第569話「再び深海へ」
穏やかに凪いだ碧海に三隻の氷造船が浮いている。
一隻は、俺たちが乗る〈白鹿庵〉の“水鏡”、残りの二隻は共に〈大鷲の騎士団〉が保有する主力艦リヴァイアサンと指揮艦ポセイドンだ。
流氷をそのまま荒く削ったような風貌の船には、今回の作戦のために集結したメンバーが乗り込んでいる。
「よし、全員揃ってるな」
「〈白鹿庵〉7人、〈大鷲の騎士団〉6人、〈
左右に並ぶ“水鏡”よりも遙かに大きな氷造船を見上げて、レティが唸る。
〈波越えの白舟〉の時と比べれば遙かに少人数だが、個々の質は段違いだ。
更に今回はプレイヤーだけでなく、白月たち四頭の神子たち、そしてカミルとT-1、スサノオ、ワダツミたちまでついてきていた。
「カミルはできれば留守番して貰いたかったんだけどな」
『家にいてもつまらないもの。せっかくのシャッターチャンスを逃す手はないわ』
ただのメイドロイドでしかないカミルは、死ねば復活することはできない。
そのため留守番して貰おうと思っていたのだが彼女はカメラを携えてついてきてしまった。
写真家としては立派だが、やはり心配だ。
『そんなに心配なら、なんで前は連れてってくれたのよ。今回もアンタがしっかり守ってくれるんでしょ』
「そりゃまあ、絶対に死なせないつもりだがな……」
船と潜水艦では勝手が違うと言っても、彼女は頑として聞かない。
結局、俺の方が折れてしまったわけだ。
「それで、スサノオはなんでいるんだ?」
T-1はメイドロイド枠だからまだ分かる。
ワダツミも一応、納得はできる。
しかし、何故この場にスサノオが、それもカミルと同じメイド服姿で立っているのか、どうしても理解しがたかった。
『あう。スゥもレッジのこと守るから!』
「俺を?」
モップを握って意気込むスサノオに、余計に疑問符が浮かんでくる。
そこへ助け船を出してくれたのはラクトだった。
「たぶん、この前カミルと共闘した時のことじゃないかな」
「カミルと? ……もしかして、船の上でイカと戦った時か?」
〈波越えの白舟〉の最中、嵐の中で大銛烏賊を相手にしていた時、カミルもメイド服を戦闘形態に移行させて協力してくれた。
そういえば、スサノオが着ているメイド服はカミルのものと対になった“クラシカル・バトル・メイドドレス-
ラクトの推測は当たっていたようで、スサノオは眉をキリリとさせて頷く。
『あう! レッジは、スゥが守るからね!』
「お、おう……」
管理者にそう言われてしまっては、俺も断れない。
「て言うか、カミルがついてきてくれてるのも、一緒に戦ってくれるためか?」
『なっ!? そ、そんなわけないでしょ! 写真を撮るために決まってるじゃない!』
何気なく聞いてみると、カミルは赤髪を逆立てて否定する。
その割には“クラシカル・バトル・メイドドレス”を着ているし、手には箒を握っているが。
まあ、そういうことにしておこう。
「レッジさん、こちらの準備は終わりましたよ」
“水鏡”の隣に浮かぶ氷造船ポセイドンから、青年が飛び下りてくる。
完全装備に身を包み、小脇にフルフェイスのヘルムを抱えたアストラは、白い歯を覗かせて笑みを浮かべていた。
「潜水士も装備の確認終わりました。いつでも出発できますよ」
彼の後を追って、副団長のアイもやってくる。
「了解。タルトとルナも準備できてるな」
俺が振り向くと、そこにはそれぞれの相棒と共に二人の少女が立っている。
「は、はい! いつでも行けます!」
「あたしも大丈夫だよ。ね、マフ」
ルナが呼びかけると、白い仔トラがキャンと鳴く。
「マフは元気でいいなぁ。ウチの白月なんて寝てばかりでぎゃっ!?」
楽しげにじゃれ合っているルナとマフを見ていると、ふくらはぎをパクリと噛まれる。
驚いて跳び上がると、いつの間にか起き出していた白月がじっとりとこちらを見ていた。
「お前ももう少し愛嬌ってもんをだな……」
そう言い掛けて、やめる。
白月にそれを求めるのも酷と言う物だろう。
「それじゃあ、俺はこれで。ケットとメルも準備ができ次第、こっちに来ると思うので」
「ああ。そうしたらよろしく頼むよ」
アストラが氷造船の体側を蹴って駆け上がる。
ほぼ垂直な壁を軽々しく登っているのだが、それにいちいち驚く者もここにはいない。
そうしているうちに、リヴァイアサンから見慣れた顔ぶれが降りてきた。
「にゃあ。今日はよろしくね」
「待たせたね。ワシらも水中戦は初めてだから、準備に手間取ったよ」
やって来たのはケット・CたちBBCの三人と、メルたち〈七人の賢者〉の七人だ。
彼らはいつもと装いこそ変わらないが、その面持ちには僅かな緊張が見て取れる。
「子子子、ヒョウエンは水圧に耐えられるのか?」
「多分大丈夫だよ。トーピードサーペントも結構潜れるらしいから。駄目だったら船まで戻るように言ってるけど」
