第625話「偵察と瞬殺」

 深奥部攻略の第一段階は、偵察から始まる。

 できる限り物資の消耗を軽減するため、まずは調査開拓員ではなく機獣や霊獣といったものを城壁樹の向こうへ放つのだ。言い方は悪いが、それらは替えの効く便利な存在なので、こういった機会によく採用されるらしい。


「それじゃまあ、気取らずいこうか」


 それらの陣頭指揮を取るのは〈大鷲の騎士団〉の中核を成す〈銀翼の団〉が一人、“獣帝”のニルマである。


「夜駆け雲雀、金切り金糸雀、各20羽用意できました」

「偵察用小型隠密ドローン12機、最終点検完了しました。いつでも出せます」

「じゃ、行ってらっしゃい!」


 ニルマの指示を受け、霊術師たちが漆黒と白金色の二種の小鳥を放つ。

 同時に〈制御〉スキルと〈撮影〉スキルを持つ操縦者によってドローンが起動し、40羽の鳥の後に続く。


「映像、正面モニターに出ます」


 ドローンに搭載されたカメラの映像はそのまま拠点の中央に置かれた巨大な三枚のモニターに映し出される。

 十二の映像のうち、重要度の高そうなものがニルマの判断で選ばれ、拡大された。


「うん。やっぱり、結構暗いね」


 勇敢に散っていった調査開拓員たちからも得られていた情報だが、城壁樹の内側は異様なほどに暗い。

 側面を頑丈な木の壁に囲まれているだけでなく、上部も密度の高い枝葉によって厚く覆われ、光が一切入ってこないのだ。


「打ち合わせ通りにいこう。アルファはソナーセンサーを展開。ブラボーは赤外線スコープを。チャーリーは霊視レンズを装着。デルタは通常の光輝探照灯を点けて散開。内部の原生生物がどれに食い付くかも調べるよ」


