第583話「烏賊を喰う」
レティとトーカの挟撃により、特銛烏賊は倒された。
しかし、彼女たちが歓声を上げる間にも、俺はラクトに合図を出して“水鏡”を進めていた。
「まだ大銛烏賊の方が駆除できてない! 騎士団の船を助けに行くぞ!」
「おわっ、わ、忘れてなんか無いですよ!」
山のような特銛烏賊の側を通り、レティたちを回収する。
少し離れた場所では虹輝船が今も燦然と輝いており、それに群がる大銛烏賊たちも見える。
二方向からリヴァイアサンが攻撃を続けているが、それでも大銛烏賊の勢いは衰えていないようだ。
「特銛烏賊を倒しても、まだ無限ポップは終わらないのか」
「特銛烏賊の存在がポップ条件に含まれていないか、もしくは大銛烏賊の数が多すぎて処理が追いついていないか。どちらにせよ、あのままではジリ貧でしょう」
アイの分析を聞きながら、俺たちは虹輝船のもとへと急行する。
しかし依然として嵐は吹き荒れ、波は大きく上下に揺れている。
ラクトも懸命に船を動かしているのだが、到着には時間が掛かりそうだ。
「アストラ、切り込みは頼んだ!」
『任せて下さいっ!』
青い炎を吹き上げて“銀鷲”が海面すれすれを飛翔する。
飛沫を上げて虹輝船の元へと向かったアストラは、そのまま大銛烏賊の群れに突っ込んで、まとめて吹き飛ばしていった。
「“銀鷲”も大概化け物な性能してるよな」
「当然です。いったいいくら掛かったと思ってるんですか」
会計部が悲鳴を上げていましたよ、とアイが渋い顔で言う。
とはいえ、金額分の働きはしているのだろう。
アストラの駆る銀色の巨人は獅子奮迅の活躍で、大銛烏賊たちを千切っては投げている。
「ラクト、もっと速度出せないか?」
「これが限界だよ! これ以上急げっていうなら――」
「レティの出番ですね!」
ラクトの声を引き継ぎ、レティがハンマーを掲げる。
彼女はエイミーに合図を送ると、早速船の後ろから荒波に向かって飛び込んだ。
「いきますよぅ! ――『フルスイング』ッ!」
エイミーの展開した障壁を足場に、レティは“水鏡”の船尾を思い切り叩く。
衝撃が船体を震わせ、浮遊感を覚える。
レティの打撃によって、蒼氷船は大きく弧を描いて飛び出した。
「おおおお」
「ふふん、どんなもんです」
ぐらぐらと揺れる甲板に耐えていると、レティが戻ってくる。
船の移動速度よりも早く動いて戻ってくるのも、すっかり慣れた様子だ。
「昔の漫画にこんなの無かったっけ?」
「柱を投げてそれに乗るやつか」
「そうそう。おじちゃんの家で読んだなぁ」
甲板に座り込み、テントに背中を預けたシフォンが懐かしそうに言う。
あの漫画はいわゆる不朽の名作というやつだ。
俺の家にも全巻揃っている。
「そろそろ着水しますよ!」
「ワシらの射程圏内に入るね。早速一発入れようじゃないか」
レティが声をあげ、メルたちが再び杖を構える。
直後、“水鏡”は強く腹を打ちながら着水し、ラクトが再び体勢を安定させる。
「『降り注ぐ灼熱の業火の雨』」
ほぼ同時にメルがアーツを発動させる。
天を覆う黒雲から、無数の火球が落ちてくる。
それは船を襲う大銛烏賊たちを問答無用で焼き尽くし、次々に海の底へと沈めていった。
「ラクト、ラクト。もっと近づいて下さい! レティたちが全部ぶっ飛ばしますよ!」
「分かったから。あんまり暴れないで!」
ハンマーを掲げて牙を剥くレティは、どうやらまだまだ暴れ足りないらしい。
今日はかなり過酷な旅をしてきたはずなのだが、よくそんな元気が残っているもんだ。
『待って下さい!』
「ぬあっ!?」
しかし、そんなレティが動き出す前にアストラが制止を掛けた。
出鼻を挫かれたレティは思わず甲板に倒れ込み、抗議の声を共有回線に流す。
「何でですか!? まだいっぱいいるじゃないですか!」
『増援が来ますので。彼らに任せましょう』
安堵したようなアストラの声。
その直後のことだった。
「ヒャッハァァアア!」
「うおおおお! 俺がサメだ!」
「俺たちがサメなんだ!」
「イカども全員、喰らい尽くしてやるぜ!」
「イカソーメン食べ放題だァァアアアア!」
東の方から物騒な声が響く。
同時に、海面下から無数の影が飛び出してきた。
「あ、あれは……っ!」
手に武器を携え、凶悪な笑みを浮かべた男達。
彼らの下半身には立派なサメが喰らい付いている。
機械人形と鮫が融合したその姿は、俺たちにもなじみ深いものだ。
「さ、鮫人魚!? どうしてここに!」
レティが目を丸くして驚愕の声を上げる。
それもそうだ。
鮫人魚用の鮫は〈ワダツミ〉に近い海溝の深いところでしか手に入らない。
つまり、フカいところにしか鮫はいないという――。
「レッジ?」
「な、なんでもないぞ」
こちらを見上げてくるラクトから目をそらす。
『海溝の鮫を釣り上げてくれる方々がいたんですよ。今も輸送艦バハムートに乗り込んだ数百人が、次々と鮫人魚となっています』
間に合ってよかった、とアストラは安堵の声を漏らす。
「あ、あそこからここまで、泳いできたって事ですか……」
