第554話「落ちてくる星」
大海原に青白い船が浮かぶ。
ラクトの機術によって作り出された氷塊を、エイミーの機術障壁でコーティングし、俺のテントと領域でパッケージングした蒼氷船“水鏡”だ。
ラクトの扱う『
「やはー。いいねいいね、気持ちいいじゃない!」
船首に足を掛け、全身で風を受けながらルナが歓声を上げる。
蒼氷船の安定感は抜群で、彼女が片足でくるくると回ってもバランスを崩すことはない。
「とりあえず、白将のオニシキの所まで行こう。そこでまずはルナの実力を見せてくれ」
「了解! あたしも成長してるってことを教えてあげるわ」
そう言って、彼女はホルスターの銃に手を掛ける。
革のベルトに吊られた二丁の拳銃は、以前使っていた“
「コレ作るのにも苦労したんだ。〈角馬の丘陵〉に夜だけ出てくる“闇影のカルージュ”ってレアエネミーが居てね、それのレアドロップが必要だから。毎日テントに潜んで張り込んで……」
漆黒の銃身に銀の装飾が施された細い拳銃を優しく撫でながら、ルナはこれを手に入れた時の苦労を語る。
そこへレティがやって来て、その銃を覗き込んだ。
「これ、闇征く騎士シリーズですか。他の武器も結構強いんですよねぇ」
「お、レティは知ってるのね。夜間の攻撃力1.2倍と、未発見時のクリティカル倍率3倍、あとは銃で言うと発砲音がかなり小さいのも使いやすくていいのよ」
どうやら結構有名な武器のシリーズだったらしい。
ガチガチな戦闘職とは違って、俺はあんまり武器を頻繁に更新することもないから、あまり知らなかった。
「ビジュアルが格好良いのも人気の要因ですよね。闇征く騎士の防具シリーズもまとめて、黒騎士ファッションしてる人もよく見ますよ」
「あたしは流石にそこまでできないかな。防具一式まで揃えようとしたら何百頭カルージュを狩らなきゃいけないか分かんないし……」
レティとルナは俺を置いてけぼりにして、ガールズトークを弾ませる。
話の内容は武器談義だが、まあ、そこはいいだろう。
「さっき別荘で見せて貰った“
「闇征く騎士は短銃だけだね。狙撃銃は威力とか射程とかが満足できなくて」
「なるほど。確かに射程は狙撃銃にしては短めですよね。やっぱり騎士と言うくらいですし、近接武器向けのシリーズなんでしょうか」
「だろうねぇ。“闇征く騎士の聖銀大剣”なんかは一人みたら三十人は居るってくらい持ってる人多いし」
ルナはともかく、レティもよくハンマー以外の武器種の話についていけるもんだ。
普段から暇があれば掲示板や公式wikiを読み込んでいるが、まさかそこまで知識の幅が広いとは思わず、感心してしまう。
「ルナは他にどんな銃を持ってるんだ?」
ふと興味本位で尋ねると、ルナが素早くこちらへ振り向く。
その口元が怪しく曲がっており、俺は一瞬何かマズいことを言っただろうかと首を傾げる。
その瞬間、彼女は素早く近づいてきて、俺の両肩をがっちりと握りしめた。
「知りたい? 知りたいよね。いやーそれなら仕方ない! ルナさんが紹介してあげましょう。特別だからね?」
そう言いつつ、彼女はスペースのある甲板の中央まで移動する。
そうして、一度はホルスターに収めた“闇征く騎士の聖銀短銃”を再び取り出した。
「まずはコレね。あたしのメインウェポンの双短銃。基本的にコレと〈格闘〉スキルを合わせた『
彼女はそう言って、軽くその場で動いてみせる。
銃を両手に携えつつ、蹴りを放ち軽やかに動く様子は、やはりとても美しい。
流麗な踊りのような動きに、シフォンやエイミーたちも寄ってくる。
「はええ。ルナさんも多武器構成なんですね」
「一応そうなるかな。手数が多くて瞬間火力が出るし、〈格闘〉はローコストだから結構いいのよ」
シフォンが目を輝かせているのを見て、ルナは照れたようにはにかむ。
そうして、手に持った短銃を別の姿に切り替えた。
次に現れたのは二丁のサブマシンガンだ。
「あ、あれは!」
「知ってるのか、レティ」
ルナの手に握られた銃を見て、レティが耳をぴくんと動かす。
そんなに有名な銃なのだろうか。
「“鉄砲師”と呼ばれる銃器専門の職人ゆる川にゃる蔵さんの最高傑作と謳われる短機関銃、“ゼッタイハトオトスガン”――通称“鬼豆鉄砲”です!」
「なんだその、色々突っ込みたくなる名前は……」
「名前はともかく、性能は凄いですよ。射程は80メートル程度ですが、最高連射速度は秒間80発、逐次製造弾倉方式採用によって、最大サイズ液体マガジンであれば一つで3,000発程度の弾丸を供給できますから、砲身過熱を考えなければ30秒以上の連射で濃密な弾幕を張ることができます」
俺の隣でぎゅっと拳を握り、熱のこもった声で迫真の説明を施してくれるレティ。
よく分からないが、すごく強いサブマシンガンらしいな。
「ふふん、レティも結構物知りなんだね。なら、これも知ってるかな」
そう言って、ルナは不敵な笑みを浮かべる。
彼女は両手に持った短機関銃を腰に添え、口を開いた。
