第604話「乾いた砂の町」
露店が建ち並ぶ〈サカオ〉の町を、その管理者に案内されて歩く。
砂漠の真ん中に位置する立地ゆえか、道行く人々もゆったりとした白い服や、ターバンを身につけた、それらしい格好のプレイヤーが目立つ。
「ああいうターバンとかって意味あるのか?」
『さあ? ファッションだと思うぞ』
一応、日差しを多少遮る程度の効果はあるらしいが、そもそも街中であれば全裸でも問題はない。いや、別の問題はあるかも知れないが。
ともかく、町で見る人々はそういうような、ある意味で〈サカオ〉という都市に順応している人々だ。それはつまり、普段から〈サカオ〉を拠点にしているプレイヤーが大半ということで、外部から観光や商売のためにやってくるプレイヤーが少ないということでもある。
「週末はまだ活気があるんだろ?」
『もちろん。BBBが開かれてる時は、何倍も人が多い。とはいえ、そっちも常連がほとんどで、新顔は珍しくなってきたんだけどな』
〈サカオ〉では週末、BBBと言うバギーで荒野から砂漠を周回するレースが開かれる。
優勝者には豪華な景品があるし、観客たちもサカオが胴元を務める賭けに参加して楽しむことができる、今では定番化したイベントだ。
「いっそのこと、BBBを常設してみたらどうだ?」
『流石に無理だよ。コースにしてる環境への負荷が高すぎるし、余計に陳腐化が進む可能性が高い』
「それもそうか……」
週に一度という非日常感がBBBを盛り上げている一因だ。それを自ら捨ててまで、得られるリターンはないだろう。
『〈サカオ〉はBBB以外に何か他の都市との差別化はやっておるのか?』
後ろを歩きながら耳を傾けていたT-1が問いを投げかける。
『
〈サカオ〉では日常的な、町並みに溶け込んだ露店というものは、実は他の都市では見られない光景だ。
〈ウェイド〉や〈ワダツミ〉といった都市では
更に、〈サカオ〉には最大規模の競売所が存在し、そこでは連日巨額のビットと希少なアイテムが交換されている。
『あとは、〈取引〉スキルの効力が他より高い。調査開拓員はNPCにより高く売れるし、安く買えるようになってるな』
「なるほど? それを利用してる行商人も多そうだな」
サカオは交易の要衝を称しているだけあって、商業的な施策に重点を置いているようだ。
俺も行商人時代はよく稼がせて貰った。
『とはいえ、経済システムが破綻しない程度の優遇措置じゃろう。そんなチマチマ稼ぐよりももっと効率よく手間なく稼ぐ者が大半じゃろうな』
『まあ、そうだな。町の周囲の原生生物を狩って売った方が、よっぽど稼げるさ』
〈取引〉スキルはFPOの経済システムに直接影響するだけあって、そのバランス調整は難しい。
サカオがいくら優遇したいと思っていても、それは何か別の用事で町に立ち寄った際のおまけ程度の利点にしかならず、それを収入の柱にして活動するのは現実的ではないはずだ。
『サカオはやっぱり、商業でこの町を発展させたいの?』
カミルが首を傾げる。
商業的な中心地になれないのなら、いっそのこと都市としての方針を大胆に転換すれば良いのではないかと言いたげだ。
しかし、それに対してサカオは強く頷く。
『〈鳴竜の断崖〉も〈毒蟲の荒野〉も、資源が乏しいんだ。原生生物もこのあたりの過酷な環境に適応してるから、他のフィールドに連れて行きづらくて、ペットとしての需要も低い』
〈オノコロ高地〉の南方に位置するこのあたりは、乾燥した酷暑地帯だ。
鉱物資源は〈アマツマラ〉に負け、ペットとなる原生生物は〈キヨウ〉や〈ウェイド〉周辺のものの方が人気だと言う。
とはいえ、サカオには悪いが正直なところ“交易の要衝”というのもプレイヤーとして見れば微妙なところだ。
インベントリで纏まった量のアイテムを持ち運ぶことができ、機獣を使えば更に拡張される。更に言えばヤタガラスやイカルガなどの高速交通網が整備されたことで、わざわざ特定の場所で売買する必要性もなくなってきた。
『やっぱり、行き詰まりかな。……わたしは、管理者に向いてないのかもしれねぇな』
俺たちが押し黙ったのを見て、サカオは表情を暗くする。
彼女も日頃から管理者としてこの町の行く末について考え続けているのだろう。だからこそ、絶望感も大きい。
第二開拓領域が見つかり、FPOのゲームとしての人気もうなぎ登りだ。〈スサノオ〉〈ウェイド〉〈ワダツミ〉〈ミズハノメ〉の西方ラインは活気に満ち、それに煽られるように〈アマツマラ〉と〈ホムスビ〉も発展を続けている。〈キヨウ〉も三術スキルの最前線として、また独特な和風の町並みによって、一定の人気を維持している。
