第584話「帰還者の祝宴」

 夜の〈ワダツミ〉港湾地区に、船が帰ってくる。

 すでに掲示板などを通じて成果を知っているプレイヤーたちが、見事に錦を飾った船団を喝采の元に迎え入れた。

 そうして、ワダツミの粋な計らいによって港湾地区の一部制限が解除され、海を臨む祝宴が開かれた。


「ワダツミ饅頭だよ! ワダツミ饅頭はどうだい!」

「管理者焼きだよー! 一袋500ビットだよー!」


 港湾地区の広い埠頭に並んだ露店から、威勢のいい客寄せの声が響く。

 浮かれ気分のプレイヤーたちは装いも戦闘着からお洒落な町歩きようのものに替え、三々五々仲の良い同士で固まって歩いている。

 生産系のバンドがそこら中に提灯を並べたことで、幻想的な色彩が夜の紫紺に浮かび上がる。

 商機に聡い職人たちは、早速様々な種類のサメのぬいぐるみやイカクッションを作って売っていた。


「まるで夏祭りみたいだな」

『前にもお祭りみたいなことしたばっかりなのに。ほんとにアンタたちって騒がしいのが好きよね』


 カミルは呆れたように肩を竦め、運んできた木箱を簡易調理場ポータブルキッチンの側に置く。


「小さい調査開拓員企画ユーザーイベントも合わせれば、四六時中何かしらの祭りが開かれてるからな。開拓活動には息抜きも必要って事だ」

『息を抜きすぎて腑抜けになられても困るんだけど』


 目を三角にするカミルに苦笑しつつ、俺は木箱からイカの切り身を取り出す。

 なんとか品質が落ちないうちに捌けた特銛烏賊の切り身は、白く透き通っていて弾力がある。

 これもまだまだ数の少ない希少品だが、景気よく使ってしまおう。


「レッジさん、準備できました?」

「おう。今から作るところだ」


 屋台の軒下でうずうずとしているレティに見守られながら、調理場の鉄板にイカを乗せていく。


「イカ焼き! ていうか、イカステーキみたいですねぇ」

「まあ、あれを丸のままで焼くのは難しいからな」


 イカの切り身を焼きつつタレを用意し、また他の材料も揃えていく。


『パーフェクト! こちらも準備ができましたよ』

「よし、じゃあ順次揚げてってくれ」


 俺の隣に立つのは、お揃いの割烹着を着たワダツミだ。

 彼女はさっそく菜箸を掴むと、熱した油の中に衣を付けたイカを沈めていく。


「イカ焼き、イカリング、ゲソ焼き、海鮮焼きそば、イカソーメン。色々あるから見てってくれよ」

「とりあえず全部ください!」


 屋台の中から客寄せの言葉を放つ。

 真っ先に手を挙げたのは、カウンターのそばで待っていたレティだ。

 俺が料理を詰めて渡すと、早速屋台の隣に置いた椅子に座って食べ始める。


「ん~! いいですねぇ。屋台の味です」

「レッジさん、わたしは海鮮焼きそばが食べたいな」

「わたしイカ焼きー」

「イカリングを頂きたいです」


 早速豪快にイカ焼きに齧り付くレティを見て、シフォンたちも手を挙げる。


「お、おっさんの屋台じゃん」

「ワダツミちゃんも料理してるぞ!」

「管理者の手料理が食べられるのか!?」


 そんな彼女たちが呼び水となり、埠頭を歩く他のプレイヤーたちも続々と集まってくる。

 俺はカミルやT-1にも手を貸して貰いつつ、次々と飛んでくる注文を捌いていく。


「やっぱり祭りの醍醐味と言えば、屋台だよな」

「レティ的には、なんでレッジさんがお店側なのか疑問ですが……」


 今までもたまに市場で屋台を出していたが、こうして露店を開くのもなかなか楽しい。

 今回は大銛烏賊や特銛烏賊といった珍しいイカの料理ということもあって、続々と客が増えていく。


「ははは。それもレッジさんらしいじゃないですか」


 そんな客に紛れて現れたのは、爽やかな笑みを湛えたアストラである。

 彼の隣には疲れた顔のアイもいる。

 おそらく、今まで後処理に追われていたのだろう。

 最大手攻略バンドのトップツーというのも大変そうだ。


