第580話「海拓く開拓者」
レティたちが近くの密林で狩ってきた原生生物を捌き、調理し、提供する、という一連の動作を繰り返している間にも、アストラたちは〈ワダツミ〉にいる仲間たちと連絡を取っていた。
メルとケット・Cたちもそちらに参加しており、タルトたちとルナは現在ビーチバレーに興じている。
『アンタ、こんな暢気なことしてていいの?』
振り返ると、彼女は今も熱心に話し合っているアストラたちの方を見ていた。
「俺にあの話し合いに参加しろって?」
『延々とお肉を焼き続けるよりは、よっぽど有益だと思うんだけど』
「そういわれてもなぁ」
俺は口を閉じたまま唸り、後頭部に手を当てる。
まず、前提として俺はアストラたちと違ってトップランカーと呼ばれるようなプレイヤーではない。
たしかに条件によってはアストラを打ち負かすこともできるかもしれないが、それだけで攻略組のトップと肩を並べられるわけではないのだ。
それに、今彼らの議題となっている海上航路の策定に関して、俺はなんの力にもなれない。
この中で最も適した能力を持つワダツミは、すでに会議メンバーとして頭を突き合わせている。
「昔のワダツミなら、俺が間に入る必要があったかもしれないけどな。今の彼女ならアストラたちとも普通に意思疎通が図れるだろう」
『それはまあ、そうかも知れないけど……』
カミルはあまり納得の言っていない様子で口を動かす。
彼女が俺に、一体何を望んでいるのかは分からないが、こうして料理しているのも立派な仕事のうちではあるのだ。
「原生生物を捌いて、アイテムを分類して集める。食材アイテムは加工して、どんなバフの付く料理ができるのか確かめる。今の俺にはこれくらいしかできないのさ」
レティたちは原生生物の生態的な調査を兼ねて戦闘に出掛けているわけで、俺は原生生物のドロップアイテムの調査を行っている。
騎士団でも四人の潜水士たちは浅瀬の水棲原生生物や海産物を調べている。
ルナとタルトたちは賑やかに遊んではいるものの、拠点となっている“驟雨”に原生生物の襲撃がないか警戒も怠っていない。
『はぁ。アンタがそれでいいなら、アタシも何にも言わないわよ』
「おう。……そういえば、スサノオとT-1は何してるんだ?」
頷きつつ、姿の見えない二人の少女について尋ねる。
恐らくテントの中に籠もっているのだろうが、何をしているのだろうか。
『二人は管理者と指揮官の話し合いに参加してるみたいよ。一応、スサノオは管理者の長女だし、T-1も番号的には一番上だから』
「なるほど。流石に第二開拓領域が発見されると、指揮官側も暢気に稲荷寿司食ってるわけにはいかないか」
どうやら二人は今、本来の業務の方に集中しているらしい。
肉ばかり焼いていて忘れかけていたが、第二開拓領域到達というのはイザナミ計画全体、領域拡張プロトコル全体から見ても大きなイベントだった。
『アンタ、お肉ばっかり焼いて忘れてたわけじゃないでしょうね』
「そ、そんなわけないだろ」
胡乱な目をして鋭い言葉を突き付けてくるカミルに、俺はそっと視線をずらしながら答える。
この優秀なメイドさんは、時折必要以上に優秀すぎるのが困りものだ。
俺が逃げ場を探して目を彷徨わせていると、ちょうどタイミングよくアストラがこちらへやってきた。
長い会議の末、何か進展があったらしい。
「レッジさん、とりあえずの計画が決まりました」
「おお、そりゃ凄い。是非聞かせてくれ」
俺は長い串に刺した茸猪の焼き肉を手渡しながら、その話題に喰らい付く。
カミルは仕方ないと肩を竦めると、牙や皮の入った木箱を抱えてテントの中に運び込んでいった。
「簡単に言えば、挟み撃ちです。こちら側とあちら側で、前後から攻撃を仕掛けます」
アストラの言う作戦は、呆気ないほどシンプルなものだった。
〈ワダツミ〉側と〈花猿の大島〉側から同時に進行する挟撃作戦。
言うだけなら容易いが、たったそれだけのことで無事に航路が開くわけではないだろう。
「もちろん、ちゃんと対策は考えてますよ。前回のように、考え無しに突っ込むわけじゃないですから」