それらのメインストリームから外れた〈サカオ〉だけが、発展の波から取り残されていた。
「大丈夫だよ」
ぎゅっとワンピースの裾を握りしめるサカオに、明るい声を掛ける。
彼女は疑念に満ちた視線をこちらに向けるが、なんとかアイディアを一つ思いついていた。
「やっぱり、町を発展させたいなら人を集めるしかない。そんでもって、人を集めるなら、人の欲求に直接訴えかけるのが一番だ」
『……つまり、どういうことだ?』
自分の考えを伝える時、回りくどい言い方をしてしまうのは俺の悪い癖だ。
そんな自省をしつつ、閃いたアイディアを口にする。
「カジノを作ろう」
小さな管理者に向けて、はっきりと言い切る。
彼女は目を丸くして言葉を反芻するが、俺は深く頷く。聞き間違いではない。
「町を挙げた公営の大規模賭博場だ。ギャンブルってのは胴元が一番儲かるもんだからな、気持ちよく勝たせながら絞ってやれば、人も集まるし町も発展するだろ」
『アンタ、わりとえげつないこと言うわね』
カミルが眉を顰めているが、賭博が儲かるのはサカオたちだってよく分かっているはずだ。
BBBのように小規模ながら公営賭博は行われているし、レティが〈ミズハノメ〉で参加していた大食い大会のようにプレイヤーが自主的に開催するものもある。
「調査開拓員は賭け事が好きなんだよ」
『けどなぁ。ギャンブルは領域拡張プロトコルに寄与しないだろ?』
これまでカジノが存在しなかった理由を、サカオが吐露する。
俺たちプレイヤーを含めた惑星イザナミ開拓団の目指すのは、領域拡張プロトコルを進めることだ。
余暇的な賭博ならばともかく、専用の施設を用意するほど大々的なギャンブルは、むしろ領域拡張プロトコルの進行を停滞させることにも繋がりかねない。
「大丈夫だろ。金を摩った奴は稼ぐために働くし、むしろ領域拡張プロトコルを促進させるまである」
『そうかなぁ……?』
俺の説明を聞いてなお、サカオたちは疑念の目を向けてくる。
俺たち調査開拓員と、管理者や指揮官と、カミルたちNPCは、どれも人工知能ではあるが、それぞれ全く異なった論理で動いている。そのため、こうして言葉を交わしていても絶対的に分かり合えないこともある、らしい。
ギャンブルに対する思いもそのうちの一つなのだろう。
「リアルでやるギャンブルと違って、生活が破滅するわけでもないしな。望んでる奴は多いと思うぞ」
カジノというアイディアは、〈サカオ〉から彼のギャンブルの聖地を連想して思い至った。彼の地も広い砂漠の真ん中に建っていたはずだ。
「そうだな……。始めは簡単なスロット台とかを置いてみたらどうだ。それで食いつきが良かったら、増やしていけば良い」
また、現実よりの考えにはなるが、昔懐かしいアーケードゲームなんかが並べば、それもまた俺のような年代を引き込めるはずだ。
ああいうのは効率よく金を稼げるように、難易度が高めに調整されている。
「ただ、問題は治安が悪くなりそうってことだな」
ギャンブルやゲームは、良くも悪くも人の深い所に入り込む。
熱中しすぎて我を忘れる者も増えるだろうし、そうなればトラブルも多くなる。
『警備NPCの巡回を増やして、人工知能矯正室を増設するか……?』
「お、サカオも乗り気になったみたいだな」
真剣な顔で対策を考え始めるサカオ。
もしこの町が娯楽の拠点となるのなら、俺としても楽しみだ。
『レッジはギャンブルに詳しいか? 色々教えて欲しい』
「いや、全然詳しくないぞ。ある程度の概要なら教えられるかも知れんが……」
『それでもいい。わたしたちはそう言うのをほとんど何も知らないからな』
サカオはぎゅっと俺の手を握る。
彼女も本格的に、俺の提案を検討してくれるようだ。
ならばこちらも応えなければならないだろう。
「歩きながらってのもなんだし、適当な店で話すか」
そう言って、俺たちは腰を落ち着けられる場所を探して町を歩き出した。
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Tips
◇高速航空輸送網イカルガ
開拓地上空に設定された航空機航路と、そこを飛行する航空機群の管理システム。各都市に整備された飛行場を結び、空路での人員物資輸送を行う。
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