第550話「調査隊の帰還」

 深海から浮上し、騎士団の船へと戻る。

 クレーンアームによって甲板に乗せられた“驟雨”の中から出ると、冷たい風が体を冷やした。


「お帰りなさい。会話は聞いてたけど、面白いことになってるわね」

「わたしたちももう少し我慢してれば良かったわ」


 ネヴァの修理を受けたエイミーとシフォンが駆け寄ってきて、俺たちを取り囲む。

 共有回線は常に繋げていたため、会話からある程度のことは察しているらしい。


「楽しかったですよ。鮫のテーマパークに行ったみたいでした」

「はいはい。とりあえずお直ししましょうね」


 興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせるレティは、ネヴァによって連れ去られる。

 鮫によって水圧に耐えていたとはいえ、それまでの間に顔のスキンが剥がれているし、体の各所に破損もある。

 綺麗に直して貰った方が良いだろう。


『レッジ! アンタ、アタシたちを置いて行くなんて良い度胸してるわね!』

『突然意識が途切れてびっくりしてではないかっ!』

「ぐえっ」


 突然腹に突っ込んできた二つの弾丸に、思わず呻き声を上げる。

 下を見ると、眉間に深い皺を寄せたカミルたちがこちらを鋭く睨み上げている。


「す、すまん。離れたら機能停止するの忘れてたんだ」

『アンタそれでもメイドオーナーなの!? 信じられない!』

『次からはちゃんと連れていくのじゃぞ! それで、おいなり鮫などはおらんかったか?』

「いや、流石にそれは居なかったな……」


 T-1の中で、おいなりはどういう扱いになっているんだ。


「副団長、お疲れさまです」


 調査の間、船を守ってくれていたクリスティーナたちもやってくる。

 団員たちはアイを取り囲み、口々に彼女を労った。


「報告書には軽く目を通しましたが、正直言ってちょっと理解の範疇に及びませんでした」

「まさか海底にあんな世界が広がってたなんて……」

「やっぱり、〈白鹿庵〉と行動すると何かしらが起きますね」


 クリスティーナたちも、アイが纏めた一次報告書は読んでいた。

 とはいえ、文章と画像、映像だけではなかなか分からないことも多い。

 困惑する仲間達に、アイは苦笑を浮かべた。


「後ほど、団長に掛け合って正式な調査隊を編成する予定です。人員も十分な数を揃えて挑みましょう。――とはいえ、騎士団全体、というよりゲーム全体が今は新大陸に向かっているところですし、調査隊が派遣されるのがいつになるのかは分かりませんが」


