第549話「不可思議な鮫達」
下半身が鮫になったレティは、すぐにその状態での動き方を体得したようだった。
ハンマーを携えて自由自在に海中を泳ぎ、迫り来る鮫を次々と殴り飛ばしていく様子は、八面六臂の大活躍だ。
エイミーとシフォンが抜けた穴を補ってあまりある力で、ぽかんと口を開いていた騎士団員たちも彼女の獅子奮迅の動きに喝采を送っている。
「ふはははっ! 圧倒的ではないですか、我が力は! 鮫でもイカでもタコでも掛かってきなさい。皆等しく雑兵として散るが良いのですよ!」
「いけ! レティさんに続くんだ!」
「うおおおお!」
降下を続け、水底に近づくにつれて、鮫たちの攻撃も密度も増していく。
更に、水圧は騎士団の潜水士たちにとっても限界域に到達していた。
「あばばばー! 肋骨にヒビが入りましたよ!」
「骨の一本くらい何だってんだ! 今の勢いに乗って、行けるところまで行くぞ!」
しかし、それに構う様子もなく、レティたちは“驟雨”を掴んで底へ底へと潜っていく。
鮫の種類も、更に多彩になっている。
全身が毒の粘液で構成された
鮫による仮装大会のような様相だ。
もちろん、
「駄目だ、流石に活動限界が来た!」
「気合いで耐えろ!」
鮫の猛攻はまだまだ続く。
しかし、護衛たちは水圧の脅威に晒されている。
その時、共有回線を通じてレッジの声が各員に届いた。
『全員、頑丈そうな鮫の口の中に突っ込め!』
「は?」
突飛な指示に、歴戦の騎士団員たちも硬直する。
思わず隙を見せた彼らに鮫が喰らい付くが、それをレティが瞬く間に退けた。
『恐らく、レティのやってることが正攻法だ。潜水装備を整えた〈水泳〉スキルレベル80の君たちでもゴールに辿り着けないなら、何か更なる対策があるはず。そこでレティの現状だ』
「うははははっ! 皆さんも鮫になりませんか。とても強いですよ。この力、ただの調査開拓員では出せません!」
レッジの説明を裏打ちするように、レティは次々と迫り来る鮫の大群を退け続ける。
仕留めることよりも遠くへ吹き飛ばすことに重点を置き、巨大な星球鎚をブンブンと振り回している。
その働きは、とても〈水泳〉スキルを持っていない少女のものとは思えなかった。
もっといえば、常識的な人間のソレとも思えなかったが。
『レティの体を包んでる外骨格鮫はもう死んでから結構経ってるのに、消失しない。それと、ぶっちゃけレティは上半身ががっつり出てるのに、そっちも水圧の影響を受けてない』
「た、確かに……」
「言われてみれば」
レッジの更なる説明を聞いて、団員たちも頷く。
下半身を鮫に囓られたレティは物騒な人魚そのものだ。
酷い見た目だが、その力は彼らも身を以て知っている。
「お、俺はせっかくだからあの赤い鮫を選ぼうかな」
「俺も何か選ぶとするか」
「レティさん、潜水服になりそうな鮫を適当に見繕って、通して下さい!」
「了解です。活きの良い奴を選んであげますよ!」
レティは団員たちの要請を受けて、潜水服に適していそうな鮫をわざと見逃して後ろに送る。
「鮫の口に飛び込むのって、普通に考えて狂気の沙汰では?」
「行ける行ける。レティさんも行けたんだから」
「う、うおおおお!!」
目を爛々と輝かせて襲いかかってくる鮫に、騎士団の猛者たちも流石に怯えを隠せない。
しかし、同時にトッププレイヤーとしての矜持を持って、意を決して大きく開いた口の中に飛び込んだ。
「お、おお! 行けた! 行けるぞ! 『斬躯刃乱』ッ!」
鮫の体内に飛び込んだ団員が、すかさず攻撃を放って鮫を仕留める。
そのままもぞもぞと体を動かし、鮫の口から頭を突き出した。
深紅の表皮を持つ鮫の体を持った潜水士人魚の完成である。
「俺も行くぜ!」
「行く行くぜ!」
「行くなら行かねばっ!」
それを皮切りに、仲間たちも後に続く。
一人は全身に豪華な宝石を纏った
「おお、これは凄い」
「まるで生まれた時からこの姿だったみたいだぜ」
「バーニン、バーニン!」
十人十色の人魚姿になった騎士団海洋調査隊潜水士たち。
彼らはすぐにレティ同様に動き方のコツを掴み、縦横無尽に深海を駆けていた。
「オラァ! 退け退け退けぇい!」
「渚のマーメイド様のお通りじゃい!」
「渚ではなくないか?」
「関係ねえよ。それよりもバーニンだ!」
鮫の下半身を得た騎士団員たちは、まさしく水を得た魚のようだった。
無限に湧き続ける鮫を切り飛ばし、貫き落とし、鎧袖一触に打ち倒していく。
その様子をレッジとアイは“驟雨”の中から見届けていた。
†
「うーん、楽しそうだな」
「それは……そうですけど……」
耐水特化テント“驟雨”の内部。
俺は窓の外で軽やかに鰭を動かして泳ぐレティたちを、少し羨ましく思いながら見ていた。
アイはさっきから複雑な表情で、テキストエディタを開いてキーボードに手を置いている。
「これは、どう報告書を纏めればいいんでしょう?」
「見たまんま書くしかないだろ。あ、画像と映像なら提供できるからな」
任せろと胸を張ってみるが、アイは乾いた笑いを返してくる。
まあ、彼女の悩みも分からなくはない。
