第552話「幹部会議」

 数日後、俺とレティはケット・Cの招集で、〈ワダツミ〉にあるレンタル会議室を訪れていた。

 バンドに所属していなかったり、ガレージが使えないプレイヤーが集まる際に使用されるフリースペースだ。


「いよいよ、幹部級の情報共有会ですか」

「まあ、そういうことだな。でもそんなに気負わなくてもいいだろ」


 新大陸上陸計画の主催となっているBBCのケット・Cは、大規模な人員を動かすノウハウを持っていない。

 そのため、〈大鷲の騎士団〉や〈七人の賢者セブンスセージ〉、〈ダマスカス組合〉といった知り合いに、それぞれ役割を分担してもらっている。

 俺たち〈白鹿庵〉も切り込み隊長兼足がかりとなる拠点設営の任務を与えられているわけだ。


「じゃ、入るぞ」


 レティの覚悟が決まるのを待って、重厚な扉を押し開く。

 大きなテーブルと椅子が揃えられただけの、質素だが高級感のある内装で、20人ほどがゆったりと過ごせるほどの広さになっている。


「よう、ケット」


 指定された時間より少し早かったからか、室内に人影は疎らだ。

 その中から黒革のブーツを履いた猫型ライカンスロープの青年を見つけて声を掛ける。

 背を向けていた彼はぴくりと三角形の耳を跳ねさせて、尻尾を揺らして振り返った。


「にゃあ。よく来てくれたよ、レッジ!」


 ぴょんと軽く跳ねて、ケットはこちらにやってくる。

 彼の側にいた〈黒長靴猫BBC〉の副リーダーであるMk.3も一緒だ。


「随分と大事になってるんだな。毎日忙しいんじゃないか?」

「ほんとだにゃあ。最初はウチと〈白鹿庵〉だけでこっそりやろうと思ってたのに、雪だるま式に大きくなっちゃって」


 猫の手も借りたいくらいだにゃあ、とケット・Cはヒゲを曲げる。

 普段、少人数で気ままなプレイを楽しんでいる彼には、少々荷が重いだろう。

 だからこそ、今日の幹部会がある。


「レッジさん。先日はアイたちがお世話になりました」

「アストラか。こっちこそ助けて貰ったよ。情報処理班にもお礼を言っといてくれ」


 ケット・Cと立ち話をしていると、アストラとアイがやってくる。

 騎士団からもバンドリーダーと副リーダーが呼ばれているらしい。

 大規模攻略バンドのツートップが揃っている時点で、今回の作戦がどれほど大掛かりなものか察せられるというものだ。


「アイさん、“シーグラス”はいかがでしたか?」

「とても好評でしたよ。複雑すぎる味があって困っている人もいましたが」

「あはは。確かに“六種のハーブが言祝ぐ朝露に濡れたブドウの滴と清流に流れる瑞々しいオレンジの運命的な邂逅味”とか、ありますもんね」


 深海探査の後でアイが騎士団の情報処理班に差し入れたグミの詰め合わせは好評だったらしい。

 7,777種類の味が楽しめるというものだが、随分と詩的な表現になっているようだ。


「にゃあ。もうすぐ他の人たちも来るだろうから、それまでは自由にしてていいからね。あっちにカフェスペースがあって、コーヒーとかなら飲み放題だよ」

「お、そうなのか。レンタルスペースは初めて来たけど、なかなか設備が揃ってるんだな」

「最上位クラスの会議室をご用意させていただきましたにゃあ。これ以上になると、収容人数300人とかの、議会場になるから……」


 むしろそんなものまでレンタルスペースになっているのか、と驚きたくなる。

 俺はケット・Cに教えて貰ったカフェスペースに行って、ひとまずコーヒーを淹れる。

 それを飲みながら、窓際でゆっくりと過ごすことにする。

 窓からは、〈ワダツミ〉の瀟洒な町並みが眺望できる。

 奥には青い水平線が広がっていて、穏やかな晴れの日だ。


「良い天気だなぁ」

『イエス。海も穏やかで風も心地よいですね』

「うわっ!?」


 ぼんやりと一人呟いたところに、横から返事が返ってくる。

 驚いて視線を向けると、そこには青髪の少女が立っていた。


『ムゥ。そのような反応をされると少し傷付きますね』

「わ、ワダツミ!? なんでここに……」


 立っていたのは、この町の管理者であるワダツミだった。

 青地に白いフリルの付いた、波打ち際のようなワンピースを着て、こちらを見上げている。

 俺が驚いて尋ねると、彼女は心外そうな顔で言葉を返してきた。


『オフコース。ワタクシが海洋資源採集拠点シード01-ワダツミの管理者だからです。今回のケット・Cの主催する一連の企画は、調査開拓員企画としても申請と受理がなされていますから。ワタクシたち管理者も支援することになっています』

