第551話「差し入れ品」

 騎士団との合同深海調査を終えた後、俺たちは無事に〈ワダツミ〉の港へと帰還した。


「それじゃ、私は店に戻るわ。さっきのはこっちでも練っておくから、何か進捗があったら連絡するわね」

「ありがたい。よろしく頼む」


 ネヴァが船から降り、すたすたと空港の方へと歩いて行く。

 彼女は〈スサノオ〉にある自分の工房に、色々と仕事を置いているらしい。

 その上で別の用事を増やしてしまうのは心苦しいが、俺には頼める人物が彼女しかいない。

 立ち去るネヴァの背中を拝んでいると、アイがこちらにやってきた。


「では、レッジさん。行きましょうか」

「うん? ああ、買い物だったな」


 そう言えばアイの買い物に付き合う約束もしていた。

 どうやら、騎士団の情報解析班へ差し入れる甘い物を買いたいらしい。


「クリスティーナたちは?」


 てっきり他の団員も付いてくるものだと思っていたが、どうやらアイだけらしい。

 不思議に思って尋ねると、彼女は小さく咳払いして事情を話した。


「荷物持ちが必要なわけではありませんし、先に支部に戻って報告をするよう指示しました。できるだけ少人数の方が、移動も楽ですからね」


 なるほど、それもそうだ。

 お菓子を買うのに十数人でぞろぞろと町を練り歩く必要もない。

 副団長らしい合理的な采配に感心していると、背後からぬっと影が現れる。


「なるほどなるほどぉ。では、レティがおすすめのお店を案内しますよ」

「……そうですね。よろしくお願いします」


 俺の背後から顔を出したレティに、アイは一瞬驚いた様子で目を見開きながら頷く。

 ちなみに、カミルとT-1も自動的に付いてくる。


「エイミーとシフォンはどうする?」

「え? あー、そうね……」


 後ろを振り返ってエイミーたちに尋ねると、彼女は迷っている様子だった。


「わたし、アーツチップを買いたいんですよね。エイミーさん、付き合ってくれます?」


 そこへシフォンが言葉を差し込み、エイミーも頷く。


「いいわよ。じゃあ、私とシフォンは別行動させてもらうわ」

「分かりました。では、ここで解散しましょうか」


 アイの言葉でそれぞれが三々五々散っていく。

 クリスティーナたちは騎士団の支部へ、エイミーとシフォンは商業地区の方へ消えていった。


「では、私たちも行きましょうか」

「ですねぇ。アイさんは、何か目星を付けてたりしますか?」


 甘味と言っても、〈ワダツミ〉に売られているお菓子だけで数千種類に及ぶと言われていたりいなかったりするほどだ。

 ある程度ジャンルを絞らないと、レティも店をおすすめできないようだった。

 彼女の問いに、アイは困った様子で眉を寄せる。


「できれば片手でつまめるもの、くらいですかね。正直、多少指先が汚れても食べ終わったらすぐに綺麗になりますし」


 リアルな世界ではあるが、ここはゲームの中だ。

 チョコをつまんで汚れたり、きなこを思い切り吹き飛ばしたりしても、すぐに綺麗さっぱり消えてしまう。

 そのため、差し入れに適したお菓子というのも、現実よりかなり幅広くなっていた。


「それと、ガイドブックに載ってるようなお店の商品は大体買っちゃいましたね」

「そんなに差し入れる機会があるのか?」


 観光系のバンドが発行しているガイドブックには、町のユニークショップが詳細に纏められている。

 そこに載っている店だけでもかなりの数があるはずだが、彼女はほとんど網羅してしまったと言う。


「騎士団の部署の中でも、情報処理班はかなり忙しいところですから。立ち寄るたびに何かしら渡してるんです」

「へぇ。部下思いの良い上司じゃないか」

「そ、そうですかね……。へへ」


 思わず褒めると、アイは照れた様子で俯く。

 彼女の下で働くなら、職場環境としても極上だろう。


「片手でつまめるようなタイプで、あんまり有名所ではないお店のもの……。なるほど」


 俺の隣で考え込んでいたレティが、突然ぴんと耳を立てる。

 どうやら、思い当たるものがあったらしい。

 彼女も戦闘以外の時はだいたい町で食べ歩きをしているらしいし、ガイドブックに載っていない店もいろいろ知っているのだろう。

 彼女は早速、町の方へと歩き出す。


『妾はおいなりとかが良いと思うぞ!』

『はいはい。ほら、行くわよ』


 真っ直ぐに手を挙げるT-1を、カミルが引っ張る。

 俺とアイもレティの後を追った。


「そういえばアイ、新大陸の方はどうなってるんだ?」


 道すがら、今のトレンドとなっていることについてアイに尋ねる。

 深海探査はほんの寄り道程度で、多くのプレイヤーが準備を進めているのは、新大陸の方だ。

 騎士団もアストラを中心にして、準備を進めているはずだ。


「ケット・Cさんが調査開拓員企画ユーザーイベントの申請を出しましたよ」

「そんなに規模が大きくなってるのか……」


 最初は〈黒長靴猫BBC〉と〈白鹿庵〉だけの作戦の予定だったが、いつの間にか他にも多くのバンドやプレイヤーが協力を申し出てきた、というのは知っている。

 しかし、調査開拓員企画ユーザーイベントとして運営の力を借りるまでになっているとは、少々驚きだ。

 アイは瞠目する俺を見て、くすりと笑う。


「それだけではなく、幹部級プレイヤーを抜擢して、全体を統括するシステムを構築しようとしています。これは、騎士団からの案なんですけどね」

「全体を統括するシステム?」


 理解しがたい言葉に首を傾げる。

 アイは前を歩くレティをちらりと見て、詳しく説明してくれた。


「BBCは元々、大規模な人員統括ができるバンドではないですからね。例えば、騎士団は最前線の指揮と、〈カグツチ〉部隊、船団の管理。〈七人の賢者セブンスセージ〉は機術師の指揮。三術連合が三術師の指揮。〈ダマスカス組合〉が生産分野を総合的に管理していますし、〈笛と蹄鉄〉が物資輸送システムの構築を行っています」


