第557話「大海の白龍」

 〈剣魚の碧海〉のフィールドボス“繊弱のハユラ”は、西方の沖合に生息していた。

 広大な大海原を突き進むと突然現れる、ボスエネミーのネスト

 ハユラのそれは、巨大で歪で白い卵形の岩石だった。

 それは水面から僅かに数センチ離れて空中に浮遊している。

 周囲の海だけ不自然なほどに静かで、波の一つも立っていない。

 あの巣の中に、新大陸へと続く鍵がある。


「戦闘準備だ。本番だぞ!」

「いつでもいけますよ!」


 静かに佇むハユラの巣に向かって、“水鏡”は勢いよく突撃する。

 反応は何もない。

 ただ静かに、それは浮かんでいる。

 背後ではケット・Cたちの乗る船舶が一定の距離を空けて止まっている。

 無数の船に見守られながら、独立強襲部門最初の行動が始まった。


「まずは一発、お見舞いしてあげるわ!」


 初めに動いたのはルナだった。

 甲板にうつ伏せになり、“龍眼の狙撃銃ドラゴンライン”の照準を合わせる。

 揺れる船の上での狙撃は難しいが、今回は的が大きい。

 彼女は自信を込めて引き金を引く。


「――専用弾“龍の咆哮ドラゴンブレス”」


 巨大な狙撃銃が揺れる。

 砲身を包む機構が動き出し、砲の口径が一回り大きくなった。

 そこから放たれたのは、極太の光線だ。

 真っ直ぐに水面を駆け、空気をたわませながらハユラの巣へと直撃する。

 爆炎、爆音、爆風が立て続けに返ってきて、“水鏡”が大きく揺れる。

 それと同時に、海上に浮かぶ巨大な岩石の表面が、パリパリと薄く剥落していった。


「『弾薬装填』、『砲身急速冷却』」


 数秒間の熱線投射が終わり、ルナの狙撃銃がもうもうと白煙を上げる。

 彼女は大掛かりな機構を動かし、こぶしほどのサイズがある薬莢を排出し、新たな弾を装填する。


「ミカゲ、反応は?」

「煙で見えない。いや――動いてる」

「っ! 来るぞ!」


 ルナが次弾を撃ち出すよりも早く、白い巣を包む黒煙が強引に切り裂かれた。

 奥から現れたのは、細長い蛇のような姿。

 三対六本のヒレを持ち、鰐のような頭に鹿のような角を載せている。

 全身は白銀色で、きめ細やかな体毛に覆われているようだった。


「あれが“繊弱のハユラ”――」

「まんま龍じゃないですか! テンションあがっちゃいますね!」


 その神々しいほど幻想的な姿を認めて、レティたちが一斉に沸き立つ。

 海の支配者として君臨する“繊弱のハユラ”は、まるで東洋の龍のような姿をしていた。

 背後が騒がしくなる中、ルナが再び引き金を引いた。


「専用弾“龍の咆哮ドラゴンブレス”」


 龍に向けて、龍の咆哮を放つ。

 立ち上る黒煙を退けて、真っ直ぐに伸びるオレンジ色の熱線。

 だがそれは、ハユラに届くことはなかった。


「っ!」

「あれがバリアですか!」


 ルナの放った熱線は、ハユラの胸を貫く直前、不可視の何かによって阻まれる。

 その向こう側で、怜悧な表情の龍は俺たちを見ていた。


「ハユラに傷を与えるには、あのバリアを何とかする必要がある。レティ、トーカ、頼んだぞ」

「んひっ! レッジさんに頼まれたなら仕方ありませんね、任せて下さい」

「たとえ不可視のものであろうと、斬るッ!」


 既に間合いに入っていた。

 甲板を強く蹴って駆け出したレティとトーカは、同時に船縁に足を掛け、勢いよく大海原へと飛び出した。

 それに立ち向かうように、ハユラの巣の周辺からも小さな白い影が無数に飛び出してくる。


「ハユラの取り巻き、“護り鮫ガーディアンシャーク”だな」

「ここでも鮫ですか!」



 それは白く扁平な形をした小型の鮫だった。

 鋭利な牙の並んだ口を大きく開き、素早く水中から飛び出してくる。


「任せて。『絡め糸』」


 レティたちへ襲いかかる龍の護衛たちは、突然何かに動きを阻まれる。

 彼らの体を瞬く間に拘束したのは、黒衣の忍者――ミカゲだった。

 彼は極細の糸で白鮫たちを拘束した後、すぐに複雑な印を切る。


「『呪縁伝炎』」


 小さな鏡を火打ち石が砕く。

 そこから生じた炎が糸を伝い、小鮫たちを容赦なく燃やし尽くした。


「雑魚は任せて。姉さんたちは、本体を」

「分かったわ。そっちはよろしく」


 彼のバックアップを受け、トーカたちは空を掛ける。

 止めどなく迫り来る無数の護り鮫たちは、二人にとってちょうどいい足場になっていた。

 彼女たちは鮫を斬り、叩き落としながら身を翻し、そのまま宙を駆けて巣に迫る。


「あたしも忘れないでよね!」


 ミカゲが捕らえきれなかった小鮫たちを的確に撃ち落としていくのは、狙撃銃に貫通弾を装填したルナだ。

 彼女の狙撃の腕は素晴らしく、飛んでくる鮫を次々と海へ沈めている。


「狙撃手としても食っていけそうだな」

「あたしは銃格闘家ガンファイターが本職なの!」


 そんな反論をしつつも、彼女が引き金を引く指は止まらない。

 瞬時に照準を定め、立て続けに弾を命中させていく。

 貫通弾は一発で三匹の鮫すら落としていた。


「うおっし、到着!」

「ここまで来れば一段落ですね」


