第560話「開祖と門下生」
エイミーが“繊弱のハユラ”を打ち倒したことにより、俺たち〈白鹿庵〉も〈剣魚の碧海〉の外、第七域へと進めるようになった。
ともあれ、早速俺はラクトに頼んで“水鏡”を白岩に着け、そこに倒れるハユラに向かう。
「おつかれ、エイミー」
「ほんとにね」
やり切った表情で立っていたエイミーに声を掛けると、彼女はふわふわと覚束ない笑みで応える。
ほとんど単身でハユラに挑み、そして勝ったのだ。
しかも、その勝負を多くのプレイヤーたちが直に見届けている。
彼女の実力を否定する者は、もはや誰も居ないだろう。
「流派の開眼は分かってたのか?」
ハユラに身削ぎのナイフを差し込みながら、気になっていたことを確かめる。
白龍との戦闘中、エイミーはLPを一切気にすることなく戦っていた。
仮に流派を開き、起死回生の一手を打つことができなければ、その時点で彼女の敗北は確定していたはずだ。
しかし、エイミーはけろりとした顔で首を横に振る。
「そんなの、分かるわけないじゃない」
「ええ……。じゃあなんで」
「レッジもレティもトーカも、みんな自分の流派を持ってるでしょ? だから私も欲しいなって思ってたのよ。それで、逆境に身を置けば強制的に開眼するかなって」
彼女の笑み混じりの声に、俺は呆れて眉を上げる。
全く確証のない賭けだったらしい。
それであれだけ堂々と戦えるのだから、豪胆なのやら楽天家なのやら。
「もし、流派が開けなかったらどうしてたんだ?」
「その時は大人しく斬られてたわよ。でも、あれだけ攻撃パターンを見せてあげたんだから、レティたちで仇は討ってくれるでしょ?」
茶目っ気のある目をこちらに向けて、エイミーが肩を竦める。
確かにエイミーが延々とハユラの攻撃を受け続けてくれたおかげで、かなりのパターンを記録できているだろうが……。
「もちろんです! 次は、レティひとりでぶっ飛ばしてやりますよ!」
「刀と刀の戦いというのも面白いですね。どちらがより優れた剣士か見せてやりたいです」
いつの間にか白岩の上に来ていたレティたちが、腕を捲って意気軒昂に宣言する。
二人とも、第一形態のハユラにすら歯が立たなかったのをかなり気にしているようだ。
彼女たちもタダでは転ばない性格だろうし、今後も第二第三のハユラには災難が待ち受けていることだろう。
「わたしはエイミーに一言言いたいんだけどっ」
そこへ、不満げにに頬を膨らませたシフォンも乱入してくる。
彼女はレティたちを押し退けて、エイミーの下へつかつかと歩み寄った。
「私?」
白々しく首を傾げてみせるエイミーに、シフォンはびしりと指先を向ける。
「事前説明もなく鮫の群れに放り投げないで! 死ぬほど怖かったんだから!」
不可視の障壁を纏い、あらゆる攻撃を寄せ付けないハユラの第一形態。
それが護り鮫の力によるものだと気付いていたのかいないのか、エイミーはシフォンに鮫の処理を任せた。
唐突に船から放り投げられて、彼女も随分慌てていた。
「でも、無事に全部倒してくれたじゃない」
「火事場の馬鹿力よ! 避けなきゃ死ぬんだから!」
ぷるぷると震えて声を荒げるシフォン。
最近ようやく海に出たばかりの彼女にとっては、護り鮫でも随分な強さだ。
まだスキル構成も煮詰まっていない段階で放り込まれるとは思いもしなかったのだろう。
「まあまあ。エイミーもシフォンの実力を信じてたんですよ」
「あの回避力と殲滅力は目を見張る物がありましたよ」
見かねたレティとトーカがシフォンを慰める。
エイミーがシフォンを鮫の中に投げた時、彼女自身もボスの下へと向かっていた。
彼女は最初から勝てないと分かっている戦いをするような性格ではないだろうし、シフォンのことを信頼していたのは間違いないだろう。
「獅子は子を千尋の谷に突き落とすってやつだな」
「突き落とされた方は堪ったもんじゃないわ……」
そうはいいつつ、シフォンもエイミーの信頼は感じているのだろう。
言いたいことを言い終わった後は、さっぱりとした様子でエイミーの偉業を称えていた。
『レッジ、こっちの木箱は船に積み込んでいいのよね?』
「ああ。頼んだ」
解体して得たハユラの素材は、木箱の中に詰めていく。
梱包したものをカミルとT-1が“水鏡”へと詰め込んでくれて、作業は恙なく進む。
しかし、周囲には護り鮫も無数に落ちているし、これらも捌いてアイテムを回収した方がいいだろう。
資金源になるということもあるが、それ以上に最前線でいまだに研究が進んでいない原生生物のレアドロップをみすみす逃す理由がない。
「それで、エイミー。開眼したのはどんな流派なんですか?」
ずっと聞きたかったのだろう、レティがエイミーに問い掛ける。
「名前は〈鏡威流〉って言うみたいね。〈格闘〉〈防御アーツ〉両方が必要な、機術複合格闘流派だって」
「機術複合格闘流派……」
「なんか格好いいですね」
レティはぽかんとして率直な感想を漏らす。
この流派は“攻撃は最大の防御”という性質を濃く現しているのだという。
彼女がハユラに使った一の面『射し鏡』も、相手の攻撃を防ぎつつ、それを自身の攻撃に転化するというものだ。
「その『射し鏡』さえあれば、どんな敵も完封できちゃうんじゃないですか?」
期待を込めた目でレティが言うと、エイミーは苦笑して肩を竦める。
どうやら、そう簡単にはいかないようだ。
「あれは攻撃をそのまま反射する鏡みたいなのよね。だから、入射角がズレたらその分投射角もズレちゃうと思う。さっきみたいに攻撃をそのまま返すなら、ちゃんと真正面から受ける必要があるわ」
エイミーは習得したテクニックの説明を確認しながら、その解説を施してくれる。
あれも万能の防御技というわけではなく、それなりに扱いが難しい代物らしい。
それを土壇場で使えるエイミーも相当なものだ。
「ともあれ、これでエイミーも開祖の仲間入りか。いいなぁ」
羨ましそうに言うのは、“水鏡”の運用に徹していたラクトである。
今回、エイミーが〈鏡威流〉を開いたことで、〈白鹿庵〉の中ではラクトとミカゲだけが流派に属していない。
「機術系の流派もたくさんありますよね。何か適当に選んだらいいのでは?」
「嫌だよ。みんな開祖なのにわたしだけ門下生だなんて」
レティの提案を、ラクトはすげなく却下する。
俺はなりゆきで開祖になったくちだが、トーカなどは開祖の中の開祖、そもそも流派というシステム自体を最初に発見した人物だ。
レティも〈咬砕流〉の開祖だし、ラクトも自分で流派を開きたいらしい。
「なんかないかな。氷属性機術特化の流派とか」
「ありそうですけど、ないんですね」
「メルさんの〈深炎流〉とか、他の属性ならあるんだけどねえ」
流派は物理武器を扱う者だけの専売特許というわけでもない。
機術師でも長く使っていれば何かの切っ掛けで開眼するし、なんなら生活系スキルでも流派は開けるらしい。
「〈撮影〉スキル系で〈隠写流〉っていう盗撮特化の流派もあるらしいよ」
「ええ……」
ラクトの言葉に、思わず声が出る。
一応カメラを扱う者として、どう反応したものか困ってしまう流派だ。
「一応、調査班とか隠密系の人たちには人気らしいけどね」
「ちゃんと正当な用途にだけ使われてるんですよね?」
「多分ねー」
不信感を露わにするレティに、ラクトは軽く答える。
ともあれ、生活スキル系の流派を調べてみるのも案外楽しそうだ。
「ミカゲは流派とか気にしないのか?」
糸を使って海に浮かんでいる護り鮫を釣り上げてくれているミカゲに聞いてみると、彼は少し虚空に目を彷徨わせた後に答えた。
「あんまり。……〈
〈忍術〉スキルに対応した流派はすでにいくつかあるらしい。
しかし、ミカゲはそういったものにはあまり興味を持っていないようだ。
理由を聞いてみると、彼は再び少し間を置いて答える。
「今は、〈呪術〉の研究も忙しいから。〈忍術〉と〈呪術〉の複合流派があれば、やってみたいかも」
ミカゲは忍者ではあるが、最近は呪術師としても活躍している。
流派は一分野に特化したテクニックが揃っているが、裏を返せば幅が狭まるのと同じだと考えているらしい。
〈忍術〉だけでは、既にミカゲには足りないのだ。
「にゃあ。討伐おめでとう、エイミー!」
そこへ、一隻の船がやってきて甲板からケット・Cが現れる。
BBCの面々も勢揃いしていて、ぽふぽふと肉球を叩いてエイミーを称えた。
「エイミーのおかげで新しい攻撃パターンもかなり見つかったにゃあ。高火力大質量戦法以外の戦い方も検討が進んでるし、やっぱり〈白鹿庵〉に任せて良かったよ」
〈波越えの白舟〉の総指揮官として、ケット・Cは俺たち独立強襲部門の成果を高く評価してくれた。
俺はほとんど何もしていないとはいえ、やはり嬉しくなる。
「ハユラと護り鮫のドロップアイテムは一揃いそっちに送るぞ」
「助かるにゃあ。それも合わせて解析して、後続の攻略の参考にするよ」
エイミーが示したハユラの攻撃パターンや、シフォンたちによって明らかになった護り鮫の能力、そして俺が捌いて手に入れたドロップアイテム。
それらはすぐに解析班の下で咀嚼され、後方で待っている他のプレイヤーたちへフィードバックされる。
集団の叡智を結することで、ハユラをより効率よく倒していくのだ。
「一応、全員がハユラを倒して通行権を手に入れるまでは待機してくれると嬉しいにゃあ」
「了解。流石に第七域に突っ走っても負けそうだからな」
俺たち以外にもハユラを討伐しておらず第七域へ進めないプレイヤーは多くいる。
そのため、ここで一度足並みを揃える算段になっていた。
独立急襲部門としては、勝手に突っ走ってもいいのだが、流石にそれは無謀すぎるだろう。
そんなわけで、俺たちは後方に下がり、ケット・Cの乗る船の隣でハユラの連続討伐を見守ることにした。
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Tips
◇『射し鏡』
〈鏡威流〉一の面。
対象の攻撃を反射する、特殊な防御障壁鏡を展開する。反射した攻撃の角度は、障壁鏡に受けた攻撃の入射角によって決まるため、使いこなすには技術が必要になる。
熟練度が上昇することによって、障壁鏡の耐久力、持続時間が増加する。
姿を映す大鏡。怨嗟は我が身に跳ね返り、自刃によって敵は斃れる。
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