第598話「真紅の煽動者」

 フィールド中がパニックに陥り、最寄りの都市に向けて殺到する〈猛獣侵攻スタンピード〉は、毎回最終盤に煽動者アジテーターと呼ばれる一際強力な個体が現れる。

 そもそも通常は希少原生生物レアエネミーに分類される大茸猪や一角暴れ馬、女王花蜜鳥などが一般通過原生生物のように出てくるのだから、〈猛獣侵攻スタンピード〉の煽動者アジテーターは更に強い。

 具体的に言えば、敵性評価はフィールドボスクラスの黒に分類される。


「まあ、これだけプレイヤーが揃ってれば大丈夫だろうが……」


 フェンスを背に槍とナイフで原生生物を切り刻む。

 前線でレティたちガチ戦闘職の皆さんが奮戦してくれているおかげで、俺の方は案外忙しくはない。

 高圧電流で焼かれた原生生物が“糸ノ門”の内部へと取り込まれていくことにより、門自体の耐久値も徐々に上昇しているため、あまり気にしなくても良くなったのも理由の一つだろう。

 そして、緑の巨人“狩狼叢樹”形態になったことで視点が随分と高くなった。

 このおかげで広い砂浜も一度に眺望することができる。

 だからこそ、俺はいち早く気付くことができた。


「ッ! アレはやばい!」


 日が暮れ始め影の濃くなる密林の奥で、キラリと何かが光った。

 俺は咄嗟に大股で走り出し、レティたちがいる場所を“鋼鱗杉”の大槍で薙ぎ払う。


「うわあああっ!? ちょ、レッジさん!? 何を――」


 原生生物諸共、それと戦っていたレティたちもダメージはないがノックバックで横へ吹き飛ぶ。

 他のプレイヤーたちもできるだけ巻き込んで、四本の腕を最大限に活用し、可能な限り多くの者を横へ、理想を言うならば“糸ノ門”の向こう側へと掃き出す。


「緊急退避! やばいのが来――」


 言いきるよりも早く“狩狼叢樹”の胸を極太の光線が貫いた。


「レッジさん!?」

「良いから逃げろ!」


 砂浜に転がっていたレティたちは、“糸ノ門”の向こう側へと駆けていく。

 彼女たちも俺の胸を貫いた光線の脅威が分かったらしい。


「クソ。本体に当たってたら一発でお陀仏だぞ……!」


 大きな風穴が開き、周囲の焼け焦げた緑の体が増殖する蔦によって塞がれる。

 追加の栄養液を割り、行動可能時間を延長する。

 体勢を立て直しながら密林の方へ向き直る。

 光線が掠めたことで燃え上がる密林の木々をなぎ倒し、その向こうから紅蓮の巨躯が現れた。


「あれが今回の目玉だな」


 手に荒く枝を払っただけの巨木の槍を持つ、四肢が異様に長いひょろりとしたシルエットの人型。

 なるほど、猿の島と言うだけあってボス以外にも猿がいるらしい。

 背丈はおよそ10メートル、ヴァーリテインほどではないが“狩狼叢樹”にも匹敵する巨体だ。


「奇しくも同じ槍使いらしい。どっちがより手練れか、勝負してみるか」


 鋼鱗杉と首切草を構える。

 彼もまた、俺の存在を認めていた。


「ギィィィイアアアアアアッ!」

「ッ!」


 大きく口を開き、大猿が吠える。

 密林が震え、彼の声に呼応するように甲高い鳴き声が響き始めた。


「まさか――!」


 無数の足音が島を揺らす。

 急速に影の濃くなる砂浜に向けて、夥しい数の猿が現れた。

 サイズは大猿に遠く及ばず、1メートルと少しといったところだが、その数が恐ろしい。

 歯を剥いて威嚇する猿の群れが、砂浜にずらりと並んでいた。


「流石にこの数はきついぞ……」


 “糸ノ門”でも阻みきれず、数の暴力で圧倒されるだろう。

 大猿一体だけであればまだしも、子分がこんなに出てくるのは想定外だ。


『レッジさん、小猿はレティたちに任せて下さい』

「レティ! 分かった、そっちは任せる」


 〈観測者オブザーバー〉を後方に向けると、体勢を立て直したレティたちが門の前に立っていた。

 〈白鹿庵〉だけではない。

 俺が咄嗟に吹き飛ばしたプレイヤーたちが、性懲りもなく立ち上がっている。


『本当なら私たちが大猿を叩くのが理想ですが、サイズ的に厳しいです。せめて、膝を突かせてくれれば首にも届くのですが……』


 TELを通じてトーカも悔しげに言葉を届けてくる。

 大茸猪や一角暴れ馬程度ならともかく、ちょっとしたビルのような大きさの大猿は彼女たちでも難しい。


「任せろ。俺がさくっと倒してやるよ」


 槍を構えたまま対峙する大猿に意識を戻す。

 そんな俺の声が聞こえたかのように、赤毛に覆われた巨躯が動き出した。


「ングアッ」

「させるか!」


 猿がパカリと口を開き、喉を締める。

 俺を再び貫き、その背後にある〈ミズハノメ〉にも一撃入れようという魂胆だろう。

 その思惑を裏切るため、俺は素早く懐に入る。

 顎下を狙い、槍を突き上げる。


「『疾風突き』ッ!」


 パイルバンカーのように至近距離で撃ち出された槍が、大猿の顎を下から貫く。

 直後、深紅の光線が猿の口から放たれ、大きな歯を砕きながら斜め上の空に向かって飛び出した。


「ぐあっ!?」


 だが、その光線が町から逸れたのを見届ける間もなく、“狩狼叢樹”の体を木の幹が貫く。


「人型で知能も高いってか。闘技場で戦ってるみたいだな!」


 槍が刺さったまま、強引に体を捻る。

 武器を手放すのは拒否感が強いだろう。

 大猿の体勢が崩れる。


「風牙流、三の技、『谺』!」


 大きく開いた脇腹に向けて四連の『谺』を叩き込む。

 八つの衝撃が立て続けに緋色の毛皮を襲い、切り刻む。


「ギャヒャッ!」

「何!?」


 だが、大猿の動きは鈍らず怯むことすらなかった。

 楽しげに声をあげると“狩狼叢樹”の右肩に噛み付いてきた。


「こいつ、もう口が再生してるのか」


 光線によってはじけ飛んだはずの口が、ものの数秒で完治している。

 真新しい鋭牙が俺の肩を噛み千切らんと深く食い込んでいた。

 切り刻んだばかりの脇腹を見れば、ジュクジュクと血が粟立ちながら肉が再生を始めている。

 胸を貫かれた俺が言うのもなんだが、生物とは思えない驚異的な再生能力だ。


「レティ! そっちはどうだ!」


 俺と大猿の足下では、レティたちが小猿の大群と激戦を繰り広げている。

 彼女らも奮闘しているようだが、森の奥からは際限なく新たな猿が現れているようだ。


『コイツら、たぶん無限湧きです! 大猿を何とかしないと……』

「こっちは卑怯な再生能力がある! ぐあっ!?」


 話している隙を突いて、大猿が俺の第一右腕を噛み千切った。

 猿の群れの上に落ちた蔦の腕は栄養液の供給が途切れたために急速に枯れていく。


「クソ! 俺の腕を――!」


 栄養液の分配を変え、第一右腕を再生させる。

 同時に持っていた“首切草”も生やし直しだ。


『再生能力に関してはレッジさんも人のこと言えないと思いますけど……。まあ良いです。とりあえず、その猿を転ばせて下さい。レティたちが頭を潰しましょう』

「分かった。頑張ってみよう」


 攻撃力に乏しい俺では大猿を倒しきるのは不可能か、時間が掛かりすぎる。

 腕も頻繁に千切られれば、再生させるたびにこっちの行動可能時間は目減りするのだ。


「風牙流、四の技、『疾風牙』ッ!」


 四連の貫通攻撃。

 大猿は驚くほど機敏な動きで三発を避け、一発だけが体側を僅かに擦った。


「ちょこまかと!」


 向こうの粗野な槍も、その質量だけで驚異的だ。

 だがそれだけに気を取られれば、再び光線で狙われる。

 こちらを睨む黄色い双眸を睨み返し、武器を捨てて喉を掴む。


「こっちは八本腕なんだよ!」


 喉を潰し、両腕を掴む。

 それでもなお、こっちは二対の腕があるのだ。


「風牙流、二の技、『山荒』ッ!」


 二連の突風が大猿の胸に穴を穿つ。

 それでも飽き足らず、貫通した風は砂浜に蠢く小猿の群れを蹂躙した。


「ガハッ!?」


 だが、向こうも果敢に反撃してくる。

 鞭のようなものが飛んできたかと思うと、槍を持つ腕が潰される。

 見えたのは太く長い尻尾だった。


「器用なことを!」


 槍を落とした左手で尻尾を掴もうと追うが、機敏に逃げられる。

 このまま強引に押し倒そうとしても、強靱な足腰で耐えられる。


「駄目だ……」


 視界の隅に表示された栄養液の残量が、底を突き掛けている。

 俺がこいつを倒せなければ、甚大な被害が出てしまう。

 覚悟を決めて、回線を繋ぐ。


「――俺を撃て、ミズハノメ!」


 直後、緑の蔦によって羽交い締めにされた深紅の大猿は、四箇所から放たれた固定式BB極光線砲によって貫かれた。


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Tips

煽動者アジテーター

 〈猛獣侵攻スタンピード〉の中核を為す強力な原生生物。これを沈静化することにより、〈猛獣侵攻〉を制圧できる。

 強者故の賢者。賢者故の傍観者。落ち着き見守る彼らが取り乱せば、たちまち秩序は崩れ騒乱は広がっていく。


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