第594話「戦闘訓練」
〈ミズハノメ〉の中央制御区域が完成したのは、建設開始から三日経った頃だった。
都市として必要最低限の機能が揃ったことで、攻略組以外のプレイヤーも多く訪れるようになり、その後は建設のスピードも更に加速していった。
全十四段階の工事が全て終わり、完全な〈ミズハノメ〉が洋上に現れたのは、建設開始から1週間と少しが経過した時だった。
「完全体〈ミズハノメ〉ですか。いやぁ、壮観ですねぇ」
浜辺に立ったレティが、手で庇を作りながら〈ミズハノメ〉を見る。
〈花猿の大島〉の陸地とは太い浮き橋で繋がった、壮麗な青いメガフロートだ。
全体を鳥瞰すれば、最小単位である海上浮動プレートを拡張した六角形の形をしている。
中央に聳えるのが中枢演算装置〈クサナギ〉を内蔵する制御塔。
その眼下に、中央制御区域、商業区画、工業区画、居住区画、港湾区画を備えている。
石材や木材を多用し、緑も多い瀟洒な町並みを見せていた〈ワダツミ〉とは対称的に、ほとんどが鋼材で構成された工業的な都市だ。
見た目だけで言えば〈スサノオ〉の方が雰囲気が近いかも知れない。
「もう少し建設に時間が掛かるかと思ったけど、案外早かったね」
「〈アマツマラ地下坑道〉で採鉱型〈カグツチ〉が活躍したらしいですよ」
まるでビデオ映像を早回しするかのように、〈ミズハノメ〉は目覚ましい勢いで工事を進めていった。
必要な建材がほとんど金属系だったこともあり、〈アマツマラ地下坑道〉で多くの鉱夫たちが尽力したようだ。
採鉱型〈カグツチ〉というのは、〈ホムスビ〉建設時に投入された特大機装だ。
巨大なドリルで豪快に大地を削り、背中のコンテナに鉱石をもりもり積んでいく。
「あとは水中トンネルが繋がれば完成ってところかな?」
シフォンの言うとおり、今はまだ〈ワダツミ〉〈ミズハノメ〉間を繋ぐ水中トンネルは完成していない。
巨大なキリンのようにも見えるガントリークレーンがずらりと並んだ港湾区画では、今も騎士団の連絡船などがひっきりなしに離着岸している。
「まあ、その辺は生産者と鉱夫の皆さんにお任せね」
「わたしたちにできることはないからねぇ」
そんな第二開拓領域の前哨基地として活躍が期待される〈ミズハノメ〉が完成した頃、俺たちが何をやっているかというと――
『よそ見してないで助けなさいよ!?』
「すまんすまん。とはいえ、カミルも茸猪程度なら倒せるようになってきたんじゃないか」
最強メイドさん育成計画と銘打って、カミルを鍛えていた。
『無理に決まってるでしょ! ここは第二開拓領域なのよ?』
箒を構えたカミルは、砂浜で茸猪の幼体と対峙している。
彼女の言うとおり、ここは第二開拓領域。
そのあたりに生息している原生生物も〈奇竜の霧森〉よりも一段レベルが上がっている。
とはいえ、瓜坊であればカミルもなんとか相手ができているし、レティたちもちゃんと見張っているわけで、あまり心配はしていなかった。
「ノックバックを上手く使って、距離を取りながら戦えば良い。今はどれだけ時間を掛けても良いからな」
『言うだけなら簡単かも知れないけどね……。ぴっ!?』
口をへの字に曲げるカミルに、小さな茸猪が果敢に突っ込んでくる。
彼女は悲鳴を上げつつも冷静にそれを箒で打ち返し、離れたところへ吹き飛ばした。
「おお、良い感じじゃないか」
『うぅぅ……』
カミルから殺意の籠もった視線を向けられるが、実際に彼女の戦闘センスはなかなか目を見張る物がある。
スキルレベルさえ上がれば、俺なんて木っ端のようなものだろう。
「杖は突けば槍、払えば薙刀、振れば剣、なんて言いますからね。色々応用の利くぶん、基本をしっかりしく必要はありますが……」
「トーカも杖の扱いが詳しいな」
「あはは。道場では杖術も少しやっていますから」
カミルの動きぶりを見て評するトーカは、照れながら頬を掻く。
そういえば、彼女とミカゲの家は道場を営んでいるという話も聞いた気がする。
「……道場でもあんな風に切り捨ててるのか?」
「さ、流石に真剣はあんまり使いませんよ。普段は木刀とか竹刀です」
それでも、使う時は使うのか。
VRゲームだとリアルの経験も活きてくる場合もあるため、彼女の強さもそこに裏打ちされているのかもしれない。
『て、てりゃーー!』
「おお、お見事!」
そんな話をしていると、カミルが瓜坊を討伐した。
彼女は大きく肩で息をしているが、その表情は晴れやかだ。
「時間は17分23秒ですか。流石に時間が掛かりますねぇ」
『あ、当たり前でしょ……』
懐中時計で経過時間を計っていたレティが言うと、カミルは眉間に皺を寄せる。
彼女自身、ほとんど攻撃力がなく、武器も威力よりノックバック能力に傾けた性能にしているためだ。
少しずつHPを削るような戦いにどうしてもなってしまう。
1匹の原生生物で長く戦闘経験が積めると言えば、悪いことばかりではないのだが。
「とりあえず休憩しとけ。飲み物と食事はあるぞ」
