第542話「揺れ船の上で」

 船舶管理事務所でレンタルした船には、キッチンなどの設備も揃っている。

 とはいえ、必要最低限の機能しかない簡易のもので、そう凝った料理はできない。

 俺とカミルは軽く相談の上、ウマアジとバクダンフグ、そしてシフォンが倒してエイミーが引きずってきた球腹魚を刺身にして盛り合わせることにした。


「醤油と山葵、あとポン酢。ポン酢はウチの農園で採れたのを使ってるぞ」

『ちゃんと食べられるんでしょうね』

「当たり前だろ」


 三種類の刺身が花のように盛り付けられた大皿をカミルがテーブルの方へ運ぶ。

 俺は小皿と調味料を持って、そのあとを追いかけた。


「わあ、美味しそうじゃない!」

「はええ。綺麗ですね」

『お稲荷さんがないぞ!?』


 テーブルで待っていた面々から、概ね色よい反応が現れる。

 約一名、悲しそうな顔をしている少女がいるが、そもそも米も油揚げも持ってきてないから仕方が無い。


「案外よく釣れて、特にバクダンフグは大量だったな。T-1とカミルが手伝ってくれたおかげだ」

『一番釣ってたのはアンタじゃない』

『妾はバクダンフグを狙っていたわけではないのじゃが』


 二人は思うところがあるようだが、それでも〈釣り〉スキルを習得した後は次々と釣果を上げていた。

 周囲に他の船が無かったのも良かったのかも知れないが、六人で食べるには少し多いくらいの収獲だ。


「こっちがバクダンフグよね。美味しそうよ」

「ウマアジも、お刺身は初めてかも」

「刺身は刺身でも、陸で食べるのとはひと味違うぞ。釣ってから30分以内に捌いた魚の刺身は、“新鮮な刺身”になるんだ」


 小皿を並べ、醤油を注ぐ二人に向けて蘊蓄を披露する。

 採れたての魚を料理すると、“新鮮な”と頭につく特別な料理名になる。

 そして、それは陸に送られてから捌かれ、調理された魚料理とは一段違う旨さになっているらしい。


「ま、俺も食べたことはないんだけどな」

「それなら早速頂きましょうか」


 エイミーの言葉で、俺たちは一斉に箸を取る。

 俺が最初に取った刺身はバクダンフグのものだ。

 透けるほどに薄く透明なそれを、まずはそのまま食べてみる。


「おお、凄いな」

「美味しいっ!」


 隣のシフォンが目を輝かせる。

 彼女も新鮮な刺身の味に感動してくれたようだ。

 歯応えが、陸で食べるものと全然違う。

 しっかりと生きていたことを感じる、力のある食感だ。

 薄切りなのに、旨味が溢れ出す。

 醤油やポン酢を付けると、それは相乗効果で更に広がる。


「レティたちがいないのが申し訳無いわねぇ」


 エイミーはそんなことを言いながらも、箸を止める気配はない。

 お土産に持ち帰ったとしても、この美味しさは楽しめないのだ。

 品質が劣化しないはずのインベントリに入れていても、釣ってから30分が経ってしまうと新鮮な料理は作れない。


『ふむ。お稲荷も美味しいが、これもなかなか……』


 箸を握ったT-1が唸る。

 ひとまず落ち着いてくれたようで、俺も一安心だ。


「カミルは何食べてるんだ?」

『…………』


 ふとカミルの様子を伺うと、彼女は困ったような顔で口を動かし続けていた。

 しばらく待っていたが、なかなか噛み終わらない。


「もしかして、球腹魚の刺身か?」


 ピンときて尋ねると、カミルはコクコクと頷いた。

 俺は箸を伸ばし、新鮮な球腹魚の刺身を一切れ掴む。

 少し醤油を付けて口に入れると、淡泊な味が広がった。


「うん、うん……。うん?」


 もぐもぐと咀嚼を続けるが、小さな刺身が一向に噛み切れない。

 旨味は止めどなく溢れ出しているが、まるでゴムを噛んでいるような食感だ。

 このまま一生噛み続けられるような気がする。


「……ごくっ。これは、どういうことだ?」


 とはいえ、一生噛んでいる訳にもいかないため、仕方なく強引に飲み込む。

 機械人形の強力な炉心なら、きっちりと消化してくれるはずだ。


「ごめん。わたしが殴りまくったからかな……」


 そんな俺とカミルの様子を見て、シフォンが項垂れる。

 球腹魚を倒す際、凄まじい連打を叩き込んでいたせいでこの弾力が生まれたと思っているらしい。


「そんなうどんのコシみたいな……。多分、“新鮮な球腹魚の刺身”だからだろうな」

「はえ?」


 きょとんとするシフォンに、俺は考えたことを説明する。


「新鮮すぎて、身が固かったんだろ。球腹魚は普通の状態でも弾力があってぷるぷるした食感の身が特徴的な魚だろ。それが釣ったばかりだとより強調されるんじゃないか」

「なるほど……?」


 要は鮮度が良すぎて困る例だ。

 恐らく、球腹魚なんかは少し時間をおいた方が身が落ち着いて美味しくなるのだろう。

