第612話「買い出し」
〈ミズハノメ〉の商業区画は、面積こそ他の都市ほどではないが、数だけで言えば引けを取らないほど多くの店が軒を連ねている。
巨大な海上プラントという限りある立地である故に、この町の建物は上に何段も重ねていく複層的な作りになっている。
個々の建物は画一的で、四角いセルが隙間無く並べられたような見た目だ。
店名を示す看板と、店先に置かれた小さなショーケースなどが違うくらいで、あとは鏡合わせのように同じようなドアと窓が連続している。
「大きいマンションに来たみたいですねぇ。地図が無いとすぐに迷っちゃいそうです」
「実際、テナント型らしいですからね。お店の集合住宅みたいなものです」
〈ミズハノメ〉の地図を広げたレティを先頭に、俺たちは商業区画を進んでいく。
急遽決定した〈白鹿庵〉の強化合宿に向けて、今日は必要な物資の買い込みだ。
「お、薬屋があったぞ」
真っ直ぐ奥まで見通せる狭い通りに面した看板の中に、アンプルを模したアイコンを見つける。
俺が先を進むレティに声を掛けると、彼女は地図を確認して首を振った。
「その店では買いませんよ。高いですし」
「そうなのか?」
まるで節約上手な主婦のようなことを言うレティに、思わず首を傾げる。
「そのお店は解毒剤とか麻痺解除剤みたいな、状態異常対策系のアンプルの品揃えはいいんですけどね。生憎、そちらはもう十分ありますので」
「今欲しい高ランクのLP回復アンプルは少し先のお店が安いのよ」
エイミーにそう言われ、俺はすごすごと引き下がる。
自分は普段アンプル自体をあまり使わないが、レティたち戦闘職にとっては日常的に消費する必須級のアイテムだ。
アンプルは容器を砕くか、栓を開けるかすることで、LPを回復したり状態異常を解除したりといった様々な効果が得られる。
更には一時的に攻撃力や防御力、移動速度といったステータスを上昇させたり、視力や聴覚など感覚器を鋭敏にさせたりするなど、身体強化を行うアンプルも開発されているようだ。
そんなふうに一口にアンプルと言っても、その種類は多岐に渡るため、町のショップでも扱う品が微妙に違ってくるらしい。
「そう言う価格情報とかも気にしてるんだな」
「当然です。生産系とか観光系のバンドが価格情報を纏めてくれてるんですよ」
そう言ってレティが見せてくれたのは、この日はここのアンプルが安い、などと黄色いポップ体で書かれたチラシだった。
わざわざ〈筆記〉スキルを取って、こういうものを作る人たちもいるらしい。
「お金を稼ぐのと同じくらい、出ていくお金を減らすのも重要ですからね」
「うっ。善処します」
最近懐どうですか?と暗に聞かれて、言葉に詰まる。
しかし、第二開拓領域が発見されたわけだし、今までのものも必要経費なのだ。
「消耗品はとりあえず揃えるとして、食品はどうします?」
事前に纏めた買い物リストに目を落としつつ、レティが問い掛けてくる。
「合宿中に狩った原生生物を料理してもいいぞ。野菜は農園で取れるし」
「大丈夫ですか? 食べても問題ありませんよね?」
「失礼な。ちゃんとした野菜も育ててるし、〈ワダツミ〉の市場でもよく売れてるよ」
胡乱な目を向けてくるレティに毅然と反論する。
一部、防護服の着用が必須のエリアもあるが、ちゃんとした野菜を育てている畑もあるのだ。
カミルやT-1、たまにやってくるスサノオも世話を手伝ってくれているし、今では俺の収入源の1つでもある。
「〈釣り〉スキルも持ってるし、キャンプするから料理もできる。わざわざ美味しくない保存食を買う必要も無いだろ」
フィールドでは“携行食”に分類される料理しか食べることはできない。
しかし、テントの範囲内ではその例外で、ゆっくりと温かい食事を摂ることができる。
「やっぱりレッジさんがいるといいですね。食事は精神的にも大事ですし」
「毎日お味噌汁つくって欲しいな」
「はいはい。まあ、任せとけ」
ニコニコと笑みを浮かべるレティとラクトを軽くあしらいつつ、調理道具があったかどうか確認する。
料理には簡易調理場以外にも包丁やフライパンなどの道具が必要になるが、あれらもずっと使い続けているといつか壊れる。
たしか、包丁がそろそろ耐久値が危なくなっていたはずだ。
「レティ、このあたりに調理道具の店はないか? 包丁が欲しいんだが」
「そうですねぇ……。ああ、ちょうど近くに〈神鈴金物店〉というお店があるみたいですね。ちょっと覗いてみますか?」
「いいな。そうしよう」
図ったようにタイミング良く、さほど離れていない場所に店があった。
少し予定が変わる事を断って、俺はレティたちと共に歩みを進める。
「ここだな」
「へぇ。包丁専門店なのかな?」
件の店〈神鈴金物店〉は、店先の小さなショーケースに様々な種類の包丁を飾っていた。
中に入ると、強い照明が店内を照らし、ガラス張りのショーケースに無数の刃物が並んでいる。
壁にも鯨を切るような巨大なものから小指ほどのナイフまでが、まるで魚の鱗のように飾られていた。
『いらっしゃい。ゆっくり見てってくんな』
店の奥からNPCの店主が現れる。
最近はどこの店も上級NPCが経営していて、下級NPCは中央制御区域のベースラインくらいでしか見なくなった。
