第611話「深奥を臨み」

 四体の猿が倒され、統率を失い逃げ惑うオランウータンが掃討されると、待ち構えていたように大型の車両が広場へと乗り込んでくる。

 乗り込んでいたのは騎士団の分析班と呼ばれる部署の人員らしく、戦闘職の団員と入れ替わりで作業に着手していく。

 〈解体〉スキルと〈鑑定〉スキルを備えた専属の解体師たちが猿を片付け、〈撮影〉スキルを持ったカメラマンが現場検証を行う。

 まるで警察のように組織だった動きに感心していると、人混みに紛れて見慣れた顔が現れた。


「ずるいじゃないですか、レッジさん!」


 開口一番、頬を膨らませて拗ねるのは、今回の功労者でもあるレティだった。

 突如として〈ミズハノメ〉を狙った猿による槍の投擲を、彼女が自慢のハンマーで文字通り粉砕してくれた。

 原生生物に調査開拓員製のアイテムを渡したのは安易だったと、あの後俺とアイは深く反省したものだ。

 とはいえ、レティが何に対して不満を抱いているのかはよく分からない。


「レティがいない間に楽しそうな事するなんて!」

「ええ……」


 どうやら、俺とエイミーが自分抜きで猿たちと戦っていたことが気にくわなかったらしい。

 完全に偶発的な事故だったのだが。


「まあまあ、奥地への道は開いたんだし、後で飽きるほど戦えるでしょ」


 憤懣やるかたない、と腕を組むレティをラクトが慰める。


「あの大きな猿、手足を切っても再生するんですね。なかなか楽しそうな相手じゃないですか」


 トーカはトーカで、アストラが“銀鷲”で倒した巨猿の方を見て、目を爛々と輝かせている。

 その様子を弟が微妙な表情で見ていることにも気付いていない。


「わたしはまだ行きたくないな……。人型って戦いにくいし」


 “白壁”の上で一堂に会した〈白鹿庵〉の面々の中で、消極的な声を漏らすのはシフォンだけだ。

 そんな彼女をレティたちは驚きの目で見るが、どちらかというと俺も彼女側にいる。


「あの猿は、特にでかい方は力も頭脳も特殊能力も、第一開拓領域とは一回り以上違う。俺は軽く戦っただけだが、正直怖かったよ」

「レッジさんがそこまで言うとは……。ますます鎚を交えたくなりますね」

「手足切り放題というだけで楽しみですよ」

「うーん……」


 どうしてウチの女性陣はこんなにも血気盛んなのだろうか。

 守られる側としては頼もしいのだが、リーダーとしては心配でもある。

 早速気炎を上げているレティたちを見ていると、“白壁”の上にアイが登ってくる。

 騎士団の部下たちに指示を出していたようだが、作業が一段落したようだ。


「レッジさん、新種原生生物の詳細情報が纏まったのでお渡ししますよ」

「いいのか? まだ公開前だろう」


 ぱたぱたと駆け寄ってきたアイは、そのまま膨大なテキストデータを送ってくれた。

 そこに書かれていたのは巨猿改め“鉄腕猩猩”、オランウータン改め“走卒猩猩”に関する、騎士団の収集した詳細なデータだった。

 まだ騎士団の公式サイトでも掲載されていない未公開情報だろうに、彼女は気前よく頷いた。


「レッジさんたちには初期対応をしていただきましたから、その情報をお渡しする正当な権利を有しています。それに、今日中には全て公開されますからね」


 ちょっとしたサービスです、と言ってアイははにかむ。


「ほほーん、いいんですかぁ? 騎士団の副団長さんが情報漏洩なんて」


 目を三角にしてアイの肩に手を置くレティ。


「失礼な。ちゃんとアストラにも許可は取ってますよ」

「あの人、レッジ相手なら何でも教えそうだけど……」

「そこはまあ、否定しません……」


 ラクトの指摘に、アイは眉を顰める。

 彼はなかなか快活な青年だが、あれでもFPO最大規模の攻略バンドを統率している偉大なリーダーだ。

 そのあたりの分別はついているだろう。


「ともかく、ありがとうアイ。これは有効に使わせて貰うよ」

「そうしていただけると、ウチの団員たちも浮かばれます」

「別に彼らも死んでないでしょ」


 エイミーが苦笑すると、アイも肩を揺らす。

 現場検証の進む広場の隅では、騎士団のキャンパーが建てたテントの周囲で戦闘職のプレイヤーたちが休んでいる。

 炊き出しなんかも始まっているようで、穏やかな雰囲気が広がっていた。


「じゃ、レッジさん。早速そのデータ見せて貰ってもいいですか?」

「私も見たいですね。何回まで四肢の切断に耐えられるんでしょうか」


 なんやかんやと言うものの、レティたちも騎士団の集めた情報には興味があるらしい。

 続々と俺の周囲にやってきて、頭を付き合わせてくる。


「レッジー、もうちょっとウィンドウ下げてよ。それかわたしを持ち上げて」

「ちょっとトーカ、もう少し横に退けて下さい。読みにくいです」

