第620話「いつかの記憶」

 ミカゲが振る舞う中華料理の数々を堪能したレティたちは、暖かな焚き火を囲んで微睡んでいた。

 カミルも卵スープから始めて少しずつ食事を摂り、今はうつらうつらと体を揺らしている。


「いっぱい動いた後にいっぱい食べたせいか、みんな眠そうだね」

「これだけ長時間フィールドにいることもそうないからな。腹の皮が張って緊張が切れたんだろ」


 焚き火とテントのおかげで原生生物たちによる襲撃を心配する必要もない。

 レティはいつものように掲示板のスレッドを見ているし、エイミーとラクトはそれぞれ雑誌を開いている。三人の間で何か会話があるわけでもないが、それでも背を預け合って、仲が良さそうだ。

 少し離れた所では、トーカがミカゲと何やら話している。

 空気はすっかり和みきって、誰もがまるで〈白鹿庵〉の拠点にいるかのようなだらけ具合を見せていた。


「――よし、じゃあ行くか」


 しかし、強化合宿はまだ終わっていない。

 俺は立ち上がり、レティたちに向かって宣言する。


「これより、強化合宿3日目夜の部を始める!」

「うおおお……。やっぱりやるんですね」


 その言葉にレティは耳を垂らし、もぞもぞと動き出す。

 当たり前だ。もともと計画していたことなのだから、彼女たちも知っているはずだろうに。


「帰るまでが合宿だからな。夜明けまでもう少し島を回るぞ。目標は三周以上だ」


 とはいえ昼の部でレティたちは気力も体力も物資もかなり使い込んでしまった。夜の部は色々と負担も多くなり、平時とは違ったプレッシャーもある。


「今回は俺がパーティの中心になる。レティたちは周囲の警戒を重点的にしてくれ」


 スキンを剥ぎ、種瓶を取り出しつつ、夜の基本方針を各員に伝える。

 密林の中では機体換装も植物戎衣も使いにくいため避けていたが、すでにそんなことを言っていられるような状況ではない。密林の中なりの使い方を模索する良い機会だ。


「シフォンとエイミーは、カミルとT-1の護衛を頼む」

『なぁっ!? アタシはまだ戦えるわよ!』


 俺がシフォンの肩を叩くと、焚き火の前でふにゃふにゃしていたカミルが急に覚醒する。箒を掴んで立ち上がるが、俺の目からも疲労が溜まっているのはよく分かった。


「T-1はともかく、カミルはもう体力の限界だろ。フレームも歪んでるはずだ」


 昼間の激戦で、彼女も多少の攻撃を受けている。

 〈ミズハノメ〉に戻ったら一度アップデートセンターに行った方がいいだろう。


『むぅ……』


 カミルも自分の状態はよく分かっている。

 能力が高い故に、冷静な判断も下せるはずだ。


「ま、そんなに睨まなくて良いさ。俺の後ろでゆっくりしてればいい」

『分かったわよ。せいぜいキリキリ働きなさい』


 カミルなりの激励を受けて、俺も気合いを入れる。

 装備を調え、インベントリの中身を整理し、武器を構えてテントを撤収する。

 濃密な闇が瞬く間に視界を侵蝕し、周囲を包んだ。


「じゃあ、出発だ」


 そうして、俺たちは深い密林の奥へと足を踏み出した。


_/_/_/_/_/


 ――目が覚めると、真っ暗だった。


「う……。うごっ」


 重いヘッドセットを外すと、消し忘れていた部屋の照明が開ききった瞳孔に光を注ぐ。思わず眉間に皺を寄せて体をねじり、枕に顔を押しつけた。

 仮想現実から戻ってきたとき特有の、夢のようで夢ではない、曖昧なようで鮮明な記憶が頭の中で渦巻く。こことは違う星、違う世界で繰り広げられた楽しい冒険を思い返し、そして空腹感が現実に引き戻す。