 その言葉に団員たちは少し表情を曇らせる。

 BBCが主催する新大陸攻略作戦の日は、すでに間近まで迫っている。

 今のタイミングでは、到底深海に目を向ける余裕はないだろう。


「まずは新大陸。そちらが落ち着いたら、すぐにこちらへ注力しましょう」


 アイがそう纏める。

 新大陸到達後も、騎士団はまだまだ忙しくなりそうだ。

 クリスティーナたちが副団長を中心にして一致団結しているのを横目に、俺はネヴァの元へと向かう。

 そこでは、簡易作業場のベッドで横になったレティが修理を受けていた。


「野外修理をじっくり見るのは初めてだな」

「レッジさん!? ちょ、恥ずかしいので見ないで下さい!」


 俺が声を掛けると、レティが慌てて上半身を起こし、ネヴァによって強引に押し倒された。


「はいはい。とりあえずスキン貼るから、大人しくしてね」

「あぅぅ」


 ネヴァに諭され、スケルトン姿のレティは呻き声を上げてベッドに沈む。

 彼女の周囲にはいくつものウィンドウが展開され、ベッドから飛び出したマシンアームが忙しなく動き回っている。


『この傷……。まさか、おいなり鮫にやられたのかの?』

「い、いなり? いえ、ただの被弾と水圧による“破損”ですよ」


 ベッド脇に立ったT-1の声に、レティは困惑しつつ答える。

 俺たち調査開拓員プレイヤーは、様々な状態異常を受ける機会があるが、その中でも厄介なのが“破損”というものだ。

 例えば、強い攻撃を受けて腕が取れたとか、灼熱の火炎を浴びてスキンが剥げたとか、高い水圧を受けて全身のフレームが歪んだとか。

 そう言ったものは全て“破損”という状態異常に分類される。

 これの厄介な所は、時間経過による自己治癒やアンプルによる回復が望めない点だ。

 “麻痺”や“毒”、“気絶”といった状態異常ならば、薬を飲んだりしばらく休んだりすることで回復できる。

 しかし、吹っ飛んだ腕は、新しい腕を技師が接続しないと直らない。


「ネヴァについてきて貰って良かったよ。しっかり直してやってくれ」

「はいはい。そういえば、レッジは知らないかもだけど、たまに野戦病院を開いてる人とかもいるのよ」


 慣れた手つきで修理用ベッドを操作しながらネヴァが言う。

 “破損”状態の機体の修理は〈機械操作〉スキル、今なら『換装』スキルの担当分野らしい。

 そのスキルと、ついでに〈野営〉スキルを持ったプレイヤーが、フィールド上で破損したプレイヤーを受け入れるテントを立てているのだとか。


「なるほど。やっぱりテントは万能だな」

「そういう拠点を立てて支援するってなると、やっぱり〈野営〉が便利なのよ」


 そう言って、ネヴァがウィンドウを閉じる。

 マシンアームの迅速な作業でフレームを換装し、スキンを張り直したレティが立ち上がる。


「復活!」

「背骨まで全部歪んでたわ。よく動けたわね」

「そうですねぇ。愛の力、ですかね」


 呆れながらも感心するネヴァに、レティはキメ顔で言う。

 ネヴァはそれをさらりと流して、俺の方へと向き直った。


「それで、ご用件は?」

「あ、分かるか」


 ここへやってきた理由も既に見透かされていたようで、思わず笑う。

 そうすると彼女は当然だとでも言うように肩を竦めた。


「レッジはテントの中で無傷だから、修理を受ける必要はないわけだし」

「それもそうか。いやぁ、ちょっと調査中に思いついたアイディアがあってな――」


 ははは、と笑いながら頭に手をやる。

 その時、ぽんと肩を叩かれた。


「レッジさん? また何か変なことを……」

「レティ!? ち、違うんだ。確かに金もアイテムもないんだが」

「それじゃあ駄目ねぇ。いくら友達でも、出すもん出して貰わないと」


 スッと目を細めるレティ、金のジェスチャーをして笑みを浮かべるネヴァ。

 二人に挟まれて急激に体温が冷える。

 今更、海の底に飛び込んだような気分だ。


「と、とりあえずアイディアだけ。話だけ共有するだけだから」

「いいの? 私が勝手に作って、自分で独占しちゃうかもしれないわよ」


 ネヴァが不敵な笑みを浮かべて言うが、俺はすぐに首を振って否定する。


「ネヴァがそんな奴じゃないのは知ってるさ。友人だからな」

「そ、そう? まあ、そうだけど……。面と向かって言われると気恥ずかしいわね」


 きょとんとしたネヴァは、戸惑いの表情で髪を指先に絡める。

 彼女は空咳を一つ零して、居住まいを正した。


「いいわよ。じゃあ話を聞いてあげましょう」

「助かる。技術的に可能かどうか、考えてくれ」


 そう前置きして、俺はネヴァに考えを話し出した。


_/_/_/_/_/


◇ななしの調査隊員

新大陸特需でめちゃくちゃ船が売れてる

〈ワダツミ〉の工場はどこもフル稼働だな


◇ななしの調査隊員

アマツマラ産の金属がそのまま船になってるような状況だからな。新大陸攻略までに海が船で埋まりそう。


◇ななしの調査隊員

俺も船買っちゃったよ。ソロなんだけど。


◇ななしの調査隊員

船管で船乗りNPC雇えるよ


◇ななしの調査隊員

友達誘えば?


◇ななしの調査隊員

なんだぁテメェ


◇ななしの調査隊員

屋上来いよ


◇ななしの調査隊員

スレに入り浸ってる奴に友達いるわけないだろ


◇ななしの調査隊員

友達いないのになんでオンゲやってるんすかw


◇ななしの調査隊員

殺伐としてんなぁ


◇ななしの調査隊員

俺はメイドちゃんがいるからいいんだ。

ほんと、メイドロイドを外に連れ回せるようになってから毎日が楽しすぎる。


◇ななしの調査隊員

メイドロイドって鍛えれば強くなるの?


◇ななしの調査隊員

普通に弱いが


◇ななしの調査隊員

上級メイドロイドで当たり個体引けば強いんじゃない?

ステータスガチャで祈れ。


◇ななしの調査隊員

基本技能はメイドロイドの根幹。これが低いとあらゆる業務に支障をきたすのでとても重要。自己管理は単独時の行動に影響する。平時も戦闘時もこれが低いとサボったり迷子になって最悪機能停止からの機体破損に繋がるので高い方が良い。戦闘はそのまま。高ければ高い方がクソつよメイドさんになる。清掃は本業に関わってくる。これが低いとドジっ子メイドになるが、メイド雇ったのに自分で家の掃除をする羽目になるから、高い方が良い。極限行動はストレスに対する適性。これが高くないとおどおど系になって可愛いけど外に連れ出すのが難しくなる。高い方が良い。知能強度はAIのランク。これが高ければ上級メイドロイド。高いほど手間が掛からない。情報処理は賢さ。高い方が良い。協調性はないと困る。指示を受けてくれないし、噛み付いてくるし、普通に見捨てられる。これがないとマジで困る。


