第553話「協力者登場」

 幹部級による情報共有会の後、調査開拓員企画〈波越えの白舟〉の準備は更に加速した。

 〈アマツマラ〉から掘り出された金属はそのまま〈ワダツミ〉の造船所や工房へと送られ、船舶や武具へと加工されていく。

 船が安価に揃えられるようになったことで海に進出するプレイヤーも多くなり、四方の海域に陣取る四将などは彼らのおやつに成り下がってしまった。

 生産者たちが物資を揃え、それを使って戦闘職が練度を上げる。

 その過程で得た原生生物のドロップアイテムを使って、また生産者がアイテムを作成する。

 オンラインゲームの基本とも言える経済的な循環が加速して、〈ワダツミ〉を中心に世界が活気づいていた。

 もちろん、俺もその渦中にいない訳がない。

 〈波越えの白舟〉の独立急襲部門のリーダーとして、ちゃくちゃくと色々な準備を進め、様々な根を張り巡らせていた。


「そういうわけで、今日からルナと一緒に航海訓練をしていくぞ」


 別荘のリビングにて、思い思いの姿勢で寛いでいるレティたちに向かって宣言する。


「お久しぶり。今日からよろしくね」

「……は?」


 掲示板を見ていたレティが、ウィンドウから目を離して口を開ける。

 テーブルでうつらうつらとしていたラクトも、雑誌を開いていたエイミーも、天井から吊り下がっていたミカゲも、お茶を点てていたトーカも、同様に目を点にしていた。


「あ、あれ? なんか歓迎されてない?」


 それに困惑するのは、俺が連れてきた助っ人、銃格闘家ガンファイターのルナである。

 ミリタリーチックな濃緑のジャケット姿の彼女は、元気よく上げた手をよろよろと振りながら、俺の方を見る。


「久しぶりだから忘れられてる? 結構、仲良くしてたよね? ほら、マフも白月と遊んでるし!」


 キッチンの方では、丸くなって眠っていた白月に、白い綿毛のような仔トラが頭から突っ込んでいる。

 白月は面倒くさそうに欠伸を漏らしているが、マフは気にせず無邪気に彼の背中に登ったり転がり落ちたりを繰り返していた。

 あの二匹は共に白神獣の子供であり、俺とルナはそのパートナーという繋がりがある。


「いや、ルナさんのことを忘れてた訳じゃないですよ。単純に急展開すぎて追いついてなかっただけです」


 そこへ、再起動したレティが立ち上がる。

 彼女は俺とルナの顔を交互に見て、困惑の表情を浮かべた。


「あの、レッジ。もしかして、あたしのこと何にも……」

「さっき思いついて、すぐにルナに連絡したからな。そういえば、レティたちは何にも知らない」

「それじゃん!」


 オレンジ色の瞳を鋭くして、ルナが突っ込む。

 レティたちも呆れた様子で深いため息をついていた。

 これは、俺がまた何かやってしまったやつだな。


「レッジさん、とりあえず報連相をお願いしますよ」

「すまん。完全に失念してた」


 ニコニコと笑いながらも背後に炎を燃え上がらせるレティに、粛々と謝罪する。

 海でいろいろと作業している時に思いついて、そのままルナに連絡し、フットワークの軽い彼女はすぐに来てくれた。

 とんとん拍子で進んだせいで、レティたちに連絡するのを忘れていた。


「まあ、その辺は後でゆっくり話すとして。なんでルナを連れてきたの?」


 ラクトがレティを諫めつつ、詳しい説明を求めてくる。

 俺はちらりとルナを見た後、彼女を誘った理由を話した。


「〈波越えの白舟〉の期間中、俺たちは基本的に“水鏡”に乗って行動するだろ」


 俺たち〈白鹿庵〉は、独立急襲部門の所属になる。

 戦闘部門のアストラの指揮下にもなく、完全に自由に動ける部隊だが、代わりに船も自前で用意する必要があった。

 そんなわけでいつも通り“水鏡”を運用することになっていたのだが、そこで一つ問題があった。


「“水鏡”を使うとなると、ラクトが戦いに参加できない。となると、貴重な遠距離攻撃を失ってしまうわけだ」


 居住型機術装甲蒼氷船“水鏡”は、俺の〈野営〉スキルと〈罠〉スキル、エイミーの〈防御アーツ〉スキル、そしてラクトの〈攻性アーツ〉スキルを用いた特殊な氷造船だ。

 頑丈で機動性に優れ、コストも安く、融通が効きやすい船ではあるが、欠点もある。

 それが、エイミーとラクトが戦闘に参加できないという点だった。


「そんな。わたしも今なら船を維持しながら攻撃もできるよ!」

「そうは言っても、地上と同じくらいの力が出せるわけじゃないだろ」


 確かにラクトも機術師として成長しているが、“水鏡”を運用すれば、その分出力が落ちるのは仕方がないことだ。