『戦いおわったばっかりで何も食べられないわよ。お水だけちょうだい」
疲れた様子のカミルを砂浜に建てたワンポール式テントの中に迎え入れる。
「〈杖術〉スキルは上がったか?」
『今レベル18ね』
カミルの申告した数字は、予想していたよりも少し低いものだった。
このあたりの原生生物で強さが足りないということもないだろうし、恐らくはメイドロイド本来の素質によるものなのだろう。
「やっぱり、
「たぶんそうだろうな」
〈家事〉スキルや〈撮影〉スキルはカミルでも問題なく順調にレベルが上がっているが、戦闘系スキルに分類される〈杖術〉スキルは如実に上がりにくくなっている。
やはり、元々戦闘を想定していないメイドロイドだからだろう。
そんな話をしていると、カミルが沈んだ表情をしているのに気がついた。
「カミル、もしかして戦闘はしたくないか?」
『そんなことはないわ。都市の外に出るのは好きだし、そのためには戦えるようになった方がいいのも知ってるもの。でも、アタシがチマチマ戦ってる間、アンタ達は何もできないじゃない』
どうやら、彼女は自分の成長が遅いことで俺たちが思うように活動できていないと思っているらしい。
たしかに、ここ数日俺たちは浜辺に陣取り、瓜坊とカミルが戦っているのを見ているだけだ。
その間にも他のプレイヤーは続々と島の開拓を進めている。
すでの外周の地図はほとんど完成し、より密林の深い部分へと切り込んで行っている。
「なんか勘違いしてるみたいだから言っとくが、俺たちは別にカミルを足枷だとか思ってるわけじゃないからな。一番楽なのは、カミルもT-1もまとめて俺たちが守るなんだ。カミルには俺の趣味に付き合って貰ってるんだぞ」
戦力で言えば〈白鹿庵〉は過剰な程に揃っている。
エイミーがいればパーティ全員が安全に過ごせるし、レティやトーカがいればほとんど敵無しだ。
それでもカミルに戦闘訓練を積んでもらっているのは、俺が強い戦闘メイドというものを見てみたいから、という理由しかない。
「もちろん、一番はカミルの意志だ。カミルが戦いたくないって言うなら、それでいいからな」
そういうと、カミルがピクリと頭頂のアホ毛を動かした。
それ動くんだな、と言おうとした矢先、彼女がぴしゃりと言い放つ。
『馬鹿にしないでよ。アタシは戦闘技能も満点を取ってるんだから。どれだけ時間が掛かっても、この中で一番強くなって、ドラゴンだって倒してやるわ』
こちらに箒の先端を差し向けて、彼女ははっきりと宣言する。
その言葉に喜んだのは、俺ではなくレティたちだった。
「ほほう? レティたちよりも強くなると? 師匠を越えるのは弟子の務めと言いますが、まだまだ負けるつもりはありませんよ」
「杖も長柄、つまり広義の意味では刀の一種です。最近途上に立ったばかりの若者に後れを取ることはできませんね」
『ぴっ!?』
ふらりと立ち上がったレティたちが、にっこりと口を弓形にして立ちはだかる。
その姿に圧倒されたカミルは小さく悲鳴を上げるが、すぐさま体勢を立て直す。
『ふ、ふん。見てなさい、いつか靴を舐めさせてあげるんだから』
「良い心意気です。若者はそれくらい不遜でなければ、倒し甲斐もないというもの」
「泥に汚れるのはどちらでしょうね」
2人とも興が乗っているのか、まるで悪役のような言動だ。
ていうか、俺から見ればレティもトーカも十分若者だ。
テントの奥で椅子に座るエイミーたちが苦笑して彼女たちを見ている。
『レッジ、休憩おわりよ。さっさと次の相手を用意しなさい』
「はいはい。仰せの通りに」
再びやる気を燃やすカミルにせっつかれ、俺はテントの側に置いていた小さなケージを一つ開く。
そこから出てきた瓜坊に箒を差し向け、カミルは高らかに声を上げた。
『頑固な汚れはそぎ落とす。根強いカビは漂白よ! この世に蔓延るゴミは纏めて燃やし尽くす! 『機装展開』ッ!』
クラシカルなメイド服がふわりと風を孕み、色を変える。
青と白のカラーにふんわりと揺れるフリル。
ハート柄の白いタイツが浜辺の陽光を受けて眩しく光る。
赤毛の天使が箒を構えて現れた。
「なんだかんだ言って、カミルも毎回あの口上言ってますね」
「せっかくなら
師匠たちが後方で腕を組んで見守る中、カミルの戦闘訓練は続いていった。
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Tips
◇幼体
一部の原生生物は幼体が発見されることがあります。多くの場合、成体と比較して非力で危険度は低く、戦闘経験の浅い調査開拓員でも容易に討伐できます。しかし、幼体の多くは成体によって庇護されており、危害を加えた場合、興奮した成体に攻撃される可能性もあります。
幼体に接触する場合には、周囲の成体に注意しましょう。
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