「おなかすいた」


 ベッドから降りて、ぐしゃぐしゃになった布団を適当に整える。専用のVRシェルが買えれば色々と便利なんだろうけど、そこまで用意するお金も場所もない。

 二本の足でまっすぐ立つと、しばらく違和感が纏わり付いてくる。向こうではもっと視点が低い位置だし、視界の端に入る髪の色も違うからだろうか。

 部屋の電気を消して、よたよたと覚束ない足取りでキッチンに向かう。


「……帰ってきてないか」


 人気の無いキッチンは薄暗く、わたしが居ない間に誰かがやってきた痕跡もない。

 仕事を終えた食洗機から、まだほのかに温かいガラスのコップを取って、水道の水で満たす。それをゆっくりと飲みながら、火照った体に染み渡っていく感覚に目を細める。


「晩ごはん、どうしよう」


 冷蔵庫の中には、何もない。強いて言うならドレッシングとマヨネーズとケチャップと牛乳くらい。固体が皆無だ。

 戸棚を見れば、カップ麺がいくつかある。少し減っているのは、ママが職場に持っていったからだろう。


「カップ麺でもいいけどな」


 どうせ一人で食べるなら、何だって良い。

 惑星イザナミではエイミーに美味しいステーキハウスに連れて行ってもらったし。

 そんな言い訳みたいなことを考えながらカップ麺に手を伸ばした時だった。


「っとと。え、ママ?」


 手首の携帯が震えて、着信を伝える。

 発信者を見ると今も忙しく仕事をしているはずのママからだった。

 珍しいこともあるもんだ、と考えながら慌てて受信のボタンをタップする。スピーカーから聞こえてくるのは、少し疲れた様子のママの声。


『やっほー、志穂。元気してる?』

「元気だけど。何かあったの?」

『いやぁ、早めに仕事終わったからさ。もし晩ごはん食べてないなら一緒に食べない?』


 陽気な調子で投げかけられた提案に、わたしは今度こそ驚いた。

 ママは大きな企業の社長をしていて、わたしが小さい頃からずっと忙しかった。お父さんはわたしが生まれるずっと前にいなくなった。だから、よく叔父ちゃんの家に行っていたし、そうじゃない時は一人で家にいた。

 叔父ちゃんに怒られてからは毎週日曜日だけは家にいるけど、それでも部屋でずっと仕事はしている。平日はわたしが起きるよりも早く家を出て、寝ている時間に帰ってくる。

 家族と一緒にご飯を食べるなんて、もうずっとしていない。

 小学校や中学校の卒業式も、10分以上居たことがないほど多忙だったママの事情はよく分かってるし、理解しているつもりだった。だからこそ、なんでもないような今日、そんなことが提案されるとは思いもしなかった。


「もしかして、会社倒産しちゃった?」

『何を言ってるのよ。たまたま会議が早く終わって、急ぎの用事も無かったの。どう?』


 驚きすぎて変なことを言ってしまった。ママはさらりとそれを流してくれて、もう一度誘ってくれた。


「もちろん。今からカップ麺食べようと思ってたところだったし」

『もう。そんなのばっかり食べてちゃ駄目よ』

「ママに言われたくないんだけど……。わたしが買ってきたやつ、勝手に持っていったでしょ」


 話しながら、口もとが緩むのが分かった。

 私は戸棚の扉を締めて、駆け足で自分の部屋に戻った。部屋着を脱いで、ちゃんとした服装に着替える。

 外で何かを食べること自体、普段はあまりしないからどんな服を着れば良いのか少し悩む。


「うぅ……」

『もうすぐ家に着くわよ』

「ええっ!? ちょ、ちょっと待って!」


 急いで服を着て、ボタンを留める。

 再び部屋を飛び出して玄関を開けると、ちょうど目の前の道路に黒い車がやってきた。


「お待たせ。うん、可愛いじゃない」


 後部座席の窓が降りて、長い黒髪を流したスーツ姿のママが笑顔を見せる。

 運転席から出てきた男の人がドアを開けて、わたしはママの隣に座った。


「それで、何が食べたい? なんでもいいわよ」

「ええ。そうだなぁ……」


 突然そんなことを言われても困ってしまう。

 そもそも、どんなものが食べられるのかすら分からない。わたしは色々と頭を悩ました末、ママを困らせるようなことを言った。


「ママが好きなものが食べたい」

「ええっ?」


 予想通り、ママは驚いて声を上げる。

 赤い唇を開いて、困ったように眉を寄せた。その表情にどこか見覚えがあって、やっぱり姉弟なんだな、なんてことを考えた。


「せっかくゆっくりできるんだったら、ママが食べたいものを食べたいな。わたし、ママが何が好きかとかも知らないし」

「そっか。そうよね……」


 ママははっとしたような顔になって、すっと眉を下げる。そうして、わたしの髪をぽんぽんと叩くように撫でた。


「久川、行き先変更よ」


 ママは黙々と運転していた男の人に声を掛ける。

 よく考えれば、わたしが乗ってすぐに車は動き出していたのだから、もともと目的地はあったはずだ。


「いいの?」

「志穂が何も思い浮かばないなら、とあるホテルの最上階の高級レストランでも行こうと思ってたんだけどね」


 そう言ってママは茶目っ気のある瞳をこちらに向ける。それはそれで興味があるけど、もう行き先は変わってしまった。

 車は夜の町を滑るように走り、住宅街から繁華街に入っていく。

 黒塗りの高級車が町の景観にはミスマッチで、道行く人たちから視線を集めているような気がして落ち着かない。ママは気にする様子もなく膝にパソコンを置いて、パチパチとキーを打っていた。