「アストラもお疲れさん。ほら、これはサービス」

「ありがとうございます」


 できたてのイカのバター醤油焼きを二人に渡す。

 彼らも今回の航路開通の立役者だ。


「メルたちはどこに行ったか知ってるか?」


 はふはふと口から湯気を出しながらバター醤油焼きを食べるアストラに尋ねる。

 〈ワダツミ〉に到着した後、その場で一応解散となったのだが、彼女たちもこの祭りを楽しんでいるのだろうか。


「メルさんたちはお面を着けて綿菓子を持って歩いていましたよ。〈神凪〉の皆さんとルナさんも見ましたが、BBCの皆さんは見ていないですね」

「なるほど。まあ、楽しんでるようならいいんだが」


 たぶんケット・Cたちも闇に紛れながら気ままに歩き回っていることだろう。

 今回のことで、今後やらねばならない事も増えたわけで、明日からはまた忙しくなる。

 しかし今夜くらいは羽目を外して騒いでもいいはずだ。


「レッジさん、たこ焼き買ってきましたよ!」

「でっか!? なんだそれ、サッカーボールくらいあるじゃないか」


 一番祭りを楽しんでいるレティが、巨大なたこ焼きを持ち帰ってくる。

 周囲の露店ではサメ焼きやらフカヒレスープやら、他にも海の幸を使った料理が提供されているらしい。

 両手で抱えたたこ焼きに齧り付くレティを見ながら、俺も1メートルほどもある大銛烏賊のゲソの先端部分を大胆に焼いてみる。


「大銛烏賊ゲソ一本焼きだ。めちゃくちゃ食べづらいぞ」

「それは売り文句なの?」


 ラクトから疑念の声があがるが、周囲にいるのは祭りに浮かきったプレイヤーたちばかりだ。

 焼いたそばから次々に売れていく。


「やっほー、レッジ。遊びに来たよ!」

「お邪魔します」

「ルナにタルト。もう色々回ってきたみたいだな」


 屋台の暖簾をくぐって現れたのは、ちゃっかり浴衣に着替えたルナたちだった。

 ルナは今も抱えているマフと合わせたのか、白を基調としたもの。

 タルトは青、カグヤは黒、睦月は緑、如月は赤と、〈神凪〉の面々も瀟洒な装いだ。

 彼女たちはちゃんと草履も履き、帯には団扇まで差している。


「向こうで〈花鳥風月〉が着物レンタルしてくれてるのよ」

「ああ、あのキヨウ祭の時に毎回出店してるところか」


 俺たちも以前利用したことのある、和装専門の裁縫系生産バンドだ。

 言われてみれば、道行く人々の中に和服を着た姿も増えてきている。


「やっぱり祭りと言えば浴衣よね」


 マフを抱えたまま、ルナはくるりとターンして見せる。

 白地に猫の柄が描かれていて、なかなか可愛らしい。


「すっかり楽しんでるみたいだな」

「そうそう。だからおじさんも何かおまけしてよ」

「まあ、屋台のおじさんだけども……。ほら、イカのアヒージョなんてどうだ」

「わーい! おじさん大好き!」


 調子のいいことをいうルナに、イカとトマトとジャガイモの入ったアヒージョを手渡す。

 彼女たちにも助けて貰ったわけだし、多少サービスしてもいいだろう。


「レッジさーん、レティも何かサービス欲しいです」

「さっき色々食べてたじゃないか……」


 頬を膨らせて訴えるレティに、とりあえずゲソ揚げを渡す。

 カレースパイスを振りかけた、エスニックな風味の揚げ物だ。


「わーい! じゃなくて、レッジさんも一緒にお祭り見て回りましょうよ」


 ちゃっかりとゲソ揚げを受け取りつつも、レティは首を振る。

 たしかにこれだけ賑やかな宴でイカを焼いているだけというのも勿体ない気はするが……。


『いいわよ。ここはアタシたちで何とか回すし』


 悩む俺の背中を押してくれたのは、頼もしいメイドたちだった。

 ここは〈ワダツミ〉の中だから、カミルも俺から離れて自由に動くことができる。


『トラストミー。この厨房はワタクシが預かりましょう』

