第624話「祝詞奏上」

 強化合宿から数日後、ついにその時がやってきた。

 〈大鷲の騎士団〉が主軸となって行われる、大規模な〈花猿の大島〉深奥部攻略作戦だ。


「うわぁ、凄い人ですね」

「〈波越えの白舟〉の時以上だな」

「特別な船舶を用意する必要もないでしょうし、参加の敷居は低いですからね」


 攻略の拠点となるのは、組長ヒノ=キスギ=グリーンウッド率いる〈キバヤシ組〉によって開墾された、城壁樹の広場だ。

 〈白鹿庵〉のメンバーと共に訪れた俺たちは、そこに集まる無数のプレイヤーに思わず声を上げた。

 人だけでなく、しもふりのような機獣、〈霊術〉スキルによる霊獣、〈調教〉スキルによる使役獣が犇めき、テント村もかなり立派なものができている。

 更に、広場の外周には大きな鉄塔が建ち、大規模な都市防衛設備が深奥部に向けて銃口を向けている。


「あれが〈ミズハノメ〉の〈フツノミタマ〉か」


 頑強な上質精錬金属によって構成された物々しい塔は、ミズハノメが今後の〈猛獣侵攻スタンピード〉に備えて配備を進めている積極的迎撃拠点だ。

 平時は調査開拓員向けの安全な休憩所として使用されるが、有事の際にはその都市防衛設備が起動する。本丸である〈ミズハノメ〉へ到達される前に、原生生物の暴走を鎮圧するための大型マップ兵器だ。


「あれの建築にも随分な時間と物資がかかってるらしいね」

「〈フツノミタマ〉が完成したので、今回の作戦も決行されたようですよ」


 ともあれ、あの鉄塔が深奥部を睨んでいるため、内部の猿たちが外に出てくることはない、らしい。

 万が一攻略が失敗しても、直後に〈猛獣侵攻〉が発生して〈ミズハノメ〉が壊滅する、などという事態には陥らないだろう。


「こんにちは、レッジさん!」

「おお、アストラか。忙しいのにわざわざ済まないな」


 レティたちと拠点の見物がてらうろうろとしていると、一際立派な中央指揮所からアストラがやってきた。

 今回の作戦の指揮者ということもあって忙殺されているはずだが、向こうから来てくれるとは思わなかった。


「俺とレッジさんの仲じゃないですか。むしろ、今回もご協力ありがとうございます」


 青年はそう言って明るく笑い、深々と頭を下げてきた。

 今回も例によって〈大鷲の騎士団〉と〈白鹿庵〉は協力協定を取り結んでいる。とはいえ、そう堅苦しい物ではなく、一緒に情報を共有しつつ頑張ろう、といった程度のものだが。

