第610話「情報収集戦闘」

 アストラ率いる〈大鷲の騎士団〉の特大機装鉄騎兵隊が現れたことにより、戦況は一変した。

 悲鳴を上げるオランウータンたちは量産機“白羽”の連携の取れた攻撃によって次々と撃破されていく。

 互いの視界を共有しているのか、背後から死角を突いて襲いかかる猿にも問題なく対応していた。


「さあ、上下に分離された場合はどちらが復活するんだ!」


 そして、“銀鷲”である。

 アストラの駆る巨大な騎士が油断なく剣を向けている先で、四体の猿が土に汚れて呻いている。

 先ほどの抜刀術で腰を切られてなお生きているというだけで驚きだが、彼らは大きく口を開けて咆哮すると上半身の滑らかな切り口から肉を溢れさせた。


「下半身からは再生しない、と。八体に増えないなら、あまり脅威にはならなさそうだ」


 その様子を見て、アストラはつまらなさそうに吐き捨てる。

 四体だけでも防戦一方だったというのに、この青年はなぜ更なる地獄じみた状況を望んでいるんだ。


「ちょうど良い。情報収集戦闘へと切り替える。一体は俺が、残りの三体は任せた」

「了解。各員、情報収集戦闘へと移行!」


 アストラの冷めた声に応じたのは、背後の森から現れた軍勢だった。

 銀の鎧を揃え、胸に鷲の徽章を取り付けた、個々がトッププレイヤーとして十分な実力を持つという、騎士団の最精鋭。

 第一戦闘班、第一支援班、第一機術班、第一装甲班、第一機獣班、それら5つのプロフェッショナル集団を統括しているのは、赤みがかった金髪を揺らす少女――副団長アイだ。


「対物理防御値確認射撃、よーい!」


 “白壁”の周囲に精緻な陣形を組んだ戦士たちが、少女の号令で動き出す。

 細長い銃身のライフル銃が一分の狂いなく猿へと構えられ、照準を定める。


「撃てッ!」


 ダダダダダ、と連続した銃声。

 機関銃を使ったわけではなく、一列に並んだライフル銃士によって僅かにタイミングをずらした射撃が行われたのだ。

 全ての弾丸は吸い込まれるように、三体の猿へ均等に打ち込まれていく。

 全てが打ち込まれたことを確認し、アイは側に立つ団員に目を向ける。


「観測結果の報告を」

「通常弾、レベルⅢまで効果なし。レベルⅥまで軽微、レベルⅨまで有効、レベルⅩは有効ですがコスト比で実用性なし」

「了解。続いて属性耐性確認射撃。機術封入弾装填」


 大型の両手盾を構える重装盾役ヘビィタンク、抜剣した軽装攻撃役ライトアタッカー、機敏な動きで弾丸を変える銃士ガンナー、彼らのLPを供給しつづける支援機術師ヒーラー、猿の動きを縛り続ける妨害機術師デバッファー、彼らは互いに密な連携を取り、巨猿やオランウータンの攻撃を凌ぎつつ検証を続けていく。

