第537話「緑衣纏う大蜘蛛」

 アストラ専用にカスタムされた特別製の〈カグツチ〉――“銀鷲”の戦力は異常の一言だった。


「『穿突』」


 極大剣の切っ先が、三重に重なった〈守護者ガーディアン〉のバリアを砕く。

 それでも勢いは衰えず、一瞬で“荒雲”の特殊多層装甲にまで到達。

 まるで杭を打ち込まれたような衝撃と共に、体が僅かに後退した。


「げぇ」


 装甲の破損率が一気に五割を越え、LP回復能力が大幅に減衰する。

 それだけではない、勢いのついた突きの余波は装甲の内部にまで浸透し、俺のLP自体にも直接のダメージを与えてきた。


「やばい、『野営地修復』――」


 ここのところほとんど使う機会のなかった修復テクニックを思い出せたのは幸運だった。

 インベントリ内の金属建材を消費して、装甲に応急処置を施していく。

 だが、相手もそれを黙って見守ってくれるわけがなかった。


「『尾根断ち』」

「ぐわば!?」


 勢いよく振り下ろされた大剣が、俺の左体側をそぎ落とす。

 左腕、第一から第三副左腕が肩口から切り離される。

 腕ごと槍四本が落とされ、戦力が消失した。


「しまっ」

「焦ってますね。その顔が見たかった!」


 テントの破損に気を取られて、アストラの攻撃をもろに受けてしまった。

 しかも、彼は一瞬で最大の効果を発揮するため、解体ナイフを持つ右腕ではなく、槍を持つ左腕を狙ったのだ。

 おかげで俺が直接攻撃することはできなくなった。


「なんつー火力だよ!」

「高出力BBエンジンを八つ積んでいるだけです」

「変態構成すぎるだろ!」


 高出力BBエンジンとはそもそもなんだ。

 通常のBBエンジンでも、一機積めば〈カグツチ〉を自由に動かせるだけの力があるというのに。


「クソ、騎士団は金があって羨ましいな!」


 俺だってビットとアイテムを含めた全財産のほぼ全てを使って、この“荒雲”を作り上げているのだ。

 だが、それらの総額でも“銀鷲”の足下にも及ばないだろう。

 多少首を突っ込んでいるからなんとなく分かるが、アストラが乗り込んでいるあの機装は、頭の天辺から爪先にいたるまで、あらゆるパーツが最高級だ。


「新大陸攻略用の準備、と言う口実で会計部から予算を下ろしました」

「あとでアイに怒られるんじゃないか?」

「はっはっは。実際に新大陸攻略にも使いますから、嘘は言ってませんよ。それに、こういうのは試運転も大切ですからね」


 爽やかな笑顔で詭弁を立てるアストラ。

 彼に依頼された〈鉄神兵団〉も〈ビキニアーマー愛好会〉も、変態技術者たちの集まりだ。

 きっと嬉々として実用段階に至っていない試作品を全力投入してきたのだろう。


「それにレッジさん」


 アストラが中段に剣を構える。

 それを見て、俺も全てを悟った。


「巨大ロボというのは、ロマンでしょう」

「そうだな。――間違いない」


 脳天を割る剣の刃。

 それを受けて、俺は呆気なく散った。


「四十三勝、二十四敗だな」


 リスポーンポイントで、切り落とされた左腕が全て揃っているのを確認する。

 防具は破損した場合、死に戻っても修復はされないが、〈換装〉スキルで増設された機械パーツは機体の一部としてカウントされるため、修復される。

 とはいえ、内部の耐久値自体は僅かに削れている。

 このまま攻撃を受け続ければ完全に破壊され、リスポーンポイントに戻っても回復されなくなるだろう。


「そうなる前に、決着を付ける」


 あと八勝。

 それだけすれば、俺の勝ちだ。

 対してあちらはまだ勝利まで二十七回の勝ちを挙げなければならない。


「こちらもエンジンが暖まってきたところです。いざ、尋常に――」


 アストラが剣を構える。

 それに合わせて、俺も四本の槍と四本のナイフを構える。


「勝負ッ!」


 二人の声が重なる。

 同時に銀騎士が走り出し、俺も近づいていく。

 更に展開させていたDAFも並行して操作して、狙撃で牽制する。


「今更通じないか!」

「“銀鷲”の装甲は伊達じゃないですからね!」


 しかし、〈狙撃者〉の弾丸は銀の装甲に跳ね返される。

 騎士団が変態技術者どもと総力を決して作り上げた最新鋭の装甲は、そう簡単に貫けないらしい。


