第593話「納品と手当」※

『おうふ……。凄い量ですね。プラントが沈んじゃいそうですよ』


 渡船で〈ミズハノメ〉に戻ってきた俺たちが、この1時間で集めた原生生物の素材系アイテムを降ろすと、ミズハノメはそう言って口を半開きにした。

 彼女の隣ではワダツミが早速アイテムの検分を始めている。

 こういった事態にも動じないのは、やはり経験の差だろうか。


「無理に全部受け入れる必要はないぞ。余った肉は焼いて食べても良いし」

「そうですね。余剰分はレティが責任を持って片付けますので、無駄にはなりませんよ」


 レティは純粋に茸猪の焼き肉を食べたいだけだろうが、力強く胸を叩いてみせる。

 しかし、そんな彼女の意図に反してミズハノメは首を横に振った。


『いえいえ。皆さんのご尽力の成果ですから、全て買い取らせてもらいますよ』

「そ、そんなぁ」


 はっきりと断言するミズハノメに、レティがよろよろと崩れ落ちる。

 残念だが、猪肉パーティはお預けらしい。


ご心配なくDon'tWorry。フィールドに生息する原生生物の調査サンプルは多ければ多いほど良いですから。それに、有機的物質は各種分析検査の後、全て大型高性能エネルギー変換炉で〈ミズハノメ〉建設のエネルギー源となります。肉片一つ無駄にはなりませんよ』


 ワダツミの施してくれた詳しい説明が、レティを完膚なきまでに打ちのめす。

 もとより彼女に勝ち目はなかったのだろうが、少し可哀想になってきた。


「すまん、ミズハノメ。茸猪の肉をいくつか戻してもらって良いか?」

『もちろん良いですよ。元々はレッジさんの持ち物ですので、納品するもしないもレッジさんの自由ですから』

「ありがとうな」


 ミズハノメに一声掛けて、猪肉の詰まった木箱を一つこちらに引き寄せる。

 これだけあれば、ウチの腹ぺこも満足するだけの肉が焼けるだろう。


「わーい! レッジさん愛してます!」

「はいはい。じゃあ、あとのアイテムはそちらに渡すよ」


 一転、元気を取り戻して抱きついてくるレティをあしらいつつ、残りのアイテム群をミズハノメに託す。

 討伐時に使った武器やアイテム、周囲の状況、原生生物の行動など、様々な情報と共にそれらを買い取って貰い、相場価格よりもいくらか高い金額を報酬として受け取る。

 カミルがこまめに集めてくれた撮影データも納品し、そちらは彼女の小遣いとして渡す。


『わざわざアタシに渡さなくても、アンタが持っておけばいいのに』

「カミルの仕事の成果だからな。なんか美味いもんでも買えば良い」

『ならば、おいなりさんじゃな!』


 カミルも以前は断っていたが、最近は渋々ながらも受け取ってくれるようになった。

 協調性が低いぶん、自主性は高いはずだから、好きに使って貰えればいい。

 俺も傘を買ってもらったばかりだしな。


「T-1も、少ないけど持っとけ」

『なぬ!? よ、良いのか?』


 カミルの側でおいなりさんと連呼していたT-1にもビットを送る。

 いまだ借金を抱えた身ではあるが、それでも多少は自由に使える金があった方がいいだろう。

 ただでさえ、メイドロイドとしての給料のほとんどを借金返済に充てているのだ。


「T-1にも手伝ってもらったからな。好きに使えば良い」

『う、うむ……。ありがとうなのじゃ』


 困惑した様子で頷き、T-1は俯く。

 さっそく何を買うか考えているのだろうか。


『ふぅむ。レッジさんは珍しい方ですね』


 空になった木箱を片付けていると、突然ミズハノメにそんなことを言われた。

 驚いて聞き返すと、彼女は頷く。


『メイドロイドへの給与支払いは主である調査開拓員の義務ですので、口座から自動的に引き落とされますし、残高が足りない場合は負債となります。しかし、ボーナスを支払うのは、本来必要のないことですから』


 それを聞いて、俺も納得する。

 カミルたちとは違和感なくコミュニケーションが取れるとはいえ、結局の所NPCでしかない。

 そんな彼女たちに自身が得られるはずの資産を渡すというのは、ある意味では非合理的な判断なのだろう。

 そういった視点で言えば、俺は仮想と現実の区別がついていない。


「レッジさんみたいな人って、他にはいらっしゃらないんですか?」

『そういうわけではないですよ。通常の給与の3倍のビットを支払っている方や、そもそもご自身の口座をメイドロイドと共有している方も全体の数パーセントではありますが、存在します』


