第556話「飛んで跳ねる」

 氷造船が空を飛ぶ。

 飛沫を上げて水面を跳ねて、進路を同じくする僚船たちを追い抜いていく。


「ひゃっほう! いい感じじゃないですか!」

「このまま最前線に出て、肩慣らしの戦闘と行きましょう」


 レティが歓声を上げ、トーカが気合いを入れる。

 港を最後に出発した俺たちだが、エイミーのおかげですぐに騎士団の船団を追い抜いてしまった。


「これくらい大きいと、殴り甲斐があるわね!」


 大きな盾拳を構えて、エイミーはさっぱりと清々しい表情で笑う。

 “水鏡”の高速移動のタネは、彼女が習得した〈格闘〉スキルと〈防御アーツ〉スキルの複合テクニック『縛封拳』にあった。

 特殊な障壁を展開し、そこに打撃を与えることでエネルギーを蓄積し、任意のタイミングでそれを解放。

 それによって莫大なダメージを対象に放つ、というテクニックだが、彼女はそれを利用して船を殴り飛ばしていた。


「『縛封拳』『千連閃』『解放』!」


 “水鏡”の背後に飛び出し、船尾に向かって障壁を展開、瞬間的に無数の拳を叩き込むテクニックを発動し、十分なエネルギーを与える。

 そして、解放のタイミングで自身も船に戻る。

 足場となる障壁も別に展開し、かなり忙しない。

 しかしそれをエイミーは涼しい顔で、むしろ楽しんでやっていた。


「うーん、変態だなぁ」


 その様子を見て、ラクトが複雑な顔をする。

 何も知らないで見るとかなり奇妙な光景だし、彼女の言いたいことも分からなくはない。

 エイミーは一連の動作を、およそ2秒以内という時間でやっているのだ。


「なんか、バグ技見てる感じがするわね」


 船縁に掴まりながら、ルナが苦笑する。


「システム的には許されてるからセーフだよ」


 たしかに想定された運用法ではないだろうが、できているのだから問題はない。

 たとえ周囲から唖然として見られようが、何ら問題はないのである。


「エイミー、これってレティが殴っても大丈夫なんでしょうか」


 激しく揺れる船の上で、レティがうずうずとしながら尋ねる。

 それに対してエイミーは小首を傾げて答えた。


「多分大丈夫じゃないかな。『縛封拳』は障壁の展開と解放だけだし」

「な、なら一回やってみていいですか!」

「いいわよ。じゃあ、次のバウンドで頼めるかしら」

「はいっ!」


 快く了承するエイミーに、レティは嬉しそうに耳をゆらす。

 そうして、意気揚々と巨大な星球鎚を掲げた。


「“正式採用版大型多連節星球爆裂破壊鎚・改改・Mk.6・Ver.7~最新版~(完全モデル)”の威力、見せてやりますよ!」


 知らない間にレティのハンマーもちょこちょこ改良されていたらしい。

 名前の付け方が地獄のようだが、それは些事ということにしておく。

 エイミーの合図でレティが船の後ろに飛び出し、ハンマーを構える。


「うおおおお! 『大爆破』ッ!」


 ガン、と鈍い音が響く。

 障壁と鎚の間で圧縮された空気が弾け、風船の割れるような音もした。

 爆炎が広がり、爆風が吹き荒れる。

 その破壊的な衝撃をエイミーの障壁は正面から受け止め、莫大なエネルギーを吸収する。

 レティがすぐさま船に戻り、それを確認したエイミーが障壁を解放する。


「うわああっ!?」

「はええっ!?」


 瞬間、船に砲弾が叩き込まれたような衝撃が走る。

 そのエネルギーを受けて“水鏡”は高く空へと飛ぶ。

 海面が遠くなり、風が吹き荒れる。

 綺麗な放物線を描いて再び海に着水し、勢い余って水面をバウンドする。


「さ、流石の威力ね……」


 ルナが顔を引き攣らせながら言う。

 事前バフなどは何もない、純粋なレティの素の腕力だ。

 それだけで、俺たちの船はそれなりに遠く前方に見据えていたケット・Cたちの船を悠々と飛び越していた。


「レッジ、戦闘区域に入った」

「了解。みんな、準備運動の時間だぞ!」


 コンテナの上で周囲を見渡していたミカゲから報告が上がる。

 ここは〈波越えの白舟〉の最前線、ケット・Cたちが海洋原生生物相手に戦っているフィールドだった。


「やーっと出番ね! 任せてちょうだい!」


 ルナが満面の笑みを浮かべて武器を構える。

 中距離戦闘用の二丁軽機関銃“鬼豆鉄砲ゼッタイハトオトスガン”だ。


「『散弾装填』『鷹の目ホークアイ』『修羅の構え』『猛攻の姿勢』『飢乏の刃』――」


 彼女は二丁の黒い銃を構え、水面を睥睨する。