 慌ててアストラに頭を上げて貰い、周囲に見られていないか確認する。


「俺たちは参加者側なんだから、そんなに謙らなくていいんだぞ」

「はっはっは!」


 分かったのか分かっていないのか、アストラは活発に笑い飛ばす。


「団長! 突然出ていったと思ったら……。まだ打ち合わせが残ってるんですから、戻って下さい」


 そこへご立腹な様子のアイがやってくる。

 どうやら仕事を放り出したアストラを連れ戻しにやってきたようだ。

 彼女は俺たちの方に気がつくと、軽く会釈した。


「こんにちは、レッジさん。今日はよろしくお願いします」

「ああ。こちらこそ」

「それとウチの団長がすみませんでした。……ほら、ここは私に任せて戻って下さい」


 アイは口をへの字に曲げるアストラの背中を押して、中央指揮所の方へと追いやる。

 そうして、はっとしてミカゲの方へと向き直った。


「そうだ、もうすぐ術式処理の時間ですね。三術連合の皆さんはあちらにいらっしゃいますので。よろしくお願いします」

「……分かった」


 アイの言葉にミカゲは一つ頷くと、スタスタと歩き出す。


「三術連合? 何かあったのか?」


 会話の内容がよく分からない俺が首を傾げていると、アイが説明を施してくれる。


「今回は高い危険性が予測される未踏破領域の攻略ですから、三術師の皆さんにも色々と協力してもらっているんですよ。ぜひ、〈白鹿庵〉の皆さんも参加していって下さい」


 そう言うアイに腕を引かれ、俺たちは広場の中央へと誘われる。

 他の騎士団員たちの誘導によって、ほとんど全てのプレイヤーが集められ、更には機獣、霊獣、使役獣、果てはモービルやドローンといった車両、機械までが勢揃いだ。


「おお。なんだか物々しいですね」


 レティがピンと耳を立てる。

 一箇所に集められた俺たちをぐるりと囲むように篝火が設置され、垂のさがった荒縄が結ばれる。


「ミカゲですね。呪術師の格好をしてます」


 そこへ、狩衣や巫女装束に身を包んだプレイヤーが現れる。

 その中には黒い衣のミカゲも加わっていた。

 彼らは静かに俺たちを取り囲み、その場に座る。

 更にアリエスをはじめとする占術師、カルパスやろーしょんといった霊術師も円陣に連なる。

 どこからか鼓や笙の荘厳な音が奏でられ、空気が神聖なものへと塗り替えられていく。

 やがて彼らが低く声を発しはじめ、鈴が鳴り響く。

 脳へ染みこむような音楽と共に、術師たちが動き始める。


『対霊障壁構築開始』

『対呪障壁構築開始』

『祓魔作業開始』

『吉凶因果介入処理開始』

『霊的障害浄化処理開始』

『呪的障害浄化処理開始』


 それと同時に、俺たちの周囲にいくつものプログレスバーが現れては消えていく。

 なにか、非物質的なものが書き換わっていく妙な感触を覚えながら、それに身を任せる。


『呪力遮断措置実行』

『霊障消滅措置実行』

『あなたの本日のラッキーアイテムは赤いリンゴです』


「ら、ラッキーアイテム?」


 物々しい儀式に似付かわしくないシステムログに思わず声を上げる。

 周囲を見れば、他のプレイヤーたちにもそれぞれ違ったラッキーアイテムが提示されているようだ。


「あとで騎士団の指揮所に来て下さい。大体のラッキーアイテム候補は用意してありますので」


 側にいたアイが小声で囁く。

 これも攻略に向けた対策の一つなのか。


「――闇を祓い逢魔が時を照らし、勇壮なる民草の行く様をその眼で守り給え」


 結びの言葉と共に乾いた柏手が響く。

 それを以て全ての工程が終了し、俺たちに祝福が振りまかれる。

 一仕事終えた術師たちは、ぐったりとした様子でテントの方へと戻っていった。


「なかなか凄かったな。ああいうのもあるのか」

「ヴァーリテイン戦以降、三術連合が中心となって複合呪儀関連の研究が進められているんです。今回のお祓いと祝詞奏上も、三術連合からの申し出を受けて実施してもらいました」


