第543話「双頭の鮫の襲来」

 シフォンの訓練も兼ねた航海は、少しずつ沖の方へと進みながら続いていた。

 〈剣魚の碧海〉は陸から離れるほどに深さを増し、強力な原生生物が現れるようになる。

 しかし、ここを突破できなければ新大陸へ到達することはできないため、シフォンも気合いを入れていた。


「それにしても、これはなかなか……」


 俺は釣り糸を垂らしながら、船首の方に落ちる影を見る。

 その直上では、巨大なウツボとシフォンが空中で格闘していた。

 ヌラヌラと濡れ光るウツボの鋭利な牙がシフォンに迫り、彼女はそれを軽やかに避けながらシンプルなアーツを繰り出す。

 炎の剣、炎の槍、石の鎚、様々な武器が瞬時に生成され、ウツボを攻撃して消えていく。

 そもそも、なぜ水棲生物とシフォンが空中で戦っているのか、そこからして随分と不思議な光景だ。


「まず、水面から顔を出してきたウツボをアッパーで空中に引きずり出すでしょ? あとは背負い投げで更に上に飛ばして、あとは回避を決めることで自分も飛ぶの。落ちてきたら上に殴って、自分も回避で上に行く。その繰り返しで、空中で体が維持できるんだよ」

「うん、分からん」


 エイミーやシフォンからは何度か説明をして貰っているが、何度聞いても理解ができない。

 ウツボが落ちてきたら殴り飛ばし、自身もそれに追随するようにジャストクリティカル回避で跳び上がる、という仕組みらしい。


「シフォンもずいぶん、〈白鹿庵〉に馴染んできたなあ」


 目にも止まらぬ高速連撃が、ウツボのHPを猛烈な勢いで削っていく。

 ウツボが息絶え、船の甲板に落ちてきた直後、白髪の少女は軽やかな足取りで降り立った。


「あ、レッジさん。見てたの?」

「まあな。凄い手際だったな」


 賞賛すると、シフォンは後頭部に手をやって口元を緩める。

 通常、このフィールドでの戦い方は水面から現れた原生生物を狙い、水中に潜られている間は備えに徹する、というのがセオリーだ。

 しかし、彼女は強引に原生生物を水中から引きずり出して帰さず、そのまま仕留めてしまう。

 結果的に、討伐に掛かる時間が非常に短縮されていた。


「一対一で、これくらい大きい相手なら余裕だよ。サイズが小さくなると、攻撃を当てたり回避したりするのが難しくなるんだけど」

「そこは要練習ね。回数をこなせば慣れていくわ。それよりもレッジ、ウツボの解体を頼める?」


 側で見ていたエイミーがやって来て、シフォンの戦いを評価する。

 彼女たちが先ほどの戦闘の見直しを行っている間に、俺は甲板に転がるウツボにナイフを差し込んだ。


『ぬわー! 主様、サメじゃ、フカが出たのじゃ!』


 その時、船尾の方からT-1の悲鳴が響く。

 驚きつつも解体を中断し、槍を構えて急ぐ。


「どっせーいっ!」

『ぬわーーーっ!?』


 しかし、船室の側を通った瞬間、奇妙な形状をした巨大なサメが物凄い勢いで海原の方へとすっ飛んでいった。

 二頭三尾の巨大鮫はそのまま水面をバウンドし、水切りの要領で跳ねていく。

 唖然としてそれを見ていると、船縁を強く蹴ったエイミーが、それを追いかけた。

 衝撃で船が揺れ、海に放り出されそうになるT-1を慌てて抱える。


「『打閃八景』ッ!」


 一瞬でサメに追いついたエイミーが、瞬間的に八連の拳を叩き込む。

 パパパパパパパパ、とまるで機関銃の射撃のような乾いた音が響き渡り、全ての衝撃を受け止めたサメは更に加速する。

 しかし、それをエイミーは逃さず、太い尻尾をむんずと掴み、船の方へと投げ飛ばしてきた。


「んえっ!?」


 迫る巨大なサメに驚いていると、障壁を足場にしたエイミーが戻ってくる。

 そうしてサメを思い切り高く蹴り上げ、落ちてきたそれに再び巨大な盾拳の連打を叩き込む。

 結局、彼女は一切の反撃を許すことなく、二頭三尾の巨大鮫を伸したのだった。


「こええ……」

「ほんとね。こんなサメ、見たことないわ」

「えっ。――ああ、うん」


 思わず口から零れた言葉に、エイミーがサメを見下ろしながら頷く。

 まあ、確かにそっちも怖いビジュアルをしている。

 T-1など怯えてしまって、俺の腰にしがみついて離れない。


「レアエネミーかしら」

「それでも目撃例くらいは聞いてると思うんだけどな。鑑定してみるか」


 俺はカメラを取り出し、写真鑑定を試みる。

 ついでにブログのネタにもしてしまおう。


「えーっと、名前は“双頭三尾鮫ツインヘッドスクリュー”っていうみたいだな。特に二つ名も無いし、ネームドではなさそうだ」


 だが、この船に乗っている面々が誰も知らないというのも珍しい話だ。

 エイミーもレティほどではないが良くwikiを読んでいるはずだし、今このフィールドは最も活発に攻略が行われている場所でもある。