「鮫人魚の水中機動力は、〈水泳〉スキルがゼロでもかなり高くなりますからね」
彗星の如く現れた鮫人魚軍団は、次々と大銛烏賊たちに喰らい付く。
いつか海底で見た大銛烏賊と鮫の群れの激突を連想させる、大銛烏賊と鮫人魚の群れの大乱戦だ。
「高い水中機動力を得た彼らなら、船や防御障壁などを頼る水上戦闘以上に実力を発揮できます。それなら、あの大銛烏賊たちもちょっと大きなイカでしかないですからね」
アイの見守る中、続々と集う鮫人魚たち。
彼らは勇猛果敢にイカを襲い、食い荒らしていく。
イカたちも虹輝船にたかる余裕は無くなり、必死に応戦しているが、水中を機敏に駆け回る鮫人魚の方が有利だ。
なぜなら、彼らはただの鮫ではない。
調査開拓人形が持つ特別な力――スキルによる絶大な戦力を、個々が高いレベルで保有しているのだ。
刀が触手を断ち切り、槍が肉を貫く。
機術が放たれ、弾丸が穿つ。
もはや形勢は逆転していた。
「大銛烏賊、順調に数を減らしてるみたいだにゃあ」
「ということは、やっぱり特銛烏賊がポップ条件だったんですね」
タルトはほっと胸を撫で下ろし、激戦を繰り広げる鮫人魚たちを見る。
依然として嵐は強いままだが、それだけならなんとかなる。
このままイカを掃討してしまえば、安全な航路が拓かれるだろう。
「さて、それじゃあ俺たちは後片付けにはいるか」
「後片付け?」
首を傾げるエイミーに、俺は船の周囲を目で示す。
荒波に揉まれながら浮かぶ、無数の大銛烏賊や、巨大な特銛烏賊。
彼らのドロップアイテムを回収しないという手は無いだろう。
「凄い数あるけど、大丈夫?」
「とりあえず特銛烏賊からやるが、ある程度は消失も覚悟しないとなぁ」
数が数だけに、俺一人では解体も追いつかない。
残念だが、消失してしまうイカも多いだろう。
「もうすぐ、後片付け部隊も来ますから、彼らも使って下さい。騎士団以外の、在野の解体師も集めていますから」
「おお、そりゃあ助かる」
アイから朗報を受け、俺はラクトに頼んで特銛烏賊の方へ戻る。
山のようなイカを捌くのは大変だが、これに集中できるのならなんとかなりそうだ。
「ええ……。レティ、もう少し戦いたかったんですが……」
そんな中、レティは不完全燃焼といった様子でハンマーを抱いている。
あれだけ暴れておいて何を言っているのか、と思わないでもないが、トーカたちも似たような顔だ。
「大丈夫ですよ。航路を開く目処は立ちましたが、まだ安定しているとは言えませんから。今後も何度か往復してイカの生態を研究する作業が残ってます」
「なるほど。その時はぜひ任せて下さい!」
アイの言うとおり、今回はなんとか道を拓けただけだ。
いずれ多くのプレイヤーたちが安全に〈オノコロ島〉と〈ホノサワケ群島〉を行き来できるように、今後も色々なことをしなければならない。
『フーム。海底に何か、イカ避けの設備を敷設しましょうか』
『しかし、それでは資源がいくらあっても足りぬのではないか?』
『あぅ。でも、先行投資は、大事だよ』
テントの中では既に管理者たちが頭を悩ませている。
いずれシード02-ワダツミができれば、二つのワダツミ間を繋ぐ海上移動手段も整備されるのかもしれない。
俺はそんなことを思いながら、“水鏡”に横付けされた特銛烏賊へと登り始めた。
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Tips
◇第二開拓領域発見に伴う第一開拓領域西方海域航路安定化計画における提案
提案者:海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ中枢演算装置〈クサナギ〉
調査開拓員の尽力により第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉第一域〈花猿の大島〉の発見、解放、また第一開拓領域西方海域深部の〈ワダツミ海底洞窟〉および〈白き深淵の神殿〉の発見、解放が行われました。各フィールドには多くの物質的情報的資源が存在している可能性が高く、調査開拓の必要性は非常に高いと予測されます。
よって、海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ中枢演算装置〈クサナギ〉の主導による第一開拓領域第二開拓領域間の安定した調査開拓員大量輸送設備の開発、設置を提案します。
計画の遂行に必要となる物資および人員、時間的コストは今後調査予定ですが、非常に大規模なものになることが予測されています。一方でそれらのコストに見合うだけの将来的な調査開拓プロトコル進行が望めるため、各地上前衛拠点スサノオ、各地下資源採集拠点アマツマラからの協力体制の構築を要請します。
また、第一目標は〈花猿の大島〉沖海底に落下した海洋資源採集拠点シード02-ワダツミの稼働を目指すことを推奨します。
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