「だろうなあ。何か、活路を開ける材料でも見つかったか」
その問いに彼は明確な答えを返さなかった。
代わりに口元に笑みを浮かべ、任せて下さいと胸を張る。
「作戦の開始は?」
「〈ワダツミ〉側の部隊が所定の位置に辿り着いてからです。こちらから作戦ポイントまでは近いですが、向こうからは少々遠いですからね」
「なるほど。じゃあ、合図が来る前に準備を整えておくか」
挟み撃ちと言っても、こちら側の船は“水鏡”一隻だけだ。
火力は十分でも、面の攻撃は難しい。
それでも勝算はあるようで、アストラは騎士団の潜水士たちも呼び戻す。
そうして何やら指示を出すと、再び潜水士たちを海に向かわせた。
「あれ。もう作戦決行ですか?」
そこへタイミングよくレティたちも戻ってくる。
何頭目かも分からない大ぶりな茸猪や、青葉鳥を携えて、今回も上々の収獲だ。
「もうすぐだ。合図があればすぐに出るらしいから、そろそろ準備を始めてくれ」
「了解です。むふふ、やっとあのイカにリベンジを果たす時がやってきましたね……」
レティたちも大銛烏賊には恨みを募らせているようで、怪しい笑みを浮かべて武器の手入れを始める。
彼女たちがテントの側で待ち構えるネヴァの元へ向かうのを見送っていると、ワダツミがやってきた。
「よう。話し合いは済んだみたいだな」
『イエス。なんとか可能性のある作戦を立てることができました』
少し疲れた様子でワダツミは言う。
今のところ、〈剣魚の碧海〉の航路管理は全て彼女に任されている。
ある意味では他の管理者たちよりも重大な任務を背負っている上、今この沖合には彼女の実の妹となる管理者のシードが沈んでいるのだ。
管理者としても、ワダツミ個人としても、一刻も早い航路の確立とシード02-ワダツミの建設を達成したいだろう。
「レッジ、“水鏡”作るから手伝ってー」
ラクトに呼ばれ、俺はテントの元へと向かう。
ラクト、エイミー、そして俺のそれぞれのスキルを合わせ、氷造船を作っていく。
今回はできるだけ戦いやすいように、甲板を広くした。
領域も設定し、機銃などの罠も置いていく。
帰るための作戦なのだ、物資を出し惜しみする理由もないだろう。
「アストラは“銀鷲”に?」
「はい。それが一番強いですから」
アストラは片膝をつき駐機姿勢を取っていた“銀鷲”のコックピットに乗り込む。
かの特大機装の残存エネルギーにも限りはあるため、道中は“水鏡”に載せていくことにした。
「大丈夫? 沈まない?」
「気合いで何とかするよ」
心配そうなエイミーに、ラクトは強い言葉で返す。
彼女が何とかすると言えば、実際に何とかなりそうなのだから不思議なものだ。
「さあ、お家に帰るまでが遠足だにゃあ」
「やっぱり海上が一番だね。水中だと火属性も使いにくいったら」
ケット・Cやメルたちも、続々と“水鏡”に乗り込んでくる。
彼らも〈ワダツミ〉へ帰ることを心待ちにしているようだ。
「アストラ、潜水部隊の四人は?」
「少し寄り道して、現地で合流する手筈になっています。構わず出発して貰っていいですよ」
〈神凪〉の四人やルナも乗り込み、全員の準備が整った。
とはいえ、向こうから合図が来るまではまだ時間があるようで、俺は暇つぶしと腹ごしらえを兼ねて、レティたちが持ってきた原生生物を捌いて料理していく。
「出発前の最後の食事だ。茸猪の焼き肉は攻撃力増強バフが掛かるらしいし、うってつけだろ」
「いいですね。レッジさんの手料理、頂きます」
ずっと頭を捻らせていたアストラたちに料理を渡していく。
レティも両手に四本ずつ串を持ち、勢いよく食べていた。
「作戦決行は夜になります。ライトなどの光源を用意していてください」
「にゃあ。僕らの真骨頂を見せる時が来たね」
赤く夕焼けに染まる海を望みながら、ケット・Cはヒゲを震わせる。
暗い夜ならば、彼ら猫型ライカンスロープの暗視能力が存分に活かされるだろう。
俺はこんなこともあろうかと持ち込んでいた設置型のライトアセットを“水鏡”の甲板各所に取り付けていく。
ついでにドトウとハトウも自由に動く照明係として頑張って貰おう。