「ママ、どこにいくの?」

「うーん、ちょっとした思い出のお店かな」


 運転手さんに伝える声も聞こえなかったし、わたしはこの車がどこに行くか分からない。ママに聞いても、そんな言葉ではぐらかされてしまう。

 わくわくとドキドキを胸に、わたしは静かな車内で縮こまる。

 隣に座るママのキーボードを打つ音が響く。


「――志穂、志穂。着いたわよ」

「はえ……?」


 優しく揺り起こされて、いつの間にか眠っていた事に気がつく。慌てて目を開くと、ママが口元に笑みを浮かべていた。


「久川の運転が上手かったのね。気付いたら寝ちゃってたわ」

「恐縮です」


 涎が垂れていないか口元を擦って確認して、乱れた髪を整える。

 せっかくママといれたのに、話もせず寝てしまうとは。


「ふふ。ちゃんと可愛いから安心しなさい。ほら、行きましょう」


 ママがそっと襟を正してくれる。

 久川さんがドアを開けてくれて、外に出ると夜の冷気が頬を撫でた。


「って、ここ……」


 周囲を見渡して初めて、自分がどこに居るのかを理解する。

 煌々と光ながらゆっくりと回転する大きな看板。大きなガラス窓に、明るい店内。周囲には良い香りが広がっている。


「しばらく来てなかったから、食べたくなっちゃって。ほら、入りましょう」


 車で待つ久川さんを置いて、ママはわたしを連れて店内に入る。

 カウンターに立つ制服姿の店員さんが百点満点の笑顔で出迎えてくれた。


「いらっしゃいませー!」


 ハキハキとした声が聞き取りづらくなるくらい、店内には音が溢れていた。厨房の方では油が弾ける音と、アラームの繰り返す音が流れ、客席の方ではわたしと同世代くらいの学生が何人もテーブルを囲んでいる。

 ホテルの最上階の高級レストランとは、文字通り天地の差がある。ここは全国に数千店舗を展開する、とあるファストフード店だった。


「あら、もうあのバーガーが出る季節なのね。ママはあれにしようかしら」


 どう考えてもママのきっちりと仕立てられたスーツ姿はアウェーだけれど、何故か賑やかな店内に馴染んでいるようにも見える。

 早速メニューを覗いているママに並んで、文字と写真がぎっちりと詰まったそれを見る。


「な、なんだかいっぱいあるね……」

「志穂はこういうのも来たことない?」

「うん。学校の友達も買い食いとかしないし」

「まあ、セーレイだとなかなか無いか」


 わたしは小中高一貫の女子学校に通っている。周りはみんなお金持ちで、育ちの良いお嬢様ばかりということもあって、下校時にカラオケやファストフードの店に寄るなんてことはまずしない。

