第562話「虹輝なる祝宴」
有名な配信者らしい三人のプレイヤーが、見事“繊弱のハユラ”を討伐した。
それが呼び水になったのか、後続も少しずつ勝率は高くなっていく。
彼らの戦いぶりは全て歴戦の攻略組プレイヤーたちによって観察され、あらゆる情報が蓄積されている。
ハユラを包んでいた神秘のヴェールは一枚ずつ取り除かれ、その動き、思考、技、性格、性質、全てが露わになっていく。
「右左右左上下下薙ぎ払い上!」
「盾盾殴る、盾盾飛ぶ!」
「上上下下左右左右AB!」
挑戦者たちは次第に、ハユラそのものを見なくなった。
代わりに行動パターンを掴み、そのリズムに合わせて機械的に盾を出し、攻撃を繰りだしてく。
それだけでかなり安定感が増していったようだ。
「倒せる! 倒せるぞ!」
「はーざっこ! こんなん余裕っすわ」
「ぎゃああああっ!?」
とはいえ、ハユラもただやられている訳ではない。
少しでもプレイヤーの気が緩めば容赦なく殺しに掛かるし、戦いの中で挑戦者の行動の癖を学習しつづけている。
倒されれば学習した内容は全て消えてしまうとはいえ、戦いが長引くほどプレイヤー側は不利になっていくのだ。
『ワンダフォー! 素晴らしいですね』
少しずつだが確実に戦果を挙げていくプレイヤーたちを恍惚とした顔で見ているのは、“水鏡”に同乗しているワダツミである。
彼女は挫けることなく次々と白岩の舞台へ登っていく調査開拓員を見て、しきりに歓声を上げていた。
「そんなに楽しいか?」
『イエス! 初めは何も分からなかった存在を知り、着実に圧倒していく、この姿こそが調査開拓員の本質であり、イザナミ計画の真髄ですから』
興味本位で話しかけてみると、彼女は饒舌に語り出す。
未知の惑星に降り立ち、調査開拓を行う俺たち――機械人形は一人では非常に弱い存在だ。
だからパーティという集団を形勢し、バンドという群れを作る。
個々が多様な能力に特化させ、無数の専門家集団による万能家を形成する。
それが、イザナミ計画に於ける行動指針だ。
ワダツミもそれを理解はしていたようだが、実際に目の当たりにする機会は少ない。だから、これほど興奮しているのだろう。
「たしかに、レティたちの時とは比べものにならないくらいスムーズに倒せてますね」
「ペースも上がってきてるし、もうそんなに掛からないわね」
戦いを見守っていたレティたちが、安堵の籠もった声で言う。
すでに全体の半分以上がハユラ討伐を済ませ、第七域への通行手形を獲得している。
討伐に掛かる時間も徐々に短くなり、対峙するプレイヤーの顔にも余裕が現れてきていた。
『主様、おいなりを食べてもよいかの?』
しかし、流石に数が数だけに時間が掛かる。
退屈そうな様子で袖を引くT-1も、同じような風景に飽きてきたようだ。
「そうだなぁ。ここが終わると新天地で、俺たちも忙しくなるだろうしな。腹ごしらえしとくか」
満腹度や潤喉度にはまだ余裕があるが、ずっと立って観戦しているのも大変だろう。
周りを見渡せば、他の船でも弁当を広げているプレイヤーがそれなりにいた。
「積み込んだ保管庫に稲荷寿司も入ってるはずだ。それを食べていいぞ」
『えっ!? アレは道中のおやつではなかったのか!?』
船に積み込んだ簡易保管庫を視線で指して言うと、T-1が愕然として口を開く。
驚いたのは俺の方である。
「まさか、もう食べたのか!?」
『許可は与えられておったし、問題ないと思っていたのじゃ……』
慌てて保管庫の中を確認すると、積み込んだ食料のうち稲荷寿司だけが綺麗さっぱり無くなっていた。
まさか、道中のジャンプ航行中に食べていたのか。