 だが、洋上では船と同じくらい遠距離攻撃の手段の有無が重要になってくる。

 そんなわけで、急遽援軍としてルナを誘ったのだ。


「でも、ルナって近接銃術スタイルでしょ? 大丈夫なの?」


 エイミーがルナを見て指摘する。

 彼女の腰に吊られた二丁の銃は、どちらも取り回しを優先した拳銃だ。

 ラクトのアーツほどの射程は望めない。

 しかし、彼女は胸を張って頷く。


「任せて! 普段はソロ専の〈銃士ガンナー〉だから、超遠距離から至近距離までのオールレンジをカバーしてるわ」


 ルナはホルスターから拳銃を引き抜き、重ね合わせる。

 すると天叢雲剣は複雑に形を組み替え、巨大な狙撃銃へと変化した。

 Mk.3の扱う重たく動かせないような巨砲ではないが、それでもバレルに足を取り付けた立派な銃だ。

 黒い銃身の側面に、雷のような黄色いラインが走っている。


「必要〈銃術〉スキル値80、必要〈腕力パワー〉BB値1,500、有効射程1,200メートルの狙撃銃、“龍眼の狙撃銃ドラゴンライン”よ」


 ごとん、と重々しい音を立てて、大きな銃がテーブルに置かれる。

 それを見ては、レティたちも何も言えなくなってしまった。


「他にもロケットランチャーとかマシンガンとか、一通りの銃は使えるわ」


 ルナは自慢げに天叢雲剣は様々な銃へと変身させて披露する。

 〈鋼蟹の砂浜〉で一緒に戦った時もそうだったが、彼女は一人で多数の銃器を保有し、臨機応変に切り替えながら戦うスタイルになっているようだった。


「なるほど。なかなか親近感を覚える方ですね」


 ルナとは初対面のシフォンも、彼女の戦闘スタイルに惹かれたようだ。

 シフォンも瞬時にアーツを選択し、様々な武器をぶつける戦い方なので、遠近の違いこそあれど、親しみやすいのだろう。


「ルナじゃ不満だったか?」

「いえ、そう言うわけでは……。戦力が増えるのは、実際ありがたいですからね」

「とりあえず、レッジはちゃんと話を通してから誘うこと」


 ラクトから厳しい言葉を投げられ、俺はうっと喉を詰まらせる。

 たしかに、それはそうだ。


「ごめんね、ルナ。せっかく来てくれたのにごたごたしちゃって」

「いいよいいよ。いつものレッジっぽかったし」


 エイミーが謝るが、ルナは軽くそれを笑い飛ばす。

 俺のことをどう思っているのか少し気になったが、それを聞く勇気はなかった。


「それじゃ、ルナさん。改めて、よろしくお願いしますね」

「ええ。バリバリ働かせて貰うわ」


 レティが手を差し伸べると、ルナがそれを握る。

 二人が手を交わし、ひとまずその場は落ち着いた。


「それでは、早速海に行きますか? もう本番まで日も無いですし」


 トーカがカレンダーを見ながら提案する。

 すでに〈波越えの白舟〉の決行まで時間がない。

 俺がルナのことをレティたちに言い忘れていたのは、時間がなくて焦っていたことも理由の一つだ、ということにしておけないだろうか。


「レッジさんが何を考えてるか知りませんけど、たしかに時間はないですね。ルナさんさえ良ければ、ですが」

「いいよいいよ。元々身軽な独り身だしね。それに、“水鏡”だっけ? 氷造船での立ち回りも慣れておきたいし」


 俺の淡い期待は口に出す前に一蹴され、レティはルナと共に出口へ向かう。

 ルナの移動に気がついたマフが、鞠の様に跳ねながら彼女の後を追った。

 ラクトたちも素早く準備を整え、それに続く。


『いつまでくよくよしてるのよ。ほら、アタシたちも連れて行きなさい』

『そうじゃぞ。過去の失敗はあまり振り返らぬ方が良い』


 部屋でしょんぼりしていると、カミルとT-1がやってくる。

 更には白月までが黒い鼻を押しつけてきて、俺は強引に部屋から押し出された。


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Tips

◇“龍眼の狙撃銃ドラゴンライン

 地下深くの溶岩湖で眠る、巨大な龍の体を用いた巨大な銃。重量を犠牲に頑丈性を底上げし、大口径高威力の弾丸を精密に射出することを目指した。

 扱うには高い技量と強い腕力が必要だが、それに見合うだけの効果を得られる。

 龍眼は全てを見晴らす。例え地の底に隠れようとも、必ず見つけ、喰らい付く。その咆哮は雷となり、哀れな獣を焼き焦がす。


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