第544話「広く深い大洋」

 最大規模を誇る攻略バンド〈大鷲の騎士団〉は、本拠地こそ〈スサノオ〉に巨大なものを構えているが、それ以外にも各都市に拠点となるガレージをいくつも置いている。

 俺たちが訪れたそこも、数ある騎士団の支部の一つで、支部と言いつつも大半のバンドのガレージよりも数倍は立派な洋館だった。

 海を望む、広い庭園を備えた館の中へ、びくびくしながら入っていく。

 建物の規模が大きいだけあって、メイドロイドの数も相応に多い。

 わざわざ専用に揃えたらしい騎士団の紋章入りのメイド服を着たメイドさんに案内されて、俺たちは館の一室に辿り着いた。


「ようこそ、レッジさん」

「急に申し訳ない。忙しいだろうに」


 その部屋は、騎士団長の執務室のようだった。

 応接セットの奥に大きな机があり、アストラはそこで何やら書き物をしていた。


「いえいえ。レッジさんの頼みなら、どんな用事も放り投げて時間を空けますよ。むしろ、ご足労頂きありがとうございます」


 そう言って、アストラは開いていたウィンドウを全て閉じる。

 和やかに笑ってはいるが、今も新大陸攻略に向けて様々な準備を進めているのだろう。


「それで、俺に見せたいものというのは?」


 アストラはソファに俺たちを促しながら、単刀直入に本題へ入る。

 余計な挨拶などは抜きにして、俺もインベントリからアイテムを取り出した。


「これだ。wikiにも情報が載ってなくてな。念のため、騎士団のサイトも確認したが、そっちでもヒットしなかった」

「“双頭三尾鮫ツインヘッドスクリューの肉”……。たしかに、知らない原生生物エネミーですね」


 テーブルに並べたのは、双頭三尾鮫の肉と皮。

 あの鮫を解体して手に入れたドロップアイテムだ。

 やはりアストラも知らない原生生物だった様子で、彼も首を傾げている。


「騎士団も知らないとなると、本当に初めて見つかった可能性が出てきたな」

『妾が釣り上げたのじゃ!』


 隣に座っていたT-1が、自慢げに胸を張って言う。

 釣り上げたというか、偶然糸に掛かったというか。

 実際に仕留めたエイミーが、彼女を見て苦笑している。


「強さはどの程度でしたか?」

「エイミーが瞬殺できるくらいだったな」

「あんまり参考になりませんね……」


 俺の返答に、アストラは困ったように眉を寄せる。


「感触としては、レアエネミーくらいあったと思うわ。少なくとも、飛翔鮫ミサイルシャークよりはよっぽど強かったわよ」

「なるほど、ありがとうございます。説明文を見た感じだとノーマルエネミーだと思いますが……」


 テーブルに並べられたアイテムを見下ろし、アストラは何やら思い悩む。

 やはり、忙しい時に厄介なものを持ち込んでしまって怒っているのだろうか。

 俺が内心焦っていると、彼は不意にこちらへ視線を向けた。


「レッジさん」

「な、なんだ?」

「この情報は、どこかに公開していますか?」

「いや、まだしてない。後でブログに書こうとは思ってたが……」


 書くなというなら書かないぞ、と続けようとした。

 しかし、俺の言葉を遮って、アストラは口を開く。


「では、詳細な情報も合わせて記事を書いて下さい」

「いいのか?」

「はい。レッジさんがブログで紹介すれば、そちらを調査するプレイヤーも出てくるでしょうから。騎士団からは最低限の人員しか出せませんが、他のプレイヤーが参加してくれるなら、調査も進むはずです」


