第599話「乱戦のあと」

 燃え盛る蔦が浜へ落ち、急速に枯れていく。

 八本の腕を持つ異形の人型を取っていた植物の絡まりはほどけ、溶けるようにして消える。

 同じく、緋色の剛毛を燃やした大猿は胸を穿たれ、ゆっくりと倒れた。

 待ち構えているのは、物々しい武器を携えた狩人たちだ。

 彼らは砂に横たわった大猿へ取り付き、まるで蟻のように群がった。


「大鷲の騎士団特大機装鉄騎兵隊! 総勢24機、参上!」

「団長、なんかもう勝敗決してる雰囲気ありますよ!」

「ボスっぽい猿がやられてる!」


 そこへ青い炎を焚いて海原から巨大な人型機械が現れる。

 特大の両手剣を携えるワンオフ機に率いられた、大鷲の紋章を掲げた特別製の〈カグツチ〉たちだ。


「遅ぇぞ騎士団!」

「猿は俺たちが頂いた!」


 意気揚々とやって来た騎士団の〈カグツチ〉部隊だったが、その力を見せつけるまでもなく砂浜では残党狩りが始まっていた。

 煽動者アジテーターを失ったことで、小猿たち有象無象は反攻の意志を潰されている。

 獣たちはプレイヤーに追われ、蜘蛛の子を散らすように遁走を始めていた。


「く、少し遅かったな……」

「アストラさーん! ちょっと手伝ってもらっても良いですかね?」


 呆然と立ち尽くす“銀鷲”の足下で、赤髪の少女が声を張り上げる。

 それに気がついたパイロットがコックピットのハッチを開いて顔を覗かせると、彼女は和やかな表情で手を振った。


「そこの猿とか、あとその辺に転がってる原生生物を、橋の側まで集めて貰えますか。多分、この後解体作業すると思うので」

「分かりました。それくらいしかやることもなさそうですからね」


 極めて強大な戦力を保有する騎士団専用〈カグツチ〉も、相手がいなければ力持ちな重機でしかない。

 アストラは苦笑しながら部下に指示を出し、大きな穴がそこかしこに作られた荒れ放題の砂浜を歩き出す。


「この大猿、もしかしてレッジさんですか?」

「はい。最終的には、猿を羽交い締めにして諸共爆発四散しました」


 胸を貫かれて倒れている大猿を、アストラの駆る“銀鷲”が軽々と掴んで引き摺る。

 あたりでは残党狩りも一段落し、騎士団以外の〈カグツチ〉もやって来て戦後処理が始まっていた。


「くぅ。それを見逃したのが一番のショックですね」


 レティから話を聞いたアストラは、到着が遅れたことよりも遙かに悔しそうな声色で言う。


「どうせすぐに動画が上がりますよ」

「生で見たかったんですよ」


 間髪入れずに反論するアストラに、レティも苦笑する。


「それで、レッジさんは今どこに?」

「町の方にいると思います。すぐに出てきますよ」


 レティは近くに倒れていた大茸猪の前脚を掴み、軽々と引き摺る。

 彼女と猪の体格差を考えれば現実離れした光景だが、今更そのことに驚くような者はこの周囲にはいなかった。

 彼女たちは打ち倒した原生生物たちを、橋の側に集める。

 そこではすでに、ナイフを携えた解体師たちが簡単なものから捌き始めていた。


_/_/_/_/_/


「あっつっ!」


 全身を焼く強い衝撃で目を覚ます。

 口から大きな泡が飛び出し、自分が液体と共に巨大なガラス管に入っていることに気がついた。


『データインストール完了。〈猛獣侵攻スタンピード〉発生中により、特例措置が執られます』


 ミズハノメに似た声の無機質なアナウンスと共に、ガラスが下がっていく。

 うす緑色のどろりとした液体が排出され、自由の身になる。


『情報復元中。しばらくお待ちください』


 四方八方からマシンアームが現れて、スケルトン機体にスキンを張り付けていく。

 同時にマルチマテリアルがノズルから射出され、武器と防具も復元される。

 ものの数秒で俺は無傷の体を取り戻し、〈ミズハノメ〉のアップデートセンターに再登場した。


「特例措置様々だな」


 本来ならばスケルトン機体のまま死亡現場まで機体を取りに行かねばならない。