「だが、アストラもその機体に慣れるまでは多少は時間が掛かるはず。短期決戦で一気に決着を付ける!」


 実のところ、ドローンの消費が激しいのだ。

 特に自爆特攻を行う〈狂戦士バーサーカー〉と、〈狙撃者スナイパー〉の弾薬が底をつき掛けている。

 早期の決着でなければ、ジリ貧だった。


「おらああああっ!」


 糸を使った高速移動によって、素早くアストラの背後に回り込む。

 巨大な人型ロボットである〈カグツチ〉の操縦で難しいのは、同地回転だ。

 今ならアストラに致命の一撃を入れることもできる――。


「がはっ!?」


 槍を構えて迫る俺に、無数の針が突き刺さった。

 標本箱の昆虫のように、俺は空中で磔にされる。

 少し遅れて、“銀鷲”の背中から太い鉄杭のような針が飛び出してきたことに気がついた。


「やはり、レッジさんならそう動きますよね」

「まさか……動きを読んで……」


 アストラの嬉しそうな声。

 彼は、俺がこの“銀鷲”と相対した時にどう仕掛けるか予想していた。

 その上で対策を講じ、このような装備を積んでいたのだ。


「怖えよ……」

「褒め言葉だと思っておきますよ」


 針が騎士の鎧の中へと引っ込む。

 ゆっくりと落ちる俺を、振り向きざまに剣が切る。

 そのまま、俺は再び装甲を貫かれ、敗北を喫した。


「甘かったな。見通しが甘かった」


 完全に見くびっていた。

 アストラ相手に二十勝のリードを取って、慢心していた。

 奴は“最強”なのだ。

 数多居る調査開拓員の中で、頂点に君臨する、戦闘のスペシャリスト。


「さあ、レッジさん。戦いましょう。まだ二十戦はありますよ」


 直接見えなくとも分かる。

 今、彼の青い眼は野獣のようにギラついている。

 猛禽のように鋭く、捕食者の眼をしている。

 彼は、この戦いで負けるつもりなど一切無い。

 ここまで俺に勝ちを譲ってきた理由はただ一つ。


「アストラ、お前の理想の戦績は、五十一勝五十敗だな」


 ギリギリまで互角の勝負。

 最後まで分からない決着。

 結果的に、百本勝負ではなく、百一本勝負となる。

 エンターテイメントとしては極上だろう。

 何よりもそれを楽しんでいるのは、目の前の青年だ。


「当たり前じゃないですか」


 至極当然だと、アストラは頷く。

 彼は捕食者で、俺は被捕食者だ。


「なるほど、分かった。じゃあ、食い殺されないように気合い入れろよ!」


 窮鼠猫を噛む。

 弱い者が絶対に負けるわけではない。

 泥臭くとも、卑怯でも、執念深く立ち回り、幾重にも罠を張り、喰らい続けた方が勝つ。


「望むところです!」


 鋼鉄と鋼鉄が激突する。

 剣と槍が火花を散らし、胸を貫き腕を切る。

 まだこちらの方が、手数の上では圧倒している。

 それでも、向こうは一撃一撃の重みが違う。


「受け止めるな、受け流せ」


 槍を傾け、刃を滑らせる。

 ザリザリと擦過音を間近で聞きながら、顔の真横に剣撃を逸らす。


「ジェット!?」


 “銀鷲”が空を飛ぶ。

 瞬間的に速度を上げて、刹那の合間に距離を詰める。

 そのまま運動エネルギーを攻撃力に変えて、剣が胸を貫き、切り落とす。


「『強制萌芽』ッ!」


 極太の蔦が機体に絡まる。

 一瞬でも動きが封じられれば御の字だ。


「対策済みですよ」

「なにっ!?」


 直後、“銀鷲”が炎を纏う。

 蔦が焼け焦げ、急速に枯れる。

 力業だが、効果的だ。


「強い……ッ」


 こちらが一勝するために、三回、四回と負けている。

 流れは完全にあちらが握っていた。

 糸を繰り、三次元的に動いても、彼はそれに確実に喰らい付いてくる。

 強く、固く、速く、賢い。

 銀翼を広げた鋼鉄の騎士は、一分の隙も無いほどただ純粋に強かった。


「良い具合になってきましたね」

「よく言うよ、全く」


 金属パーツが悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 八本ある脚のうち三本、左腕の三本、右腕の二本が耐久値を全て消費し、リスポーンポイントに戻っても復活しなくなった。