ケット・Cと共にやってきた子子子は、原生生物を使役するテイマーだ。
彼女のペットであるトーピードサーペントのヒョウエンも、今回の作戦では重要な戦力の一つである。
子子子は自分の子に大きな自信を持っているようで、胸を張って答えてくれた。
「メルたちも準備はできてるな? それじゃあ、作戦開始と行こう」
甲板にアストラと騎士団の潜水士4名以外の全員が揃っていることを確認する。
〈白鹿庵〉の7人、〈大鷲の騎士団〉の1人、〈
そして、カミル、T-1、スサノオ、ワダツミ。
その全員が“水鏡”に乗り込んでいる。
「それじゃあ、〈
共有回線を通じて、各所に指示を送る。
海上から進むのが難しいのであれば、海底から進めば良い。
そんな発想の下に始動したこの作戦は、〈波潜りの白舟〉という。
「潜水士部隊、行きまーすっ」
初めに動き出したのは騎士団が擁する精鋭の潜水士たちだ。
第一回海底探査の際にもついてきてくれた、シャケ丸、華山カヲル、錨屋、ほえほえの四人は、その時から更に改良された最新の潜水特化装備に身を包み、勢いよく海の中へ飛び込んでいく。
「ポセイドン、カタパルト動きます!」
「団長専用機“
「総員退避!」
巨大な氷造船の甲板に敷かれたレールに、巨大な人型の機械が現れる。
銀色の鷹を模したその特別な特大機装〈カグツチ〉は、全身に防水耐水圧処理を施されている。
『では、レッジさん。お先に』
アストラの爽やかな声と共に、“銀鷲”が起動する。
背部のBBスラスターが短く焚かれ、銀色のロボットは勢いよく海へ飛び込んだ。
「じゃあ、俺たちも追いかけるぞ」
「いよいよですね。皆さん、テントの中に入ってください!」
レティが甲板の人々に呼びかけ、“水鏡”の上に乗った“驟雨”の中へと促す。
全員がテントの中に入ったのを確認して、ラクトが機術を操作する。
「行くよー!」
“水鏡”を構成する氷の船体が消える。
浮力を失った箱形のテントが、飛沫を上げて海に沈む。
「ドトウ、ハトウ、出番だぞ」
水中に入ると同時に、テントに内蔵した専用のスペースから二頭の機械鮫が現れる。
彼らとテントはワイヤーで接続され、十分な機動力を獲得していた。
『潜水部隊、順調っすよ』
『アストラ、問題ありません』
「テント部隊も問題なく入水した。陣形を保ったまま、まずは水深300メートルを目指すぞ」
深い海の真下に、大きなスクリューを動かして沈降する“銀鷲”の背中が見える。
光の減衰する暗い水中では、銀色の機体に鮮やかな青に光るラインが現れていた。
「あれ、ビキニアーマーですか?」
「愛好会の方々は深海で視界を確保するためのライトだと言い張っていましたが……」
レティの問いに、アイは苦い顔で答える。
見ようによっては天下の騎士団長の専用機が青いビキニアーマーを着ているようにも見えるが、堂々としていればなかなか様になって格好いいと思う。
「アストラ、防水仕様の“銀鷲”はどうだ?」
『何も問題ありませんね。むしろ動きやすいくらいですよ』
TELを通じて様子をうかがってみると、彼は嬉しそうに特大機装を動かす。
ネヴァが“驟雨”のノウハウを活かしつつ、〈ビキニアーマー愛好会〉と熱心な協議を重ねて開発した、特別製の〈カグツチ〉だ。
その能力はアストラも満足の行くものに仕上がっているらしい。
『新しい潜水服もかなり動きやすいっすよ。デザインはアレだけど』
先行する潜水士たちからも声が届く。
彼らの着る新型の潜水服もまた、ネヴァとビキ愛によって共同開発が行われた特注品だ。
「あの人たち、技術力は驚くほど高いんだけど、デザインに対する執着も凄いのよね……」
思い返して疲れたような顔でネヴァが言う。
〈ビキニアーマー愛好会〉との会議には俺も何故か参加させて貰っていたが、彼らの情熱には目を見張る物があった。
『潜水服なら貝殻水着だろ
『これで今までのガチガチな潜水服より性能高いんだもんな』
『技術力の無駄遣いすぎるんだよ……』
『俺ちょっと気に入ってるよ、コレ』
三つの貝殻部品にはオーパーツじみた技術がこれでもかと詰め込まれており、彼らは海の中を自由に泳ぐことができるようになっていた。
今も雑談の片手間に、迫り来る水棲原生生物を次々と倒している。
そんな彼らの活躍によって、俺たちは何事もなく、順調に海の底へと進んでいった。
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Tips
◇貝殻のビキニアーマー
三つの貝殻型部品で身体を隠す、水中活動特化型ビキニアーマー。斥力フィールドの展開によって、一定の水圧を相殺し、自由に水中で活動することができる。
神秘の海に佇む可憐な
耐水圧+50、水棲原生生物特攻+30、水中行動補正+30。
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