第602話「停滞する傍流」
〈ミズハノメ〉の〈シスターズ〉は都市自体が限られた土地であることが関係しているのか、他の店舗と比べても一回り小さくなっていた。
テーブルが五つほど置かれたホールの奥には、管理者たちが働くキッチンがよく見えるように設計された壁一面のガラス窓がある。
キッチンでフライパンを振っているのは、黄色いフリルのメイド服を着た黒髪の少女、キヨウだ。
「今日はキヨウとサカオのシフトなのか」
『そういうことだ。で、注文は?』
「とりあえず座らせてくれ……」
急かすサカオに苦笑しながら、空いている席に腰を落ち着ける。
カミルとT-1も椅子に座り、白月はいつも通り俺の足下に体を丸めた。
着席と同時に現れたメニューには、定番の品目の他に〈ミズハノメ〉店限定メニューや、サカオかキヨウがいる時でなければ提供されないメニューなどがずらりと並んでいる。
「随分品数が増えたな」
『色々と要望に答えるうちにな。売り上げが伸びないのは定期的に省いてってるけど、それでも増えてる』
「なるほど。経営は順調なようで何よりだ」
〈シスターズ〉は管理者と調査開拓員の交流の場である他に、ビットの回収機構としての役割もあるはずだ。
調査開拓員たちがここで豪快に金を使うことで、経済も回る。
「それで、おすすめは?」
『やっぱりわたしんとこの料理だな。“塵嵐のアルドベスト”の肝煮とか、鉄錆甘蕉の蒸し焼きとか。あとはカレーだな』
「また随分個性的なのが揃ってるな……」
サカオの口から放たれた料理名に眉を顰めつつ、一通り頼んでみる。
カミルが何か言いたげにこちらを見てきたが、せっかくの場なんだからいいだろう。
『アタシはこの、ハートカレーにするわ』
『原点回帰してシンプルなおいなりさんも良いのう。いやしかし、キヨウの上品な料理も捨てがたい……。よし、妾は助六寿司セットにするのじゃ』
白月には冷やしフルーツの盛り合わせを選び、注文する。
サカオが元気な声でそれに応え、早速キッチンで作り始めた。
「そういえば、サカオのご当地料理はあんまり食べたことがなかったか」
〈ワダツミ〉ならば海鮮、〈ウェイド〉なら洋食、〈ホムスビ〉ならおむすびと言ったように、各都市にはそれぞれの特徴に合わせた料理が存在する。
都市限定の任務としてそこでしか手に入らないレシピが報酬となっているものも、料理人としては興味がある。
しかし、何だかんだ〈ワダツミ〉や〈ウェイド〉ばかりに居座ってしまって、他の都市に長期滞在することは少ない。
「サカオはカレーと氷菓だったかね」
あのあたりのフィールドではスパイスが良く獲れるうえ、酷暑地帯も多いため冷たい料理が好まれる。
ホットアンプルもクーラーアンプルも、その開発の最前線は〈サカオ〉だったはずだ。
更に都市全体で交易に力を入れており、他の町と比べても広大な市場では毎日巨額のビットとアイテムが流動している。
『はいよ! “アルドベストの肝煮”と“鉄錆甘蕉の蒸し焼き”。“ハートカレー”、“助六寿司セット”だ』
ぼんやりとメニューを見つつ待っていると、早速料理が運ばれてくる。
「おお、これはすごいな……」
アルドベストの肝煮は鳥の肝煮のようなものを想像していたが、随分と大きい。
30センチほどだろうか、もはやステーキと言い張れるくらいの大きさだ。
深い皿の中でグツグツと音を立てている。
鉄錆甘蕉の蒸し焼きは、大きな葉に包まれた状態で運ばれてきた。
開いてみると、熱い蒸気と共に薄い黄色の果肉が現れる。
鉄錆と名前にあるとおり、その皮は赤みがかった錆色をしていて、随分と硬いようだ。
『……ハートカレーってそういうことなの?』
隣ではカミルが唖然とした顔で運ばれてきた皿を見ている。
白いライスが中央に盛られ、周囲にじっくりと煮込んだカレーがかけられている。
それだけなら普通のカレーだが、ライスの上に拳サイズの心臓が丸のまま置かれていた。
「なるほど、
どうやら、〈毒蟲の荒野〉に生息する鼓蛇という原生生物の心臓をそのまま煮込んでいるらしい。
予想を裏切られたカミルは呆然としているが、正直一口食べてみたい。
「T-1の助六寿司は普通だな」
『む。いくら主様と言えど、おいなりさんは渡せぬぞ』
