第575話「蜘蛛と騎士」

 魚と機械人形が衝突する。

 混戦の中、レティたちが最初に行ったのは、適当な鮫を倒してそのなかに潜り込むことだ。

 水圧への耐性と機動力を確保することで、彼女たちは実力を十全に発揮できるようになる。


「さあ、どこからでもかかって来やがれですよ!」


 威勢よく啖呵を切るレティ。

 彼女に応じるように、鮫達が徒党を組んで殺到した。


「――『凍結する波フローズンウェーブ』」


 だが、鮫達はレティのもとへ辿り着くことができない。

 後方よりラクトが放った波が彼らを襲い、瞬間的に冷凍してしまった。

 意気軒昂とハンマーを構えていたレティは、頬を膨らませてラクトへ抗議する。


「ちょっと! レティが華麗にぶん殴る流れだったじゃないですか!」

「ふふふ。ここは戦場なんだよ、レティ。早い者勝ちってわけ」

「ぐぬぬ……!」


 にやにやと笑うラクトに、レティはハンマーの柄を握る手に力を込める。


「なるほど。早い者勝ちですね。いいでしょう。……ほりゃー!」


 浅く息を吐き、口から小さな泡を出す。

 そうして、レティは勢いよく鮫の群れへと突っ込んでいった。


「後ろから誤射しないで下さいよね!」

「レティがあたりに来なかったら大丈夫だよ」


 レティ、トーカ、エイミー、シフォンといった近接戦闘職は鮫たちと複雑に入り乱れながら戦いを展開していく。

 それに対して、ラクト、メル、Mk3たち遠距離戦闘職は、的確に鮫だけを狙って攻撃を続ける。

 どちらも高い技量で無意識的に連携を取り、次々と鮫を打ち倒していった。


『さあ、レッジさん。片方は任せましたよ』

「言われなくても!」


 彼女たちの奮戦を脇目に、俺とアストラは鮫の群れを飛び越える。

 彼らの後方、白い石材で築かれた巨大な門の足下に立つ、二体の巨人を見定める。


「まずは、軽くジャブからだな」


 八本の脚を動かして、水の中を泳ぐ。

 今回は領域を設置していないため機動力が落ちているが、算段はついている。

 俺は早速、身体に付いていた大ぶりな石榴をもぎ取り、投げつけた。


「そらよっ!」


 水の中でゆっくりと離れていく石榴の実。

 その紫色の粒が鮫頭の鼻先で大きな音と共に爆発する。


「爆裂石榴。中の種が爆発時に飛び出して、散弾みたいに複数ダメージを与える代物だ」

『それは、何かしらの条約に引っかかりませんか?』

「自然由来のただの植物だから問題ない!」


 アストラの突っ込みに答えつつ、次々に石榴を投げつけていく。

 〈投擲〉スキルがあればもっと上手く投げられるのだろうが、狙いは多少甘くとも問題ない。

 弾けた種が広範囲に広がり、大体の場合はいくつかダメージが与えられる。


「うおわっ!?」


 しかし、その程度で倒れるほど向こうも甘くない。

 耳を劈くようなどら声を上げて、円盾と矛を携えた腕で煙幕を払う。

 純白の筋肉には一切の傷はなく、頭上に現れたHPバーもほとんど削れていない。


「さあ、手っ取り早くいこうぜ」


 牙を剥いて敵意を露わにする鮫男に、俺はそのまま勢いを殺さず肉薄する。


「風牙流、四の技、『疾風牙』ッ!」


 迫る巨大な円盾を、四本の槍と四本のナイフで強引に払う。

 その過程で三本の槍と二本のナイフが砕けるが、すぐに予備を取り出し補充する。


「こっちにはいくらでも武器はあるんだ。どんどんいくぞ!」


 門番の構える矛と盾は、どちらも巨大で硬質だ。

 白神獣の祠などと同じ石材を使っているのか、白く輝いてみえる。


「風牙流、五の技、『飆』!」


 盾に槍を突き刺し、身を捻る。

 水中で風を纏い、泡を吹き上げながら太い腕を掻い潜る。


「『貫通突き』!」


 “荊花蜘蛛”によって補強された腕力を存分に活かせば、ただの突きも破城鎚のような威力を孕む。

 鮫男が咆哮を上げ、白い口腔が露わになる。

 ずらりと並んだ牙は何段にも重なり、歯が抜けてもすぐに新たな歯が現れるようになっていた。


「うおっと!」


 5メートルを越える巨体からは想像できないほど、鮫頭の巨人は機敏だった。

 銛を振るい、盾で押し潰そうとし、その牙で喰らい付こうとする。