 彼らの後方、アイの側には双眼鏡を構えた非戦闘員が並んでおり、観測対象である原生生物のあらゆる情報を収集していた。


「対属性耐性値確認射撃、よーい!」


 アイの指揮で再びライフルの銃身が並ぶ。

 まるでいくつもの砲塔を乗せた巨大な船艦のようだ。

 そこに個々の意志はなく、ただアイの言葉のみに従っている。


「撃て!」


 再び弾丸が放たれる。

 それは黒い鎖によって雁字搦めにされた猿に衝突し、様々な属性の機術を発動させる。


「報告!」

「有効属性、火炎。準有効属性、土、雷。無効属性、水、風。推定物理防御値3,400、推定機術防御値3,100。体力55,000」

「了解。続いて攻撃力測定に入る。重装盾は現在のLPと防御力を確認後、対象へ接近。全ての攻撃パターンを引き出せ」


 不動の陣形を保っていた騎士団が動き出す。

 分厚く重たい金属の鎧を纏い、手に巨大な盾を構えた盾役が猿を包囲すると、三体を拘束していた支援機術の妨害デバフが解かれる。

 自由を取り戻した猿は激昂し、甲高い咆哮を上げて襲いかかるが、その攻撃の全てを重装盾役が受け止める。

 猿の強撃を真正面から受けるため、一撃でLPが大きく削れるが、すぐさま別の盾役が入れ替わり、後方へ下がった者は支援機術によって回復する。

 彼らは遠距離、中距離、近距離と間合いを変え、連続攻撃や飛び掛かり、蹴りや殴打といった様々な攻撃を誘発する。

 猿の一挙手一投足を観測班が全て記録し、分析し、情報として蓄積していく。


「すごいな……。これが騎士団の戦い方か」

「仕事みたいね。まあ、遊んでるようにも見えるけど」


 いつの間にか、エイミーが“白壁”の上に登ってきていた。

 俺も騎士団の情報収集戦闘が始まったあたりで植物戎衣を脱いで観戦モードに入っている。

 というより、この一糸乱れぬ団体行動に混ざれる気がしない。

 情報収集戦闘というのは、読んで字の如く新種の原生生物のあらゆる情報を丸裸にすることを目的にした戦闘なのだろう。

 早期撃破ではなく分析を行うため、アイの指揮の下で手を変え品を変え様々な手段を試す。

 むしろ戦闘が長引けば長引くほど情報が集まるのだ。

 そうして収集された原生生物の防御力、属性耐性、攻撃力、攻撃パターン、感覚器の精度、死角、間合い、能力といった様々なデータは報告書として纏められ、wikiにも掲載されることになる。

