第538話「激戦の終わり」

 これが百本勝負の大詰めだ。

 長かった試合が、あと三分で決着する。


「『疾風斬』ッ!」


 白銀の極大剣が横薙ぎに振るわれる。

 “花蜘蛛”の左脚四本がすっぱりと断ち切れ、バランスを崩して転倒した。


「獲りますッ!」

「させるか!」


 間断無く落とされた剣を、跳ねるような動きで避ける。

 その頃にはすでに、切り落とされた脚が絡まる濃緑の蔦によって再生していた。


「再生能力持ちですか、やっかいですね」

「的確に行動不能にしようと狙うやつがいるからな」


 植物戎衣“花蜘蛛”は、装填された特濃の栄養液によって絶えず成長を続けている。

 多少の部位欠損ならば、すぐにカバーできるだけのポテンシャルを秘めていた。


「とはいえ、その代償で俺は風牙流どころか槍も使えないわけだが……」


 今の俺の、人型の上半身は全て緑の中に埋もれてしまっている。

 そのため外見上は丸いフォルムの大蜘蛛のように見えているはずだ。

 槍とナイフを持つ腕も密度高く絡まり合った蔦の中にあり、正直、上半身はほぼ動かないと言っても良い。


「だから、ゴリ押しで行くぞ!」

「くはっ!?」


 もじゃもじゃと蠢く蔦の中から、蛇頭葛が飛び出す。

 それは破城鎚の要領で“銀鷲”の胸部装甲を強く叩き、衝撃を内部にまで貫通させた。

 更に濃縮された腐食毒が詰まった果実が投げられ、銀色の鎧を紫で汚す。

 猛槍竹が弾丸のように射出され、鎧の結合部の隙間へと食い込んだ。

 “花蜘蛛”は無数の改造植物を融合させた、特殊な植物戎衣だ。

 様々な植物の部位を持ち、それらのほとんどが攻撃や防御に使われる。

 モコモコとした緑の体に無数の武器を潜ませ、八本の脚自体も非常に力強く、何より大きい。

 全身を余すことなく凶器にする、我が農園の最高傑作なのだ。


「はあああああっ!」

「おらああああああっ!」


 互いに雄叫びを上げ、剣と蔦が交差する。

 固い南京が装甲を凹ませ、青い炎が葉を焦がす。


「一本!」


 一瞬の隙を突き、勢いをつけて、騎士を倒す。

 五十勝、四十八敗。


「いいですね、血がたぎります!」

「言ってろ!」

「『飛燕』、『ラッシュスラスト』『晴嵐剣舞』」


 重い金属塊である大剣を軽々と扱い、アストラは次々と技を繰り出す。

 高出力BBエンジンとやらを八台も積んでいるだけあって、その出力は化け物だ。

 彼の刃が振るわれるごとに、こちらに深い傷が刻まれる。


「だが、届かない!」

「くっ」


 彼の剣技は神々しさを纏うほどに洗練されている。

 それなりに靱性の高いはずの蔦が、まるで抵抗できずに断ち切られてしまう。

 しかし、彼の攻撃は俺まで届かない。

 どれだけ蔦を切ろうが、俺の本体ではないのだ。


「『一閃』」

「そこは違うぞ」


 彼が切っているのは、あくまで蔦だ。

 俺ではない。


「――『弱点看破』!」


 “銀鷲”の目が光る。

 〈鑑定〉スキルを使い、俺の身体構造を把握する。

 そうして、彼の刃が俺の心臓――本体の胸部へと向けられた。


「見つけました」


 “銀鷲”が駆ける。

 彼の刃が、俺の元へと迫る。


「『起動トリガー』」


 限界まで引きつけて、俺も最後の技を発動させる。

 白銀の刃が体表の蔦を断ち、俺の喉元へ突き刺さる。

 それと同時に、残された最後の〈狂戦士〉が爆発し、〈狙撃者〉が全ての弾丸を撃ち尽くす。

 全ての地雷が爆発し、全ての機銃が斉射される。

 全ての杭が解き放たれ、全ての糸が放たれる。

 全ての毒液が噴出し、全ての竹槍が撃ち出される。

 俺に残されたあらゆる攻撃手段の全てを、この一瞬に集約する。

 全方位からの全力の攻撃。

 アストラの驚異的な身体能力と動体視力を以てしても、避けることのできない攻撃。

 彼の刃が喉元へと到達すると同時に、それら全てが炸裂した。


「……」

「……」


 黒煙が“伏桶”に充満する。

 客席も沈黙し、最後の状況を確認しようと目を大きく見開いている。

 夜の町に冷たい風が吹く。

 遠く町の中心地から喧噪が響いていた。


「勝負あったみたいだな」


 俺は、舞台の中央に立つ銀の騎士を見上げて言う。

 煤にまみれ、傷を負い、剣を落とし、それでも騎士は威風堂々と佇んでいた。

 片腕を失い、膝を突いている。

 それでも、気高く胸を張っている。

 俺はそれを、リスポーンポイントから見上げていた。


「五十勝、四十九敗、一自滅だ」

「……そういえばそうでしたね」


 “銀鷲”の胸部が開き、中からアストラがぼとりと落ちてくる。

 彼は悔しそうな顔で俺を見ていた。


「なんて微妙な決着なんだ、って思ってるか?」

「まあ。ですが、ルールを設定したのは俺ですからね」


 五十勝、四十九敗、一自滅。

 それが俺の成績だ。

 五十回アストラに勝ち、四十九回アストラに負け、そして、一度自分で死んだ。

 槍を腹部に突き刺して自らリスポーン地点に戻った一回。

 あれも戦績にカウントされていた。

 よって、ここで百本勝負は終わる。


「勝者、〈白鹿庵〉のレッジ!」


 通常のスケルトンに戻った俺を、アストラは舞台の中央まで引きずる。

 そうして、俺の手を持ち上げて、周囲の観客に向けて大きな声で宣言した。