 更に言えば、あの固定式BB極光線砲を直撃した時点で機体は消し炭になっているはずだから、スキルレベルを犠牲にして機体の再構築を行う必要があったはずだ。

 それが、今は特例措置によってノーコストノータイムで完全復活できるというわけだ。


「さて、様子を見に行くか。レティたちがしっかりやってくれてるといいんだが……」


 体の隅々が元通りになったのを確認し、俺はアップデートセンターを出る。

 巨大な洋上プラントではいまだに赤い警戒ランプが灯り、中央制御区域以外の区画は隔壁によって閉鎖されている。

 しかし、防壁上の物々しい設備が動いていない様子から見るに、ひとまず戦況は落ち着いているらしい。


「野菜持ってきて! 肉はいくらでも転がってるだろうから、いいよいいよ」

「誰か機獣貸してくれー」


 中央制御塔の方では、機械牛を何頭も繋いだ大きな荷車に、食材を詰めた木箱を積み込んでいる料理人達が見える。

 戦闘が終わった後の炊き出しをやるつもりなのだろう。

 料理人以外にも、折れた剣を直す鍛冶師や、補充する薬を運ぶ調剤師など、生産職のプレイヤーは戦闘中よりも忙しそうな様子で働いている。


『レッジさん!』

「ごぷっ!?」


 そんな力強さすら感じる風景を眺めながら歩いていると、突然腹に弾丸が飛び込んできた。

 鈍い痛みを受け止め、驚きと共に目線を下に向けると、白い筋の入った青髪の少女が俺の腰にがっちりと手を回していた。


『すみませんでした、レッジさん!』

「ミズハノメ!? もしかして、俺を撃ったことか?」


 べそべそと泣く少女に困惑しつつ、ひとまず周囲の人目を気にして離れてもらう。

 どうやら、彼女は大猿を撃つ時に俺を巻き込んだことに罪悪感を覚えているらしい。


「別にいいんだけどな。こうしてノーコストで復活できてるわけだし」

『ですが、かなりの衝撃がレッジさんにも伝わったはずです。痛覚に著しい変化がありました』

「それくらい折り込み済みだよ。むしろ、突然の指示によく対応してくれたし、感謝したいくらいだ」

『それは、その……』


 俺が膝を曲げ、ポンポンと青髪を軽く撫でると、ミズハノメは複雑な表情で視線を逸らす。

 どうしたのかと首を傾げると、彼女の後ろから別の声が飛んできた。


『私が用意を指示していました。レッジさんならやりかねないと思っていたので』

「うおっ、ウェイド!?」


 そこに現れたのは、さらさらと滑らかな銀髪を伸ばした少女だ。

 白いワンピースを装い、冷たい瞳をこちらに向けている。

 遠くオノコロ島の都市で仕事に励んでいるはずの彼女が、どうしてこんなところにいるのか。

 そんな俺の疑問を表情から感じ取ったらしい。

 彼女は端的に答えた。


『〈ミズハノメ〉竣工祝いも兼ねて、視察に来ていました。他の管理者も一緒に』


 そう言うウェイドの瞳には若干の疲労が滲んでいる。

 まさかこんなタイミングで〈猛獣侵攻スタンピード〉が発生するとは、彼女たちですら思いも寄らなかったのだろう。


「スサノオたちは何してるんだ?」

『都市周辺の被害確認と、後処理を行っています。ミズハノメはまだ経験が浅いので、私たちが補助している形ですね』

『ありがとうございます……』


 ミズハノメが深々と頭を下げる。

 いやに都市防衛設備が活発に動いているなとは戦闘中も少し思っていたが、どうやら経験豊富なウェイドたちがミズハノメを支援していたようだ。


「俺からも礼を言うよ。都市防衛設備のおかげでかなり助かった」

『あれらは元々想定されていた運用をしたまでです。感謝されるいわれはありませんね』


 都市防衛設備の強力な支援には俺も非常に助かった。

 しかし感謝を伝えると、ウェイドは素っ気なく横を向いてしまった。


『それに、どうやらこの〈ホノサワケ群島〉に生息する原生生物は〈オノコロ島〉のものよりも好戦的な傾向にあるようです。今回の煽動者アジテーターよりも強力な個体の存在も示唆されていますからね』

