第603話「発達する交通網」

『おおっ! 綺麗じゃのう、美しいのう!』

『あんまりはしゃがないの! ちゃんと座りなさいって』


 反り返った窓に手と額をくっつけて歓声をあげるT-1を、カミルが窘める。

 しかし、そんな彼女も外の様子は気になるようで、大きな魚影が横切るたびちらちらと視線を向けていた。


「高速海中輸送管ヤヒロワニか。綺麗だし快適だし、なかなか良いじゃないか」


 〈シスターズ〉を後にした俺たちは、〈サカオ〉へと向かうため〈ミズハノメ〉を発った。

 その際、ちょうど開通したばかりの〈ミズハノメ〉と〈ワダツミ〉を繋ぐ水中トンネルの存在を思い出し、こうしてカミルたちと共に乗り込んだ。

 正式名称を、高速海中輸送管ヤヒロワニというこの施設は、上質精錬特殊合金製の青い骨格に透明な窓を嵌め込んだ大きなパイプだ。

 その内部を10人ほどが搭乗できるシャトルが高速で移動し、人員や物資を輸送する。

 往路と復路、二本の透明なパイプが海底に横たわり、その中を金属製のシャトルが行き来している様子は、なるほどサメのように見えなくもない。


「ヤタガラスの海中版みたいなもんだろうし、今後は駅も増えていくんだろうな」


 開拓が進み、他にも海洋資源採集拠点ワダツミが立ち上がれば、それらも繋いだ水中交通網が作られるのだろう。

 今までは荒波に悩まされながら船を漕いでいたものが、寝ているだけで目的地までいくことができる。

 コストでも時間でも、従来の移動法より遙かに優れていた。


『〈ワダツミ〉に着いたら、ロープウェイで高地に登って、そこからヤタガラスに乗るの?』

「いや、〈ワダツミ〉の空港から直接〈サカオ〉に行くぞ」


 最前線が開拓されている間に、後方でも様々な設備が整ってきている。

 特に〈万夜の宴〉の際、スサノオが指揮を執った都市の整備の一環で、ヤタガラス以外の交通手段も大きく改善されたようだ。


「えっと、なんて言ったかな……」


 俺はwikiのページを開き、〈ワダツミ〉を起点に整備された航空交通網について調べる。


「高速航空輸送機イカルガ。多少金は掛かるが、いろんな状況に対応できる汎用性の高さが売りの飛行機だ」

『お金がかかるの?』

「大丈夫だよ。三人と一匹なら小型機で十分だから」


 むっと油断なく眉を寄せるカミルに、慌てて首を振る。

 俺はどれだけ貧乏だと思われてるのか少し気になるが、今はいいだろう。


『おお、海の次は空かの? よいではないか!』

『はぁ。アンタは気楽ねぇ』


 キラキラと目を輝かせるT-1を見て、カミルは呆れた様子で肩を竦める。

 ともかく、せっかくの機会だから、レティたちには悪いが一足先に楽しもう。

 真空のパイプの中を高速で滑るヤヒロワニは、ものの数分で〈ワダツミ〉へと到着した。

 船で海を渡ろうとすれば、原生生物の襲撃を凌ぎつつ荒天海域を越え、かなりの時間が掛かるというのに、技術の進歩とは偉大である。


「はぐれるなよー」

『分かってるわよ!』


 ヤヒロワニから降り、そのまま〈ワダツミ〉郊外に整備された空港へと向かう。

 以前は数十人を一度に運ぶ大型の輸送機しかなかったが、今では個人用の飛行機まで様々なものが揃っているようだ。


「プレイヤー1人、NPC2人、中型ペット1匹。〈サカオ〉まで頼む」

『承りました。5番搭乗口へどうぞ』


 カウンターに立つ上級NPCにこちらの人数と行き先を伝えると、すぐに飛行機へと案内される。

 ガイドに従って滑走路へと出ると、一機の小型飛行機が暖機状態で待ち構えていた。


『パイロットはいないの?』


 運転席が空であることに気がついたカミルが首を傾げる。


「定期航路の飛行機は自動操縦オートパイロットになってるらしい。ま、そっちの方が気楽でいいだろ」


 降ろされたタラップを踏み、機内に乗り込む。

 天井が低く、俺は少し屈まなければならないほどだが、タイプ-フェアリー機体のカミルやT-1は問題ないようだ。

 白月もトコトコと乗り込んできたのを確認して、タラップが回収される。

 飛行機の鼻先についたプロペラが回転を始め、機体がゆっくりと動き出す。


「ワープとかファストトラベル機能がないのが欠点っていう人もいるが、これはこれで趣があっていいよな」


 滑走路の中央に立った飛行機は、徐々に速度をあげていく。

 そうして、ふわりと機体を風に浮かべ、そのまま高地の上に向けて機首を傾けた。


『ほおお! 凄いのう、もう地面があんなに遠くにあるぞ!』

『あんた、普段はもっと高いところにいるでしょうに』


 カミルとT-1の会話に苦笑しつつ、俺はカメラで何度か写真を取る。

 航空写真なんてものを専門にする写真家もいるのだろうか。


『こんなに立派な飛行機があるなら、どうしてそれで海を越えないのよ』

「〈ミズハノメ〉の近くに滑走路を作るのは難しいだろうが、飛行艇ってのもあるしな。惑星イザナミの大気が特殊で、航続距離とか高度を稼ぐのが難しいらしいぞ」