 ミカゲとルナの協力な援護を受けて、レティたちはついにハユラの巣にまで到達する。

 しっかりとした足場に立ったことで、二人の顔にも余裕が生まれる。

 しかし、突然の闖入者に対して、ハユラは寛大ではなかった。

 二人を睨み付け、低く唸る。

 そうして、突然大きく口を開いた。


「レティ、トーカ! 避けろっ!」


 俺の声が二人に届くよりも少しだけ早く、ハユラの口からブレスが放たれる。

 ルナが放った先制のビームにも似た、白い光線だ。


「うきゃっ!」


 至近距離で放たれた光線を、レティとトーカは超人的な反射速度でギリギリ避ける。

 彼女たちが立っていた白い岩石が細かく砕け、キラキラと光を反射しながら海へ落ちていく。


「アレに当たったら?」

「当然、死ぬんじゃないですか」

「それは嫌ですね」


 レティとトーカは二手に分かれる。

 どちらか片方が標的になっても、もう片方がハユラの懐に潜り込めれば十分だと考えたのだろう。


「くぅ。私ですか!」


 果たして、標的に選ばれたのはトーカだった。

 彼女は自分を追う光線から避けながら巨岩の巣の表面を駆ける。

 鍛え上げられた〈歩行〉スキルによって、ほとんど垂直に近い壁も問題なく走っていた。


「ならば、レティが叩きますよっ!」


 そして、トーカがブレスを遠ざけている隙に、レティがハユラの首の下へと滑り込む。

 彼女の構えた巨大な星球鎚が、幾重にも強化された腕力で叩き込まれる。


「咬砕流、二の技、『骨砕ク顎』ッ!」


 下段からの振り上げ。

 星球鎚の硬い鈍角が、ハユラの喉元へと迫る。

 しかし――。


「ぐ、うっ!?」


 渾身の一撃はハユラの体表十センチほどの位置で阻まれる。

 エネルギーの行き場を失った星球鎚がビリビリと震え、レティは耳を真っ直ぐに立てる。

 硬直した彼女を、ハユラが見逃すはずもない。


「あぐっ!?」

「レティ!」


 レティの背後から回り込んできた、細長い尻尾。

 鞭のようにしなるそれが、彼女の体を吹き飛ばした。

 咄嗟に体を丸めたレティだが、水面をバウンドして巣から離れてしまう。

 そうなれば、トーカも危ない。


「っ!」


 鞭のような尻尾が、今度はトーカに向かって放たれる。

 それは彼女の反応速度すら越えて、容赦なく腹を叩いた。


「姉さん!」


 ゴミを掃き出すように、レティとトーカは無造作に巣の外へと放り出される。

 ミカゲが慌てて二人を糸に絡め、ラクトが船を近づけて甲板に受け止める。


「ぐえええ……」

「く、悔しいです……」


 レティは目を回してしまっている。

 トーカも唇を噛んでいるが、LPを回復する必要がある。

 すぐにでも再び飛び出しそうな二人を、俺たちは慌てて押さえつける。


「は、離して下さい! アイツはいっぺん殴らないと気が済みません!」

「私もです。あの尻尾をみじん切りにしてやりたいです!」

「待て待て。二人ともとりあえずLPは回復しとけ。その間はルナたちに攻撃を――」


 俺がそう宥めようとしたが、その言葉はルナに阻まれる。

 彼女は困った様子で、サブマシンガンを収めた。


「二人が巣から放り出された瞬間、鮫も遠慮がなくなっちゃったね。狙撃銃どころか鬼豆鉄砲でも払えないよ」

「とんだ献身ね……」


 レティたちがいなくなり、統率を取り戻したのだろうか。

 ルナの弾丸も、ミカゲの糸も、小鮫たちはするりと避けてしまう。

 白い巨岩の巣の上では、ハユラが悠然と蜷局を巻いてこちらを見ている。


「レッジ、ちょっといいかしら」


 そんな時、突然エイミーが手を挙げた。

 驚きながらも頷くと、彼女はハユラを見つめて言う。


「あいつ、私が倒すわ」

「えっ」

「船の防御をする余裕はないから、そっちをよろしく。あと、シフォンは小鮫の牽制を頼むわね」

「はえっ!?」


 彼女はそう言って“水鏡”を包んでいた障壁を全て取っ払う。

 俺たちが唖然とする中、エイミーはシフォンの手を引いて船首に立った。


「ちょ、エイミー!? わ、わたしはまだ力不足だと――」

「大丈夫大丈夫。あの鮫も短剣魚みたいなもんよ」

「んなわけ――はええええっ!?」


 ぶん、とエイミーの腕が振るわれる。

 それだけで、軽いシフォンの体は船を飛び出し、白鮫たちのど真ん中へと突っ込んでいった。


「じゃ、あとよろしく」


 そしてエイミー自身も、そんなことを言って船から飛び出した。


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Tips

◇繊弱のハユラ

 〈剣魚の碧海〉のフィールドボス。全身を細い白銀色の体毛で覆った、細長い蛇のような原生生物。西方の海に浮かぶ白い巨岩を巣としている。

 不明な力を操作することで、不可視の領域を展開することが可能。その特殊な領域で自身の体を包むことで、あらゆる攻撃を退ける。

 大海の中心、白岩に棲む孤高の龍。神秘の力をその身に帯びて、ただ静かに海を見守る。


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