「それはまた、前途多難だな……」


 煽動者アジテーターは強力な個体ではあるが、フィールドのボスではない。

 あの大猿でもかなりの強さだったということは、ボスはそれを凌駕する脅威を秘めているということだ。


『恐らく、今後も〈ホノサワケ群島〉では高頻度で〈猛獣侵攻スタンピード〉が発生するでしょう。ミズハノメには今回の件を分析し、今後の体制構築に活かしてもらいます』

『が、頑張ってます!』


 ぐっと拳を握りしめるミズハノメ。

 今こうしている間にも、彼女の本体である〈クサナギ〉は膨大な演算を行っているのだろう。


『……それでは、私はこのあたりで』


 ウェイドはちらりと俺を見た後、身を翻す。

 素っ気ないが彼女らしいと思って見送っていると、ミズハノメが首を傾げた。


『あれ、ウェイドはいいんですか? 事後処理は後回しにしてアップデートセンターに行こうって言ったのは――』

『何のことだかよく分かりませんね、ミズハノメ。貴女も言ったように事後処理は山積しているのですから、無駄口を叩いている暇はありませんよ』

『えええっ!?』


 ウェイドはつかつかと早足で戻ってきて、ミズハノメの手を掴んで引き摺っていく。

 どうやら、彼女も少しは俺の身を案じてくれていたらしい。


「ありがとうな、ウェイド」

『感謝されるいわれはありません!』


 背中に向けて声を掛けると、彼女はぷりぷりと怒って足早に去って行く。

 そのあとをミズハノメが泣き声をあげながら引き摺られていった。


「まさかウェイドたちも来てたとはなあ。ともかく、俺もすることがあるか」


 今も浜の方には原生生物が多く転がっていることだろう。

 特にあの大猿は自分の手で解体したい。


『レッジィィイイ!』

「ごぷっ!?」


 再び歩き出した俺は、再び腹部で硬い物体を受け止める。

 今度は青色ではなく、赤色の少女だ。


「カミル!? もうシェルターから出てもいいのか」

『アンタが死んだって知って出てきたのよ! あれだけ用心しなさいって言ったのに、耳の集音器ぶっ壊れてるの!?』


 胸ぐら――というよりは背丈の関係で腹のあたりだが――を掴んで勢いよく言葉を飛ばすカミル。

 主人である俺の状態は、メイドロイドの彼女にも伝わるらしい。


『おお、無事そうで何よりじゃ!』


 少し遅れてT-1もやってくる。

 彼女は俺を見て問題がないのを確認すると、にこにこと笑みを浮かべた。


『海の方でも色々原生生物が獲れたみたいじゃな。海鮮おいなりも炊き出しで出るかのう?』

「ははは。それは分からないが。とりあえず、浜の方に行くか」


 軽い足取りのT-1と、頬を膨らせたカミルを引き連れて、俺は防壁に開かれた門をくぐる。

 長い浮橋の向こう側では、レティたちが〈カグツチ〉の足下で後片付けを始めていた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇“白羽”

 〈大鷲の騎士団〉特大機装鉄騎兵隊、正式採用型汎用〈カグツチ〉発展機体。

 現実離れしたコストと暴力的な操作性を対価に高い出力と耐久性を実現した団長機“銀鷲”とは対称的に、様々な状況に対応可能な汎用性と、素直で扱いやすい操縦性、そして量産可能なコストを兼ね備えた、戦闘用特大機装〈カグツチ〉。

 “銀鷲”を踏襲しつつ、その華美で厳めしいデザインを見直したデザインで、イメージカラーは青と銀で統一されている。

 複数機での運用が想定されており、互いの各種情報をリンクさせる〈比翼連理〉システムが搭載されている。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る