深海に潜っていたらトンチキな鮫のお祭りに遭遇しました。
鮫の口の中に突っ込んで倒せば、そのまま耐水圧スーツとして使えて、人魚のように泳ぎ回れます。
そう書くだけなら簡単だが、信憑性がなさ過ぎるのが問題なのだ。
「しかし、新種のオンパレードだな。それも全部鮫ばっかりだ」
「運営の中に鮫好きがいたんでしょうか。それで、深海という名のゴミ箱、もとい物置にとりあえず突っ込んでおいたとか」
「そんなことを運営がするかね。何かしら理由はありそうだが……」
シャークマーメイドの護衛と共に、“驟雨”は尚も下へ下へと沈み続けている。
すでに常人ではどれだけ万全の対策を施しても到達し得ない水深に達しているが、いまだ底は見えない。
代わりに、両脇の崖がすぐ近くまで迫り、徐々に戦闘域を圧迫しつつあった。
「前後はともかく、左右の幅はかなり狭まってきたな。今の段階で、30メートルもないくらいか」
「このまま狭まっていけば、もうすぐ海底ですが……」
アイは疲れた顔でテントの周囲を伺う。
レティが元気に追い回しているのは蛍光ピンク色の鮫だし、燃え盛る団員が追われているのは小型バスほどの大きさのあるメガロドンのような鮫だ。
仮称メガロドンは直後、三人のシャークマーメイドによって膾にされた。
流石は騎士団の精鋭潜水士というだけあって、適応力が高い。
「これは、後で専門の調査チームを編成して送り込んだ方がいいですね。詳細な情報の解析はその人たちに任せましょう」
小さな窓から見える情報量の多さに、アイは完璧な報告書の作成を諦めた。
シャークマーメイドになる方法だけ教えて、あとは団長に任せよう。
そう思って、カタカタとキーボードを叩く。
“水深300メートル付近で鮫型の原生生物に遭遇。口腔部に侵入し攻撃を与えることで、耐水圧スーツとして活用可能。水深600メートル地点でも問題なく行動できていることを確認。下記に画像、映像資料を添付する。”
「……ごめんね、情報処理班の皆」
その後、ウィンドウに向けて手を合わせる。
アイは覚悟を決めて、送信ボタンをタップした。
「レッジさん、この調査が終わったら少し買い物に付き合ってくれませんか?」
「別に良いが、何を買うんだ?」
「ちょっと、甘い物でも差し入れようかと思いまして」
ふふふ、と力なく笑うアイ。
副団長というのも、なかなか大変な仕事らしい。
「お疲れさん」
「うわっ。あ、ありがとうございます……」
ぽんとアイのローズゴールドの髪を軽く撫でる。
やった瞬間しまったと思ったが、アイは少し驚いたような表情を浮かべたが、されるがままになる。
その時、突然“驟雨”の窓が外から勢いよく叩かれた。
「うおっ!?」
「れ、レティさん!? どうしたんですか」
『……とりあえず、買い物にはレティも付いていきます。甘味のお店は色々知ってますから任せて下さい』
真っ直ぐにアイを見ながら、レティが言う。
やはり彼女も今回の調査で疲れているのだろう。
慣れない水中環境で、暗い場所で新種ばかりの戦闘だ、それも仕方ない。
しかし、直後にレティは表情を切り替えて言う。
『それよりも、興味深い物を見つけました。テントをそこまで誘導しますので、見て下さい』
「分かった。見てみよう」
レティたちがテントに取り付き、巧みに泳いで海溝の壁面に寄せていく。
業炎鮫の下半身を持つ団員がテントの前に立ち、その炎で切り立った海底の崖を照らす。
そこには、ぽっかりと黒い大穴が開いていた。
「これは……」
それを見て、アイが絶句する。
シャークマーメイドとなり、体が長くなった団員たちと比べても、随分と大きな穴だ。
ゴツゴツとした岩肌が、ずっと奥まで続いている。
『鮫たちはここから現れているようです。騎士団のほえほえさんと錨屋さんが先行して偵察に行ってくれましたが、敵の数が多くて奥に進むのは難しいと』
「なるほど。この先が鮫の本拠地ってことか」
「……今の戦力では無理に突入しても自滅するだけでしょう。調査結果としては上々すぎる収獲ですし、一度船に戻りましょう」
テントのおかげでLP回復アンプルなどの物資はほとんど消費されていない。
シャークマーメイドのおかげで、水中での戦闘力はむしろ上がっている。
しかし、戦闘員が5名というのは明らかに不足だ。
その上、俺たちが乗っている“驟雨”を横方向に続く海底洞窟に持っていくのは難しい。
それらを冷静に鑑みて、アイは撤収の結論を下す。
レティたち、騎士団員たちもそれに異論はないようで、彼らは素直に頷いた。
「船に合図を送ります」
アイの指示で、船のウインチが動き出す。
やがて、“驟雨”を繋ぐケーブルが引っ張られ、俺たちはゆっくりと浮上を開始した。
_/_/_/_/_/
Tips
◇
〈剣魚の碧海〉に生息する鮫に似た原生生物。体表から特殊な体液を分泌する。体液は海水と反応することで高温と光を放ち、外見上では全身が燃え上がっているように見える。光の閉ざされた深海では希望の灯火のように見えるが、近づけば火傷を負ってしまう。
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