 アイが指を立てながら上げていった名前は、どれも攻略最前線でよく耳にするバンドばかりだ。

 どうやら、BBCは彼らに得意分野を任せて、自身は全体の管理に専念する、という方針になったらしい。

 BBCは元々、構成員こそ多いがソロプレイや小規模パーティでの行動が多い、珍しい形態のバンドだ。

 騎士団のように数十人、数百人規模での作戦に対するノウハウもないだろうし、餅は餅屋ということなのだろう。


「錚々たるメンバーだな。幹部ってのも大変そうだが」

「その分見返りも大きいですからね。ちなみに、レッジさんも幹部ですよ?」

「えっ」


 アイの言葉にぎょっとする。

 いつの間にか、俺まで幹部になっていたとは。


「新大陸上陸後、最初の拠点を作る仕事は聞いてたけど」

「それですね。レッジさんが建てたテントを足がかりに、他のキャンパーが前線の仮拠点を構築していく予定です」

「なるほどなぁ」


 まあ、幹部と言いつつも俺が何かしないといけないわけではないのだろう。

 ケット・Cからは、“いつも通りやってくれればいいにゃあ”と言われているし。


「しかし、俺のテントが足がかりになるなら、一番前を走らないといけないんだな」

「そうですね。なので、レティさんたちにも頑張って貰う必要があります」


 俺のテントが新大陸上陸の足がかりになるということは、俺たち〈白鹿庵〉が先陣を切って陸に手を掛けなければならないということだ。

 レティたちには未知の原生生物との戦闘をしてもらう必要があるし、苦労を掛けることになる。

 そう思って前を見ると、ちょうどレティがこちらへ振り向いた。


「何を今更、って感じですけどね。さっきも新種の原生生物をぶっ叩いてきたばっかりじゃないですか」

「それもそうだけどな」


 たしかに、よくよく考えればいつもとそう変わらない。

 やはり、ケット・Cから言われたとおり“いつも通りにやればいい”と言うわけだろう。


「幹部系のシステムが確定されたら、すぐに幹部級での情報共有が行われるはずです。その時は、ケット・Cさんから連絡が行くと思いますので」

「ま、ゆっくり待つさ」


 テントを建てるだけなら、そう焦ることもない。

 手持ちのテントも充実してきているし、新しいものをわざわざ作る必要もないはずだ。


「二人とも、着きましたよ」


 前を歩いていたレティが立ち止まって振り返る。

 気がつけば、かなり町の中心までやってきたようだ。

 通りから枝分かれした、石畳の細い道で周囲には西洋風の建物が建ち並んでいる。

 その中の一つに、レティが目指していた店があった。


「〈シーグラス〉ですか。聞いたことがないですね」

「最近できたばっかりのお店ですからねぇ。前のお店は、くさやの専門店でした」

「ええ……」


 レティの説明にアイが表情を歪める。

 今はそんな店があったとは思えないほど、瀟洒な構えの建物になっている。

 大きなショーウィンドウには、綺麗なチョコレートが並んだ箱がいくつか飾られていた。


「チョコレートのお店ですか?」

「チョコレートも売ってますが、洋菓子店と言った方がいいですね」


 そう言って、レティはドアを開けて店内に入る。

 耳に響くベルの音と共に中へ入ると、まるで宝石店のような煌びやかで品のある内装が迎えてくれた。


「すごく、高級そうなお店ですね……」

「干物売ってた店の後にできる店じゃないな」

「ふふ。商品は案外お手頃価格なんですよ」


 気後れする俺たちを見て苦笑しつつ、レティは迷いのない足取りで商品棚の一角に向かう。


「レティがおすすめしたいのは、こちらです」

「これは……」


