第14章【新たな世界】
第578話「情報量の洪水」
イソヲはしがない釣り人である。
普段は〈木工〉スキルを活かした生産活動で日銭を稼いでいるものの、そのスキルも元々は自分が納得いく釣り竿を作るために鍛えたものだ。
海に面した海洋資源採集拠点シード01-ワダツミは、港湾区画の埠頭から直接竿を振って安全に釣りが楽しめる拠点として、イソヲのような釣り人が多く拠点に据えている。
イソヲも現実ではいい年をしたおっさんだ。
最近は足腰が弱ってきたのを如実に感じ、揚げ物よりも煮魚の方が美味しく感じるようになってきた。
そんな彼には、町の外へ出向いて自分よりも大きな原生生物と激しい戦いを繰り広げるなど、そもそも選択肢の範疇にすら入っていない。
彼は市場に並んだ木を仕入れ、木工製品を作って売り、それ以外の時間の全てを埠頭での釣りに費やしていた。
現実では交通費や竿代、エサ代、筏代や船代と、色々な金が掛かる釣行も、ここFPOの世界ならば数千円の月額利用料だけで抑えられる。
仮想現実とは言うものの、今の時代の技術は驚くほど発展しており、イソヲにとっては現実と遜色ないほどのリアリティに思えた。
「さて、今日は釣れるかね」
その日もイソヲは半袖短パンに麦わら帽子といういつもの装いで、〈スサノオ〉の港湾区画までやってきていた。
まだ朝まずめを迎える前の薄暗い時分だというのに、海に迫り出した埠頭には同好の士が数人つかず離れずといった間隔で竿を伸ばしている。
「よう。釣れてるかい」
毎日のように通っていれば、見知った顔もでてくるものだ。
イソヲが気楽に声を掛けると、向こうも気の抜けたような声で返してくる。
「70はあるでけぇ短剣魚が掛かったんだがな。惜しいところで逃げられたよ」
「そうかい。釣れたら教えてくんな」
70センチもあるような短剣魚など聞いたことはないが、向こうも姿を見たことはないのだろう。
そもそも、奴が針魚を釣り上げたところすら見たことはない。
「よっと」
イソヲも適当に目星を付けた場所に折りたたみの椅子を置き、わざわざ担いできた竿をホルダーに預ける。
日の昇らない埠頭は肌寒い。
半袖短パンでは流石に辛く、現実なら鳥肌が立つような冷たい風も吹いている。
携帯ストーブに火を入れて、少しすればじわじわと身体も暖まってくる。
フィールドでは〈野営〉スキルが必要なアイテムも、町の中なら誰でも使えるのはありがたかった。
「さて、頼むぞ」
イソヲは自作の竿に祈りを込めて、大きく振る。
針のついた糸が飛び、遠く離れた海面に落ちる。
イソヲの釣りのスタイルは、針にエサすら付けず勝手に魚が引っかかるのを待つ、ずいぶんのんびりとした待ち釣りだ。
「ふぅ」
彼は竿を支えに預け、椅子にどっかりと腰を降ろす。
あとは事前にダウンロードしておいた釣り雑誌を読みつつ、竿先に付けた鈴が鳴るのを気長に待つ。
波の音と街の喧騒の狭間で、それぞれが打ち消し合うような不思議な静寂のなか、淡い期待を抱きつつページを捲る。
その穏やかな時間こそ、イソヲの心の平穏だった。
「今日は何匹釣れるかねぇ」
水面に落ちる糸をちらりと覗き、思わず笑みを浮かべる。
巷ではやれ新種の原生生物だ新天地だと若いプレイヤーたちが血気盛んに動き回っているが、彼の関心はこの釣り竿の先にだけ向けられている。
つい先日も〈
「そういえば、あいつも参加してたのかね」
雑誌のページを捲る手を止め、ふと首を傾げる。
彼の脳裏を過ったのは、恐らく同世代くらいの男だ。
随分と破天荒なプレイヤーで、小規模ながら粒ぞろいのバンドを束ねている。
以前、その男とは埠頭で出会い、釣りについて少しだけ説明を施したことがある。
あまりトッププレイヤーという人種に興味の無いイソヲでさえ、風の噂で名前を聞いたことのある有名人だ。
あの大規模な作戦に参加していないわけもないだろう。
「たしか、ブログをやってたはずだな」
そんなことに思い至り、ブラウザを開く。
ゲームのタイトルと男の名前を検索バーに入れてみると、一番上にそれらしいブログが現れた。
随分マメに記事を書いているようで、なかなか分量もある。
懐かしいPVカウンターには、およそ個人ブログらしからぬ数字が刻まれていた。
「おお、やっぱり参加してんな」
イソヲの読み通り、大規模イベントがあった日の記事には男がそれに参加した旨が書かれていた。
