

 怪我人の治療が終わったちょうどその頃、アイが手を上げて機術師たちの攻撃を中断させた。


「偵察用ドローンを三機飛ばして、周囲の状況を確認。次弾は装填し、いつでも攻撃は再開できるように」


 入り乱れる銃声と爆発のせいで気がつかなかったが、いつの間にか猩猩たちの悲鳴が途切れていた。

 周囲のものを粗方殲滅し終えたのか、逃走されたのか、はたまた別の原因か。それを探るためドローンが放たれる。


「死体はいくらでもありますが、生体反応はありませんね。全滅か、生存したものは逃走したか」

「周囲の警戒をしつつ前進。黒影猩猩の死体を回収したら、すぐに解体して解析を」

「了解! あ、ちょうどいいところにおっさ、レッジさんがいますよ」


 アイから指示を下された団員が、俺の方へ視線を向けてくる。


「そうですね。せっかくですし、レッジさんにも解体を手伝って貰いましょうか」


 アイが振り返り、そんなことを言ってくる。

 俺としては新種の原生生物が解体できるから嬉しいが、貴重な情報源となるものを任せて貰ってもいいのだろうか。


「レッジさんの解体技術は信頼していますから。ぜひ、お願いします」

「そこまで言われたら仕方ないな……」

「レッジさん、口元緩んでますよ」


 レティに脇をつつかれながら、騎士団所属の解体師たちがいる場所へと向かう。

 天下の〈大鷲の騎士団〉だけあって、そこに籍を置く解体師――特に今回のような最前線に動員されるような者はみんな、当然のようにハイレベルな技術を持っている。


「お、レッジじゃないか」

「やっぱり来たか」


 以前から見知った顔も多く、快く歓迎される。

 いつもなら最近解体した面白い原生生物の話題で花を咲かせる流れだが、今回ばかりはそうも言っていられない。


「黒影猩猩入りまーす!」


 隊列を組んだまま移動して、倒れた黒影猩猩が回収される。

 それらが続々と運び込まれてくるため、鮮度を落とさないためにも素早く解体を始める必要があった。


「さ、俺もやるか。っと」


 いつものように“身削ぎのナイフ”を取りだそうとして空を掴む。そういえば、と思ったその時、すっとナイフが差し出された。


「はい。使うならちゃんと言ってよね」

「すまんすまん」


 ラッキーアイテムとして白いナイフを示されていたラクトに預けていたのだ。彼女もそれに気がついて、わざわざ持ってきてくれたらしい。

 俺は赤い布の巻かれたナイフの柄を掴みながら、彼女に感謝を伝える。


「よし、じゃあ気を取り直して――」


 そうして、今度こそ黒影猩猩の解体を始めようとしたその時だった。


「――危ないっ!」

「えっ」


 耳元で爆音が弾ける。

 衝撃をもろに受け、俺はくの字に折れ曲がりながら吹き飛んだ。

 何がやって来たのか、木の葉にまみれながら理解する。

 周囲を照らす光の奥、遠い闇の中から自陣の内側を狙って、巨大な槍が投げられたのだ。


「っ! ラクト!」


 もうもうと舞い上がる土煙の中、少女を探す。

 俺があの爆風を受けたのだ、彼女も無事では済まない。もし瀕死ならすぐに治療を始めなければ――


「レッジさん!」


 土煙の中へ飛び込もうとする俺を、駆け付けたレティが抱きついて止める。


「俺の隣にラクトが!」

「知ってます! ちゃんとシステムログを見て下さい! 冷静に!!」


 エイミーたちも駆け付ける。

 突然の奇襲を受けながら、アイは冷静に防御を固めるように指示を出していた。

 慌ただしい周囲に焦りながら、俺はシステムログウィンドウを開く。


『パーティメンバー:ラクトが完全損傷しました』


「はっ――?」


 そこに記されていた無機質な一文に、思わず声が出る。

 土煙が晴れ、地面に深く突き刺さった槍と、その周囲に倒れる騎士団の解体師たちの機体が露わになる。雑に掘り返された巨大な穴の底に、小さなタイプ-フェアリーの機体も――。


「っ!」

「レッジさん! 冷静になって下さい!」


 思わず全身に力を込める俺を見て、レティが声を掛けてくる。

 分かっている。ここで我を忘れて飛び出しても、闇に潜む猿たちにやられるだけだ。

 俺は何度か深呼吸を繰り返し、思考を落ち着かせる。

 フレンドリストを開き、ラクトにTELを掛ける。一度目のコール音が終わらないうちに、返答があった。


『あはは。ごめん、レッジ。やられちゃった』

「大丈夫か?」

『ま、死に戻っただけだからね。あ、機体はどんな感じ?』

「完全損傷だからな。サルベージはできるだろうが……」

『そっか。じゃあ緊急バックアップデータ使うよ。――大丈夫。すぐそっちに戻るから』


 空虚な明るい声だったものが、最後だけ力強いものになる。

 突然の攻撃による、瞬殺。悔しくないわけがない。今すぐ戻って、そのまま槍を投げた奴に逆襲したいところだろう。


「こっちは任せろ。ゆっくり気持ちを落ち着かせてから戻れば良いからな」

『ははは。それは無理な相談かもねぇ』


 その言葉と共に通信が切断される。

 彼女はすでに機体を復活させ、こちらへ向かっている。


「アイ、状況は?」

「周囲に合計4体の大型原生生物の反応が確認されました。恐らくは“鉄腕猩猩”かと」

「またあいつか……」


 城壁樹が開かれた時、その内側から現れた巨大な猿。

 長い手足と異常な再生能力を持つ、厄介な相手だ。それが4体、しかも〈カグツチ〉も使えないほど狭い空間で、向こうにとってはホームグラウンド。


「なかなかやばい状況だな」

「そうですね。奴らは光に耐性もあるようですし」


 黒影猩猩と違い、鉄腕猩猩は陽光の下でも問題なく活動できていた。

 ライトで照らしていても退けることはできないだろう。


「アイ。すまんが、黒影猩猩の解体はできない」

「分かっています。そんな余裕もなさそうですしね」


 アイの言葉の直後、巨大な木の槍が飛び込んでくる。

 それは数人の防御機術師による障壁によって辛うじて阻まれたが、根本を断たなければ意味がない。


「レティ、準備は?」

「もちろん。いつでも」


 振り返ると、仲間たちが待っていた。

 彼女も同じ思いだ。


「ラクトには悪いが、全部倒すぞ」

「任せて下さい!」


 闇の中から巨大な猿が現れる。

 黄色く濁った目でこちらを見下ろし、毛深い身体を掻いている。

 それを睨み返し、俺たちは走り出した。


_/_/_/_/_/

Tips

◇黒影猩猩

 〈花猿の大島〉の深奥、城壁樹に囲まれた秘境に生息する黒毛の猿に似た原生生物。闇に潜み、影に隠れ、迷い込んだ獲物を素早く狩る。

 闇に適応するため眼球は大きく発達し、枝を伝って木々の間を移動するため手が長くなっている。強い光を嫌い、闇から闇へと素早く移動する。

 影に潜む黒衣の暗殺者。徒党を組み、黒に溶け込み、静かに背後に忍び寄る。不愉快な笑声が聞こえれば最後、その姿を見ることも叶わない。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る