第581話「統率の軍隊」
暗闇の大海原に、突如として強く光り輝くものが現れた。
赤や青や黄や緑、およそ1,677万色ほどに変化していくあの光に、俺たちは強い既視感を抱く。
だがその規模は前代未聞だ。
騎士団が保有する主力艦リヴァイアサンと、その広い甲板を埋め尽くすプレイヤーたち、その全てが眩く光り輝いているのだ。
「あれは……何を……」
「コード〈漁火〉ですよ」
唖然とするレティにアイが答える。
それを聞いて俺はすぐに、彼らが何をしようとしているのかを察した。
「船の明かりを全部消すぞ。ルナたちは照準を光ってるリヴァイアサンに向けて合わせてくれ」
“水鏡”の甲板に置いていたライトを消し、ドトウとハトウの探照灯も落とす。
その間も黒い海の真ん中でリヴァイアサンは煌々と輝き、その存在感を強烈に示威している。
「まさか、そういうことですか!?」
「だろうな。防御を固めてるからと言って、どれくらい持つかは分からない。出てきたところを叩くぞ」
レティもあの光が何を意味するのか理解したらしい。
鎚を強く握りしめ、いつでも飛び出せるよう足に力を溜める。
そして、彼らはすぐに現れた。
「来たね。大銛烏賊の群れだ!」
ヒョウエンの背に乗り随行していた子子子が声を上げる。
夜目の効く猫型ライカンスロープたちに遅れて、俺たちも虹輝船に伸びる無数の太い触手を確認した。
「群れがまとめて殺到してる。なんて密度だ」
「なかなか斬り甲斐がありそうじゃないですか!」
輝く巨大船をすっぽりと覆い隠そうと言わんばかりに、海の中から黒く蠢く無数の影が現れる。
それらはこの嵐の海に潜み、新大陸を目指す船団を半壊させた巨大な原生生物――大銛烏賊だ。
「大銛烏賊の突きが!」
「大丈夫。あの程度ではやられませんよ」
名前に冠しているように、あの巨大なイカは長く太い触腕を勢いよく突き出すことで船体に穴を開ける。
その威力は凄まじく、鋼鉄製の船もただでは済まない。
しかし自信に満ちた表情で言い切るアイの目の前で、虹輝船は無数の突き上げを全て阻んだ。
「船体を構成する氷機術自体に強度強化を入れています。またあの船を守る
アイの説明の最中も、大銛烏賊の熾烈な攻撃が虹輝船を絶え間なく襲う。
しかし、その全てを船は不動のまま弾き返し、一切の損傷を出していない。
〈金剛流〉という流派は寡聞にして知らないが、恐らくは
それの奥義ともなればその能力は破格で、それがあれだけの数を重ねて発動されていれば、もはや一分の隙も無い。
「更に防御機術師も全力で上級機術を発動し続け、それを支援機術師の回復とリヴァイアサンを維持するテントの治癒効果で維持しています。攻撃を考えない、防御特化の陣形で、半永久的にあらゆる攻撃を拒み続けますよ」
大銛烏賊の攻撃が、猛り狂う嵐が、絶え間なく船を襲う。
しかし、彼らはじっと蹲り、その攻撃に耐えている。
一切の攻撃的な能力を捨て去って、究極的な守備の体勢に入っているのだ。
「防御を固めた標的艦に大銛烏賊は集中しています。他の船は極力暗闇に紛れ、巻き込まれないように距離をとっているので安全です」
「つまり、一方的に背後を取れるわけですね」
不敵な笑みを浮かべたレティの言に、アイも頷く。
その時、嵐の中で輝く船の元へ、無数の巨影が飛来した。
それは虹輝船に夢中だった大銛烏賊に巨大な武器で斬りかかり、次々と倒していく。
「あれは、〈カグツチ〉か?」
暗闇に紛れてよく見えないが、虹輝船の周囲にBBジェットで飛翔する特大機装の影がある。
「騎士団特大機装鉄騎兵隊です。短時間の飛行能力と、黒色迷彩を施した機体で、闇に紛れながら大銛烏賊を排除していきます」
強烈な光を放つことで烏賊を釘付けにする虹輝船とは対称的に、二隻の僚船から放たれた騎士団の特大機装は黒く塗装されていた。
闇に紛れながら次々と烏賊を剥がしていく様子は、まるで忍者か暗殺者のようだ。
「格好いい……!」
「ミカゲはああいうの好きそうだなぁ」
覆面の隙間から目を輝かせる青年がひとり。
彼が興奮と共に見守るなか、黒い〈カグツチ〉の群れは順調に烏賊を倒している。
しかし、倒したそばから新たな烏賊が海面下より現れて、再び虹輝船にしがみつく。
際限の無い烏賊の襲来に、〈カグツチ〉のエネルギーが先に枯渇してしまった。
「〈カグツチ〉が帰っちゃいましたよ。今度はレティたちの出番ですね?」
腕を捲って意気込むレティを、アイは制止する。
その時、暗闇の中から二つの大きな閃光と轟音が弾けた。
「うぎゃっ!?」
