第613話「鮫纏う赤兎」
〈スサノオ〉の工業区画の一角に位置する、ひっそりと隠れるような立地の工房。
知る人ぞ知るその店のドアを開くと、褐色の肌をしたタイプ-ゴーレムの女性が待ち構えていた。
「来たわね」
この工房の主、ネヴァは息せき切ってやってきた俺たちを出迎えると、そのまま二階の応接室へと案内した。
〈ミズハノメ〉から公共交通機関を乗り継いでやってきたのは、彼女から一報があったからだ。
「新装備、できたんだな」
「ええ。今回はなかなか難しかったけど、なんとかね」
興奮を抑えきれない俺に、ネヴァは軽く頷く。
直前まで作業をしていたのだろう、その顔には疲労が滲んでいる。
今回、俺たちが彼女に頼んだのは第二開拓領域でも通用する武器と防具、という無理難題だ。
そのために“深紅のイェクノム”をはじめ、収集していた〈花猿の大島〉付近の原生生物のドロップアイテムを預けていた。
未だにスキルレベルを80以上に拡張する手段は見つかっていない現時点で、そんな最前線のアイテムを扱うのは至難の業だったはずだが、彼女はそれを見事にやり遂げてくれた。
「それじゃ、誰から着替える?」
一周回ってテンションの高いネヴァの問い掛けに、いち早く手を上げたのはレティだった。
「はい! レティからお願いしますっ!」
「オーケー。じゃあ、下に行こっか」
期待に胸を膨らませるレティを連れて、ネヴァは一階の工房へと降りていく。
「レティの新装備か。今の段階でも十分強いと思うけど」
「まあ、ずっと強化は続けてたみたいだしな。それでも、そろそろ頭打ちだろう」
彼女が普段使っている星球鎚も、随分と使い古されている。
強化は幾度となく重ねているようだが、その限界も近い。
とはいえ、土台から作り直さなければいけないのは、彼女のハンマーだけではない。
ラクトの短弓や、トーカの刀、ミカゲの忍刀、エイミーの盾拳、そして俺の槍。
それらも第二領域の浅い場所でしか通用しないことを、それぞれが薄く察している。
「武器更新の楽しみがないのは、ちょっと悲しいなぁ」
そうため息交じりに言うのはシフォンだ。
彼女は戦闘時にアーツを使い、即席の武器を作り出して戦う独特なスタイルを取っているため、今回は装備品だけの新調だ。
そもそも彼女は装備自体も更新してさほど時間も経っていないのだが、良い機会なので〈白鹿庵〉全員で更新することにしていた。
シフォンの着ている“
「じゃじゃーん! どうですか?」
そんな話をしていると、階下からレティが現れた。
自慢の脚力で階段を駆け上がってきた彼女は、赤髪の良く映える深い青色の装備を身に着けていた。
「“
ネヴァの説明を聞きながら、ゆらゆらと裾を翻すレティを見る。
名前の通り深い青色のゆったりとした服で、今までのかっちりとしていた軽鎧とはがらりと印象が変わる。
鮫の意匠を取り入れているのか、垂れた袖は鰭のようだ。
「そして、こっちが新しい武器よ」
「ひえっ……」
ネヴァに促され、レティが武器を取り出す。
それを見たラクトが思わず声を上げた。
「“
それは巨大な鮫の頭骨をそのままヘッドに流用した、禍々しい見た目のハンマーだった。
鋭利な牙の並ぶ、大きく開いた顎が取り付けられ、金属のヘッドを包み込んでいる。
片方が細く尖ったピックハンマーのような形状で、ご丁寧に側面にはヒレもついている。
「全身に鮫素材を使ってるのね……」
自慢げに体を回転させて新装備を見せつけるレティに、エイミーたちも圧倒されていた。
俺が今着ている“ブラストフィン”シリーズと同じような系譜なのだろうが、より攻撃的な性能をしているようだ。
「ふふん、良い感じでしょう? 鮫装備ですし、実質レッジさんとペアルックと言っても過言ではないのでは?」
「それはそうかもだけど……」
揚々と鼻を鳴らすレティに、ラクトも頷く。
しかし、彼女に悪いのだが……。
「俺も装備を変えるからな」
「えっ!?」
「ネヴァには、イェクノムの素材を使って貰うように頼んでるから……」
「えっ!?」
顎を落とすレティを置いて、流れで俺も新装備を受け取る。
下の工房で最後の調整をして貰った後、満を持して皆の前で披露した。
「け、獣……!」
「レッジ、そういうモサモサした格好好きだよねぇ」
驚き半分、呆れ半分といった視線を受けながら、俺は真新しい装備の名前を伝える。
「その名も“
背中をすっぽりと包む硬い毛皮のマントは、深いフードもついていて雨風をしっかりと防ぐ。
丁寧に鞣した革は柔軟で動きやすく、ブーツもしっかりと足を保護してくれる。
山へ挑む狩人のような格好で、なかなか野性的だ。