 メイドロイドはバンドのガレージ管理には強力な存在だし、カミルのように戦闘スキルを獲得できる可能性もある。

 対人関係という煩わしさから解放されるという見方もあり、手ずから育てたメイドロイドと行動を共にするというプレイヤーもそれなりに増えてきたように思う。

 そういえば、〈波越えの白舟〉の際には大量のメイドロイドを引き連れたプレイヤーもいたらしい。


「世の中にはレッジさんみたいな人も結構いるんですねぇ」

「それはどういう意味だ?」


 しみじみと言葉を漏らすレティに聞き直すが、曖昧にはぐらかされる。


『メイドロイドに一定の財産運用権を付与するのは、メイドロイド自身の自主性や自己管理能力の向上に効果的だというデータもありますから』

「まあ、カミルは元々そういうのは高そうだけどな」


 ちらりと周囲を見渡すと、赤髪のメイドさんは黙々と木箱をしもふりのコンテナに積み込んでいる。

 特に指示を出していないのに動いてくれているのは、彼女の能力の高さ故だろう。


「せっかく新しい土地に来たんだし、カミルも本格的に鍛えてみるかな」


 彼女はレティたちの指導のおかげで〈杖術〉スキルを獲得している。

 ハンマーではなく杖を扱う系統だが、そのおかげでモップや箒を使って多少の戦闘を行うことができるようになった。

 やはり戦うメイドさんというのはロマンだろう。


「カミル、いつかドラゴンを倒そうな」

『何を言ってるのよ。それよりも早く片付けるわよ』


 気合いを込めてカミルを激励すると、彼女は怪訝な顔をして肩を竦めた。


_/_/_/_/_/


◇ななしの調査隊員

新天地の様子はどうですか


◇ななしの調査隊員

相変わらず馬鹿みたいな大盛り料理がいっぱいあるぞ


◇ななしの調査隊員

今日も敢えなく撤退していったチャレンジャーを何人も見たな


◇ななしの調査隊員

飲食店の〈新天地〉じゃなくてだな


◇ななしの調査隊員

そういえばそっちの新天地も〈ミズハノメ〉に出店するんだろうか


◇ななしの調査隊員

売り上げ的には出店できるかもしれないけど、〈ミズハノメ〉は面積限られてそうだし、競争も激しそうだからなぁ


◇ななしの調査隊員

〈花猿の大島〉なら続々と攻略組が乗り込んできてるよ。

浜辺にテント村も建ってる。


◇ななしの調査隊員

テント村(洋館)


◇ななしの調査隊員

まあ、あれも一応テントだから。


◇ななしの調査隊員

〈ミズハノメ〉の方はまだまだ時間掛かりそうだな。

島とも繋がってないから、有志の船主が渡船を運営してくれてる。


◇ななしの調査隊員

神かよ


◇ななしの調査隊員

無料の渡し船だろ?

何が嬉しくて船漕いでるんだ


◇ななしの調査隊員

チップって形で金払ってるよ。大体1往復で500ビットくらいだけど。


◇ななしの調査隊員

プレイヤーの好意によって成り立っております。


◇ななしの調査隊員

あとはなんだろうな。

まだ大島のボスは見つかってないし。


◇ななしの調査隊員

花猿ってどんなのだろうな。

おっさんみたいに蔦が絡まってできた猿とかか。


◇ななしの調査隊員

あんなのはおっさんだけでいいから


◇ななしの調査隊員

騎士団の連絡船がありがたい。

ソロ専だと荒天海域越えるだけの船を用意するのも面倒なんじゃ。


◇ななしの調査隊員

イカちゃんはもう可哀想になるくらい殲滅されまくってるね・・・。


◇ななしの調査隊員

おかげでイカの相場がめちゃくちゃ下がってる。イカのお寿司が20貫で500ビットだぜ。


◇ななしの調査隊員

今度の大食い王選手権の品目はイカになるらしいな。


◇ななしの調査隊員

もうイカは見たくないでござる。


◇ななしの調査隊員

花猿の大島で猪肉とか獲れるんだろ。それもそのうち安くなるかな。


◇ななしの調査隊員

まあ、そのうちな、そのうち。


◇カール男爵

我輩は見たぞ! 彼の島に猪の成る木々を!


◇ななしの調査隊員

お、男爵じゃん


◇ななしの調査隊員

元気してたみたいだな


◇ななしの調査隊員

また唐突だなぁ


◇ななしの調査隊員

パブロフくん元気?


◇カール男爵

うむ、パブロフも変わらず壮健である。今は我輩の足の間で骨クッキーを食べておる。


ともあれ、我輩は愛犬と共に荒波を掻き分け、嵐を越え、勇猛果敢に彼の島〈花猿の大島〉へと乗り込んだ。

砂浜の向こう、陰鬱と繁る緑の魔境、深き密林の奥へと分け入った――。


◇ななしの調査隊員

男爵もついに上陸したか。


◇ななしの調査隊員

男爵って〈冒険家〉だっけ。今が一番良い時だもんな。


◇ななしの調査隊員

冒険家かー。オノコロ島だともうほとんど意味ないアビリティなんだよな。


◇ななしの調査隊員

一応、多少は効果あるけどな。多少。


◇カール男爵

そこで我輩が目の当たりにしたのは、木々を盛大になぎ倒し、けたたましい足音と共に迫る一角跳ね馬の一群だった。


我輩とパブロフはそれに勇壮に立ち向かおうとしたのだが、彼ら一角跳ね馬の顔には恐怖と怯えの色が現れておった。


◇ななしの調査隊員

一角跳ね馬isなに


◇ななしの調査隊員

生物検索:一角跳ね馬


◆ディクショナリーBOT

一角跳ね馬ホーンギャロップ


生息地:〈花猿の大島〉

分類:猛獣,草食

危険度:緑(ノンアクティブ)