 俺は八本の脚を余すことなく使い、ギリギリでそれを避けていく。


「白月! 『幻惑の霧』だ!」


 白神獣の力も遠慮無く使う。

 あたり判定のある霧へ姿を変えた白月を足場にして、無理矢理姿勢を変える。

 鮫頭の死角へと潜り込み、そこから一気に蔦を伸ばす。


「捕まえたぁ」


 八本の蔦脚が鮫男の四肢に絡みつく。

 背中から覆うようにして、俺は完全に密着する。

 これならば逃れることはできず、反撃も来ない。

 俺は四本の槍と四本のナイフを構えて、思わず笑みを浮かべた。


「風牙流、六の技、『鎌鼬』」


 四連の旋風が門番のうなじを斬りつける。

 まるで岩を叩いているかのような硬さだが、それでも確実にダメージは与えられている。

 しかも、“荊花蜘蛛”の蔦には鋭い棘がある。

 それが門番の身体を締め付け、傷をつける、そこへ猛毒が染みこみ、着実に体力を奪っていく。


「レッジさん、見た目がプレイヤーの戦い方じゃないですよ」

「なんか、悪の寄生生物みたいになってるよ」

「うるさい。勝てばいいんだよ!」


 何故かレティたちからブーイングが飛んでくるが、こっちは勝つために必死なのだ。

 ていうか、レティたちは随分余裕だな。


「っと、そう暴れるなって」


 油断していると門番は大きく藻掻いて蔦から逃れようとする。

 しかし、動けば動くほど蔦の棘は深く皮膚に食い込んでいく。

 蔦自体も、オノコロ高地を降下する土蜘蛛のワイヤーに匹敵する強靱性を持っているのだ。

 そう簡単に外れはしない。


「ふふふ。せいぜい無駄に足掻いて体力を減らすんだな」

「言ってることが悪役なんですよねぇ」


 突っ込んできた鮫を打ち飛ばしながら、レティが肩を竦める。

 こっちは腹の中にカミルたちを収めている以上、あんまり激しい動きはできないのだ。


「アストラはちゃんと戦ってるんだから、そっちで十分だろ」


 俺はじわじわと減っていく門番のHPに頷き、隣を見る。

 そこでは銀の騎士と白の門番が、熾烈な斬り合いを繰り広げていた。


『ははははっ! いいですねぇ。なかなかいい銛の扱いです!』


 素早く付き出される白い銛を、“銀鷲”はひらりと華麗に避ける。

 そうして、滑らかに極大剣を付き出し、白い巨人の肩口を貫いた。

 怯んだ門番の懐に潜り込み、そのまま洞窟の壁面に叩き付ける。

 白い苔がボロボロと落ちる中、呻く鮫頭を剣で切る。

 盾がそれを受け止めれば、すぐさま蹴りを入れて離脱し、銛の追撃を避ける。

 白い鮫男と“銀鷲”はおおよそ同等の体格で、お手本のような戦いを見せてくれる。

 一方が斬りかかればもう一方がそれを防ぐか回避して、瞬時に反撃に打って出る。

 一進一退の攻防戦だ。


「お前もあんな感じで戦いたかったか?」


 “荊花蜘蛛”で拘束し、毒を染みこませつづけている門番に尋ねてみるも、意味のある言葉は帰ってこない。

 代わりに怨嗟の籠もった唸り声を上げ、ジタバタと動いて蔦を振り払おうとしている。


「残念だったなぁ。俺は戦いが苦手だから、こういう搦め手しかできないんだ」


 そう言って、更に蔦の締め付けを強める。

 毒が流れるほどに門番の体力は蝕まれ、死気は急速に近づいていく。

 そうして、彼のHPが5割を切った。


「っ!」


 HPの減少が折り返しに入った瞬間、ぞわりと全身が粟立つ。

 俺は咄嗟に植物戎衣を脱ぎ捨て、“針蜘蛛”の状態で緊急離脱を行う。

 直後、拘束していた門番の白い筋肉が大きく膨張して、四肢に絡まっていた蔦がブチブチと千切れる。


「なんっ。どんな力をしてるんだ――!」


 呆気に取られている暇はない。

 一瞬、門番の姿がブレたかと思うと、真横から強い衝撃を受ける。

 咄嗟に受身の体勢は取ったが、勢いよくフィールドを横切り、反対の壁に激突した。


「かはっ」

「レッジさん!?」


 鮫達と戦っていたレティが悲鳴を上げる。

 俺は彼女に応える暇も無く、壁を蹴ってその場を離脱する。

 直後、俺が埋まっていた壁に素早い跳び蹴りが入る。

 壁が大きく陥没し、深い亀裂が放射状に走った。

 白く発光していた苔が剥がれ、灰色の壁面が剥き出しになる。