 そもそも、車で登下校している人たちも多い。

 一人でどこかに出掛けることもないし、なんだかんだでこうしたお店は初めてだった。


「テリヤキバーガーのLLセット。ドリンクはコーラで。ほら、志穂も。何でもいいわよ」


 わたしがメニューを決めきれないうちに注文の順番が来てしまう。ママはさらさらと希望を告げて、わたしをつついた。


「えと、えと。じゃあ、ベーコンエッグバーガーのLLセットで、えーっと、コーラをお願いします」

「かしこまりました! 準備に少々お時間かかりますので、こちらの番号札をテーブルに置いてお待ちください!」


 店員さんが素早いレジ捌きで注文を控え、ママから代金を受け取る。

 番号の書かれた大きい置物を持って店内を軽く巡り、壁際のソファに収まった。


「期間限定のにするんじゃなかったの?」


 落ち着いて、ふとママが頼んでいたものが気になった。テリヤキバーガーはたぶん、いつでも売っているメニューだと思う。

 そう指摘すると、ママは照れたような顔で頷いた。


「他のを頼もうとも思ったんだけど、結局アレにしちゃうのよ」

「思い出の味?」

「そういうこと。それに、志穂が頼んでたものもちょっと驚いたわよ」


 ママの言葉に首を傾げる。

 どれを選んで良いか分からなくて、咄嗟に目に付いたものにしただけなんだけど、何か特別なものだったのだろうか。


「昔は志穂の叔父さんとたまに来てたのよ。それで、ママはいつもテリヤキバーガー、叔父さんはベーコンエッグバーガー。二人ともLLセットでドリンクはコーラ」

「そうだったんだ……」


 ママが叔父ちゃんの事について話すことはあまりない。そもそも、普段からわたしとママはそんなに話す機会がないんだけど。

 こんな日で、ママも気が緩んでいるのかも知れない。いつもより柔らかい表情で、叔父ちゃんとこの店へ来た時のことを話してくれた。


「二人でお店に入って、ドキドキしながら注文してたわ。いっぱい食べたいから二人ともLLセットを頼むんだけど、量が多くて最後はお腹いっぱいになったりして」


 ママはいつも完璧で、いつも正確な予定を立てて働いている。だからこそ、そんなママでも小さい頃は子供らしいことをしていたことを知って、思わず笑ってしまう。

 そして、あの叔父ちゃんにもそんな可愛らしいエピソードがあったなんて。意外だった。


「お待たせしました! テリヤキバーガーのLLセット、ベーコンエッグバーガーのLLセット、ドリンクはどちらもコーラでお間違えなかったでしょうか」

「ありがとう。――それじゃ、早速頂きましょうか」


 店員さんが持ってきてくれたハンバーガーはでき立てで、ポテトも熱々だった。

 こんなジャンクなご飯は初めてで、思わず喉が鳴る。

 そんなわたしを見ながら、ママは早速ハンバーガーの包み紙を剥がした。


「スーツに零しちゃ駄目だよ」

「叔父ちゃんみたいなこと言うわね。大丈夫よ。――あーん。あっ」

「ああっ!」


 口を尖らせながら豪快に齧り付いたママは、予想していたとおりに隙間からテリヤキソースを零す。

 わたしが慌てて手で受け止めると、ママは気まずそうに笑った。


「だから言ったのに……」

「わ、分かったわよ。こうすればいいんでしょ」


 ママは紙ナプキンを広げて膝の上に乗せる。

 それでも心許ないけれど、まあ、仕方ないだろう。

 わたしは自分の目の前にあるトレーに視線を向け、紙フィルムに包まれたハンバーガーを手に取った。


「これを、こうかな」


 初めてのハンバーガーに少し手間取りながら、ママの手元を参考にしてフィルムを半分剥がす。

 柔らかいパンに挟まれた、目玉焼きと厚切りのベーコンとレタス。美味しそうな香りが漂ってくる。


「はむっ」


 我慢できず一口囓る。

 半熟の黄身がとろりと流れて、慌てて二口目。

 シャキシャキとしたレタス、ぷりんとした白身、ジューシーなベーコン。それらがバンズに挟まれて、渾然一体となる。


「おいしい……」

「そうでしょう」


 思わず声を漏らすと、ママは目を細めて頷いた。

 ハンバーガーを片手に大きなカップを掴む。シャラリと氷が揺れる様子を薄い紙カップ越しに感じながら、ストローを口にくわえる。

 冷たくてシュワシュワとした甘いコーラが、脂を流して口内をさっぱりとさせる。

 カップを置き、ポテトに手を伸ばす。


「あちっ」

「気をつけてね」


 揚げたてのポテトは熱かった。

 少し冷めたものを選んで摘まみ、口に運ぶ。

 サクッとした表面、ホクッとした中身。

 とまらない。


「美味しいね」

「そうでしょ。一度食べたら、もうやみつきよ」


 ママも食べる手が止まらない。

 店内の賑やかな声も耳に心地良い。

 気がつけば、あんなにあったハンバーガーもポテトもコーラも無くなってしまっていた。


「食べちゃった」

「LLセットもペロリね。志穂も大きくなったわ」


 そう言いながら、ママも最後のポテトを口に運ぶ。塩の付いた指を名残惜しそうに拭き、カップに残ったほとんど水のようなコーラを飲む。


「ちなみに志穂、これの総カロリーって――」