丁寧に写真も掲載されていて、とても楽しそうだ。
史上類を見ない大規模な船団による一斉攻略が行われたこと、それでも歯が立たないほどの悪天候と強力な原生生物に道行きを阻まれたこと、そして必ず新大陸に到達すること、それらがいくつもの写真と共に綴られている。
恐らくは自分と同世代だというのに活発な男だ、とイソヲは思わず感心してしまう。
彼の綴る惑星イザナミでの日々は、イソヲの過ごす時間とは全く違って見えた。
手に汗握る戦いや、極限を目指す試行錯誤、そして仲間たちとの交流。
そのどれもが、自分には縁遠いものに思える。
「……」
イソヲは何かに導かれるように、無意識のうちに過去の記事へと遡っていった。
写真と文章によって表現される彼の日々は波乱に富んでいる。
自分にこれほどのことができるかと問われれば、イソヲは即座に否定するだろう。
40も間近に迫る自分には、それほどのバイタリティはない。
なにより、自分が好きなのは、こうしてのんびりと釣り糸を垂らしている緩やかな時間だ。
しかし――。
「明るいな」
気がつけば、随分と時間が経っていた。
どれほど夢中で読んでいたのか、イソヲは自分の事ながら呆れてしまう。
燦然と日の射す碧海は、穏やかな水面を輝かせている。
いつも悠然とそこにあり、開拓者たちの挑戦を待ち構えている。
「よっこらせ」
イソヲはおもむろに立ち上がると、近くで竿を出していた馴染みの釣り人のもとへと向かう。
古びた上着に安い煙草、不精髭と、風貌だけ見ればどこの浮浪者かと疑うような男だが、どうやら好んであんな格好をしているらしい。
彼もイソヲと同じく、町の中で完結するライフスタイルの趣味人だ。
「なあ、おっさん」
「ああ? てめぇもおっさんだろうが」
声を掛けると、向こうも口角を上げながら応じてくる。
イソヲはガリガリと後頭部を掻きながら、さっき思いついたばかりのことを口にした。
「なあ、今度そこらの奴らを集めて、沖に出てみねぇか」
「沖ぃ?」
不精髭の釣り人は頓狂な声を上げ、イソヲをまじまじと見上げる。
彼もイソヲがどういう釣り人なのかは知っているつもりだった。
だからこそ、彼の口からそんな提案が飛び出すとは思ってもいなかった。
「沖の方に、面白ぇ鮫がいるらしいんだ。そいつを釣ってみねぇか」
「そりゃ面白そうだが……。船は高ぇし、沖釣りは面倒だぞ」
「だから仲間を集めてんだよ。人数まとめて折半すりゃあ、安くなるだろ」
どうだ、とイソヲが畳みかける。
釣り人は眉を曲げて、海の方へ視線を向けた。
「……そうだなぁ。たまには場所を変えてみるのも、いいかもしれねぇな」
「だろう? せっかくのゲームなんだ、楽しまねえとな」
ついさっき知ったばかりの言葉と共に、イソヲは釣り人の背中を叩く。
ここ数年は外へ出るのも億劫だったが、この世界ならば足腰が痛くなることもない。
自分が望みさえすれば、どこへだっていけるのだ。
「そうと決まれば、色々準備が必要だな。仲間だって、もっと必要だ」
「その辺に暇そうな奴はいくらでもいるだろ。片っ端から声を掛けるぞ」
不精髭の釣り人も立ち上がり、張りのある声をあげる。
彼らの目は若々しく輝き、その歩みは早い。
埠頭に並ぶ友人たちに向かって歩き出した、ちょうどその時のことだった。
「うわっ!?」
「なんだぁ!?」
蒼天に輝く白い何かが現れる。
まるで流星のようだ。
それは長い尾を引きながら、遙か西の海に向かって飛んでいった。
埠頭全体がざわつくなか、イソヲは慌ててシステムログウィンドウを確認する。
システムアナウンスの音声は煩わしくてオフにしていたが、何かFPO全体に関わることがあればログが残る。
果たして、そこにはイソヲの思っていたとおりの言葉が記されていた。
「なあ、おっさん」
「なんだ?」
いまだ事情を察していないらしい仲間に、イソヲは伝える。
「また随分と、海が賑やかになりそうだ」
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
ふぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
◇ななしの調査隊員
なんなんんあんあなな
◇ななしの調査隊員
第二開拓領域!?