「反対側に行けばいいじゃないですか」


 皆、報告書を読むのに熱心で、俺の存在を完全に忘れている。


「ええい。データ送るから各自で確認してくれ!」

「ああっ!?」


 押し潰されては敵わん。

 俺は左右から迫るレティたちを押し退け、彼女たちにも報告書のデータを共有する。

 そうして、逃げるように“白壁”の内部へと向かった。


「命の恩人にも、ちゃんとお礼を言わないとな」

『何よ。わざわざ降りてきて』


 “白壁”の内側の薄暗い場所に、トランクケースを携えた少女が暇そうに佇んでいる。

 俺が近くへ歩み寄ると、カミルはわざとらしく今気付いたような顔でこちらへ振り向いた。


「ありがとう、カミル。助かったよ」

『別に……。アンタが死ぬとアタシが不利益を被るから――』

「でも、勇気を出して飛んできてくれたんだろ」


 彼女の言葉を遮って言うと、カミルはそっぽを向く。

 相変わらず素直では無いが、彼女の尖った耳が僅かに赤みを帯びているのが見える。

 こうしてテントの中で静かにしていたのも、森の中からやってきたレティたちに遠慮してのことだろう。


「カミル、協調性も伸びてきたんじゃないか?」

『バカにしてるの?』


 ふと思って尋ねると、彼女は鋭い視線を向けてくる。

 これだけ気遣いができるなら、以前は低かった能力も上がっているのではないかと思ったのだが、そういったことはないのだろうか。


『この先はあんな化け物がいくらでも出てくるんでしょ。アンタ、暇ならアタシの鍛錬に付き合いなさいよ』

「いいのか? この先は危険だし、わざわざついてこなくても――」


 そう言い掛けると、今度こそカミルは眉間に皺を寄せてツカツカと歩み寄ってくる。

 彼女は真っ直ぐに伸ばした人差し指を俺の胸に突き付けた。


『アンタがアタシを外に連れ出したんでしょ。その責任は取って貰うわよ』


 彼女の首には、俺があげたお古のカメラが下がっている。

 それを見て、自然と口元から笑みが零れた。


「それもそうだな。俺たちについてこれるよう、ビシバシ鍛えてやる」

『言ってなさい。いずれアタシの方が強くなってやるんだから』

「それはまあ、そろそろあり得そうだからな……」


 実際、カミルの戦闘技能の高さは目を見張る物がある。

 協調性以外の全ての能力が高く、それはつまり単独行動ではメイドロイドの域を越えているということだ。

 彼女が俺の強さを越える日は、そう遠くないだろう。


「なーんでレッジさんはレティたちから隠れてそんなことしてるんですかねぇ」

「カミルも野暮よね。そんなに強くなりたいなら、私たちが手取り足取り教えてあげるのに」


 突然、背後からそんな声が聞こえる。

 驚いて振り返ると、いつの間にかレティたちが天井から顔を出していた。

 エイミーなどはシフォンを鍛える中で人に教えることが好きになったようで、かなり乗り気な様子だ。


『いいわ。アタシの目標はドラゴンを倒すことなんだから。レティたちの戦い方も全部教えて貰うわよ』


 そんな鬼教官たちに、カミルは臆することなく立ち向かう。

 気骨のある彼女を見て、レティたちもにやりと笑った。


「それじゃ、まずは軽く一週間ほど森に籠もってみますか」

「限りある物資の運用法とか、長期にわたる戦闘の中での思考とか、色々学ぶところはあるわよ」

『やってやろうじゃないの。一週間と言わず、一ヶ月でも良いわよ』


 挑発的なレティたちの言葉に、カミルも対抗するように豪語する。

 それは俺も自動的に付き合うことになるのだが、そこは考慮されているのだろうか。

 されていないんだろうな。

 ともあれ、城壁樹の内側へ進行するには、今の俺たちでは戦力不足であることは否めない。

 カミルだけでなく、レティたち他の全員も含めて強化合宿を行うのもいいだろう。

 久しぶりにテントをテントらしく使いたいしな。


「それじゃやるか、合宿!」

「いいね。夏の海と言えば合宿だよ」


 俺の提案にラクトも乗ってくる。


「合宿! いいねいいね。スイカ割りとか肝試しとかする感じ?」


 話を聞きつけたシフォンもやってくる。

 何か勘違いしている様子だが、説明するよりも早く、彼女はレティとエイミーに捕らえられてしまった。


「〈白鹿庵〉の戦力増強強化合宿。これを行い、〈花猿の大島〉深奥の攻略に備えましょう!」

「はええっ!? が、合宿ってそんな物々しいものだっけ? もっと汗と青春の物語的な……」

「血湧き肉躍る物語ですよ。汗は手に握るものです!」

「そんなの知りませんがー!?」


 そんなわけで、強化合宿の実施が決定したのだった。


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