 装甲は胸部を中心に至るところが拉げ、穴が開いている。

 焦げつき、ヒビが入り、まさに満身創痍だ。

 正直、立っているのも難しい。

 DAFシステムも甚大な被害を受けている。

 〈狂戦士〉は全損、〈狙撃者〉も弾薬はカートリッジ一つぶんを残すのみ、俺の目となる〈観測者〉も残り一機になってしまった。


「アストラはまだ人の形を保ってるな」


 対する“銀鷲”はまだ五体満足だ。

 二本の足で直立し、極大剣を構えている。

 装甲に傷や汚れは目立つものの、致命的な損傷は与えられていない。


「四十九勝、四十八敗か」

「レッジさんの方が、一歩リードしていますね」

「よく言う。俺の状態を見てみろよ」


 満身創痍の俺は、あと二勝が遙かに遠い。

 このままリスポーンポイントから這い出ても、すぐさま首を刈り取られるだけだ。



 だが、アストラは油断のない声で言う。

 緊迫感のある沈黙が、“伏桶”の舞台に広がる。

 彼は大剣をこちらに向け、いつでも動けるようにエンジンを動かし続けている。

 俺の命はもう、風前の灯火だというのに。


「……」

「……」


 沈黙の中、視線が交差する。


「仕方ないな」


 根負けしたのは、俺の方だった。

 肩を竦め、頭を振る。

 そうして、インベントリから秘蔵のアイテムを取り出した。


「『戎衣纏装』“花蜘蛛”」


 注射器型の種瓶を首元に突き付ける。

 針が深くブルーブラッドラインにまで侵入し、シリンジの内容液が注入される。

 直後、濃緑の蔦が繁茂し、全身を覆い隠した。

 欠損した部位を補完するように、捻れ絡まった蔦が伸びる。

 全身を分厚い葉が覆い、毒液が滲み出す。

 LPが急速に失われ、同時に急速に回復していく。

 背中から鋭利に尖った竹が生える。

 頭を頑丈なカボチャの装甲が守る。


「禍々しいですね」

「そうかもな」


 〈栽培〉スキルによって開発した特殊なアイテム、“植物戎衣”。

 それを全身に纏い、ステータスを軒並み底上げすると共に、いくつかの特殊能力を獲得する。

 問題点はただ一つ。

 異常な力を得る代わりに、栄養液を急速かつ膨大に消費する。

 そのため、持続時間は保って三分程度だろう。


「決着を付けるぞ」


 全身を緑が包み、もはや人型の上半身も埋もれてしまっている。

 今の俺を外から見れば、巨大な緑の蜘蛛の怪物だろう。

 だが、それでも構わない。


「望むところです」


 最後の勝負へ挑むため、俺たちは同時に動き出した。



『なんじゃあ、アレは!』

「知りませんよ。たぶん、ウチの畑で採れた野菜です」

『何がどう転がれば、野菜が蜘蛛になるのじゃ……』


 “伏桶”観客席にて、T-1が頓狂な声を上げる。

 彼女の視線の先にあるのは、突然緑の蜘蛛の化け物に変貌したレッジの姿だ。


「ていうか、ステージで踊らなくていいんですか?」


 レティは草臥れた様子で、T-1に問い掛ける。

 〈白鹿庵〉の面々が座る客席に、彼女たちがやってきたのはついさっきのことだった。

 本来ならばリングの周囲で踊っているはずの管理者たちが、全員こちらへ戻ってきたのだ。


『あんな危ないところに居れるか! 他はともかく、妾はただのメイドロイド機体なのじゃぞ』


 戦いの流れ弾でぶっ壊れるわ、とT-1は悲鳴を上げる。

 巨大化したレッジと、専用機に乗り込んだアストラの戦いは激化の一途を辿っている。

 いくら安全性が考慮されているとはいえ、彼女たちも恐怖を感じずには居られなかったらしい。


『そもそも、誰も私たちの踊りを見ていなかったでしょう』

『楽団の手も止まってたしなァ』


 死んだ魚のような目をしてウェイドが言い、アマツマラが頷く。

 観客たちの視線は全てリングの方へ集中し、踊っているのが辛くなったようだった。


「とりあえず、お疲れ様。何か甘い物食べる?」


 複雑な表情でリング上の争いを眺めている管理者たちを、エイミーが優しく労う。

 彼女が渡した管理者アイス最中を、管理者たちはまた複雑な表情で口にした。