新大陸に誰か上陸したってこと!?誰だよそいつ!?
◇ななしの調査隊員
騎士団じゃねえの
◇ななしの調査隊員
波越えの白舟から日経ってないぞ
◇ななしの調査隊員
うっそだろ
◇ななしの調査隊員
どうやってあの嵐とクソイカ突破したんだよ
◇ななしの調査隊員
BBCが突破したらしいな
◇ななしの調査隊員
え、白鹿庵じゃねえの?
◇ななしの調査隊員
俺いま新大陸にいるよ。めっちゃいいとこだよ。
◇ななしの調査隊員
情報が錯綜しすぎてて何がほんとか分からんな
◇ななしの調査隊員
嘘を嘘と見抜けない者には云々
◇ななしの調査隊員
そういう話じゃねーだろ
◇ななしの調査隊員
まじでどこの誰だよ抜け駆けした奴
◇ななしの調査隊員
慌てなくても、そのうちどこかしらから声明がでるだろ
◇ななしの調査隊員
ていうかもうシードも投下されてんのか
次はワダツミちゃん2号なんだな
◇ななしの調査隊員
新しい管理者キタ!
おっしゃもうそれだけで新大陸に行く理由ができてしまったな
◇ななしの調査隊員
とりあえず百足衆ではない。
◇ななしの調査隊員
騎士団が最有力候補っぽいけど、大船団は出動してなかったんだよな
◇ななしの調査隊員
そういや今日はおっさんが見当たらなかったな
◇ななしの調査隊員
じゃあおっさんじゃん
◇ななしの調査隊員
騎士団の船なら二隻くらい海に出てたぞ
◇ななしの調査隊員
じゃあ騎士団じゃん
◇ななしの調査隊員
そういえばBBCもいなかった気がするぞ
◇ななしの調査隊員
じゃあBBCじゃん
◇ななしの調査隊員
BBCはいつでも見当たらないだろ
◇ななしの調査隊員
七人の賢者とか見てない気がする
◇ななしの調査隊員
じゃあ七人の賢者じゃん
◇ななしの調査隊員
一体誰なんだよ・・・
◇ななしの調査隊員
おっさんに賭ける
◇ななしの調査隊員
おっさんなら俺の横で寝てるよ
◇ななしの調査隊員
騎士団から報告書出てないってことはちがうんじゃねーの?
◇ななしの調査隊員
ブログは更新されてないのか?
◇ななしの調査隊員
F5アタック掛けてるけど全然動いてないな。
ていうかおっさんのブログ重すぎて笑うわ
◇ななしの調査隊員
みんなおっさんのブログ見に行ってるのか
◇ななしの調査隊員
騎士団とおっさんとBBCと賢者ーズじゃねーの。あそこらへん仲良いし。
◇ななしの調査隊員
でもそのメンバーだけで海越えられるか?
流石にきついってレベルじゃないだろ
◇ななしの調査隊員
負けたばっかりだしなぁ
◇ななしの調査隊員
ワダツミちゃん2号はどんな子になるんだろうな?
早く会いたいぜ
◇ななしの調査隊員
次の都市はなんて名前になるんだろ
◇ななしの調査隊員
ていうか第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉ってなんだよ
◇ななしの調査隊員
ここが第一開拓領域なんだろ
◇ななしの調査隊員
大枠からして違うところになるのか
◇ななしの調査隊員
どんなとこなんだよ新大陸
◇ななしの調査隊員
おっさん、画像だけでもいいからアップしてくれー!
◇ななしの調査隊員
おっさんブログ更新キターーーーーーー!
◇ななしの調査隊員
ブログきた!!
◇ななしの調査隊員
画像だけアップされてて草
◇ななしの調査隊員
管理者画面でも重てぇみたいだな
◇ななしの調査隊員
なんだこれ
◇ななしの調査隊員
騎士団BBC賢者白鹿庵神凪ネヴァルナ
◇ななしの調査隊員
白神獣持ち四人とBBCと賢者と修理要員って感じか
◇ななしの調査隊員
ああなるほどそういう
◇ななしの調査隊員
楽しそうにバーベキューしてて笑う
◇ななしの調査隊員
めっちゃ南国の島じゃねーか
◇ななしの調査隊員
西にあるのに南とはこれいかに
◇ななしの調査隊員
ブログ重すぎて画像見れないんだが
誰か貼ってくれ
◇ななしの調査隊員
[みんなでBBQin浜辺.img]
◇ななしの調査隊員
有能
◇ななしの調査隊員
キミ神って言われない?