下級NPCより上級NPCの方が管理は大変だと思うが、それを許容できるほど管理者たちの能力が上がったということだろうか。
「レッジさん、レッジさん。あんなのどうですか?」
「無理に決まってるだろ。何を切るつもりだよ」
はしゃぐレティが指さしたのは、壁に掛けられた巨大な牛刀だ。
あれも一応調理道具の範疇ではあるため、使えないことはないが、キャンプ飯に適しているとは言いがたい。
魚を捌いたり野菜を切ったりする程度のことに使うと、むしろバッドステータスが掛かって品質が下がる。
「じゃあアレはどう? 生鮮食品の品質が下がりにくいらしいよ?」
「どれどれ……」
ラクトが見つけたのは“機術式氷刃包丁”という物々しい名前のものだった。
平時は柄だけの状態で、LPを消費しながら握ることで内部の回路が動き出し、氷の刃が生成される。
「めちゃくちゃ高いじゃないか……」
ロマンも感じるし、実用性もあると思うが、値札を見て血の気が引く。
流石に今の俺には2Mビットという大金をポンと払う勇気はない。
「レッジさん、レッジさん。何でも切れる包丁ですよ。私の雪月花と勝負しませんか?」
「武器と道具で真剣勝負しようとするんじゃないよ」
「レッジ、これなんてどう? 何でも潰せそうよ」
「肉叩きじゃないか。包丁ですらないぞ」
刃物が沢山並ぶ店内にテンションが上がっているのか、トーカやエイミーも気になった物を次々に紹介してくる。
とはいえ、俺が欲しいのは普通に扱えるお手頃な値段の平凡な包丁なのだ。
「レッジさん、面白いの見つけたよ」
「シフォンもか。今度はなんだ?」
くいくいと袖を引っ張られ、俺は若干項垂れながらシフォンについていく。
彼女は店の一角に飾られた、大小二本で一セットの包丁を指さした。
「どう?」
「どうって……。“親子包丁セット”って初めて聞くな」
説明を読んで、なるほどと頷く。
どうやらそれは二人で使うものらしい。
どちらか片方を〈料理〉スキルを持ったプレイヤーが使用した場合、そのプレイヤーと同パーティに所属する〈料理〉スキルを所持していないプレイヤーも簡単な調理補佐ができるようになる、と書かれている。
「なかなか面白い能力だな。大きさも性能も申し分ないし」
初心者でも扱えるようにという思惑か、包丁の形状は奇を衒ったようなものではなく、基本に忠実なシンプルなものだ。
値段も刃渡りの違う物が二本セットになっている割りにはお手頃になっている。
「性能自体は問題ないが、どうしてこれを?」
「それは、えっと……。レッジさんばっかりに料理を作って貰うのも悪いし、手伝えたらなって」
恥ずかしそうに視線を外しながらシフォンが答える。
その言葉を聞いて、思わず目頭が熱くなった。
「シフォン……!」
「そ、それにわたしリアルだと結構料理に自信あるし! 合宿中、たまにはね」
「おお、いいじゃないですか。レティもお手伝いしますよ!」
頬を赤らめるシフォンの背後から、話を聞きつけたレティたちがやってくる。
「レティ料理できるの? 私は一応、多少は自炊してるけど」
「失礼な。まあ、毎日作ったりはしてないですけど、人並み程度にできる自負はありますよ」
「私も和食なら得意ですよ」
「リアル〈料理〉スキルなら自信あるわよ」
レティを皮切りに、女性陣が俄に沸き立つ。
どうやら全員料理には一家言あるようで、そこに興味を惹かれた。
「それなら、合宿中は日替わりで手伝ってくれるか? 何か一品作って貰える程度でもありがたいし」
「任せて下さい! レッジさんの胃袋もがっちり掴んでやりますよ!」
早速やる気を出し始めるレティに苦笑しつつ、他のメンバーも深く頷く。
何やら、早くもお互いに対抗意識を燃やしているらしい。
「それなら、各自で使う食材は揃えておきましょう。何を作るかはその時までお楽しみってことで」
「いいですね。料理の審査はレッジさんにお任せします」
「俺か? あんまり舌に自信は無いんだが……」
「大丈夫よ。レッジの公平さは分かってるし」
エイミーに太鼓判を押され、話はとんとん拍子に進む。
俺はその場で“親子包丁”を購入し、サービスで砥石を付けてくれた店主に礼を言って店を出た。
そして、ちょうどその時にとある人物からTELの着信が入る。
驚きつつそれに応じると、スピーカー越しに溌剌とした声が響いた。
『お待たせ! ご注文の品ができたわよ!』
それを聞いた俺は、レティたちにすぐさま報告する。
そして、急いで高速海中輸送管ヤヒロワニの発着場へと向かった。
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Tips
◇親子包丁
二本一組の包丁。初心者でも扱いやすく、熟練者も頷ける上等な品。〈料理〉スキルを持つ親プレイヤーと同じパーティに所属した子プレイヤーが共に使用すると、〈料理〉スキルを取得していない場合でも親のスキルに応じて子も料理を行うことができる。
親の背を見て子は育つ。世代を越えて技は継承されてゆく。
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