 こうした詳細な情報を集める能力に長けていることも、〈大鷲の騎士団〉が最大手攻略バンドとして名を馳せている理由だった。


「こんにちは、レッジさん、エイミーさん。本日は初期対応をして頂きありがとうございました」

「うお、アイか。指揮はしなくていいのか?」


 ある意味では猿を弄んでいるような戦闘を観ていると、いつの間にかアイがすぐ側までやってきていた。


「攻撃力測定は時間が掛かりますから、その間は少し暇なんです。それよりも、初期対応の時に何か特別な行動をしていないかお聞きしたくて」


 どうやら、彼女も情報収集の一環としてやってきたようだ。

 俺とエイミーは記憶を掘り返し、猿が現れた時の事を話す。

 城壁樹が一本倒れたところからアストラたちがやって来たところまでを話すと、その中でアイは1つ気になったことがあったようだ。


「なるほど。木の丸太を……」

「丸太ってか、あれはもう槍だな。かなりの知性がありそうだ」


 俺は今もテントの近くに転がっている巨大な木の幹を指し示す。

 枝を払い、皮を剥ぎ、切っ先を鋭く尖らせたアレは、もはや武器といって差し支えない。

 つまりは、あの猿たちにそれを作り扱うだけの知性があるということだ。


「その、槍の投擲の威力はどれくらいでしたか?」

「私の全力障壁でギリギリってところね。『押し阻む堅牢なる大壁』は貫通されたわ」


 エイミーの言葉に、アイは目を見張る。

 彼女もエイミーの盾使いとしての実力は知っている。


「ちなみに“白壁”でも投げ槍三本はキツかった。5秒くらい突き刺さってたが、それだけでランクⅤの自己修復ナノマシンジェルを34個も使ったよ」

「それは……」


 俺がテントに槍が三本突き刺さった時の話をすると、今度こそアイは動揺する。

 “白壁”は希少な金属をふんだんに投入した物理特化の頑丈な要塞系テントだ。

 多少の傷ならびくともしないはずの鉄壁が、それほどの消耗を強いられたことの重大さは、彼女もよく分かっている。


「あの猿は高速再生能力も厄介だな。まさか、胴体を分離しても再生するとは思わなかったよ」


 今も三体の猿が騎士団員に攻撃されているが、あらゆる傷が瞬く間に癒えていく。


「いったい、いつ限界がくるのか……」


 冗談じみたその光景を見て肩を竦めると、突然TELが飛んでくる。

 発信者を見ると、今も戦っているはずのアストラだった。


『猿の再生能力には限界があるようです。右腕49本、左腕32本、右足58本、左足51本を切り落とすと再生しなくなりました』

「ええ……。ていうかそういうのは騎士団に共有してやれよ」


 情報収集戦闘の邪魔にならないようにするためか、少し離れた所で一騎打ちをしている“銀鷲”の方を見る。

 そこには、圧倒的な力量差を見せつける騎士と、その足下で息絶えた猿の骸があった。

 周囲には長い猿の手足が散乱していて、随分と惨い光景が広がっている。


『こちらにも観測班がいますので大丈夫です。レッジさんも知りたいだろうと思ったので連絡しただけですよ』

「そっかぁ」


 こちらの会話も聞こえないだろうに、よくもまあこんなにタイミング良く教えてくれたもんだ。


『アイ、レッジさんと話すのも良いが、そろそろ情報収集も終わるだろう』


 口調を身内向けのものに変え、アストラが副団長に話しかける。

 指摘されたアイはあっと声を漏らすと、ペコリと頭を下げて騎士団の共有回線を通じて指示を下す。


「対象1を残し、攻撃力測定を終了。全力攻撃にて迅速討伐せよ!」


 その言葉を待っていたかのように、三体の猿のうち二体を取り囲んでいた一団が動き出す。

 雄々しい叫びと共に軽装攻撃役が盾役を乗り越えて襲いかかり、彼らの肩越しに無数の弾丸と機術が迫る。

 いっそ猿が憐れに思えるほどの圧倒的な一斉攻撃によって、碌な反撃もできずにその巨躯が沈む。

 自身よりも遙かに巨大な原生生物を打ち倒した騎士たちは歓声を上げ、すぐさま残った一体を封じる仲間の下へと合流した。


「武器がいるなら提供するぞ」

「ありがとうございます。お願いします」


 彼女たちは猿が武器を扱うところを見たいのだろう。

 そのために1体だけ残し、騎士団の全勢力でそれに対応しようとしている。

 俺が種瓶を渡すと、彼女はそれを騎士団の投擲師へと渡し、彼が猿の足下に向けて投げる。

 それは地面で割れて種と濃縮栄養液が流れだし、『強制発芽』の実行と共に急成長を始める。

 突如現れた植物に猿も驚いていたが、それが槍の形状に変わるとそれに希望を見出した。


「鋼鱗杉。結構硬いぞ」

「大丈夫です。私を含めて、騎士団は全員緊急バックアップデータカートリッジを用意していますので」


 それはつまり、死んでもいいということだ。

 実際に死ぬつもりは更々無いだろうが、それだけの気概を持って彼女たちは挑んでいる。


「キィィエエエエエエエッ!」


 鋼鱗杉の槍を地面から引き抜き、巨猿が奇声を上げる。

 それを合図に騎士団と猿の戦闘が始まった。

 今度は地上のプレイヤーだけでなく、“白羽”も参戦しての複合的な戦いだ。


「すごい。武器を持っただけで攻撃能力が桁違いに上がっていますね」


 初めて持つ武器だろうに、猿は鋼鱗杉を巧みに扱い屈強な騎士団員を散らしていく。

 余裕の顔つきだった騎士団も、徐々に真剣な眼差しに変化している。


「種瓶の効果は5分程度だ。それだけ耐えればとりあえず武器は消える」

「分かりました。5分もあれば十分です」


 既に観測班が記録を始めている。

 巨大な“白羽”たちが果敢に攻め、突き飛ばされる様子を、無数の機術が放たれ、槍の一薙ぎで阻まれる様子を、全てを余さず書き記している。

 猿がどれほど槍を扱えるのか、あらゆる状況を提供し、それに対する判断を調べ上げる。

 姿を現してから常に動き続けているはずだが、猿の顔に疲労は見えず、動きは鈍らない。

 だが、繰り出した攻撃の全てが記録され、すぐさま全団員に共有され、対処される。

 互角の戦いが繰り広げられていた。


「では、最後に投擲力を見ましょうか。――総員、長距離間合いまで退却!」


 アイの声を受け、猿を取り囲んでいた円が急速に拡大する。

 槍の間合いに敵が居なくなったことに気がついた猿は、眉間に深い皺を寄せる。

 限界を迎えつつある槍を逆手に持ち替え、深く後方へと引く。

 全身の筋肉を総動員し、渾身の力を一投に込める。


「ッ! 駄目、狙いが騎士団じゃない!」


 その時、エイミーが声を上げる。

 遅れて俺も気がつく。

 猿の槍の切っ先が、盾を構える騎士団や“白羽”を捉えていない。

 その黄色く濁った双眸が見ているのは――。


「〈ミズハノメ〉ッ!」


 ゴウ、と風が吹く。

 剛力によって放たれた槍は、真っ直ぐに森を飛び越える軌道で放たれる。

 その終着点にあるのは〈花猿の大島〉の攻略拠点、〈ミズハノメ〉だ。


「邪魔が入らないことに気付いてたのか」

「でも、都市防衛設備があるなら――」


 その言葉に安堵しかけ、思い直す。


「駄目だ。あれは俺が作った植物戎衣だから、都市防衛設備が反応しない!」


 猿がどこまで理解していたのかは分からない。

 ただ、騎士団の総攻撃によって倒れゆく彼が、ニヤニヤと笑みを浮かべているのだけが鮮明に残る。


「うぉおおおおりゃああああああっ!」


 どうすることもできず、槍の行く末を見届けていたその時だった。

 空を揺らすような荒々しい大声と共に、鬱蒼と茂る密林の中から赤い影が現れる。

 驚くほどの跳躍力で、それは槍の軌道へと到達すると同時に、携えた巨大なハンマーを振り上げる。


「粉砕ッ!」


 硬い物が衝突する激しい音が響き渡り、木っ端微塵になった鋼鱗杉の破片が密林へと振りまかれる。

 〈ミズハノメ〉の窮地を救った少女――機械脚を身に着けたレティは、重力にしたがって落ちながら、遠く離れた俺と視線を合わせる。

 彼女がぐっと親指を立てるのを見て、俺も彼女に感謝を込めて親指を立てた。


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Tips

◇鋼鱗杉

 絶え間ない品種改良の末に生み出された、自然界には存在しない特異な性質を有する植物。非常に硬質で何層にも重なった樹皮を持ち、先端が鋭く尖っている。枝分かれすることもなく、一本の真っ直ぐな槍のように伸びる。


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