「一気に本気出してきたじゃないか」


 壁に深く刺さった脚を引き抜き、鮫頭がこちらを見る。

 一方的にHPを半分まで削られた恨みか、その瞳は赤く激しく燃えるように光っていた。

 盾と銛を捨て、鎧を脱ぎ、白い巌のような肉体が露わになっている。

 それこそが彼の本来の姿、正しい戦闘スタイルなのだろう。


「流石に、“針蜘蛛”じゃあ厳しそうだな」


 もう一度“荊花蜘蛛”を使うことはできない。

 かといって、“針蜘蛛”だけでは太刀打ちできない。

 俺はそう判断し、待機させていた仲間を呼び寄せる。


「ドトウ、ハトウ、よろしく頼むぞ」


 飛び出してきたのは、機械の鮫たち。

 並んだ二頭の上に乗り、ジョイントでしっかりと固定する。


「“針蜘蛛”水中高機動バージョン、なんてな」


 LPはすでに回復しているが、テントの耐久値が心配だ。

 これが壊れれば、カミルたちが危ない。


「行くぞっ」


 短く声を上げ、裸一貫の鮫男へと向かう。

 ドトウとハトウの力によって、今までとは比べものにならないほどの速度だ。

 しかし、それでも門番にとっては遅すぎる。

 鮫の頭は自ら飛び込んでくる獲物を見て、にたりと笑う。


「――『起動』」


 その時、鮫頭の門番の背中で爆発がおこる。

 完全に不意を突いた一撃は彼に直撃し、5メートルの巨体が海老反りになりながらこちらへ吹き飛んできた。


「俺が無策で突っ込むわけ無いだろ」


 壁まで吹き飛ばされた時、そこから離れる前に爆破罠を仕掛けておいた。

 そのおかげで優位はこちらに傾いたわけだ。


「風牙流、四の技――」


 胸を開いて飛んでくる白い巨人に、四本の槍と四本のナイフを差し向ける。

 彼は慌てて腕を前に出そうとするが、それよりも早く“型”と“発声”は完遂された。


「――『疾風牙』」


 四連。

 立て続けに放たれた鋭利な刃。

 長短合わせて八つの牙が、白く硬く厚い胸板を貫いた。

 ダメージを受け、硬直する巨体の背後に回り込む。

 そのまま槍とナイフを構え直し、次を撃つ。


「風牙流、三の技、『谺』」


 ダダダダダダダダ。

 絶え間ない四連打と、返す四連打。

 それにも関わらず、強靱な生命力で巨人は動く。

 我武者羅に振るわれた丸太のような腕が、俺の体側を叩く。


「ぐぅっ!」


 くの字に身体を折り曲げ、吹き飛ぶ。

 そのあたりにいた鮫を蹴り、白月の『幻惑の霧』を展開して更に距離を戻す。


「風牙流、一の技、『群狼』ッ!」


 門番を守るようにやってきた鮫諸共、水の中に渦巻く暴風によって沈める。

 全身をズタズタに切り裂かれた鮫男の胸に槍を突き立てる。


「『罠設置』、『起動』」


 水中機雷を浮かべ、瞬時に爆発させる。

 吹き飛んだ鮫男を追いかけ、再び槍を突き付ける。

 そのままドトウとハトウの出力を上げ、一気に畳みかける。

 槍の先端に門番を貫いたまま、彼ごと一息にフィールドを駆ける。


「おらあああああああっ!」


 スピードを攻撃力へと転化させる。

 藻掻く巨人を捉えたまま、白い苔の覆う壁面へと向かう。


「終わりだ!」


 堅い岩壁に鮫男が背中を打ち付ける。

 その勢いのまま槍は深く突き刺さり、筋肉の鎧を貫通する。

 四本の槍によって、白き門番は磔にされた。


『〈ワダツミ海底洞窟〉のボス、“扉守のコシュア=シャルアリア”が討伐されました』

『新たなフィールド〈白き深淵の神殿〉が解放されました』


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Tips

◇“扉守のコシュア=シャルアリア”

 〈ワダツミ海底洞窟〉のボス。入り組んだ水中洞窟の最奥に存在する扉を守る、二頭一対の鮫頭人身の白神獣。高度な武装を施し、無数の眷属と共に侵入者を排除する。

 忘れられた深淵の家を守る者。長き時間の中、己の使命を忘れることなく立ち続ける者。三つ叉の銛と円盾は、彼に託された信頼の証。硬く引き締まった肉体は、彼の強い意志の証明。


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