 促されるまま、アイはガラスで隔たれたショーケースを覗き込む。

 そこには鮮やかな海の景色が描かれた化粧箱があり、大きめなブドウほどのサイズの、色とりどりのお菓子が詰め込まれていた。


「グミ、ですか?」

「はい。このお店の看板商品でもある“シーグラス”というグミですよ」


 レティの解説を聞いて、なるほどと頷く。

 見ればたしかに、浜辺に流れ着くシーグラスのようだ。


「小、中、大、特大、の4サイズがあって、それぞれ7種、77種、777種、7,777種の味のグミが入ってるんです」

「なんだ、その冗談みたいな数は……」


 特大サイズの箱でも、一応常識的な大きさに見える。

 恐らくグミを取ったら別のグミが現れる仕様になっているのだろう。


「そんなに味に種類があったら、ロシアンルーレットみたいになりませんか?」

「大丈夫ですよ。特大サイズを食べましたけど、全部美味しかったです」


 レティはそう言って太鼓判を押す。


「え、一人で7,777個のグミ食べたのか?」

「美味しかったですよ」

「あっそう……」


 もはや何も言うまい。

 俺がぽかんとしている間に、アイは“シーグラス”の値札を確認していた。

 ちらりと見たところ、めちゃくちゃ高価というわけでもないようだ。


「一箱買いましょうか。……一応、こちらのチョコレートも」

「“ボトルメール”ですね。そちらも美味しいですよ」


 アイは“シーグラス”と一緒に、瓶に詰められたチョコレートも購入する。

 情報処理班がどれくらいの規模なのかは知らないが、とりあえずそれだけあれば十分なのだろう。


「買い物に付き合って頂き、ありがとうございます」

「いいんですよ。このお店は誰かに紹介したかったですし」


 買い物を終え、アイがレティに感謝を伝える。

 レティは少し照れたように頬を掻いてはにかんだ。

 良いお店というのは、誰かに教えたくなるものだ。

 きっと彼女もその機会を狙っていて、この買い物に付き合ってくれたのだろう。


「レッジさんも、ありがとうございます」

「俺は何にもしてないけどな」

「いえいえ。……今度、お礼も兼ねてぜひ――」


 アイが俯いて、何やら小声で呟く。

 上手く聞き取れず首を傾げるが、レティの敏感な耳には届いたようだ。


「ふふふ。その時はぜひ、レティも一緒に」

「そうですね。レティさん、いつか、お礼をさせてください」

「ふふふ」

「ははは」


 レティとアイも仲が良さそうでいいことだ。

 新大陸上陸作戦の際には、しっかりと協力しあうことも大切になってくるし、この様子なら期待ができる。


『主様! 隣に稲荷寿司専門店があるらしいぞ!』

『あ、アンタがどうしてもっていうなら、その、あそこにあるマドレーヌとか、一緒に食べてあげてもいいんだけど』


 微笑ましくレティたちを見ていると、ぐいぐいと両腕を引っ張られる。

 二人にも船の上では迷惑を掛けたし、そのお詫びもしないといけないだろう。

 俺はT-1を宥めつつ、ひとまずカミルの引く方へと向かった。


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Tips

◇〈シーグラス〉

 海洋資源採集拠点シード01-ワダツミの商業区にある菓子専門店。自慢のチョコレート菓子や焼き菓子は、どれも宝石のように光り輝いている。

 一番の看板商品は店名と同じ“シーグラス”。無数の種類の味のグミが揃っており、中には定期的に入れ替わる味や、数百箱に一箱にしか入っていないレアな味もある。


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