「ある意味凄いな……」
『ふふん。妾に掛かればあの程度の揺れ、どうってことないのじゃ』
『何も褒められてないわよ』
自慢げに胸を張るT-1に、カミルが冷たく突っ込みを入れる。
保管庫に残っているのは、〈ワダツミ〉の“シスターズ”で買い込んだホムスビ弁当や丼類、あとは“葦舟”の寿司セットなどだ。
ひとまず、無いものは仕方がないため、残ったものだけで食卓を準備していく。
“水鏡”は俺のテントの範囲内でもあるため、テーブルや椅子などのアセットを出すのも簡単だ。
「お、腹ごしらえですか。ちょうどお腹空いてきた所なんですよ」
「レティのぶんは別の保管庫にまとめてるからな」
「わたし、焼きそばがいいです!」
「
レティが耳をゆらしてやってくると、それを見たシフォンたちも寄ってくる。
停泊中はアーツの維持以外の作業も必要ないため、ラクトも小走りで現れた。
「カミル、保管庫を運ぶのを手伝ってくれ」
『分かってるわ。ほら、T-1も行くわよ』
『うええ、妾のおいなりさんが……』
調理場を準備している間に、カミルがT-1を引きずってコンテナの中へ向かう。
長期戦になることも予想されていたため、“水鏡”のコンテナには食材を初めとした物資も十分な量を積み込んでいるのだ。
「とりあえず焼きそばは作るとして……。エイミーも今回のMVPだしな、何か注文があれば受けるぞ」
「あら、いいの? 何にしようかな」
せっかくのイベントだし、エイミーの流派開眼記念も兼ねて少し豪勢に行くとしよう。
調理場に立ってエイミーに話しかけると、彼女は嬉しそうに頭を悩ませていた。
「せっかくだから、ハユラの料理とか食べてみたいけど……。できる?」
「ハユラの料理か」
エイミーの注文に少し眉を寄せる。
ハユラを解体して手に入れた食材系アイテム“白水龍の肉”や“白水龍の上質肉”は、調査用にBBCへ売った残りがかなり残っている。
しかし、問題は俺のスキルの方だ。
最前線〈剣魚の碧海〉のボスともなれば、その身を使った料理にも高い技量が求められる。
正直に言えば俺の〈料理〉スキルでは心許ない。
「多分失敗するし、成功してもバフは乗らないと思うぞ?」
確認を取ると、エイミーはすぐに頷く。
「戦闘糧食ってわけでも良いし、食べられればいいわ」
「そういうことなら、挑戦してみるよ」
エイミーに見守られながら、包丁を手に取る。
料理といっても実際に食材をあれこれ弄るわけではない。
食材を選び、現れた選択肢の中から作りたい料理を選ぶ。
そうすると始まるミニゲームをクリアすればいい。
「うわあ、やっぱ難しいな……」
調理台の上に現れたのは、不規則に揺れ動くカーソルの乗ったスライダー。
スライダーの特定の位置でタイミングよくカーソルを止めればいいわけだが、やはりかなり難しい。
カーソルの動きは不規則だし、そもそも素早い。
スライダーのポイントも滅茶苦茶に小さい。
そもそも、スライダー自体の数が焼きそばとは比べものにならないほど多かった。
「管理者権限が欲しくなるな」
『流石にそれを付与するのは妾でも無理じゃなあ』
思わず泣き言を呟くと、木箱を抱えたT-1に首を振られる。
「まあまあ。失敗作でもレティが食べますから」
「それでデバフが付いて動けなくなったら駄目だろ」
レティたちからも声援を送られつつ、俺は意を決して調理台に向き直る。
要はリズムゲーだ。
カーソルをよく見てタイミングよく止めればいいだけ――。
「……はい」
ミニゲームに失敗すると、品質が下がっていく。
下限まで下がった上で更に失敗すると、“失敗作”という料理が完成する。
皿に載っているのは、何やら蠢く黒い塊だ。