 刺身の情報ウィンドウを確認してみると、たしかにそんなことが書いてあった。


「昔、姪と海に行った時にそこでタコを食べたんだよ。それが普通にスーパーで売ってるようなのと比べて凄く弾力があって驚いたことがある」


 遠い記憶だが、それは良く覚えている。

 流石に球腹魚ほどではなったが、なかなか噛み切れなかった。

 まあ、そっちは現実的な硬さだったし、あれはあれで美味しかったが。


「はえー。そういえば、そんなこともあったっけ……」

「シフォンも同じ様なこと経験してたのか」

「ぶほっ!」


 シフォンが頷くのを見て奇遇だと思っていたら、彼女は突然咳き込んだ。

 俺たちが驚いて目を丸くするなか、彼女は慌てた様子で両腕を振った。


「そっ、そうですね。いやー、ぐうぜんだなー!」

「お、おう。まあ、内陸部に住んでると、海辺の町の魚料理に驚くよな」

「ですよね! そんなに珍しいことじゃないですよね!」


 若干気圧されつつも、シフォンの言葉に頷く。

 T-1とカミルがぽかんとしている。


「たしかに、港町って美味しいお魚が安いのよね。そういうところって回転寿司のクオリティも凄く高いのよ」

「そうそう。珍しい魚なんかも並んでるし、市場を見るのも楽しいよな」


 エイミーも似たような経験があるのだろう。

 俺たちは港町に行った時のことを思い出して語り合う。

 リアルを深く詮索することはないが、どうやらここにいるメンバーはみんな陸の民のようだ。


「軍港のあったところなんかを見るのも楽しかったな。でっかい戦艦を作るための工廠とかがあるんだ」

「そういう町だとカレーも有名よね」

「そうだなぁ」


 そんなことを話していたら、カレーも食べたくなってきた。

 今は生憎材料が無いが、農園でスパイスなんかも育ててみようか。


「そういえば、〈大鷲の騎士団〉が氷造戦艦の部隊を持ってるんだよね」


 海軍の話が出たからか、シフォンが話題を少しゲームに戻す。

 彼女が言っているのは、アストラたちが〈剣魚の碧海〉のボスを討伐した際にも運用された大規模な船団のことだろう。


「総勢二十六隻の巨大氷造船艦部隊。原型は俺たちが考えた“水鏡”だけど、規模は全然違うな」


 部隊名は確か、“〈大鷲の騎士団〉居住型機術装甲蒼氷船団水上戦闘隊”という。

 一隻を数人の機術師、野営師で管理する、特殊な複合機術じみた船艦だ。

 〈大鷲の騎士団〉ほどの規模が無ければ維持することもできない、まさしく規格外の船団なのだ。

 彼らはそれを使ったローラー作戦で海を隈無く探し回り、“繊弱のハユラ”を発見、討伐した。


「あれもオリジナルは〈白鹿庵〉なんだね……」


 話を聞いたシフォンが苦笑する。


「ラクトとエイミーと俺で協力して作った船だな。結構使いやすかったぞ」


 三人が揃わないと運用できないというデメリットはあるが、通常の船舶よりは戦闘能力が高く、コストも安い。

 今日はラクトがいないためレンタル船だが、そのうちシフォンも“水鏡”に乗る機会があるだろう。


『妾、というか〈タカマガハラ〉から言えば、あのアーツの使い方も予想の範囲外だったのじゃが……』


 球腹魚の刺身をもにゅもにゅと噛んでいたT-1が、珍しく指揮官の立場で言葉を放つ。


「でも、できたからなぁ」

「できたんだから、仕方ないわね」


 そう俺とエイミーが返すと、彼女は小さくため息をついた。

 指揮官の予想外だろうと、システム様がOKと言ってくれているのならOKなのだ。


「“水鏡”の設備も拡充したいんだけど、流石に金がないんだよな」

『〈万夜の宴〉で使いすぎなのよ』


 来たる新大陸攻略作戦に向けて戦力を増強したいのは山々なのだが、カミルの言葉が正しすぎて辛くなる。

 せっかく釣った魚を食べてしまっているが、もともとは少しでも金を稼ぐために釣り竿を担いできたくらいなのだ。


「少し休んだら、今度こそ売却用の魚を釣らないとな」

「シフォンも次のステップに進まないとね」

「はええ……」


 そんな話をしているうちに大皿が空く。

 俺たちは小腹を満たし、やる気を補填した。

 そしてまた、それぞれのやることをやるため、席から立ち上がった。


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Tips

◇新鮮な球腹魚の刺身

 釣ったばかりの球腹魚の刺身。非常に鮮度が良い。

 身はかたく弾力があり、優しい味わい。延々と噛み続けることができる。

 一定時間、打撃属性攻撃耐性が上昇する。


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