説明:

 〈花猿の大島〉に生息する中型の馬に似た原生生物。額から一本の長い角を生やしており、それを戦闘時の武器や求愛時のディスプレイとして使用する。通常、10頭前後の群れで生活し、密林の豊かな植物を食べながら一定のルートを巡回するように移動している。

 非常に警戒心が強く、群れ以外の個体や他の原生生物などが接近してきた場合、素早く逃走を開始する。


◇ななしの調査隊員

辞書おつ


◇ななしの調査隊員

密林に馬がいるのか・・・


◇ななしの調査隊員

オカピ的な感じかな


◇ななしの調査隊員

そこまで大きい奴じゃないよ。ポニーくらい。


◇カール男爵

続けて良いか?


◇ななしの調査隊員

いいよ


◇ななしの調査隊員

ごめんごめん


◇カール男爵

その一角跳ね馬は我輩に構わず、一心不乱に真横を通り過ぎていった。そのあとを追いかけていたのは、赤き走兎と、その同胞たちだった。


◇ななしの調査隊員

走狗ならぬ走兎


◇ななしの調査隊員

兎?

……あっ


◇ななしの調査隊員

兎かぁ


◇カール男爵

兎たちが去った後、そこには木々が薙ぎ倒され、蔦の踏み潰された道ができておった。


その後、気を取り直して更に密林の奥へと向かった我輩とパブロフは、そこで奇異なるものを見た。


◇ななしの調査隊員

奇異な者ですか


◇ななしの調査隊員

誰やろなぁ


◇カール男爵

木々が折られ、開かれた小さな土地。

その中央に置かれた、無数の茸。それは何か手が施されているらしく、不自然なほどに強い臭気を漂わせていた。

そして、茸の祭壇の直上にあったもの――


◇ななしの調査隊員

茸猪か。あれの肉が美味しいらしいな。


◇ななしの調査隊員

茸が良い感じにしてくれてるんだっけ?

よく分からんけど。


◇ななしの調査隊員

茸と猪、いったいどちらが本体なんでしょうね。


◇カール男爵

そこには、茸猪がたわわに実る木々があった。


◇ななしの調査隊員

ええ・・・


◇ななしの調査隊員

そうはならんやろ


◇ななしの調査隊員

茸猪は果実だった?


◇ななしの調査隊員

何で茸猪が


◇カール男爵

尋常ならざる光景に驚愕する我輩とパブロフ。

茸猪たちは木々の枝に繋がったまま、微かに鳴いておった。

そして、我輩は出会ったのだ――レッジ殿に。


◇ななしの調査隊員

おっさんじゃねーか


◇ななしの調査隊員

答えじゃん


◇ななしの調査隊員

またおっさんがやらかしたのかよ


◇ななしの調査隊員

知 っ て た


◇ななしの調査隊員

まあ、砂浜にテント(洋館)も建ってるしな。

おっさんだよな。


◇ななしの調査隊員

兎さんは伏線だった・・・?


◇カール男爵

どうやら、レッジ殿は島の3箇所ほどに罠を仕掛けておったらしい。かなりの高効率で茸猪を捕らえることができるようだな。

ちなみに、ついさっきレッジ殿たちが〈ミズハノメ〉に帰還したが、渡船が沈みそうになるほどの荷物を持ち帰っておった。


◇ななしの調査隊員

ええ・・・


◇ななしの調査隊員

茸猪絶滅してない?


◇ななしの調査隊員

調査開拓活動は現地環境に十分に配慮がなされています。


◇ななしの調査隊員

開拓活動だから問題ないぞ。


◇カール男爵

ちょうど今、レッジ殿がこちらに来て、茸猪の肉を分けて頂いた。今はパブロフが美味そうに食べておる。


◇ななしの調査隊員

いい人じゃん


◇ななしの調査隊員

おっさんはいい人だぞ


◇ななしの調査隊員

パブロフかわいい


◇ななしの調査隊員

全然茸猪見当たらねーから掲示板来たら、やっぱりおっさんの仕業じゃねーkあ!!!11


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Tips

◇メイドロイドへの給与

 雇用したメイドロイドには一定期間ごとに給与を支払う必要があります。給与の最低金額はメイドロイドの等級によって変化し、また雇用主の判断で最低金額以上の自由な金額を設定することも可能です。

 定期的な給与の他に、雇用主の判断で不定期かつ自由な金額を特別手当として支払うことも可能です。

 メイドロイドに支払われた給与は、メイドロイドの基礎メンテナンスや業務上必要な経費として消費され、残額はメイドロイド本人が自由に使用可能な資産として保管されます。


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