 当然の疑問を投げかけるカミルに、wikiに書いてあったことをそのまま答える。

 俺は技術者ではないからよく分からないが、航空機開発もなかなかに難しいようだ。

 環境的な問題以外にも、上空には厄介な原生生物もいるらしく、それらに対処するのにも苦労している、とwikiには恨み辛みが書き連ねられていた。


「上空はあんまり行ったことないなぁ。通り過ぎたことはあるけども」


 空を見ながら言葉を零すと、窓に張り付いていたT-1がぴくりと肩を動かす。

 どうやら、何かトラウマのようになっているらしい。


「大丈夫だよ。もうあんなことしない」

『むぅ。まあ、そう何度も来られても困るのじゃが……』


 安心させようと彼女の肩を叩くが、何故か疑念の目を向けられる。

 そもそも行く用事がないのだから、行くわけがないじゃないか。


「ほら、あっという間に〈サカオ〉だぞ」


 そうこうしているうちに、俺たちは〈オノコロ高地〉の上空に入っていた。

 湖沼を越え、森を越え、やがて茶褐色の荒野が見える。

 その向こう側、荒野の切り立った崖に乗り出したような巨大都市が〈サカオ〉だ。

 小型飛行機は都市の近くに整備された小さな滑走路へと降り立ち、もうもうと砂煙を舞い上げながら速度を落としていく。

 完全に停止し、扉が開くと、乾いた空気が機内に吹き込んできた。


「うーむ、便利になったなぁ」


 倉庫へと向かう飛行機を見送り、改めて技術の進歩に驚かされる。

 土蜘蛛ロープウェイを使い、〈ウェイド〉から〈サカオ〉までヤタガラスで向かおうとすれば、もっと時間が掛かっていたところだ。

 俺たちが海に集中している間にも、内陸は日進月歩の発展を見せているらしい。


「さて、とりあえずサカオと合流するか」


 空港を出て、〈サカオ〉の街中へと向かう。

 乾いた石材やレンガで構成された町は、強い日差しと乾いた風の中に広がっている。

 ぐるりと外周を囲んでいるのは、他の都市にもある重厚な防壁だ。


「やっぱり〈ワダツミ〉なんかと比べると大きさが全然違うな」

『海洋資源採集拠点ワダツミは、あくまで地上前衛拠点スサノオの亜種じゃからのう。純粋な規模でいえば、スサノオの方が5倍ほど大きいのじゃ』


 〈ワダツミ〉も〈ミズハノメ〉も、〈アマツマラ〉も〈ホムスビ〉も、それらは全て地上前衛拠点スサノオの亜種という位置づけだ。

 スサノオを建設できるほどの土地がなく、それでも重要度の高いポイントに展開されるだけあって、面積的に言えばかなり小さい。

 ほとんど中央制御区域だけの〈アマツマラ〉が最小ではあるが、比較的大きめな〈ワダツミ〉でも、〈サカオ〉と比べればかなりこぢんまりとして見える。

 ちなみに、最大の地上前衛拠点は〈ウェイド〉で、最小は〈キヨウ〉だったりするらしい。


「腐っても地上前衛拠点ってことか」

『そうじゃなあ』


 そんなことを話していると、〈サカオ〉の防壁に開かれた門の前まで辿り着く。

 すると、その袂から小さな少女が手を上げて声を掛けてきた。


『よう! 来たな』

「サカオか。待たせたな」


 メイド服を脱ぎ、いつもの緑のワンピースを装った彼女は、各地の〈シスターズ〉で働いているものとは違い管理者用の特別な機体だ。

 店員をしている時よりも遙かに能力の高い彼女は、管理者として俺たちがいつどこからやってくるかも把握していたようだった。


『悪いな、わざわざ来て貰って』

「いいさ。時間はいくらでもあるからな。とりあえず、軽く町を見て回ろうか」


 無事に管理者と合流を果たした俺は、カミルとT-1もしっかりとついてきていることを確認し、町の中へと踏み込む。

 広い大通りの両脇にはプレイヤーたちの露店が建ち並び、一目見たところでは活気に溢れているようだ。

 しかし、よくよく目を凝らすと、どのプレイヤーもこの町に良くなれている様子が見て取れる。


「なるほど、観光者が少ないな」

『そういうことだ。特に今日はBBBもやってないからな』


 少し落ち込んだ声でサカオは頷く。

 交流の拠点、交易の要衝として発展を目指すサカオにとって、定住者しかいない町は本意ではないのだろう。


『何か妙案があったら言ってくれ。すぐに検討するからよ』

「それはいいが、あんまり期待しないでくれよ?」


 念を押すが、サカオは信頼しきった様子でこちらを見ている。

 俺は妙なプレッシャーに押されながら、ひとまず町を見ようと歩き出した。


_/_/_/_/_/

Tips

◇高速海中輸送管ヤヒロワニ

 海底に敷設された大型の高速移動設備。真空の高耐久輸送管内を、電磁式高速シャトルを用いて移動する。

 危険な原生生物の襲撃や不安定な天候を回避し、安全かつ高速な移動を可能とする。また、少人数定員のシャトルを多数運用することで、より流動的かつ円滑な人員物資輸送を実現させた。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る