 どうやら、アストラは他の攻略組に深海の調査を任せようと考えたらしい。

 騎士団からすれば少し隙を見せてしまうことになるが、彼らは新大陸攻略に向けての準備に忙しい。

 情報を独占することよりも、全体の攻略が少しでも進む方を、彼は選んだのだ。


「分かった。じゃあ、ブログで記事を公開する。ついでに、俺もそのあたりの海域で活動するよ」


 どうせしばらくは金稼ぎとシフォンの訓練も兼ねて、何度か海に出なければならない。

 それなら、そこへ調査も兼ねれば一石三鳥だ。


「ぐっ、そうですか……。それなら、俺が鮫の調査に行っても――」

「何言ってるんですか、団長」


 あっさり仕事を放り出そうとしたアストラに、突然ドアの方から声が掛かる。

 振り返れば、銀鎧を装う副団長が呆れた顔で彼を見ていた。


「アイ! アイは、レッジさんと一緒に海に行きたくないのか」

「そ、それとこれとは別問題ですっ! それよりも、〈鉄神兵団〉の方がいらっしゃっているので、対応をお願いします」


 アイがぷりぷりと怒って、アストラの背中を押す。

 今日も騎士団のトップ二人は仲が良いらしい。


「その程度のことなら、TELで伝えてくれたら良かったのに。わざわざ部屋まで来なくても……。ああ、なるほど」

「何がなるほどですかっ! さっさと行って下さい!」


 団長を廊下まで押し出し、アイはドアを乱暴に閉める。

 残された俺たちは、どうしたものかと互いに顔を見合わせた。


「こほん。団長はご多忙なので、ここからは私が」

「え、ああ。よろしく?」


 とはいえ、もう用事はほとんど終わっている。

 後は帰ってブログを書くだけなのだが、それを伝えるとアイは首を横に振った。


「騎士団が事前に調査し、製作を進めていた海図があります。八尺瓊勾玉に表示されるマップよりも更に詳細なものなので、共有しておきます」


 そう言って、アイはマップデータを俺に送ってくる。

 騎士団の製図師が作ったらしい海図だ。

 潮の流れや原生生物の分布、海底の採集オブジェクトの位置まで、事細かに記入されている。


「いいの? こういうのって、機密だったりするんじゃ」


 エイミーが驚いて尋ねると、アイはふわりと笑う。


「確かにあまり公にはしていませんが、騎士団員なら誰でもアクセスできますから。どのみち、新大陸攻略の際にはBBCや〈七人の賢者〉の皆さんにも配る予定でした」


 ちょっとタイミングが早まっただけです、とアイは言う。

 そういうことなら、ありがたく受け取ろう。

 俺は早速貰った海図を最大サイズでテーブルの上に広げる。


「俺たちが双頭三尾鮫を釣り上げたのはこのあたりだな」

「なるほど。〈ワダツミ〉からさほど離れていませんね」


 座標を記録しつつ、アイは陸地との距離を計る。

 今回はシフォンの初航海ということもあり、そこまで沖には出ていない。

 まだ近海と言える範囲内だ。

 だからこそ、そんなところで新種の原生生物が発見されたのが面白い点なのだ。


「アイ、これって海底の地形も分かるのか?」

「このあたりは深すぎて、船上からの調査が難しいんですよね。海溝と言うべきか……」


 地図の表示を変えると、海底の地形が露わになる。

 しかし、それは比較的水深の浅い場所のみであり、俺たちが鮫と出会った地点は空白になっていた。

 どうやら、突然深く落ち込んでいるようで、巨大な亀裂が走っているようにも見える。


「ここを潜るのは?」

「騎士団の潜水士では難しいですね」

「となると、他の河童勢でも難しいんじゃない?」


 エイミーの突っ込みに、アイが複雑な顔で頷く。

 騎士団は攻略組のトップとして、潤沢な資金と優秀な人員を備えている。

 そこの潜水士でも到達できないほど深いのなら、他のプレイヤーでもなかなか難しいだろう。


「何が問題なんだ? 増設バッテリーを積めば、活動はできるだろ」


 潜水時はLPを徐々に消費していく。

 それは〈水泳〉スキルによって消費ペースを減衰させることができる他、増設バッテリーを装備することで、更に軽減することができる。

 しかし、アイは問題はそこではないと指摘した。


「障害になっているのは、水圧です。一定以上、具体的には水深350メートルを越えると、LPの消費速度が非常に早くなって、更には全身に故障が発生します」

「なるほどなぁ」

「ていうか、わたしたちってそんな深さまで耐えられるんだ……」


 シフォンが自分の体をまじまじと見つめて言う。

 何だかんだ忘れがちだが、俺たちは金属で作られた機械人形で、基本的に生身の人間よりも頑丈なのだ。

 とはいえ、普通に衝撃を受ければ四肢ももげるし、圧力を受ければフレームが拉げる。

 深海の探索をするには、様々な問題を解決する必要があった。


「そういうわけで、このあたりの問題を解消しないことには、海底の探索も難しいでしょうね」

「そうか……。圧力なぁ」


 潜水艦でも作れればいいのだが、大手の生産系バンドは船舶の開発で手一杯だ。

 水平方向に集中していた開拓作業の中に、突然垂直方向の可能性が現れても、すぐに対応することはできないだろう。


「そこで、レッジさん」

「なんだ?」


 ままならないものだ、と唸っていると、アイが名前を呼んでくる。

 驚いて顔を上げると、彼女は真っ直ぐに俺を見て、一つ提案をしてきた。


「私に良い考えがあります。少し、協力してもらえませんか?」


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Tips

◇潜水時の諸現象について

 水中に完全に身を沈め、遊泳した場合、時間経過によって徐々にLPが減少していきます。LPの減少量は〈水泳〉スキルが高いほどに抑制され、水深が深まるほどに増加します。増設バッテリーなどを装備することで、潜水遊泳時の行動をアシストすることが可能です。

 水中深部にまで潜るなどで異常な水圧が掛かった場合、機体が破損する可能性があります。


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