 初めは困惑したように疎らな、やがて万雷の拍手が会場を包み込む。

 その音の激流の中心で、俺はアストラの方を見た。


「いいのか、俺の勝利で」

「0.5ポイント差ということで。ほぼ互角ということなら、納得します。それとも、もう一回やりますか?」

「勘弁してくれ。もう素寒貧なんだ」


 見届けてくれた観客たちの声に応えながら、言葉を交わす。

 もう強制ログアウトギリギリまで疲れ切っていた。

 それはアストラも同じだろう。

 爽やかな笑顔にも、僅かな陰りが見えている。


「やはり、レッジさんは強いですね」

「よせよ。俺はこういう閉鎖空間じゃないと力が発揮できないんだ」


 俺が辛くも勝利できたのは――前回もそうだったが――状況が有利だったからだ。

 人によって得意不得意があり、環境によって勝敗が大きく変わるというのも、スキル制の面白いところだろう。


「ふぅ。帰ってコーヒーでも飲みたい」

「同感です。手早く締めて、撤収しましょう」


 挨拶も良いところで切り上げて、閉幕に向けて動きだそう。

 もういつぶっ倒れてもおかしくない。

 そんな思いで手を下げ、舞台の下へと去ろうとしたその時だった。


「レッジさあああああああんっ!」


 ドスのきいた声と共に、赤い影が降ってくる。

 それは勢いよく舞台に着地し、立ち込める煙の中ゆらりと顔を上げた。


「ひっ!?」


 思わず悲鳴を上げ、足を竦める。

 直後、俺とアストラの周囲を数人のプレイヤーが取り囲んだ。


「団長、随分とお楽しみでしたね」

「あ、アイ……。その、これは……」


 アストラに助けを求めようとしたが、向こうは向こうで取り込み中のようだ。

 圧のある笑みを浮かべたアイがにじり寄り、珍しくアストラが青い顔をしている。


「レッジさん、なに余所見してるんですか?」

「あ、いや、その……」


 レティに両手で顔を挟まれ、強引に視線を戻される。

 彼女はゆらゆらと耳を揺らして、笑みを浮かべていた。


「とりあえず、勝利おめでとうございます」

「あ、ありがとう。うん」


 素直に頷くと、直後に彼女の表情が一変、すっと真顔になった。


「では、色々お聞かせ下さい」

「……はい」


 有無を言わせぬ迫力に、俺は頷くことしかできない。

 ここから逃げるなど、できるはずもない。


「あと、これ、ネヴァさんに作って貰ったので是非」

「なんだ?」


 レティがインベントリから何かを取り出し、俺の方へと突き出す。

 それを見て、思わず目を見開いた。


「これ……」

「T-1さん監修です。とりあえず、これを着けて下さい。処遇は後で決めましょう」


 それは、首掛けのボードだった。

 簡素な木製の板には“私は大切なリソースを無駄遣いしました”とマジックペンで描かれている。

 隅の方に小さく“金めだる”と追記されているのが、逆にもの悲しい。


「アストラさんのぶんもあるんですよ」

「ええ……」


 振り返れば、アストラも同じ文言の書かれたボードをアイから授与されていた。

 あちらには“銀めだる”と書かれている。

 もしかして、しばらくはこれを着けて生活しないといけないのか。


「くふふ、これで主様もお揃いじゃのう、とT-1さんが言ってました」

「あいつ……」


 意趣返しのつもりなのだろう。

 指揮官らしいことをしてくれる。


「あの、とりあえず〈万夜の宴〉の締めがあるんだが……」

「ちゃんと着けて下さいね」

「えっと」

「ちゃんと着けて下さいね」

「はい……」


 何故かレティの耳が角に見える。

 俺に反論する権限などあるはずもなく、ただ粛々と従うしかなかった。


「よう、レッジ。派手にやったな」


 そこへ、現場担当のクロウリが昇降装置に乗ってやってくる。

 彼と共に現れた〈ダマスカス組合〉の職人たちが、ボロボロの舞台を素早く修復し、片付け始める。


「ここは俺に任せろ。控え室でゆっくり休むんだな」「えっ」

「はい。ありがとうございます。じゃあ行きましょうか、レッジさん」

「えっ」


 俺が答えるよりも早くレティが頷き、がっちりと腕を掴む。

 腕力極振りの彼女から逃れることなどできるはずもない。


「あとは管理者たちの挨拶だけだろう? ま、ほどほどにな」

「俺に言わないでくれよ……」


 他人事だと思ってケラケラと笑うクロウリに見送られ、俺とアストラは舞台下へと連行される。

 そうして、長い長い百本勝負はようやく終わりを迎えたのだった。


「あ、レッジさん。何か食べます?」

「いいのか?」

「もちろん。色々お話して貰う必要がありますからね」

「あっはい」

「会場近くの露店で面白い料理が売ってたんです。それをご馳走しましょう」

「うわーたのしみだなー」


 警察から取り調べを受ける時というのは、このような気持ちなのだろうか。

 俺は共に連行されるアストラと視線を合わせ、とぼとぼと歩き出した。


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Tips

◇稲荷巻き丼

 五目ごはんの稲荷寿司を具にした海苔巻きを具にした丼料理。構成の九割が炭水化物でできている、狂気の作品。情報量は多い。

 一杯1,500ビット。


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