 アイが言うには、これらの作業がどこまで攻略に影響を及ぼすかは未知数らしい。

 今回の大規模攻略作戦は、そのあたりの実地検証も兼ねている。


「しかし、なんか肩こりが解消された気がするな。心なしか腰痛も軽くなったような……」

「それはプラシーボじゃないですか?」


 お祓いの影響か祝福の影響かは分からないが、なんとなく身体が軽くなった気がする。滑らかに動く膝関節に感激して屈伸を繰り返していると、レティに怪訝な目で見られた。


「そういえば、みんなのラッキーアイテムは何だったんだ?」


 儀式の途中、それぞれに本日のラッキーアイテムが示された。俺は赤いリンゴだったが、レティたちはまた別のアイテムなのだろうか。


「レティは青いハンカチですね」

「わたしは白いナイフだったよ」


 レティとラクトに続き、トーカは紫の野菜、エイミーは黒い薬、シフォンは虹色の魚、アイは橙色の花と答えた。

 事前に騎士団がラッキーアイテムになりそうなものを沢山揃えてくれているようなので、ありがたくそれを受け取りに向かう。

 テント村の一角でアイテムの配布が行われており、儀式を受けたプレイヤーたちが列を成していた。俺たちもそこに加わり、目当てのアイテムを受け取る。


「俺は普通にリンゴだな。これは食べれば良いのか?」

「インベントリに入れておくだけで大丈夫です。現在の幸運値が恐らく200くらいなので、ラッキーアイテムを持っておけば、250くらいまで上がるはずですよ」

「その幸運値っていうのがよく分からないんだけどな」

「マスクデータの一つですからね。数値も大体の推測でしかありません。幸運値が上がるとレアドロップが出やすくなったり、レアエネミーとの遭遇率が上がったり、原生生物が弱くなったりするんですよ」


 流石騎士団の副団長だけあって、打てば響くように質問に答えてくれる。

 ほうほうと頷きながら講義を受けていると、突然レティが俺とアイの間に身体をねじ込んできた。


「レッジさん! レティもラッキーアイテム貰いましたよ。青いハンカチです」

「お、おう。そのまんまだな」


 レティが広げて見せたのは、薄いハンカチだった。端の方に〈シルキー縫製工房〉のロゴが刺繍してある。


「私も手に入れましたよ」


 そこへトーカもやって来て、紫タマネギを見せてくる。本当にそんなものを持っているだけで幸運が訪れるのだろうか……。


「みんなは良いわねぇ。私なんてこれよ」


 そう言ってエイミーが見せてきたのは、アンプルに入った粘度の高い黒い液体だった。

 “ダークマターアンプル”という名前で、LP回復アンプルとホットアンプル、クールアンプル、各種状態異常回復アンプルを全て混ぜるとできる、未だに利用法の分かっていない謎の薬品らしい。


「エイミーはまだマシでしょ。わたしはよりによってこれだよ!」


 涙目のシフォンが持ってきたのは、“虹輝鮫の刺身”だった。確かに虹色の魚となればそうなるか。

 ちなみにアイは順当にオレンジ色のチューリップを一輪手に持っていた。


「そういえばラクトは?」

「言われてみればまだ戻ってきませんね」


 一緒に列に並んだはずだが、ラクトだけまだラッキーアイテムを携えてきていない。

 不安に思ってアイテムを配っているテントの方を伺うと、ラクトと騎士団員が困り顔で話していた。


「おーい。何かトラブルがあったのか?」

「あ、レッジ」


 見かねて声を掛けると、ラクトがこちらに振り返る。


「すみません。武器系のアイテムは用意していなくて。今、生産部の方に連絡を取ってるんですが……」

「なるほど」


 どうやら、ラクトのラッキーアイテムである白いナイフが用意できないようだ。

 俺は少し考え、妙案を思いつく。


「それなら、これを貸そう」


 差し出したのは、“身削ぎのナイフ”だ。

 柄に赤い布が巻かれているが、刀身は純白なので白いナイフと言って差し支えないだろう。


「いいの? これがないとレッジ、解体できないんじゃ。それに〈風牙流〉だって……」

「どうせラクトは一緒に行動するだろ。〈風牙流〉用には予備の“餓狼のナイフ”を使うさ」


 驚くラクトに、俺は半ば無理矢理ナイフを押しつける。

 解体の際にわざわざ受け取る必要があるが、逆に言えばそれくらいだ。攻略中は解体をしている暇もないかも知れないし、別に良いだろう。


「ありがとう。じゃ、借りるね」

「おう。しっかり預かっててくれ」


 これでラッキーアイテムの件も落ち着いた。

 そして、全員が無事に幸運値を最高まで高めたところで、深奥部攻略作戦が動き出した。


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Tips

◇身削ぎのナイフ

 白く輝く美しい刀身に赤布を巻き付けた、細長い解体用のナイフ。扱いは難しいが、心を冷静に保つことで、繊細に原生生物の身体を切り進むことができる。


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