第567話「寿司屋での会談」
惜しくも撤退という結果に終わった〈波越えの白舟〉の翌日、俺は〈ワダツミ〉にある回転寿司の店〈葦舟〉へとやってきていた。
壁と暖簾で仕切られた静かな個室で、ゆったりとした掘りごたつ式のテーブルの周囲には、俺以外に六人の姿がある。
〈大鷲の騎士団〉団長のアストラ、〈
更にルナとタルトも、それぞれに白毛の相棒と共に座っている。
個室の隅、俺の背後でぷぅぷぅとうたた寝している白月の姿もある。
「レッジ、マグロ取ってちょうだい」
「はいよ」
「にゃあ。サンマが欲しいにゃあ」
「はいはい」
「レッジさん、俺はエンガワを」
「アストラはレーンに近いんだから取れるだろ!」
ビュンビュンと高速で動く〈葦舟〉名物の超高速レーンから寿司皿を取り、それぞれに渡していく。
その間にタルトが湯飲みにお茶を注いで全員に回していった。
「うん、美味しいじゃない」
厚切りのマグロを食べたネヴァが目を丸くして言う。 バクシンオオマグロの大トロは、脂の乗った薄いピンク色で、口に入れるだけで融けるような柔らかさだ。
ちなみに一皿1,600ビットとかなりのお値段だ。
「慣れないうちに手を出すと文字通り痛い目を見るのが玉に瑕だけどね。レッジ、炙りチーズサーモンが欲しいな」
「はいはい」
メルは炙りモノやチーズを乗せた寿司が好きらしい。
カルビ寿司や、全長30センチのハンバーグ軍艦など、個性の強い変わり種も良く頼む。
「けどいいの? 結構良いお寿司なのに、奢って貰っちゃって。あ、イカ三貫盛りちょうだい」
「私だけご馳走になっちゃって、なんだか〈神凪〉のみんなに申し訳ないですね。とと、煮穴子頂いてもいいですか?」
「いいんだよ。俺が呼んだんだから。ほい、イカと穴子」
今回、この場に彼らを集めたのは、他ならぬ俺だった。
せっかくウェイドたちが作ってくれた店だし、久しぶりに行きたかったというのもあるが、ちゃんと本題は別にある。
全員が一通り寿司に舌鼓を打ったところで、俺はようやく本題に入る。
「そろそろいいか」
俺が切り出したのを見て、アストラたちも落ち着く。
彼らもなぜここに呼び出されたのか、分かっていないわけではないはずだ。
「単刀直入に言おう。新大陸への上陸――便宜上、第二回〈波越えの白舟〉とでも言おうか、それをやりたい」
俺の発言は、静かに受け止められた。
もっと驚かれると思ったのだが、そうでもなかったらしい。
むしろ、アストラなどは何故かほっとしたような表情だ。
「なんだ、そんなことでしたか」
「そんなことって……。何だと思ったんだ」
少し呆れて問いただすと、彼はしれっと答える。
「てっきり、もう〈白鹿庵〉だけで新大陸上陸を果たしたのかと」
「そんなわけないだろ!」
俺たちを何だと思ってるんだ、と続けるが、ケットたちまでアストラの言葉に軽く頷いている。
あれだけ大規模な作戦で太刀打ちできなかったものを、〈白鹿庵〉だけで達成できるはずがないだろうに。
「あのぉ……」
深いため息をついていると、小さな手があがる。
見ればタルトが白梟のしょこらを膝に乗せ、眉を寄せていた。
「それなら、どうして私が呼ばれたんでしょう?」
暗に、この場にいる面々と比べれば自分は見劣りすると言いたげに、タルトは言う。
彼女の属する〈神凪〉は少女四人の小規模パーティながらも、かなり実力のある集団として知られているはずだが、本人にその自信はないらしい。
「タルトも実力はあるんだから、自信もっていいんだぞ」
「それをレッジさんが言いますか……」
対面するアストラが、複雑な面持ちで何か呟く。
「ともあれ、タルトとルナを誘ったのは実力以外にも理由がある」
「ま、順当に考えればマフよね」
にゃーん、とルナは白い仔トラの脇を抱えて持ち上げる。
びよんとされるがままに伸びる白い獣に、思わず全員の表情が和らいだ。
「こほん。まあ、そういうことだ」
「〈
俺が頷くと、アストラが嬉しそうに言う。
彼の傍らにも、白い大鷲――アーサーが羽を畳んで座っている。
俺と白月、アストラとアーサー、タルトとしょこら、ルナとマフ、それぞれが通常の飼い主とペットとは少々異なる関係性で結ばれた、四組だ。
白月たちはかつてこの地にて繁栄し、現在もその片鱗を残す強大な存在、白神獣の末裔である、神子と呼ばれている。
彼らは不思議な力を有しており、時折それが調査開拓活動の鍵になることもあった。
「つまり、新大陸上陸には白神獣が必要ってことかにゃ?」
ケット・Cがしめさばを摘まみながら言う。
「必須ってことはないだろうけどな。でもまあ、何かしら出番はあるんじゃないかと睨んでる」
「その理由は?」
メルにエビフライ巻きを渡しつつ答える。
「一つは、あの作戦の道中で白神獣関連らしきものをいくつか見たから。もう一つは、白月とマフが反応を示したからだな」
「なるほど、“護り鮫”と“大銛烏賊”ですか。あ、短剣魚を貰えますか?」