◇ななしの調査隊員

全部高めろ定期


◇ななしの調査隊員

全部高いメイドロイドなんておらんやろ


◇ななしの調査隊員

実際いないんだよなぁ


◇ななしの調査隊員

ソロモン王のとこのメイド部隊は大概強いけどな


◇ななしの調査隊員

あれはもう、愛のなせる技だよ


◇ななしの調査隊員

72体のメイドロイドを育てるのだけでも死ぬほどきついからな・・・


◇ななしの調査隊員

おっさんとこのメイドもまあまあ強くなかった?


◇ななしの調査隊員

あの子は優秀だけど、その代わりに協調性投げ捨ててるらしい


◇ななしの調査隊員

おっさん、よくそんな狂犬を手懐けてるな


◇ななしの調査隊員

だからこそおっさんなんだろ


◇ななしの調査隊員

お、タイミング良いな。

おっさんと騎士団の合同調査報告書が上がってたぞ


◇ななしの調査隊員

おっさんまたなんかやらかしたの


◇ななしの調査隊員

騎士団との合同調査ってちょっと聞かないな


◇ななしの調査隊員

ふーん、深海に行って鮫に喰われて人魚になって海底で洞窟を発見ね。


◇ななしの調査隊員

なんて?


◇ななしの調査隊員

ごめん、意味が分からない。


◇ななしの調査隊員

報告書要約しただけだが?


◇ななしの調査隊員

端折りすぎなんだよ


◇ななしの調査隊員

自分で読めよ。そこまで言うなら。俺は上手く要約してるからな。


◇ななしの調査隊員

なるほどなるほど。

深海に行って鮫に喰われて人魚になって海底で洞窟を発見したらしいぞ。


◇ななしの調査隊員

読んできた。

深海に行って鮫に喰われて人魚になって海底で洞窟を発見したみたいだな。


◇ななしの調査隊員

深海に行って鮫に喰われて人魚になって海底で洞窟を発見しただって!?


◇ななしの調査隊員

深海に行って鮫に喰われて人魚になって海底で洞窟を発見したのか……


◇ななしの調査隊員

なんてことだ、深海に行って鮫に喰われて人魚になって海底で洞窟を発見とは……


◇ななしの調査隊員

お前らな


◇ななしの調査隊員

おっさんのブログでも写真と映像が公開されてますね


◇ななしの調査隊員

ごめん、まず耐水性テントってなに?


◇ななしの調査隊員

水に強いテントだよ


◇ななしの調査隊員

水はともかく、なんで水圧にも普通に耐えられてんだ


◇ななしの調査隊員

とりあえずテントに乗って深海探査したんだな。

そんで鮫の仮装大会に出会って、赤ウサちゃんが鮫に食べられたと。

そしたら赤ウサちゃんが鮫人魚になって、深海をすいすい泳げるようになった。

結果、未知の洞窟を発見。


◇ななしの調査隊員

どうしてそうなった?


どうしてそうなった?


◇ななしの調査隊員

新大陸くん泣いてる


◇ななしの調査隊員

せっかく満を持して登場したのに、おっさんが寄り道しちゃったよ


◇ななしの調査隊員

何やってんだよおっさん


◇ななしの調査隊員

とりあえず一次調査だけだな。

本腰入れた調査は新大陸到達後にやるみたい。


◇ななしの調査隊員

流石に騎士団も今は別のことに人手を裂けないのか


◇ななしの調査隊員

見なかったことにしたいんじゃないの?


◇ななしの調査隊員

鮫の種類が多すぎるだろ


◇ななしの調査隊員

鮫人魚がほんとに鮫人魚なんだが


◇ななしの調査隊員

好きな鮫で人魚になれるのか!?


◇ななしの調査隊員

好きな鮫で人魚になる、とは?


◇ななしの調査隊員

でも普通に楽しそうなんだよな・・・


◇ななしの調査隊員

あの辺に妙に船が多かったのってそれが理由か


◇ななしの調査隊員

おっさんはお願いだから、大人しく目の前のことに専念してくれ・・・


◇ななしの調査隊員

俺、新大陸攻略したら深海で鮫とダンスするんだ


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Tips

◇状態異常“破損”

 調査開拓員が受ける状態異常の一つ。強い衝撃や厳しい環境下で、四肢が欠損したり、身体フレームが歪んだりすることで、通常行動不能に陥った状態。

 修理するには各都市に存在するアップデートセンターに赴くか、〈換装〉スキルを持った技師に頼る必要がある。


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