突然の衝撃に悲鳴を上げるレティ。
〈カグツチ〉部隊が撤収した直後、その後を継いで、波間に潜んでいた二隻のリヴァイアサンから一斉攻撃が行われたのだ。
タイミングを合わせた攻撃が、二方向から虹輝船へ向けて放たれる。
機術と弾丸と矢が飛び、ごっそりと大銛烏賊たちをそぎ落としていく。
「いったい、どれだけいるんですか」
一定の間隔で続けられる一斉掃射によって、虹輝船を襲う烏賊は次々と落とされていく。
しかし、それでもなお烏賊たちの勢いは衰えず、強い光に導かれるまま姿を現す。
この暗い海の下に、どれほどの烏賊が潜んでいるのか、考えるのも恐ろしい。
「ていうか、レティたちも早く行きたいんですが!」
「そうですよ。あんなにいっぱいあるイカゲソ、私も斬りたいです!」
騎士団の本領発揮と言わんばかりの、防御と攻撃を完璧に連携させた団体としての戦闘を見守っていると、うちの戦闘狂たちが抗議の声を上げ始める。
とはいえ、今行われているのは乱戦ではなく、秩序に則った戦闘だ。
彼女たちが縦横無尽に暴れ回ろうと思っても、左右から放たれる密度の高い攻撃によって吹き飛ばされるのが関の山だろう。
「大丈夫ですよ。レティなら避けられます!」
「実際避けられそうだから困るんだよなあ」
ともかく、今はまだ出撃許可は降りていない。
アストラも“銀鷲”に乗り込んでこそいるが、いまだに甲板に立っているのだ。
「アストラ、俺たちに出番はあるんだろうな」
『あるはずですよ。予想外の敵が出てきた場合は、俺たちがその対応に入りますから』
「予想外の敵の登場を予想しているのかよ……」
こっちもこっちで大概突飛なことを言い出しているが、トッププレイヤーというのは得てしてそういうものなのだろうか。
レティを抑えるのに苦労しながら、俺は烏賊の駆除作業を見守る。
その時だった。
「来たにゃあ!」
船首に立っていたケット・Cが振り返って言う。
直後、虹輝船の直下の海面が大きく盛り上がり、巨大な船体を強引に突き上げた。
「なんっ――!?」
飛沫が雨に混じって降り注ぐ。
巨大なリヴァイアサンを持ち上げたのは、同じく巨大な烏賊だった。
触手の一本が塔のように太い。
燦然と輝く虹輝船を持ち上げて、その白い身体を闇に照らし出している。
『鑑定結果、種族名“特銛烏賊”。リヴァイアサン二隻による総攻撃にも耐えると予想。“水鏡”部隊を発動!』
淀みないアストラの言葉。
瞬時に行われた決断を受け、ラクトが勢いよく船を動かす。
「レティ、トーカ。出番だぞ」
「よしきた! 任せて下さい!」
「イカリングにして差し上げますよ!」
レティたちもようやく訪れた待望の敵に気炎を上げる。
「それじゃあ、開戦の火蓋は盛大に切ろうじゃないか」
悠然と胸を張り、前に出たのは完全武装のメルだ。
深緋のローブにツバ広の三角帽子、手には長い杖を握り、まさしく賢者といった風貌だ。
彼女の背後に続くのは、ミノリ、ミオ、三日月団子、ライム、ヒューラ、エプロンの六人。
七人の賢者たちは万全の準備を整え、一斉に口を開いた。
「『燃えろ』『焦げろ』『灰燼となれ』」
「『砕けろ』『割れろ』『崩壊しろ』」
「『千切れよ』『捻れよ』『乾き果てよ』」
「『染み渡れ』『腐れ』『凍りつけ』」
「『伝われ』『震えろ』『打ち鳴らせ』」
「『潰れろ』『増えろ』『反発しろ』」
「『目を閉じ』『口を封じ』『動きを止めろ』」
強い言葉の羅列と共に、少女たちの周囲に小さな白い立方体が現れる。
ゆるやかに回転するそのキューブは、一つ一つに莫大な量のエネルギーが圧縮して封じられている。
全ての言葉が揃い、全てのパーツが揃う。
メルがおもむろに杖を前方に突き出すと、その先にキューブの群れが移動した。
「輪唱機術。――『崩壊』」
キューブが強引に一つの個体へと収束する。
無数の角を持つ歪な立体が、細かく震えながら放たれる。
それは暗い海を越えて、目の前に立ちはだかる巨大な烏賊の元へと至り――。
その名の通り、崩壊が始まった。
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Tips
◇〈金剛流〉
両手盾の扱いに特化した流派。あらゆる攻撃を受け止め、受け流し、自身の背後にあるものを守るための技を持つ。
もう大切なものを亡くさないため。もう二度と過ちを繰り返さないため。その両腕の届くだけ、あらゆる害悪から守る力を。
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