分かっていたが、めちゃくちゃ難しい。
「これは俺が料理下手というわけではなくて、ただ単にスキルレベルが足りないだけだからな」
「誰に言い訳してるのよ」
気を取り直して、再び挑戦する。
割烹着と料理人のエプロンも着けて完全武装だが、なかなか難しいものだ。
じっとカーソルを見ているうちに、目が回ってくる。
『アンタ、戦闘ならタイミング外さないのに。どうしてコレができないのよ』
背中越しに覗き込んだカミルが、不意にそんなことを言う。
「……なるほど?」
それを聞いて、目から鱗が落ちたようだった。
要はコレも戦いなのだ。
戦場は
機敏に逃げるカーソルを、素早く槍を突き込むように仕留めればいい。
「――ここだ!」
ぽこん、と軽快なSEと共にカーソルがスライダーのど真ん中に止まる。
成功だ。
「せいっ。せいっ。せいっ!」
その流れのまま、他のカーソルも止めていく。
なるほど、簡単じゃないか。
「へいお待ち! “白水龍の握り寿司”だ!」
完成したのは銀色の皮目の美しい握り寿司だ。
品質はバフも乗らないギリギリのものだが、それでも料理としては完成した。
「やればできるじゃない! それじゃ、頂きまーす」
エイミーが拍手を送ってくれ、早速一貫を手に取る。
脂の乗った寿司を一口で食べた彼女は、数度咀嚼、そして喉へ送る。
「うん。美味しいわね!」
「よっし!」
力強いサムズアップ。
なんとか彼女のお眼鏡に適ったらしい。
「レッジさん! レティも食べたいです!」
「わ、私もご相伴に与りたく」
それを見ていたレティたちが手を挙げる。
ハユラの寿司となれば、まだ〈ワダツミ〉にも出回っていない品だ。
どんな味か気になるのも仕方がない。
「それじゃあ適当に作るから、テーブルで待っててくれ。カミルは料理の手伝い、T-1は給仕を頼む」
『分かったわ』
『妾もハユラの稲荷寿司が食べたいのじゃ!』
真っ直ぐに手を挙げて主張するT-1を、カミルが無慈悲に引きずっていく。
それを見ながら、俺はひとまずシフォンに供する特製焼きそばに取りかかった。
「ん~! レッジさんがいるとフィールドでも作りたての料理が頂けるのがいいですね……」
「しかもちゃんと椅子に座って、テーブルにつけて。敷物を広げてお弁当を囲むのも楽しいですが」
甲板に置いたテーブルを囲み、レティたちは食事を楽しむ。
俺とカミルが次々と作る料理をT-1が忙しなく運んでいるが、それが追いつかないほどの勢いだ。
「前々から思ってたけど、〈白鹿庵〉のエンゲル係数高くないか?」
『レティも良く食べる方だけど、他の人も大概だもの』
薄々感じていたことを口にすると、カミルが今更気付いたのかと目を見張る。
スイーツ類で言えばラクトはレティよりも良く食べるし、トーカも和食となれば止まらない。
ミカゲも何だかんだで、おにぎり等を一瞬で消しているし、エイミーは酒も豪快に飲み乾している。
「シフォンも焼きそば何人前食べてるんだ?」
「はえっ? ま、まだ5人前くらいだと思うけど」
皿を携えて鉄板の前までやってきたシフォンも、なかなかの健啖家だ。
随分と焼きそばが好きなようだが、合間合間に魚の塩焼きやら愛の海鮮麻婆チャーハンやらを食べている。
出会った当初はそうでもなかったはずだが、レティと一緒にいると引きずられるのだろうか。
「ほら、T-1。流石にハユラの稲荷寿司は無理だが、海鮮五目稲荷だ」
『やったのじゃ! 食べていいのかの?』
「もちろん。カミルも食べたいのがあったら言えよ」
『アタシは別に、食べなくても問題ないんだけど……』
合間を縫ってT-1やカミルにも料理を作る。
メイドロイドは食べなくてもいいが、食べられないわけでもないからな。
「レッジ、クレープ適当に10個くらい作ってー」
「はいよー」
テーブルの方から投げられた注文に答えつつ、俺は調理台を回していく。
ネヴァに特注して四連式に変えておいてよかった。
忙しくなるが、これくらいしないと彼女たちの胃袋に追いつかなくなってきた。
「ふひひ。回りの船から羨望の眼差しを感じますねぇ」
「フィールドでこれだけ本格的な料理は、なかなか楽しめませんからね。それに、フィールドへ料理人が来ることもなかなかありませんし」
「レッジがいる〈白鹿庵〉の特権だね」
周囲の船から注目されているのは分かるが、流石にそちらへ意識を向けられるほどの余裕はない。
〈白鹿庵〉の六人とカミルとT-1、それにワダツミの分までで手一杯だ。
「こんなことなら、他の管理者も連れてくればよかった」
『料理は別に、管理者の業務ではないのですが』
俺のぼやきに苦笑しつつも、ワダツミは高速で魚を捌いてくれる。
海に面した都市の管理者だけあって、彼女は魚の扱いが得意なのだ。
「すまんな。こんなことさせて」
『ノープロブレム。本来の業務も並行してやっていますから』
ワダツミは包丁の手を止めず、和やかに言う。
彼女の本来の仕事は管理者としてこの作戦を管理することだ。
今も〈ワダツミ〉ではBBCからの要請に応じて必要な物資の調達がなされているし、航路の監視も彼女が〈ツクヨミ〉を介して行っている。
ハユラの討伐を観戦しているだけのように見えて、ワダツミの本体はかなり働いているのだ。
『それに、料理は楽しいです』
「そうなのか?」
『イエス。これも、この心と身体を得た事による変化なのかも知れませんね』
華麗な包丁捌きを見せつつ、ワダツミが言う。
管理者に趣味ができるのは意外だったが、彼女はそれを好意的に受け止めているようだ。
『妾もおいなりを食べることが楽しいぞ! と言うわけで主殿、ワダツミ、追加のおいなりが欲しいのじゃ』
そこへ飛び込んできたT-1が会話に参加する。
彼女に託した、海鮮五目稲荷が30個はみっちりと詰まっていたはずの桶が、すでに空になっていた。
「もう食べ終わったのか!? あんなに作ったのに……」
『ふふん。あの程度、妾に掛かれば一瞬じゃ』
『だからなんで誇らしげなのよ』
得意顔のT-1に、カミルが深いため息を付く。
食欲で言えばT-1や他の指揮官、管理者たちも目を見張る物がある。
管理者機体の炉心は特別製らしく、ほとんど無尽蔵に食べ続けられるらしいのだ。
『ふふふ。それなら、腕によりを掛けて作りましょう。次は世にも珍しい1,677万色に光り輝く
『うむ! 期待しておるぞ!』
自分が作った料理が次々に食べられていく様に、ワダツミも楽しくなっているらしい。
彼女はさっそく保管庫から虹色に輝く鮫の切り身を取り出す。
それを見たT-1も目を輝かせる。
その数分後、食卓に16,777,216色に輝く、鮫の姿を模した稲荷寿司が登場するのだった。
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Tips
◇“虹輝鮫の稲荷寿司”
万色に光を放つ虹輝鮫の身を酢飯に混ぜ込み、薄い油揚げで包み込んだ稲荷寿司。不思議な作用で16,777,216色の強い光を放っているが、機械人形には無害。旨味が強く、味わい深い。
一定時間、全身が16,777,216色に光り輝く状態異常“虹輝”が付与される。集中力が上昇し、疲労を感じづらくなる。
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