「アストラは自分で取れるだろ! ……まあ、そういうことだ」
〈剣魚の碧海〉でボスとして君臨した“繊弱のハユラ”を守っていた“護り鮫”と、嵐の中で突如襲ってきた巨大な“大銛烏賊”、二つの原生生物は解体し、そのドロップアイテムの解析も終わっている。
そして、彼らの鑑定結果には興味深い記述が為されていた。
「そもそも、どっちも白い原生生物だったしね。なんとなく連想しちゃうよね」
メルの言うとおり、サメとイカはどちらも白神獣を思わせる白い体色をしていた。
各地にある祠に存在する白神獣とも、その特徴は一致している。
「つまり、あのサメとイカは白神獣ってこと?」
「いや、その可能性は低いと思う。強さはともかく、動きに白神獣らしい理性が感じられなかった」
護り鮫はハユラという強い個体に盲従していただけだし、大銛烏賊はただ強い光に引き寄せられていただけだ。
これまで俺が相手にしてきた白神獣は、それなりに知恵や理性を動きの中から垣間見ることができていたが、彼らにはそれがない。
「白神獣の末裔ではあるが、すでに白神獣ではない。より普通の原生生物の方へ傾いた種族なんじゃないか」
“かつて騎士として名を馳せた”“白き騎士とかつて称えられた”など、サメやイカを説明する文章は全て過去を指している。
今の彼らを見ても、それが白神獣であるとは言えない。
白神獣が栄えた時代は遙か昔のことだ。
長い時の間で、彼らも変化してしまったのだろう。
「なるほど、白神獣の末裔がいることはなんとなく理解できたよ。それで、白月とマフが反応を示したっていうのは?」
メルが唐揚げ卵焼き軍艦を食べながら、二つ目の理由について問い掛ける。
俺は彼女たち全員に、一枚の画像データを送信した。
「うわ、いつの間にこんなの撮ったの……」
それを見て驚いたのはルナである。
そこには、楽しげな表情でマフを抱える彼女の姿が鮮明に写っていた。
「写真を撮ってたら偶然映りこんだんだ。悪用はしない」
「それは別にいいけどさ。これって潜水艦の中の奴でしょ?」
彼女が立っているのは、海中に潜航した“驟雨”の内部だ。
潜水艦とは違うのだが、まあいいだろう。
「大銛烏賊を深海の鮫の群れに当てた時だ。あの中に、白月みたいな角をつけた鮫がいたのを覚えてないか?」
「そういえば、そんなのもいたかな。別に白くはなかったけど、確かに角は白月みたいに綺麗だったわね」
記憶を探りながら言うルナ。
俺は更に別の写真を配る。
そこに写っていたのは、件の“鹿角鮫”の姿だ。
黒い体色ではあるが、頭部から透き通った水晶のような角が二本生えている。
周囲の鮫と比べてもかなり大柄で、おそらく5メートルほどはあるだろうか。
大銛烏賊という獲物の襲来に歓喜していた他の鮫と比べ、かなり落ち着いていた様子だったのが記憶に残っている。
「黒い鮫……。じゃあ、こっちは黒神獣?」
ネヴァの指摘に俺は答えられない。
黒神獣は、かつて白神獣と敵対していた生物だ。
各地に存在する祠に白神獣の力で封印されているが、第二回イベントの際には町まで侵攻してきたこともある。
体色だけ見れば黒神獣であると言えなくもないのだが、正直黒い原生生物はいくらでもいるから断言はできない。
「ともかく、この鮫にマフが反応した。白月も……たぶん、アレは反応してるんだよな?」
マフはあれを熱心に見つめていたが、白月は何故か俺の足に噛み付いてきた。
俺の失言故ではないことを祈るが、当の鹿は暢気に船を漕いでいる。
「ともかく、海には白神獣に関わる何かがあると思うんだ」
俺はそう力説するが、ケット・Cたちは顔を見合わせる。
「にゃあ、それはよく分かったよ。でも、ここにいる七人だけ、バンドのメンバーを合わせても難しいんじゃないかな」
「物資はともかく、あの大嵐を越えるのはやっぱり厳しいと思うよ」
ケット・Cとメルの言葉に、タルトたちも頷く。
彼らもあの海の危険性は嫌というほど理解しているわけで、なかなか次の一手を出しにくいのだろう。
前回と同等以上の準備ができなければ攻略は厳しいというのは、俺も分かっている。
しかし――。
「何もあの海を正々堂々正面から突っ切ろうって言ってるわけじゃない」
そう言うと、ケット・Cのヒゲがぴくりと揺れる。
胡乱な顔をする他の面々を見渡して、俺は続けた。
「海底からひっそりこっそり、静かに進もう。そうすれば嵐も波も無関係だ」
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Tips
◇唐揚げ卵焼き軍艦
海鮮〈葦舟〉のオリジナルメニュー。唐揚げと卵焼きを乗せたビッグな軍艦巻き。甘辛いソースを掛けたわんぱく仕様。
一定時間、LP回復速度が僅かに上昇し、LP最大値が僅かに上昇する。
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