『この、これは何っすか?』


 ホムスビ型のアイス最中を手に、ホムスビが困惑する。


「管理者アイス最中ですよ。ファンメイドの創作お菓子です」

「管理者羊羹とか、管理者パンケーキとか、管理者焼きとか、いろいろ売ってますよ」


 レティとトーカが説明すると、彼女たちは不思議そうな顔で生返事をかえす。

 自分の姿を模されたお菓子が大量に販売されていることに、あまり実感が湧いていないらしい。


「ていうか、それよりもあの怪獣大決戦ですよ。ネヴァさん、キリキリ吐いて下さい」


 思い出したように、レティは隣で正座するネヴァの肩を掴む。

 しかし、ネヴァは泣きそうな顔で首を横に振った。


「知らないわよ。植物戎衣は私の専門外だし……」


 彼女は、あくまで自分が関与したのは“荒雲”の部分までだけだ、と弁明する。

 レティたちは疑念の目を向けるが、すぐに納得した。

 たしかに、植物戎衣に関して言えばレッジの単独犯行だろう。


「しかし、完全に人の姿を捨てたねぇ」


 リング上で暴れ回る緑の大蜘蛛を眺め、ラクトはいっそ感心した様子で言う。

 銀色の騎士が青い光を吹き上げて舞っているが、蜘蛛もそれを機敏に追いかけている。

 互いに激しい攻防を繰り広げ、なかなか決着がつかないようだ。


「なんか、タタリに身を任せてそう」

「神様かな?」

「お腹から銃弾出てきたりして」


 ぬたぬたと蠢く緑の蔦に覆われた大蜘蛛のような形のレッジを見て、〈白鹿庵〉の面々は好き勝手に感想を漏らす。


「あっ! やっと見つけました!」

「はえっ!?」


 その時、レティたちへ声が掛かる。

 シフォンが驚いて振り返ると、そこには揃いの銀鎧を纏ったプレイヤーたちと、彼らを率いる少女が立っていた。


「アイさん!? どうしてここに……」


 突然の珍客――〈大鷲の騎士団〉の副団長の出現に、レティたちは驚いて腰を浮かせる。

 アイは申し訳なさそうに頭を下げて、来訪の理由を告げた。


「ウチの情報解析班が熱を上げて強制ログアウト措置を受けてしまいまして。ですが、騎士団としても報告書を纏める必要もありまして。申し訳ないのですが、少し情報を共有したく……」

「なるほど、そういうことでしたか。とはいえ、レティたちよりネヴァさんの方が詳しいと思いますよ」


 そう言ってレティが傍らのネヴァの肩をぽんと叩く。


「その、この度はウチの団長がご迷惑を……」

「そんな。むしろウチのリーダーの方が甚大な影響を……」


 ひとまず謝罪を口にするアイに、レティは慌てて謝罪を返す。

 やらかしっぷりで言えば、完全にレッジの方が上である。


「レッジさん、きっとまた全財産を使い潰してると思うんですよ。そのせいでアストラさんにはご迷惑を」

「いえいえ。こっちこそ私や会計部に内緒であんなものを持ち出して。共犯の団員たちにはきつく言ってますが、後ほど本人にも」

「いえいえいえ。こちらも後でちゃんと言い聞かせておきます」


 騎士団員が持ってきた菓子折を早速広げつつ、〈白鹿庵〉と〈大鷲の騎士団〉と管理者たちが情報を共有していく。

 話を重ねるにつれて、リングの上でどれほどのものが暴れ回っているのか、その正体が次第に明らかになっていった。


「そうですか、騎士団も……」

「白鹿庵もなかなか……」


 騎士と蜘蛛が激戦を繰り広げている傍らで、両陣営は互いに情報を共有していた。


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Tips

◇管理者アイス最中

 とある菓子職人が考案した、管理者の姿を模した最中。中にはそれぞれ違った味のアイスが詰まっている。ミニサイズ、レギュラーサイズ、ビッグサイズの三種展開。それぞれ250、300、4,000ビット。ビッグサイズは本当にビッグです。店頭の見本をご確認の上、お買い求め下さい。


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