「なるほど、そういうことか」


 話を聞けば納得だ。

 ケット・Cによって新大陸上陸作戦は運営、イザナミ計画実行委員会に調査開拓員企画ユーザーイベントとして申請されている。

 そのため、運営からも支援を受けられるのだが、ワダツミがやってきたのもその一環だ。


『トラストミー。海はワタクシの領分ですので、ぜひ大船に乗った気でいて下さい』

「はは。ワダツミも話が上手くなったなぁ」


 〈万夜の宴〉の後、各都市に管理者とプレイヤーの交流の場となる“シスターズ”というレストランが開かれた。

 そこで経験を深めているからか、ワダツミも随分と話せるようになっている。

 彼女を褒めると、嬉しそうに口角を上げて、青い髪を揺らした。


『むふん。そういうことですので、レッジさんには今回もお世話になります』

「俺? なんで――」


 ワダツミの言葉に引っかかり、聞き返そうとしたその時、タイミング悪くケット・Cが声を上げる。


「にゃあ。時間になったし、みんな好きな席に座ってにゃあ。好きな子の隣でもいいし、陽当たりがいい窓際でもいいよ!」


 なんともBBCらしい呼びかけだが、気がつけば会議室内の人が随分と増えている。

 ちょっとした椅子取りゲームのような気持ちで、俺は窓際の椅子に腰を落ち着けた。

 左隣にはレティも来て、更にその隣にワダツミが座る。


「こちら空いてますか?」

「うん? ああ、いいぞ」


 俺の右側にやってきたのはアストラだ。

 彼の隣にはアイも座る。

 そのようにして、すぐに全席が埋まってしまった。


「にゃあ、みんな揃ったみたいだね。お茶とかが欲しかったら、セルフでどうぞ。いつでも立って貰っていいから、気楽ににゃあ」


 ケット・Cがテーブルを見渡して言う。

 幹部会とは言うが、このレベルになるとほとんど全員が顔見知りだ。

 ケット・Cとしても堅苦しいのは嫌らしく、緩い雰囲気の中で会は始まった。


「それじゃ、早速始めるにゃあ。今日は集まってくれてありがとうね。今日するのはご存じの通り、新大陸上陸作戦の幹部同士の情報共有会だにゃ」


 カンペでも作ってきているのか、ケット・Cは小さなウィンドウをちらちらと見ながら挨拶をする。


「まず、最初にご報告から。今回の作戦はイザナミ計画実行委員会に調査開拓員企画として申請して、受理されたにゃ。イベントのタイトルは〈波越える白舟〉にゃあ」


 規模が大きくなった以上、名前を付ける必要もでてきたのだろう。

 今回の作戦の名前が発表される。

 黒船ならぬ白船というのは、開拓活動が穏便に進むようにという願掛けか、もしくは氷造船隊のビジュアルを形容したものか。


「次に、組織の全体を解説していくにゃあ。大体の人は知ってるだろうけど、一応確認ということで」


 ケット・Cが話を進め、テーブルを囲む全員にデータを共有する。

 組織全体のことなどさっぱり知らなかった俺は、内心でケット・Cに感謝しつつ、配られた組織図に目を落とす。


「一番上に居るのは、ボクだね。一応、総指揮官ということになってるけど、責任者みたいなもんだよ」


 組織の頂点に立っているのは当然ケット・Cだ。

 彼は〈波越える白舟〉全体の指揮を行い、またBBCの中から選出された直属のメンバーと共に前線に出る。


「その下にあるのが、戦闘部門と支援部門の二つだにゃあ。戦闘部門はアストラに、支援部門はクロウリに指揮して貰うよ」


 総指揮の下にあるのは、戦闘部門と支援部門。

 名前そのままのところだろう。

 それぞれの指揮官としても、攻略系最大規模バンドの長と生産系最大規模バンドの長ということで、誰も反論しようもない完璧な布陣だ。


「戦闘部門の下には、船艦戦闘部門、特大機装部門、機術戦闘部門、航空戦闘部門、三術戦闘部門。支援部門の下には、物資輸送部門、船舶整備部門、武具整備部門、機装整備部門、消耗品供給部門があるにゃ」