 そこには球腹魚ボールフィッシュ短剣魚ナイフフィッシュ投げ槍烏賊ジャベリン・スクイッドなどなど、お馴染みの顔ぶれがバシャバシャと波を立たせていた。


「諸共死になさい!」


 ルナが引き金を引く。

 けたたましい連射音が鳴り響き、海が荒れる。

 放たれた無数の弾丸が容赦なく魚たちへと降り注ぎ、そのHPを削っていった。


「流石の殲滅力ですね!」

「大物は任せたよっ!」


 ルナが雑魚を倒している間に、レティたちが船から飛び出す。

 それを合図にしたかのように、水面からも巨大な魚影が現れた。


「鮫!?」

「大丈夫、これは普通の鮫ですよ!」


 そのシルエットに一瞬怯んだが、レティは臆せず白い腹にハンマーを叩き込む。

 鮫の正体は、比較的浅い場所に生息する美肌鮫という種類だった。

 滑らかな体をくの字に曲げて、哀れな鮫は水面をバウンドしながら飛んでいく。


「『一閃』ッ!」


 トーカが空中で刀を抜き、ウミヘビを輪切りにする。

 かと思えばエイミーが巨大な亀の甲羅を粉々に割っており、少し離れたところではシフォンが無数の小魚の群れからの攻撃を避けながら滞空していた。


「みんな張り切ってるなぁ」

『誰一人として協力してないわね』

『個人戦の集団、といった様相じゃな』


 最前線で活き活きと動く仲間達を見ていると、カミルとT-1が呆れた様子で評する。

 それぞれが好きに獲物を見つけて、それを仕留め次第別の獲物を探している。


「ま、複数人で当たるほどの敵がいないってのもあるだろうな。強いて言うなら、多対多の戦闘だ」

『アメイジング! 互いに言葉を交わすことなく、それでもしっかりと分担が取れています』


 ワダツミも甲板に出てきて、レティたちの戦闘を眺める。

 彼女も実際に海での戦闘を見る機会は少ないだろうし、興奮しているようだ。


「T-3なら愛の成せる技です、とか言いそうだなぁ」


 今ここに居ない指揮官の事を思い、苦笑する。

 とはいえ、レティたちが互いに厚い信頼を寄せているのは間違いないだろう。

 彼女たちは視線を合わせることすらせず、次々と原生生物を打ち倒していた。


「っとと。誰からだ?」


 順調に殲滅が進む中、突然TELの着信が入る。

 慌ててウィンドウを確認すると、我らが総指揮官だ。


『もしもーし。順調そうだにゃあ』

「おかげさまでな。勝手に乱入したけど、良かったか?」

『それでこそ独立急襲部隊、ってところだにゃあ。皆も最初は驚いてたけどね』


 通信を入れてきたケット・Cは、和やかな声で言う。

 そうして、すぐに本題に入った。


『そろそろ〈剣魚の碧海〉のボスが出てくる巣に入るにゃあ』

「“繊弱のハユラ”か。どうすればいい?」

『レッジたちはまだ倒してないよね? 一番乗りして、後ろの未経験者に戦いの手本を見せてくれると嬉しいんだけど』

「了解。それなら、レティたちにもそう伝えとくよ。巣を見つけたらすぐに入る」

『にゃあ。よろしくね!』


 通話が切れる。

 この先にある洋上の巣に、フィールドボス“繊弱のハユラ”が生息している。

 ある程度事前に情報を得てはいるが、俺たち〈白鹿庵〉はまだ相手にしたことがない。

 とはいえ、ケット・Cは俺たちがそれでも倒せると考えているらしい。

 それなら期待に応えねばならない。


「みんな、ケットから注文が入った。“繊弱のハユラ”を倒すぞ」

『了解です!』

『ちょうど体も暖まってきたところですからね』


 俺が仲間に呼びかけると、すぐに威勢のいい言葉が返ってくる。

 準備運動を終え、彼女たちのやる気も十分だ。


「ラクト、一気に進んでくれ」

「はいよー。じゃ、行くよ!」


 ラクトが機術の出力を上げる。

 激流に乗った“水鏡”は、勢いよく海原の中心へと進み出した。


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Tips

◇『縛封拳』

 〈格闘〉スキルレベル70、〈防御アーツ〉スキルレベル70の複合テクニック。

 衝撃を蓄積する特殊な障壁を生成する。障壁は一定時間内の任意タイミングで解放でき、蓄積された衝撃を一気に放つ。封印可能時間はスキルレベルと熟練度によって増加する。

 縛り、封じ込める事により、力は更に膨れ上がる。跳ね返り、増幅し、倍加して、満を持して放たれる。それは荒々しい風となり、鋭利な牙となって蹂躙の限りを尽くす。


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