 各二十羽の鳥たちは五羽ずつ、ドローンは四機ずつに纏まり、鬱蒼と茂った暗い森の中で散開する。

 条件の違う4種類の視界確保手段を試して、それぞれの危険性を調べるのだ。


「っ!」


 それぞれの偵察隊が分かれた直後、森の奥のほうから甲高い悲鳴が響いた。

 ニルマはすぐさま霊術師の方へと視線を向け、彼らも迅速に報告を返す。


「デルタ隊の金切り金糸雀、一羽が消滅しました」


 その言葉の最中にも立て続けに金糸雀の悲痛な断末魔が響き、そのたびにカウントが進む。


「デルタ隊、ドローンも二機やられ、三機目もやられました!」

「攻撃者を特定しようか。周囲に異変は?」

「各種計器に反応はありません。ドローンの視野内にも目立つものは――」

「夜駆け雲雀からの報告は」

「何も来ていません!」


 ジッ、と神経を逆撫でするような音と共に、デルタ隊最後のドローンが破壊され、映像が消失する。


「少なくとも、通常のライトを点けて行くのは無謀でしょうね」

「そうだなぁ」


 いつの間にか隣に来ていたアストラとそんなことを話す。

 今のところ、他の手段で視界を確保しているドローンは無事だが、どれも通常のライトと比べれば使いにくいことに変わりはない。


「デルタ隊の夜駆け雲雀、5羽中3羽が帰還しました」

「霊体交信で情報を取り出して。攻撃の手段でも何でも分かったら情報部に報告を」


 偵察開始からものの数分でほとんど壊滅したデルタ班の夜駆け雲雀が、2羽欠けながらも戻ってくる。

 彼らは主の元へと辿り着くと、特殊なテクニックを介して見聞きしたものを全て伝える。


「他の班はどうだい?」

「順調です。もしこのまま問題なければ、赤外線探照灯あたりが有力候補になりますね」


 一つの班が壊滅したが、偵察はその後も続く。

 三つの班によって現地調査が行われ、同時に地図の製作も始まっていた。


「木々の密度が濃いですね。大規模な人海戦術はあまり効果的ではないでしょうか」

「視界も悪いし、連携は取りづらいだろうな。パーティ規模での行動の方がいいかもしれない」

「なるほど。そうなるとレッジさんとは別行動になりますね……」

「もともとアストラは基本的に中央指揮所に常駐してるはずだろ」


 作戦のリーダーが前線に出てどうすると呆れるが、この青年が後方で大人しくしている姿がどうにも想像できない。気がついたら最前線で猿と戦っていそうだ。

 なんなら、他の〈銀翼の団〉も前に出て、アイが泣いている図もありありと思い浮かぶ。


「チャーリー隊、金糸雀が1羽消失」

「周囲を警戒。今度は犯人を突き止めるよ」


 再び金切り声が上がり、ドローンが周囲に目を巡らせる。

 霊視レンズ越しに見える森は、暗闇の中にうっすらと白く木々の影が浮き上がっていた。


「ミカゲ、あれは何が見えてるんだ?」

「……生命力?」


 ふと気になって尋ねると、なんとも曖昧な答えが帰ってくる。ミカゲは霊術師ではなく呪術師ということもあるのだろうが、実際よく分かっていないらしい。

 ともかく、動植物が白くハイライトされているおかげで森の中でも周囲の環境を把握することができる。

 正面モニターに拡大された映像を睨んでいると、画面に白い影が過った。


「不審な存在を確認」

「それを捉えて。幽霊の正体を暴こうじゃないか」


 ドローンが機敏に動き、白い影の向かった先にレンズを向ける。

 しかし、白く掠れた闇にその影は見えない。


「ドローン一機消失。攻撃を受けています!」

「分かってるって。煙幕展開」


 ドローンが濃い煙幕を周囲に展開する。

 霊視レンズには映らないため映像では確認できないが、現地は暗闇と濃い煙で酷いことになっているはずだ。


「捉えました! 猿です!」


 騎士団員の切迫した声。

 咄嗟に撮られたスクリーンショットがモニターに表示される。

 そこには暗闇の中で目を爛々と輝かせる、猿の姿が捉えられていた。


「写真鑑定できる?」

「なんとか名前だけ。“黒影猩猩”です」

「捻りのない名前だねぇ」


 しかし、大まかな姿と名前が分かっただけでも収獲だ。

 それを手がかりに映像解析能力が高められ、劣悪な視界の中でもその特徴を探し出す。

 結果――。


「おいおい。これはなかなか……」


 口元に笑みを浮かべていたニルマが、思わず絶句する。

 霊視レンズを装着したデルタ隊だけではない。赤外線スコープのブラボー隊、ソナーセンサーのアルファ隊、全てのドローンの視界で、膨大な数の原生生物反応が示されていた。

 映像の調整によって判明する、輝く無数の目。

 木々の間、枝の上、葉の隙間、あらゆる場所から視線が注がれている。


「隠密行動は無理そうですね」

「いくらなんでも、密度が高すぎるだろ……」


 闇を埋め尽くすというより、まるで闇そのもののような猿の群れだ。

 それらが全て、ドローンを真っ直ぐに注目している。

 デルタ隊が真っ先に壊滅したのは、ライトの光によって存在が暴かれたからではない。その光が煩わしく思われたからだ。


「情報部、デルタ隊の映像にこいつら映ってた?」

「いえ。普通の森しか……」

「となるとこいつら、かなり素早いかもしれないね。そんでもって、光を嫌う性質がある可能性も出てきた。――アストラ!」


 ニルマが突然振り返り、アストラの方を見る。

 彼もニルマの言わんとしていることは分かっているらしく、視線を合わせただけで頷いた。


「資材調達部に連絡して、ありったけの光を持ち込め。どうせ見つかるなら、とことん嫌がることをしよう」


 ニコニコと白い歯を覗かせ、爽やかな笑顔でアストラが言う。

 歩くだけでエンカウントするような地獄なら、むしろ堂々と光を放つ方がいい。そちらの方が、こちらとしても戦いやすいということだ。


「偵察部隊は可能な限り地形データを収集しつつ帰還。前哨戦を始める」

「了解!」


 その声で正面モニターを見つめていたプレイヤーたちも立ち上がる。

 前哨戦とは言うものの、他の者に後れを取るような奴はここにはいない。全員が全員、自分たちが真っ先に深奥部に潜んでいるはずのボスを倒してやろうと息巻いているのだ。


「レッジさん、レティたちも行きましょう!」

「はいはい。そんなに急かさないでくれ」


 そして〈白鹿庵〉もそんな命知らずばかりだ。

 気炎を上げるレティたちに腕を引かれ、城壁樹の一角に開かれた深奥部への入り口へと向かう。


「団長! ダマスカス組合から大型灯光照射装置、とりあえず7台借りてきました!」

「上々。護衛と運搬要員を選定して付けておけ」


 早速、テント村の方からでかいレンズを乗せた大掛かりなライトが運ばれてくる。

 試験のため放たれた光は、真っ昼間でも白い光線となってくっきりと見えるほどに強く、そして太かった。


「アルファ隊、夜駆け雲雀三羽、金切り金糸雀二羽、ドローン三機帰還しました」

「ブラボー隊、夜駆け雲雀二羽、ドローン一機帰還しました」

「チャーリー隊、夜駆け雲雀一羽、ドローン一機帰還しました」


 続々と偵察隊が戻り、情報が解析されていく。

 それらは作戦に参加している全プレイヤーが接続できる秘匿掲示板に公開され、共有される。

 そして、情報を元にプレイヤーたちが最後の準備を行い、完了させた。


「レッジさん、大丈夫ですか」

「ああ。死なない程度に頑張ろうか」


 アストラが背後から高らかに宣言する。

 それを合図に、無数の調査開拓員たちが闇の中に向かって突撃した。


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Tips

◇夜駆け雲雀

 夜駆け鶏と影縫い雲雀の霊核を融合させた霊獣。闇に溶けこむような隠密性を持ち、暗闇の中では非常に見つかりにくい。

 霊体が消失した場合でも、霊核が無事であれば再召喚が可能。


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