『うむうむ。成果を出した調査開拓員を労うのは管理者の仕事じゃからな。ついでにお稲荷さんを買ってきてくれればよいぞ』


 ワダツミやT-1たちもそう言って胸を叩く。

 ワダツミは海鮮料理なら他の管理者よりも得意だし、T-1も以前の移動販売で磨かれた接客技術を持っている。

 彼女たちなら、確かに安心して任せられる。


『そうね。アタシも何か食べたいし、色々買ってきてちょうだい』


 更にカミルが気を利かせて、そんなことを言ってくれる。

 俺は思わず笑いながらも、そんな彼女の依頼に応えることにした。


「分かった。じゃあ、ちょっと任せるよ」

『ふん。レッジよりも売り上げだしてあげるわ』


 得意げな顔のカミルにその場を任せ、俺は屋台の外に出る。

 そこでは、レティたちが楽しそうな顔で待っていた。


「では、レッジさん。レティと一緒にお祭りを堪能しましょう」

「お、おう?」


 戦闘中のような滑らかな身のこなしで、レティが俺の腕に絡みついてくる。


「やっぱり、人混みではぐれちゃいけないですからね」

「いや、パーティ組んでるんだしお互い現在地は分かる――」

「レティが責任を持ってエスコートしますよ!」


 俺の言葉は祭りの雰囲気に浮かれた様子のレティによって遮られる。

 今夜の彼女は随分とテンションが上がっているようだ。


「それでは、ちょっと行ってきますので」

「待って下さい!」


 ぐいぐいと腕を引っ張るレティに身体が傾いていると、突然もう片方の腕もトーカに掴まれてしまった。


「トーカ? 何の真似ですか?」

「私もご一緒しましょう。お祭りは皆でまわるとたのしいですからね」

「おお。そうだな。シフォンたちも一緒に行くか」


 トーカの言葉にも一理ある。

 俺がシフォンやエイミーを誘うと、彼女たちも頷いてやってきた。


「くっ。レティのプランが崩れてしまいます……」

「いやぁ、元から崩れることは見えてたと思うけどね」


 何やらレティとラクトが小声で話しているが、何か計画を練っていたのだろうか。

 疑問に首を傾げていると、腕を掴んでいたトーカがそのまま自分の腕を絡ませてきた。


「と、トーカさん? その、動きにくくないか?」

「いえいえ。大丈夫ですよ」


 両腕をレティとトーカにがっちりと掴まれた俺は、困惑し狼狽える。

 二人から腕を外そうと動かすも、万力で固定されているのかと思うほどに固く締め付けられている。

 流石は戦闘職というべきか、物凄い腕力だ。


「やはり袴というのは裾を踏んで転ぶ可能性がありますし、エスコートして頂きたくて」

「イカ踏んで歩いてる人が何言ってるんですか」


 レティとトーカは何を争っているのか、俺の両腕をがっちりと掴んだままギリギリと力を込める。


「お、折れる!」

「大丈夫ですよ。ネヴァさんの所に行けば修理してもらえますし」

「そう言う問題じゃないだろ!?」


 思わず悲鳴を上げるが、どうやらどちらも力を緩めてくれる気はないらしい。

 途方に暮れる俺を、ラクトがクスクスと笑いながら見る。


「なんだか、連行される宇宙人みたいだね」

「笑ってないで助けてくれよ……」


 エイミーとシフォンもこの状況を楽しんでいるようだし、ミカゲはいつの間にかいなくなっている。

 周囲に助けてくれる人はいないらしい。


「それじゃあ、行きますよ」


 無力な俺は少女二人に引き摺られるまま、夜の雑踏の中へと連れて行かれるのだった。


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Tips

◇特銛烏賊焼き

 特銛烏賊の切り身を使った大きなイカ焼き。特製のタレと共に甘辛く焼き上げた一品は、ジャンクな魅力に溢れている。

 長時間、水中行動補正+20、〈槍術〉スキルの効果が上昇。


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