◇ななしの調査隊員
in浜辺ってなんだよ
どこの浜辺か言えよ
◇ななしの調査隊員
まじでおっさんが攻略してて笑うわ
ほんとに一般人名乗るのやめなよ
◇ななしの調査隊員
エンジョイ勢(ガチ勢ではないとは言ってない)
◇ななしの調査隊員
BBQ楽しそうなのはよく分かったから、海越える方法教えてくれよ
◇ななしの調査隊員
騎士団の報告書も上がったな
◇ななしの調査隊員
まじか
◇ななしの調査隊員
ほんとじゃん
◇ななしの調査隊員
あれ、海を越えたわけじゃないんだな
海底洞窟?
◇ななしの調査隊員
さらっと新しいフィールド発見してるんじゃないよ
◇ななしの調査隊員
白き深淵の神殿ってまたなんか物騒というかなんというか
◇ななしの調査隊員
海底から洞窟通って神殿入って海底に出てそこから新大陸?
◇ななしの調査隊員
どういうルートだよ・・・
◇ななしの調査隊員
まず鮫を履きます
◇ななしの調査隊員
なんだって?
◇ななしの調査隊員
鮫履いて人魚になれば水圧に耐えられる上、水中での機動力もかなり上がるらしい
◇ななしの調査隊員
意味が分からないよ
◇ななしの調査隊員
ワダツミ海底洞窟って所もちょっとしたダンジョンマップっぽいなあ
◇ななしの調査隊員
アマツマラ深層洞窟系か
◇ななしの調査隊員
地図わざわざ作成しないといけないやつか。めんどうくせえな
◇ななしの調査隊員
製図師がアップを始めました。
◇ななしの調査隊員
これつまり海底洞窟通っていくルートが正攻法だったってこと?
◇ななしの調査隊員
どうだろうなあ
上からでも行けないことはないんじゃねぇの?
◇ななしの調査隊員
おっさんのブログ、記事全文上がったぞ
◇ななしの調査隊員
ほんとだ
画像多すぎて笑う
◇ななしの調査隊員
200枚以上の写真とかどんだけ撮ってんだよ
◇ななしの調査隊員
映像もあるなぁ。
なんか水中洞窟で白いムキムキマッチョメンな鮫と、緑色の蜘蛛の化け物が戦ってるぞ。
◇ななしの調査隊員
カオスすぎて理解が追いつかない
SAN値削れそう
◇ななしの調査隊員
これ銀鷲?も白いムキムキマッチョメン鮫と戦ってるな。大きさ的にマッチョ鮫もかなりデカいぞ
◇ななしの調査隊員
こいつがワダツミ海底洞窟のボスなのか
◇ななしの調査隊員
ていうかなんだよこの冗談みたいな鮫は
◇ななしの調査隊員
赤ウサちゃんたちみんな人魚になってるんだが
◇ななしの調査隊員
情報量が、情報量が多い……ッ!
◇ななしの調査隊員
このデケぇ緑色の蜘蛛の化け物ってもしかしておっさん?
◇ななしの調査隊員
おっさんだぞ
なんか禍々しくなってるけど、前にだんちょと戦った時のやつだと思う。
◇ななしの調査隊員
小さい子泣いちゃうでしょ
◇ななしの調査隊員
いやバーベキューはとても楽しかったです、じゃないんだよな
◇ななしの調査隊員
何を暢気なことを言ってるんですかね
◇ななしの調査隊員
とりあえずそちらへの行き方を教えて下さい
◇ななしの調査隊員
騎士団報告書によると、現在海上交通の方法を検討中らしい
◇ななしの調査隊員
そっちはまだ見つかってないのか
◇ななしの調査隊員
よっしゃ鮫履いて海潜ってくるか
◇ななしの調査隊員
もうフットワーク軽い奴らは海溝に向かってるぞ
◇ななしの調査隊員
出遅れた!
_/_/_/_/_/
_/_/_/_/_/
Tips
◇〈花猿の大島〉
〈ホノサワケ群島〉の外縁部に位置する、大きな島。三日月型に湾曲した形状になっており、陸の大半を密度の高い森が占める。そこには多様な生態系が息づいており、珍しい動植物が多く存在する。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます