第559話「威返す大鏡」

 白い巨岩の舞台の上に、剣と盾が対峙している。

 エイミーは油断なく鋭い眼差しで、巨大な盾拳を縦に構えて腰を落としている。

 一方、姿を変えた“繊弱のハユラ”は悠然と立っていた。

 長い白尾に光の刃を纏い、歴戦の剣客のような佇まいで挑戦者を見下ろしている。

 鰐のような頭の、白い髭が潮風に揺れる。

 護り鮫たちが倒れた今、龍を守る者は居ない。

 だが、それでも、まだ決着はついていなかった。


「……」


 ルナは狙撃銃を構え、レティたちも何時でも動けるように準備を終えている。

 しかし、二人の間には神聖な静寂があり、それを破ろうと考えることすらできなかった。

 風が吹き、海に僅かな波が立つ。


「――ッ!」


 動いたのは、エイミーだった。

 盾を構えたまま走り出す。

 その直後、ハユラの長剣がぶれる。


「『パリィ』ッ!」


 ゴン、と重い音。

 エイミーがジャストガードを決められないほど、その太刀筋は研ぎ澄まされていた。

 それでも彼女の分厚い手甲を破れはしない。

 大きな傷がついたものの、今だ彼女の両腕は健在だ。


「『鋼鉄の杭アイアン・ラム』ッ!」


 強引に太刀を受け流し、エイミーは懐に潜り込む。

 タイプ-ゴーレムは女性型でも2メートルに迫る巨体だが、それ以上に大きな白龍ならば死角に入るのも容易だろう。

 彼女は一気に白毛に覆われた龍の首に肉薄し、素早く左腕を突き出した。

 鉄杭のように鋭く尖った拳が、鱗のない龍の体に打ち込まれる。

 まるで重機のような衝撃音と共に、白龍の細い体が大きく湾曲した。


「すごいっ! エイミーの攻撃が効いてます!」

「そのまま畳みかければ――」

「いや、駄目だ!」


 歓声を上げるレティたち。

 分厚いヴェールに守られていた白龍に傷を負わせたことに浮き足立つが、エイミーは油断していなかった。

 大きく隙を見せた龍に追撃を重ねるのでは無く、思い切り後方へと飛ぶ。

 直後、それまで彼女が立っていた場所を、白龍の体が幾重にも巻き付いて締め付けた。


「誘われたっ!?」

「あの龍、凄く賢い……」


 わざと攻撃を受け、油断させる。

 追い打ちを掛けようと踏み込んだ所で、その長い身体を巻き付けて絞め殺す。

 流石は海のボスと言うべきか、陸の原生生物たちよりも遙かに賢い。


「『反射する六枚の盾リフレクト・シックス・シールド』」


 エイミーが防御機術の障壁を展開する。

 六層に重なる半透明の壁が、彼女の前方に連なったその瞬間――。


「ブレス!」

「まったく予備動作がなかったのに」

「どうして分かったの!?」


 蜷局を巻く龍の口から、細く青白い光線が放たれる。

 それは障壁によってあらぬ方向へと反射させながらも、強すぎる出力で次々に障壁を砕き、エイミーへと迫る。

 しかし、六枚の障壁を砕き終わった頃、そこに彼女の姿はなかった。


「『天衝』」


 太陽を背にしたエイミーが、白龍の頭に落ちてくる。

 六枚の反射障壁を展開しつつ、同時に小さな障壁をつくって高く跳び上がったのだ。

 そうして、ブレスを吐き出して隙のできた龍へと拳を落とす。


「ッ! 『エッジガード』ッ!」


 だが、その拳が届くよりも早く、龍の身が翻る。

 トーカの抜刀に迫るほどの速度で放たれた尾の光剣が、エイミーに迫る。

 エイミーは咄嗟に型を崩し、手甲の側面にそれを滑らせる。

 対刃物に特化した防御技を瞬時に発動できたのは、彼女が常に気を張っている証左だった。

 エイミーは技を中断された事に驚くこともなく、くるくると空中で回転しながら次の技を用意する。


「くっ、速すぎるっ!」


 互いに激しい攻防を続け、どちらも譲らない激戦だ。

 あまりにも動きが早すぎて、ルナも援護射撃の照準を定めることができない。

 仮にエイミーを弾丸が掠めた場合、それだけでもこの微妙なバランスが崩壊してしまいそうだった。


「凄い……。一人で龍と勝負できてます……」


 しかし、一人で十分だった。

 レティが唖然とするほど、その戦いは異次元の領域に存在していた。

 彼女と白龍の間には、1秒では長すぎるほどの細かいタイムスケールの戦いがあった。

 エイミーが拳を突き出す、龍がそれを受け流す。

 龍が剣を振るう、エイミーが盾で受け止める。

 刹那すら欠伸が出てしまうほどの、戦いだ。


『にゃあ。みんなよーく見とくんだよ。行動パターンを把握しておけば、それで戦えるからね』

『できるかっ! ていうか、目で追えないだろこれは!』

『人間の分解能越えてるだろ』

『何fpsの世界だよ……』


 繋げたままの共有回線からは、ケット・Cたちの声が聞こえてくる。

 海域の外に並ぶ彼らも、エイミーと龍の戦いに釘付けだった。


「ですが、これ……」

「エイミーのLPが減ってるな。流石にジャストガードの成功率も下がってるし、消費に回復が追いついてない」


 レティが危惧しているように、徐々にだがエイミーが追い詰められている。

 見た目ではほとんど分からないが、パーティとして情報を共有している俺たちには、彼女のLPが漸減している様子が見て取れた。


「やっぱり、レティたちも出た方がいいんじゃないですか?」

「アレに割って入るのは、流石に無理ですよ……」


 すでに戦いは神速の域に達している。

 ブルーブラッドによるステータス的な早さではなく、個人の資質による反応速度の差だ。

 それによって、その戦いは他の介入を許さない聖戦に至っていた。


「俺たちにできるのは、信じて見守ることだけだな」

「そんな……」


 レティはまだ何か言いたげだったが、それでも納得したようだ。

 破壊力なら他の追随を許さない彼女でも、エイミーの速度についていけない。


「凄いね。ハユラの尻尾が増えてるみたいに見えるよ」

「まるで九尾の狐だな」


 ハユラの剣撃も加速を続け、残影を絶えず残している。

 白い体色や細長い顔つきも相まって、まるで呪力を獲得した狐のようだ。


「エイミーがあれについて行けてるのは、ヴァーリテイン相手にスパーリングしてたからだろうなぁ」

「ヴァーリテインですか? あれなら、レティだってソロ撃破できますよ」

「レティたちとは戦い方が違うのさ」


 オノコロ高地の下、〈奇竜の霧森〉に君臨するボスエネミー“饑渇のヴァーリテイン”は、無数の触手を持つ黒い龍だ。

 レティたちなら火力の高さで制圧できただろうが、エイミーは手数でそれに打ち勝ってきた。

 相手の数百の触手から繰り出される濃密な連撃を受け流しつつ、自身もそれに匹敵するほどの攻撃を二本の腕と二本の脚から繰り出すのだ。


「エイミーは、目隠ししてソロ討伐したりしてたからな」

「ええ……」


 キャンプ要員として俺もエイミーの練習に付き合っていた。

 ヴァーリテイン討伐に余裕が出てきた彼女は、目隠しをしたり、手だけ、脚だけといった縛りを付けたりして、戦い方を模索していた。

 その結果が、今の彼女だ。


「『瞬腱斬』『裂波』『破撃』『撲拳』『滅龍旋』『乱愚怒炙』」


 右腕、右足、左腕、左足。

 彼女は四つの部位でそれぞれに型を変え、立て続けに発生することでテクニックの四連撃を可能にしていた。

 それにより、ただでさえ回転率が速く手数の多い〈格闘〉スキルのテクニックを、より高い密度で放つことができるようになっていた。

 エイミーは徐々に減るLPを意識していないかのような連撃で、龍に間断のない攻撃を放ち続けているのだ。


「でも、駄目だよ。LPの消費の方が龍のHPの削れよりも早い!」

「あれではジリ貧です!」


 悲壮な声でラクトが叫ぶ。

 エイミーのLPは、テクニックの乱発と盾の上からのし掛かる龍の重い剣によって減少が止まらない。

 しかし緩まない。

 まるで何かを確信しているかのように、彼女は冷静に技を繰り出し続けている。


「大丈夫よ」


 張り詰めた空気の中、シフォンが言った。

 彼女は戦い続けるエイミーをじっと見つめたまま、自信を持った面持ちで言い切った。


「エイミーは勝つよ」


 その横顔を見て、レティたちもはっとする。

 そうして、深く頷いた。


「そうですね。エイミーですし」

「今の段階で引き下がらないってことは、勝ち筋が見えてるってことだよね」


 レティたちが表情を和らげ、再び戦いに注視する。

 その時、エイミーの口元が僅かにゆるんだ。


「――見つけた」


 不意に彼女は後ろへ飛び下がる。

 それも限界まで距離を取り、巨岩の縁ギリギリに立った。

 今までにない大きな動きに白龍すら戸惑ったのか、一時的に攻撃が中断される。

 しかし、隙は大きい。

 しかもエイミーは拳で、龍は剣だ。

 その間合いの違いから、一方的に攻撃ができる。

 すぐさまその結論を出した白龍が、尻尾を曲げる。


「決着がつくな」


 最大限力を溜めた抜刀だ。

 エイミーがそれを受けきれなかった時、勝敗は決する。

 皆が固唾を呑んで見守る中、エイミーは両腕をだらりと下げて直立した。


『にゃあ? 試合放棄かな?』


 その動きに、ケット・Cたちがざわつく。

 一見すれば確かに諦めたようにも見えるだろう。

 しかし、俺たちには分かる。


「勝ちましたね」

「ああ。勝った」


 龍の身体がブレる。

 研ぎ澄まされた光の刃が、知覚の域を越えて迫る。

 対するエイミーは脱力状態のまま、それを迎えた。


「――鏡威流、一の面」


 迫る、光剣。

 エイミーの身体が揺らぐ。


「『射し鏡』」


 光剣がエイミーの身体に触れる。

 その瞬間、龍の身体を光剣が貫いた。


「なっ!?」


 見守っていた全員が声を上げる。

 ハユラでさえも、驚きを隠せず目を開いている。

 エイミーの正面に展開された、薄い障壁。

 それごと彼女を貫こうと放たれた剣は、その切っ先を龍の方へと向けていた。

 まるで鏡で反射したかのような、異常な光景だった。


「エイミーが、流派を開いた」


 そのことを理解するまで数秒。

 長すぎる時間の中で、エイミーはゆっくりとLP回復アンプルを使用する。

 形勢は一気に逆転した。

 白龍は自身の尾によって貫かれ、身動きが取れない上、継続ダメージによってHPを減らしている。

 エイミーが完璧な型を決め、力を極限まで高め、溌剌な発声で技を繰り出すのに十分すぎる時間だ。


「――『天龍拳』」


 放たれたのは、龍を討つ拳。

 その一撃が決め手となり、白龍――“繊弱のハユラ”は地に臥した。


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Tips

◇鏡威流

 〈格闘〉スキルと〈防御アーツ〉スキルを要件とする、機術複合格闘流派。攻撃は最大の防御であることを体現し、敵の攻撃すらも自身の攻撃に転化する。


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