「別に取らないから……」
T-1の助六寿司セットは、稲荷寿司と巻き寿司、新香、そして味噌汁がひとまとめになったオーソドックスなものだ。
この食卓では一番平凡だが、基本に忠実で実に美味そうだ。
「じゃ、頂きます」
料理が揃ったのを確認して、早速食べ始める。
「おお、案外食べやすいな」
アルドベストの肝煮は、くにくにとした弾力のある食感だった。
スパイスを利かせた濃い味付けで、それがほくほくと素朴な味わいの鉄錆甘蕉と良く合う。
パンでもライスでもなく、バナナを主食にするのは初めてだったが、これはこれでなかなか趣がある。
バナナの葉で包んで蒸しているせいか、香りがはっきりとしているのも面白い。
『……美味しいわね』
ハートカレーをスプーンで食べるカミルも、驚いた様子で皿を見る。
鼓蛇の心臓は噛み切るのが大変なようだが、味はいいのだろう。
「〈サカオ〉も独特な料理が結構あるんだな」
『そうなんだよ!』
思わず呻くように声を漏らすと、突然サカオが迫ってきた。
大きく目を開き、ぎゅっと拳を握っている。
「どうした、突然」
『最近、〈サカオ〉や〈キヨウ〉の活気がなくなってるんだ』
「活気? ああ、なるほど」
しょんぼりと項垂れるサカオの言葉に、少し考えて得心がいく。
今、攻略の最前線として最も活気があるのは〈ミズハノメ〉で、そこへ繋がる〈ワダツミ〉にも人が集まっている。
〈スサノオ〉は今も続々と現れている初心者たちで賑わっているし、〈スサノオ〉と〈ワダツミ〉の中継地点になる〈ウェイド〉もその恩恵に与っている。
〈アマツマラ〉と〈ホムスビ〉は、今も高い需要のある鉱石資源の一大生産地として鉱夫や鍛冶師によって活発な活動が行われている。
しかし、それらメインストリームから少し離れた〈キヨウ〉と〈サカオ〉は逆に他の都市に人員が流れてしまったために活動が落ち着いてしまっているらしい。
「でも〈キヨウ〉はキヨウ祭だってあるし、三術系スキルのメッカになってるだろ。〈サカオ〉もBBBがあるし、交易の要衝にもなってるじゃないか」
『BBBの参加者はずっと横ばいで、新規参入が少ねぇ。市場の売り上げも最近はぱっとしないんだ』
管理者としては悩ましいようで、サカオは腕を組む。
今〈ミズハノメ〉にいる俺が言えたことではないかも知れないが、彼女の力になれるだろうか。
「意見箱で施策を募集してみたらどうだ?」
『もうやってるよ。カレーフェスとか生産者対抗改造バギーのBBBとか』
どの都市にもそこに定住しているプレイヤーというものは存在する。
彼らの町への愛着は人一倍あるだろうし、サカオが町起こしの案を募集すると色々と送られてきたらしい。
その中には実際に行われ、それなりに活況に終わったものも多いようだ。
『とはいえ、単発的なイベントを出しても継続的な発展には繋がらねぇんだ。なあ、何か案はないか?』
「何かと言われてもな。俺も町おこし請負人ってわけでもないし……」
一応、〈サカオ〉のBBBや〈キヨウ〉の祭りなんかは俺も一枚噛んだわけだが、それと同じような物をそう何度もひねり出せるわけでもない。
『それなら、〈サカオ〉に行ってみればよいのではないか? どうせ、今日はフィールドに出る予定もないのじゃろ』
鶴の一声となったのはT-1の言葉だった。
午前中で〈ミズハノメ〉はそれなりに歩けたし、場所を変えるのもありかもしれない。
そう思うと、久しぶりに砂と日差しの町へ行きたいという気持ちが強くなってきた。
「そうだな。じゃあ、行ってみるか」
『いいのか!? じゃあ、機体出して待ってるよ』
サカオは嬉しそうに髪を揺らし、目を輝かせる。
俺たちはテーブルの上の料理を堪能した後、ひとまず〈シスターズ〉を後にして、〈ミズハノメ〉の中央制御塔へと足を向けた。
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Tips
◇鉄錆甘蕉の蒸し焼き
非常に硬質な皮に包まれた鉄錆甘蕉を、その葉に包んで高い火力で蒸し上げた料理。果肉は素朴な甘さに仕上がっており、様々な料理に合う。
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