「説明はなんて書いてあるの?」

「ああ、見てみるか」


 シフォンに言われて情報ウィンドウに目を落とす。

 そこには、写真鑑定で判明した“双頭三尾鮫”の詳細な情報が記述されていた。


「“〈剣魚の碧海〉深部に生息する珍しい形状の鮫に似た原生生物。非常に獰猛で、食欲旺盛。飢餓状態が続くと通常の行動範囲を越えて様々な環境に現れる”だとさ」

「つまり、深海魚? この海ってそんなに深かったのね」


 説明を聞いたエイミーが、青い水面をまじまじと見つめる。

 海の底は深く、光も届かない。

 それがどこまで続いているかは、考えてみればwikiにもまだ載っていない情報の一つだ。


「てっきり、河童勢がもうその辺も調べ上げてるもんだと思ってたけどな」

「河童勢?」


 聞き慣れない単語にシフォンが首を傾げる。


「〈水泳〉スキルを主軸に据えた、水中行動特化型ビルドのプレイヤーの総称だな。河童みたいに素早く泳ぐから」

「なるほど。じゃあ、そんな特化ビルドでもなかなか到達できないくらい、底が深いってことなのかな」

「かもなあ」


 大半のプレイヤーは船に乗って進むこともあり、碧海の深部は明らかになっていない。

 泳ぎが得意なプレイヤーたちでも進めないほど深く続いているのだろう。


「レッジ、その前に新大陸の攻略だからね」

「……ま、まだ何も言ってないだろ」


 海を眺めていると、エイミーが釘を刺してくる。

 ちょっと海の底に行ってみたいとか思っただけなのに。


「ともあれ、この情報もブログで公開してもいいか? 新大陸に興味ないプレイヤーが探索してくれるかも知れないし」

「そうね。情報公開はしておいた方がいいでしょうね」


 挙げる情報は多ければ多い方が良いだろう、ということで、俺は双頭三尾鮫を解体して得られたアイテムの情報も合わせて纏める。

 ウツボの方は解体を中断してしまったせいで品質がかなり落ちてしまったが、それでもきちんと最後まで終わらせる。


「それじゃあ、キリも良いしここらで帰るか」


 ウツボとサメのドロップアイテムを簡易保管庫ポータブルストレージに入れると、容量に限界が来た。

 六人乗りの船では重量的にも怪しくなってきたため、このあたりで航海を切り上げることにした。


『結構釣れたわね。全部売るの?』


 簡易保管庫の中に詰まった魚を見て、カミルが言う。

 船のレンタル代を払っても十分に黒字が出るほどの漁獲量だ。

 やはり、三人体制で釣りをするとかなり稼げる。


「少しはお土産にしよう。レティたちのぶんだな」

『分かったわ。じゃあ、適当に分けとく』

「頼んだ」


 行きは戦闘をしつつの進行だったが、帰りは極力戦闘を避けて港を目指す。

 その甲斐あって、さほど時間も経たずに〈ワダツミ〉へと帰還することができた。

 船を埠頭に着け、エイミーたちにも協力して貰って荷を下ろす。

 港の近くには海産物を買い付けに来た商人が多く集まっており、戦闘職のプレイヤーたちは彼らに売り渡すというシステムが自然に形成されている。

 俺たちもその流れに従って、双頭三尾鮫以外のアイテムを売り払った。


「うん、良い金額だ」


 俺は懐も暖まり、ほくほくだ。


「シフォンも結構スキルが上がったわね。アーツチップも揃えたくなってるんじゃない?」

「そうですね。任務も幾つか達成してますし、後でアーツチップショップに行きますよ」


 エイミーが言ったように、シフォンも今回の遠征で成長しているようだ。

 とはいえ、その前にやっておきたいことがある。

 俺はフレンドリストを開き、目当ての人物にTELを送る。


「さて、ログインはしてるみたいだが」

『こんにちは、レッジさん。何か御用ですか?』

「お、おう……」


 発信してからワンコールもせずに応答がある。

 爽やかな笑顔が目に浮かぶ明るい声は、今も忙殺されているはずの大規模攻略バンド〈大鷲の騎士団〉の長、アストラだ。


「ちょっと聞きたいことがあってな。できれば会って話したいんだが」

『分かりました。では、〈ワダツミ〉の騎士団支部に来て貰えますか』


 とんとん拍子で話が進む。

 恐らく新大陸攻略の関係で、アストラもこの町にいるらしい。

 俺は彼から詳しい住所を教えて貰い、エイミーたちと共に騎士団支部へと歩き出した。


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Tips

◇ハガネウツボ

 〈剣魚の碧海〉に生息する大型のウツボに似た原生生物。表皮が非常に硬質で、更に体表に特殊な粘液を分泌している。そのため物理的な攻撃が通りづらく、機術攻撃も威力が減衰してしまう。タフで凶暴な厄介者。


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