「もうすぐ日が暮れるね」
串焼き肉を食べながら、メルが言う。
俺たちの背後に太陽が落ちていく。
やがて密林の中に隠れ、周囲の仲間の顔さえおぼろげになる。
その時だった。
「――分かった。今から向かう」
アストラの元に一報が入る。
それを見て、甲板に揃った戦士たちが真剣な表情になる。
「ラクト、行けるか」
「もちろん。いつでも」
「それじゃあ、出航だ!」
ラクトの『水流操作』によって、浜に乗り上げていた“水鏡”は勢いよく沖へ飛び出す。
LPの心配はしなくていい。
ただ全力で向かうだけだ。
甲板に重量のある“銀鷲”を載せたまま、ラクトは巧みな機術操作で船を動かす。
一瞬にして周囲は闇に満ち、甲板のライトと機械鮫たちの探照灯が周囲を照らす。
冷たい風の吹きすさぶ中、ケット・Cたちの瞳は爛々と輝いていた。
「そろそろ暴風域に入るよ!」
「それでは、俺は“銀鷲”に乗ります。指示は共有回線を通じて行うので、臨機応変に対応しつつよろしくお願いします」
なんともアバウトな言葉を残しつつ、アストラは“銀鷲”に乗り込む。
その間にも波は急激に荒れだして、船は大きく上下左右に揺れ動く。
振り落とされないように耐えながら、一心不乱に前を向く。
そして、その時。
黒い波間の向こう側に、七色に光り輝く巨大戦艦が見えた。
†
「防御陣地形成完了!」
「耐衝撃耐水障壁展開完了!」
「全員に物資が行き渡りました!」
「リヴァイアサン、ポイントへ到達!」
「特大機装鉄騎兵隊、総員準備完了。何時でも展開可能です!」
轟々と風が動き、荒波が飲み込まんと襲いかかる狂濤の海に、三隻の大型蒼氷船が並んでいた。
リヴァイアサンと名付けられた三隻の船のうち、両脇に並ぶ二隻の広い甲板には、武器も防具も様々なプレイヤーたちがひしめいてる。
彼らは銃弾のように降り注ぐ雨と張り手のように押し寄せる風に耐えながら、虎視眈々とその機会を待っていた。
そして、残る中央の一隻は薄気味悪いほどの静寂に満ちていた。
日の差さぬ暗闇の嵐の中、広い甲板にゴツゴツとした塊が隙間なく並んでいる。
否、それらはプレイヤーだった。
極厚の金属鎧を身に纏い、堅固な両手盾を携えて、背中を丸めて甲板に並んでいる。
中心に立っているのは、機術増幅装備で身を固めた支援機術師と防御機術師たち。
支援機術師は既にLP回復アーツの発動直前まで準備を整え、防御機術師たちは船全体に何層もの障壁を掛けていた。
更に、甲板の後方には四角いコンテナ型のテントがある。
膨大な資材を惜しみなく投入して作られたそのテントは、範囲内の防御力とLP回復能力に特化している。
そのおかげで、中央に浮かぶリヴァイアサンは左右の僚船と比べても遙かに堅牢な要塞船と化していた。
防御を固めたリヴァイアサンの船長は、部下からの報告を聞いて全ての準備が整ったと判断する。
すでに団長には到着の旨を伝え、何時でも作戦を開始してよいという返答も得ている。
「それでは、これより第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉に至る航路開拓作戦、〈
船長の声が高らかに響き渡る。
嵐の轟音にも負けぬ声を受け、リヴァイアサンに乗る重装兵、防御機術師、支援機術師、キャンパー、その他全ての船員たちが一斉に懐に手を伸ばす。
「コード〈漁火〉発動!」
「コード〈漁火〉発動ッ!」
そうして一斉に、彼らは取り出したものを一口で飲み込む。
次の瞬間、彼らの身体から眩い極彩色の光が放たれた。
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Tips
◇茸猪の串焼き肉
大胆に切り分けた茸猪の赤身肉をじっくりと丹念に焼き上げ、塩でシンプルに味を付けた一品。一見するとワイルドな見た目だが、実に繊細で奥ゆかしい味わい。
肉に含まれる特殊な成分が強化人工筋繊維に影響し、長時間腕力を増強させる。
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