「新しい槍は“深紅猩猩の玉矛”だ。あの猿が口から出してたビームが撃てる、らしい」
「それはもう槍ではないのでは……?」
レティが疑念の声を上げるが、ちゃんと槍としても使える。
穂先は金属ではなく、イェクノムの骨を削って使っており、その根元に赤い宝玉が埋め込まれている。
柄には城壁樹を使い、隅から隅まで〈花猿の大島〉産の槍に仕上がっている。
「けど、今度はレティが青い装備で、レッジさんが赤い装備なんだね」
並んだ俺とレティを見比べて、シフォンが感想を述べる。
別に互いに狙ったわけではないが、結果的にそれぞれのイメージカラーを交換したような形になったらしい。
「こ、これはこれでいいですね……。ネヴァさん、ありがとうございます!」
「私は自分の仕事をこなしただけよ」
感激するレティの言葉に、ネヴァはひらひらと手を振って返す。
確かに、なかなか良い装備を作って貰った。
「それじゃ、他の皆も着替えましょうか」
「いえーい!」
ネヴァがパチンと手を叩き、残りのメンバーも続々と着替え始める。
「ラクトは“
機術師であるラクトは、氷の結晶のような装飾が施された青いローブに着替える。
それだけであればただの機術師だが、手に持っているのはゴツゴツとした青と白の短弓だ。
彼女がアーツを使用する際の発動具であり、そのまま短弓として矢を放つこともできる。
「次はトーカね。希少な昆虫素材と金属を組み合わせた“風切り蝶の戦装束”は、速度と斬撃属性の増強に重点を置いてるわ。こっちの“大太刀・妖冥華”もそれに合わせた物ね」
トーカは今までと同じく、和装を崩していない。
薄桃色の着物には鮮やかな蝶が、黒い袴には金の蜻蛉が描かれている。
胸当てや脛当てといった防具は黒い金属製で、守りもしっかりと固められているようだ。
武器は、今までの腰に佩いていた刀から代わり、背中に背負った大太刀だ。
三本の刀を合体させる“雪月花”に迫るサイズだが、これからはこの大太刀を普段から使うらしい。
「ミカゲの装備は別注らしいから、忍刀だけね。黒白鉄鋼の双忍刀で、その名もズバリ“陰”と“陽”よ」
彼の防具は現在、〈キヨウ〉で呪具店を営むホタルという少女が専任している。
そのため、ネヴァからミカゲには白い刀身と黒い刀身の特徴的な二振りの忍刀が渡された。
「エイミーには“鏡鱗甲冑・
護りの要、エイミーは自身の流派が開いた切っ掛けにもなった戦いの成果を装備にしたようだ。
全体的に白く統一された鎧と手甲で、表面が滑らかに磨かれている。
黒く巨大な盾拳から一転して、鋭利に尖った手甲は細長い。
「それじゃあ、最後にシフォンね。“白蜘蛛の天衣”よ。“シルキー縫製工房”が作ってる特殊糸を使ってて、軽くて丈夫で機術の能力が上がる便利な代物よ」
シフォンに渡されたのは、エイミーと同じく白を基調とした、ゆったりとした布製の衣だ。
四肢や腰、胸元などをベルトで締められるようになっており、動きの邪魔になることはないだろう。
背中から細い帯が流れているのが特徴的で、なるほど蜘蛛のようにも見える。
「さあ、これで全員の注文の品が揃ったわね」
それぞれが注文していた装備が揃い、新鮮な光景が工房の応接間に広がる。
真新しい装備に身を包み、誰もが浮き足立っていた。
「どれも今注ぎ込めるだけの技術の粋を注ぎ込んだわ。とりあえず〈花猿の大島〉攻略までは使えるはずだから、頑張ってちょうだい」
「ありがとう、ネヴァ。これがあれば百人力だ」
やり遂げた表情のネヴァに、全員で謝意を伝える。
スキルが頭打ちになっている以上、攻略ではいつも以上に武器と防具が重要になってくる。
だが、これらが揃えば〈花猿の大島〉の猿たちにも挑むことができるだろう。
「ま、頑張りなさいな。私も応援してるから」
力強い激励の言葉と共に、ネヴァが俺の背中を叩いた。
装備も揃ったことで、準備は全て整った。
「それじゃ、いよいよ強化合宿だな」
周囲を見渡して俺が言うと、レティたちも強い目つきでそれに頷いた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇“
深き海の淵に棲む鮫の皮をふんだんに使用した衣。しなやかな柔軟性に富みながら、非常に強靱で、特に斬撃属性に対する高い耐性を有する。また、上質精錬黒青鉄鋼製の胸当てや膝当てなどによって急所を守り、防具としても高い性能を持つ。
青の中を舞い、紫紺の宙を漂う。軽やかに、流れるように。古き時のなかで朽ちぬ静かな獣性を宿して。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます