第596話「都市を守る者」

 広い砂浜は混沌にまみれていた。

 予想通り大茸猪は1頭だけでなく、4頭が集結しプレイヤーたちを薙ぎ倒している。

 トーカの言っていた一角跳ね馬の上位種らしい一角暴れ馬も混ざり、他にも見たことのない原生生物が暴れ回っている。


「カミル、T-1。一応武装しておけ。でも戦うな。ひとまず、一気に〈ミズハノメ〉まで駆け抜ける」

『わ、分かったわ』

『ふおおお、え、えらいこっちゃなのじゃ!』


 2人を抱きかかえ、白月に『幻夢の霧』を指示する。

 幸いなことに、海に面したこのあたりは水際判定に該当するため、白月の霧は最大限の力を発揮する。

 彼の白い身体が溶け、周囲に濃い霧が広がる。

 戦闘中のプレイヤーも暴走している原生生物たちも混乱しているなか、俺は一気に駆け抜ける。


『ぴっ!?』

「あんまり暴れるなよ。踏まれたら痛いじゃ済まない」


 巨大な大茸猪の足下を通り、一角跳ね馬の群れを掻き分けて進む。

 この時ばかりは脚部にBBを極振りしていて良かったと心の底から思う。

 そうでなければカミルもT-1も守れず死んでいたかも知れない。


『のうわっ!? 主様、でっかい鳥がこちらを見ておるぞ!』


 脇に抱えたT-1が悲鳴を上げる。

 彼女の指さす方向へ視線を向けると、蜂蜜色の翼を広げ、鋭く細長い嘴を光らせる鳥がいた。


「花蜜鳥の親玉か! 何で捕捉されてるのか知らないが、無視だ無視!」


 巨大な花蜜鳥が鳴き声を上げると、周囲を飛んでいた花蜜鳥が一斉に飛び掛かってくる。

 視覚によらない別の手段で俺たちを認めているようで、白月の霧による認識阻害も効果が薄い。


「もうちょっとだ!」


 浜辺から繋がる浮橋を駆け抜ける。

 武器を構え防具を着込んだプレイヤーたちが駆け付けるのに逆らいながら、カミルたちを安全地帯へと運ぶ。


『ひょわー! ふわーーーっ!』

『T-1、静かにしなさいよ!』

『こんな状況で黙っていられるわけがないじゃろう!?』


 恐怖のまま手足をばたつかせるT-1をしっかりと抱え、浮橋を渡る。

 遠くに見えるのは、〈ミズハノメ〉の真新しい都市防壁だ。

 あの内部に逃げ込めれば、ひとまずは安心できる。


『ひぎゃあああっ!? と、鳥が来るのじゃ!』


 T-1が一際大きな悲鳴を上げる。

 振り返ると、プレイヤーの攻撃を掻い潜った花蜜鳥が数匹、俺たちに迫っていた。


「くっ――!」


 流石にマズいと思ったその時。


『固定式BB極光線砲、エネルギー充填率82%。緊急発射』


 青い極太の光線が空を貫く。

 水面が余熱によって蒸発し、白月の濃霧に蒸気が混じる。

 閃光は視界を白く染め上げ、遅れて轟音が届く。

 俺たちの目の前で、花蜜鳥が文字通り蒸発した。


「なぁ――」

『固定式BB極光線砲! た、助かったのじゃ……』

『安心してる暇はないわ。早く逃げるわよ!』


 カミルに急かされ、俺は再び走り出す。

 その後も青白い光線が断続的に放たれ、押し寄せる原生生物たちを薙ぎ払っていく。

 出所は我らが〈ミズハノメ〉の都市防壁上に設置された巨大な砲台だ。


『都市周辺に脅威存在を確認。機術式狙撃砲、物質消滅弾装填。――発射』


 〈猛獣侵攻スタンピード〉は陸だけではない。

 海からも荒々しく牙を剥く海竜や怪魚の類が大挙して押し寄せる。

 波を立てて都市へ接近する彼らに放たれたのは、一発の弾丸だった。

 それは群れの中央に吸い込まれるようにして飛び込み、一瞬の沈黙の後、周囲の原生生物諸共


「なんだ、あの凶悪な弾は!」


 海面がまるでアイスクリームディッシャーで削り取られたかのように、全てが消える。

 海水が傷を隠すように流れ込み、その変化は一瞬で掻き消えたが、周囲を泳ぐ原生生物たちは恐怖に逃げ惑う。


『都市防衛用機術式狙撃砲専用350TB大規模機術封入弾じゃな。物質消滅弾はその名の通り、着弾後半径10メートルの球形空間を丸ごと消し飛ばすのじゃ』

「どんな性能だよ……。それがあれば調査開拓活動もめちゃくちゃ捗るんじゃないか?」


 自慢げに言うT-1に、頬を引き攣らせる。

 一切の反撃を許さない悪魔のような破壊兵器だ。


『あの弾一発で平均的な機術師型調査開拓員350人分のLPを消費しておるからの。都市クラスの大型炉心と都市グリッドによる供給がなければ扱えぬわ。それに、周辺環境に甚大な被害を及ぼすから、調査開拓活動には使えぬ』


 都市防衛設備が本格的に稼働したことで余裕が出てきたのだろう。

 T-1は俺に抱えられたまま流暢に喋る。

 その間にも青白い光線が次々と放たれ、そこかしこで穴ぼこや火柱が発生している。


「なんかもう、都市防衛設備さえあれば調査開拓員が出張る必要もないんじゃないか?」

『そうも行かぬ。都市防衛設備は燃費など度外視の最後の砦じゃからな。固定式BB極光線砲はエネルギー再充填と砲身冷却に長い時間が掛かるし、狙撃砲用の350TB機術封入弾は大量の資源を消費する。できることなら損失は抑えたいじゃろう?』


 言われてみてみれば、青い都市防壁上に並ぶ巨大な光線砲は赤熱し、スプリンクラーによる急速水冷が行われている。

 〈猛獣侵攻スタンピード〉中の特例措置として中枢制御区域以外の全ての区画が停止しているのは、エネルギーリソースを都市防衛設備に集中させる必要があるからだろう。

 もし仮に都市防衛設備が原生生物の圧力に押し巻けてしまえば、誕生したばかりのミズハノメも消えてしまうのだ。


「よし、とりあえず安全域には着いたな」


 都市防衛設備と多くのプレイヤーたちが原生生物の侵攻に応戦しているなか、俺たちはようやく〈ミズハノメ〉の防壁内に辿り着いた。


「T-1、こういう時NPCはどこにいるんだ?」

『最寄りの緊急退避シェルターに避難しておるな』

「じゃあ、カミルを連れてそこに行ってくれ。事態が収まったら、制御塔のエントランスで合流しよう」

『あい分かったのじゃ』


 都市の基本的な設備については、カミルよりもT-1の方が詳しい。


『アンタは大丈夫なんでしょうね?』

「俺は調査開拓員だからな。死んでもすぐに生き返る」

『そういうことじゃないんだけど……』


 箒を握りしめたカミルは、何か言いたそうな顔で俺を見る。

 俺は努めて笑みを浮かべ、彼女の赤髪を撫でた。


「心配するな。レティたちもいるし、他の仲間も大勢いる。それにミズハノメも頑張ってるからな」


 防護壁に開かれた門からはプレイヤーたちに混ざって警備NPCたちも続々と出動している。

 八本の足を巧みに動かし、背中に六砲身の機関銃を乗せた機械の軍隊が駆け抜け、空からは大型のドローンが隊列を組んで飛び立っている。

 今この瞬間もミズハノメは都市管理者として奮闘しているはずだ。

 それなのに、俺だけシェルターに引きこもっているわけにはいかない。


「T-1」

『うむ。健闘を祈るぞ』

『せいぜい頑張りなさい。怪我したら承知しないからね』


 カミルがT-1に手を引かれて町の奥へと消えていく。

 それを見送り、俺は両手に槍とナイフを携える。


「――さて」


 両脇をプレイヤーと警備NPCが駆け足で追い越していく中、俺はゆっくりと歩きながら外に向かう。

 海上の原生生物は、港湾区画に停泊していた船艦がバリケードとなって侵攻を阻んでいる。

 ならば俺は陸地で迎え撃とう。


「拠点防衛こそ俺の本領発揮だ。この橋は渡らせないぞ」


 歩きながら、顔のスキンをはぎ取る。

 下から現れるのは表情のない鋼鉄の人形の顔だ。

 インベントリから取り出すのは、特濃栄養液と種子が封入されたシリンダー。

 先端の鋭い針を首元に打ち込み、内容物を体内のBB管に注入する。


「『強制萌芽』。植物戎衣纏装、“狩狼叢樹”」


 全身に蔦が伸びる。

 やがてそれは身体を覆い尽くし、更に膨張を始める。

 タイプ-ゴーレムを越え、見上げるほどの背丈となり、緑色の巨人へと至る。

 手には槍とナイフを持ち、殺到する無数の原生生物たちを睥睨する。


「『領域指定』『野営地設置』。“糸ノ門”」


 砂浜でテントを展開する。

 左右に勢いよく立ち上がる、強靱なワイヤー製のフェンス。

 高速で編み上げられる、堅固な壁。

 これを突破するには、中央に待つ俺を倒さなければならない。


「難攻不落の要塞だ。突破してみろ」


 巨人の視点で浜を見下ろす。

 突如として現れた壁と巨樹に敵味方双方に混乱が見られたが、プレイヤーたちはいち早く落ち着きを取り戻していた。

 そして、混乱したままの原生生物の中から、大茸猪がこちらに突っ込んでくる。

 緑の蔦に覆われた俺は、真正面からそれに立ちはだかった。


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Tips

◇固定式BB極光線砲

 都市防壁上に設置される大型砲。都市BBグリッドによって供給される莫大なBBエネルギーを濃縮し、高熱光線として発射する。エネルギー充填に時間が掛かり、発車後は砲身冷却の必要が生じるため、連射能力は低い。


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