「『
ルナの持つ銃が再び変形する。
今度は一丁の銃だが、形が大きく違っている。
銃というよりは筒、迫撃砲のようにも見えるが、それよりも遙かに太い。
まるで短い丸太のようなそれを、彼女は軽々と抱えて見せた。
「す、“
それを見て、レティが更に驚く。
「知ってるのか、レティ」
「知ってるも何も、壊し屋界隈じゃ有名な武器ですよ!」
「なんだその物騒な界隈は……」
興奮の絶頂に至っているレティは、鼻息を荒くしてルナの持つ巨砲を見る。
長さ1メートル強の暗い緑色の鋼鉄製で、なかなかに重そうだ。
あれを軽々と持てるあたり、ルナの腕力BBはかなりの数値になっているのだろう。
「近距離破壊兵器、“星降らしの大筒”。専用の重量爆裂弾頭を使うことで、高耐久対象の破壊に特化した銃よ。鈍足不可避の超重量、耳を劈く大爆音、1発だけの装填数、足下に落ちる短射程。はちゃめちゃに扱いにくいけれど、刺さる時はぶっ刺さる、いわゆるロマン兵器ね」
「へえ。俄然興味が湧いてきたぞ」
ロマンと言われてしまえば無視できない。
俺の目が輝いているのを見て、ルナは苦笑した。
どうやら、こうなることはお見通しだったらしい。
「おーい、皆さん。そろそろオニシキのところに着くよ」
その時、操舵手のラクトが声を上げる。
気がつけば海を快速で進み、オニシキの出現ポイント近くまでやって来ていた。
「ちょうど良いわ、これを使ってあげる」
ルナはそう言って大筒を抱えたまま船首に向かう。
そうして、ラクトに向かって船の進路を指示した。
「ラクト、速度そのまま、思いっきりオニシキに近づいて」
「いいの?」
「もちろん」
自信ありげな表情で、ルナは即答する。
それを見て、ラクトもにやりと口角を上げた。
少し離れたところで水面が動いている。
このあたりを支配する海の主、“白将のオニシキ”はすでに俺たちに気がついているはずだ。
「エイミー、防御準備」
「もうしてるわ」
エイミーが船の守りを固める。
この速度で巨大な魚にぶつかれば、木っ端微塵になっても不思議ではない。
俺たちは船縁に掴まり、ルナの背中を見つめる。
「『弾薬装填』“機術封入重量爆裂弾頭”。『
彼女は船首で微動だにせず、戦いの準備を進める。
オーラを一つ纏うごとに、彼女が身に宿す破壊力は増していく。
「ラクト、ルナさんが射撃した瞬間に全速力でその場所から離れて下さい」
「了解」
緊張の面持ちで、レティがラクトに指示を出す。
フレンドリーファイアはないはずだが、それ以外の何かを避ける必要があるらしい。
そうこうしているうちに、水面から白い魚体が現れる。
見上げるほどの巨大な魚――“白将のオニシキ”が俺たちを見ている。
「あと10秒で最接近するよ!」
ラクトの声で、ルナが砲を構える。
両腕で抱え、片膝を突き、真っ直ぐにエネミーを睨み付けている。
しかし、砲身の向かう先は、直上だ。
「発射」
引き金を引き、弾丸が飛び出す。
爆音が鳴り響き、数秒間聴覚が麻痺した。
その間に白煙の尾を引きながら、砲弾は天高く垂直へ飛び出した。
「真上だぞ!?」
耳鳴りの中、真横にいるレティに叫ぶ。
彼女はぎゅっと両耳を抑えたまま頷いた。
「これでいいんです。ラクト!」
「揺れるよ!」
ラクトが緊急回避を実行する。
“水鏡”が大きく傾き、波を被りながらオニシキから距離を取る。
近づいてきたかと思えばすぐに離れる俺たちを、白い魚は不思議そうに見ていた。
ラクトは脇目も振らず、ただ機術の操作に専念する。
やがて、オニシキの大きな体も小さな点になるほどの距離を取った時のことだった。
「っ!?」
「伏せてっ!」
星が、落ちてきた。
空から一条の白い線を引きながら、それはオニシキの頭頂へ落ちてきた。
瞬間、赤い爆炎が球状に広がった。
海水を吹き飛ばし、大気を押し退ける。
十分な距離を取ったはずなのに、閃光、爆音、爆風が“水鏡”を大きくゆらす。
「――『強打』ッ!」
咄嗟にエイミーが飛び出し、船側に拳を打たなければ、そのまま転覆していたかもしれない。
それほどの衝撃が、オニシキを起点に周辺の海へと広がっていた。
少し遅れて、雨のように海水が降り注ぐ。
「どうだい? ロマンを感じるでしょ」
鮮やかな金髪を頬と額に張り付けて、滴を纏った少女は溌剌とした笑みで振り返った。
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Tips
◇“
極端に偏った性能を持つ近距離破壊特化榴弾砲。特殊多層装甲製の頑丈な砲身に、専用の30口径重量爆裂弾頭のみが装填可能。直上に向かって射出し、その位置エネルギーを破壊力に転化する。
着弾地点の半径50メートルを爆発に巻き込み、200メートル範囲内に影響を与える。非常に扱いにくい銃器ではあるが、威力は高い。
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