 ケット・Cが組織図にポイントを示しながら構造を説明していく。

 それぞれの部門に、それぞれ指揮官が置かれており、例えば船艦戦闘部門の指揮官はアイだ。

 特大機装部門はアストラが兼任するらしい。

 同じように、物資輸送部門は〈笛と蹄鉄〉、船舶整備部門は〈アイギス造船所〉、武具整備部門は〈プロメテウス工業〉、機装整備部門は〈鉄神兵団〉、消耗品供給部門は〈グム道具店〉がそれぞれ管理を担当している。

 そんな説明を長々と聞いていて、俺はふと首を傾げる。

 手を挙げると、ケット・Cが発言を許可してくれた。


「あの、俺はどこに? 〈白鹿庵〉の名前がないんだが……。あと、ワダツミの名前もないぞ」


 組織図には、俺たち〈白鹿庵〉とワダツミの名前が載っていない。

 ちゃんとこの部屋に入った時にはケット・Cにも歓迎されたし、幹部だと勘違いしていたというわけではないだろう。

 そんな俺の疑問に、ケット・Cは頷いて答える。


「にゃあ、ちょっとスペースが足りなくて、二枚目に書いてるんだよ」


 そんな言葉と共に、ウィンドウに表示されていた組織図が切り替わる。

 それを見て、俺は思わず声を上げた。


「な、なんだこれ……」


 そこに書かれていたのは簡素な文字列。

 ただ一言、“独立急襲部門”とだけ。


「これが、俺?」

「そだよー。ちなみにワダツミちゃんもそこの所属だからね」

「ええ……」


 てっきり戦闘部門の下に置かれると思っていたのに、随分と予想を裏切ってくれた。

 なんだこの、独立急襲という物騒な名前は。


「レッジは何するか分かんないからね。とりあえず、自由に動いてくれた方がサイコロもいい目が出ると思うし」

「なんて理由だ」


 要は遊撃隊みたいなものだろう。

 アストラの指揮下に入らず、自由に動いてとりあえず上陸して、テントを建てる。

 何故〈白鹿庵〉だけ別枠扱いにされているのか疑問だったが、周囲を見渡しても異論を呈する人がいない。


「アストラは納得してるのか?」

「納得も何も、独立急襲部門の設置を提言したのは俺ですから」

「アストラが元凶かよ……」

「あっはっは! 俺より強い部下はいらないんですよ」


 爽やかに笑って随分なことを言う騎士団長に、思わず項垂れる。

 俺がアストラに勝ったのは、俺に有利な条件と環境が整っていたからなのだが、それを何度説明しても理解しようとしてくれない。


「でも、レッジさんも自分で好きに動ける方が楽じゃないですか?」

「それはまあ、そうかも知れないけどな」


 そう言われてみればそうかも知れない。

 レティたちも、仲間内で連携するのはともかく、他の大勢と足並みを揃えて進むのは苦手で、戦闘中は単独で行動するタイプだ。


「しかし、ワダツミまでこっちに入ってるのはなんでなんだ? ケットたちも管理者と連絡は取らないといけないだろ」

「にゃあ。今のところ、管理者と一番綿密に連携が取れるのはレッジだからね」


 ケット・Cの言葉に、テーブルについた全員が揃って頷く。

 管理者といっても可愛い女の子だし、そう身構える必要もないと思うんだが、どうやら他のプレイヤーにとっては多少気後れしてしまう存在らしい。


「そういうわけだから。独立急襲部門長、よろしくにゃあ」

「はぁ……」


 そう言われてしまえば、仕方がない。

 こちらとしてもデメリットらしいデメリットもないわけで、粛々と受け入れるだけだ。


「じゃあ、今度は各部門長の作戦中の動きについて、共有して行くにゃあ」


 手を下ろした俺を見て、ケット・Cが議題を進める。

 そうして、情報共有会は始終和やかな雰囲気のなかで進行していった。


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Tips

◇レンタルスペース〈海鳥の巣〉

 海洋資源採集拠点シード01-ワダツミの商業区画に立つレンタルスペース。自由に滞在可能な部屋を、1時間単位で貸し出している。レンタルできる部屋は3人用から最大300人用まで、カフェスペースや仮眠室、ボードゲーム、メイドロイドなどのカスタムも可能。


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