「知らないし聞きたくないよ!」


 悪魔の囁きのようなママの言葉を押し退ける。

 今は幸せなんだから、ゼロカロリーだ。


「それじゃあ、帰りましょうか」

「うん……。久川さんに何か買ってかないの?」

「流石に車の中にこの匂いを持っていくのはね……」


 ママは苦笑して店内を見渡す。

 鼻が慣れてしまっているけれど、たしかに結構な匂いだ。あの車とは絶対的に相容れないだろう。


「ママ」


 ゴミを捨て、トレーを置き場に重ねるママに声を掛ける。


「また、来れるかな」

「もちろん。また一緒に来ましょう」


 そう言ってママは笑う。

 わたしもつられて笑って、一緒に店を出た。

 夜の風が頬を撫でる。

 その冷たさも心地よかった。


_/_/_/_/_/


「――レッジさん、レッジさん。ごはん、できましたよ」

「お、おお……」


 ビキビキとひび割れそうな体をなんとか引き摺り、焚き火の元へ向かう。

 レティたちはすでに揃っていて、呼びに来てくれたシフォンは調理台の前へと戻る。


「レッジさん、大丈夫ですか?」

「まあ、なんとかな……」


 強化合宿の締めくくりとなる3日目の夜。俺は機体換装と植物戎衣をフルに活用して戦い抜いた。

 その結果、左足が付け根から破損し、八本に増えた腕も一本になってしまった。満身創痍も良いところだが、色々と無茶をした結果なので、むしろ死に戻らなくて良かったと言うべきだろう。


「流石にレッジさんも料理できませんよね」

「わたしが色々作ったから、それで勘弁してね」


 残念そうにするレティに、シフォンが声を掛ける。

 3日目、というより4日目の朝は彼女が料理当番をになっていた。


「それで、シフォンは何を作ったんだ?」

「ふふん。どうぞご覧あれ、テリヤキバーガーとベーコンエッグバーガー。そして、ポテトとコーラだよ!」


 シフォンが披露してくれたのは、なんともジャンキーな品々だった。

 コーラ以外は手作りらしく、その不均一さがまた良い。


「バーガーはお好きなのをどうぞ。ポテトとコーラはいっぱいあるからね」

「そうか。じゃあ――」

「はい、ベーコンエッグバーガー」


 俺が希望を伝えるよりも早く、シフォンがベーコンエッグバーガーを差し出してきた。


「お、おう。よく分かったな」

「あっ。その、ほら、ベーコンエッグバーガーが食べたいって顔してたから……」


 シフォンが視線を外しながら言う。

 そんなに分かりやすい顔をしていただろうか。そもそも今はスケルトン状態だから、表情も何もないと思うのだが……。


「ほらほら、冷めちゃう前にどうぞどうぞ!」

「それもそうだな。頂きます」

「頂きまーす!」


 シフォンに急かされ、早速ハンバーガーに齧り付く。

 腕一本でも食べられるのはやはりありがたい。

 そして、この卵とベーコンとレタスの組み合わせがとても良い。


「レッジさん、ベーコンエッグバーガーが好きなんですか?」

「子供の頃からたまに食べてたからな。ま、思い出の味ってやつだ」

「へぇー。良いですね、そういうの」


 レティはそう言いながら、パクパクとポテトを口に運ぶ。

 こっちも揚げたてで美味しそうだ。表面に掛かった塩もキラキラと輝いている。


「ともかく、これで強化合宿も終わりだね」

「長かったような短かったような。色々と課題は見つかったわね」


 ハンバーガーを片手に、ラクトたちもしみじみと合宿を思い返す。

 厳しいこともあったが、おかげで改善すべき点がいくつも見つかった。ネヴァに作って貰った新装備にも慣れることができた。

 今回の経験を元に準備を進めれば、城壁樹の内側へも赴けるだろう。


『シフォン、妾のおいなりさんはどこじゃ?』

「あ、ごめんごめん。ちゃんと用意しているよ」


 今回もしっかりT-1向けに稲荷寿司が用意されている。シフォンがどんなものを作ったのか気になって視線を向けると、彼女はそれを取り出した。


『おお! ……おお? これが、おいなりじゃと?』


 下からポテトがはみ出した油揚げと、ベーコン、レタス、目玉焼きがぎゅうぎゅうに詰められた油揚げ、そして照り焼きソースと共にパティの詰められた油揚げの三種が皿に並んでいる。

 流石のT-1も懐疑的な目で首を傾げているが、すかさずシフォンが口を開く。


「よく見て、ちゃんと油揚げに包まれてるでしょ。お米の代わりにポテトっていうのも、同じ炭水化物だし。ちょっとした変わり種だよ」

『な、なるほど……。うむ、これもおいなりさんじゃな!』


 なぜそれで説得されるのか。

 少々T-1が心配になるが、本人が納得しているのなら何も言うまい。

 俺はそっと彼女から視線を外し、目の前のベーコンエッグバーガーに集中することにした。


_/_/_/_/_/

Tips

◇ベーコンエッグバーガー

 バンズに厚切りのベーコン、半熟の目玉焼き、新鮮なレタスを挟んだハンバーガー。三種の味が一体となり、口の中に楽しさが広がる。


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