第536話「大翼の銀騎士」

_/_/_/_/_/


◇ななしの調査隊員

何がどうなってるんです?


◇ななしの調査隊員

なんだあれ


なんだあれ?


◇ななしの調査隊員

今北産業


◇ななしの調査隊員

最終ライブ最後におっさんとだんちょが試合開始

何故か互角の勝負を繰り広げる

おっさんがスパイダーなマンになった


◇ななしの調査隊員

なんで?


◇ななしの調査隊員

分かってたら苦労しないんだよなぁ


◇ななしの調査隊員

なに、この、なに・・・?


◇ななしの調査隊員

クソ、誰も情報知らないせいで詳細が何も分からん!


◇ななしの調査隊員

たぶん〈換装〉スキルの応用だとは思うんだよな

いや、腕が四本に増えたあたりから意味分かんなかったけど


◇ななしの調査隊員

おっさんだし多分テントなんじゃない?


◇ななしの調査隊員

おっさん製の見慣れないものをなんでもテントって言い張るのやめろ


◇ななしの調査隊員

そうはならんやろ


◇ななしの調査隊員

いやーでも実際テントなのでは?

アストラの攻撃が全然通じなくなってるし、LP滅茶苦茶回復してるし


◇ななしの調査隊員

浮蜘蛛だっけ?アレの発展版かなぁ


◇ななしの調査隊員

ステージに蜘蛛糸を張ってるみたいだな。

それを伝って移動しているから、超高速機動が実現されております


◇ななしの調査隊員

解析班が今死ぬ気で情報分析してる


◇ななしの調査隊員

おつおつ。頑張ってくれ


◇ななしの調査隊員

要は〈罠〉スキルの“領域”内部で自由に動き回れる、機装型のテントってところか


◇ななしの調査隊員

ってところか、じゃないんだよな


◇ななしの調査隊員

一から十まで訳分からんぜ


◇ななしの調査隊員

しかしあの団長が防戦一方ってだけでやばいよな


◇ななしの調査隊員

まずなんでおっさんはまだ人の形を保ってた時から団長と良い勝負できてたんだよ


◇ななしの調査隊員

今何勝何敗?


◇ななしの調査隊員

団長が23勝

おっさんが41勝


◇ななしの調査隊員

そろそろ決着つくじゃねーか


◇ななしの調査隊員

これってどっちかが51勝取った段階で決着?


◇ななしの調査隊員

たぶん。


◇ななしの調査隊員

おっさんが変身してからはアストラ負け続けだな。

あの装甲を抜けねぇとダメージ入れられないし、多少入ったところでLP即回復するし、機動力が高すぎるし。


◇ななしの調査隊員

ついでにDAFも完全展開してるから死角ないし、どこからでも自爆特攻飛んでくる


◇ななしの調査隊員

あれ、これ団長勝てないのでは?


◇ななしの調査隊員

また団長の負けっすか?


◇ななしの調査隊員

トッププレイヤーに勝てる一般プレイヤーがいるらしいですね……


◇ななしの調査隊員

それはもう一般プレイヤーじゃないんよ


◇ななしの調査隊員

おっさん42勝目


◇ななしの調査隊員

あと9勝か


◇ななしの調査隊員

勝ったながはは


◇ななしの調査隊員

風呂入ってくる


◇ななしの調査隊員

おや? 団長のようすが・・・?


◇ななしの調査隊員

うん?


◇ななしの調査隊員

おっと?


_/_/_/_/_/


 機装拡張纏衣式テント“荒雲”の力は絶大だった。

 防戦一方だった俺は一転攻勢に回り、形勢は完全に逆転した。

 アストラの高い攻撃力も、“荒雲”の分厚い特殊多層金属装甲はなかなか貫けず、例え俺に刃が届いたとしても多少のダメージは数秒で回復する。

 攻撃は最大の防御と言うが、やはり最高の防御こそが最大の防御なのだろう。


「はははははっ! 良い眺めだな。アストラ!」

「くっ。レッジさんの装甲テントには幾度となくお世話になっていますが、敵に回すと本当に手強いですね」


 剣を構え、神々しい光を放つアストラは、口元を悔しげに歪めている。

 現在の俺と彼の戦績は、42対23。

 圧倒的に俺が有利だった。


「そら、止まっていたら良い的だぞ」


 俺の目となり武器となるDAFシステムによって、アストラは常に攻撃に晒されている。

 四本の槍が届かない場所に居ても、〈狂戦士〉の自爆や〈狙撃者〉の狙撃がいくらでも襲いかかってくるのだ。

 アストラはそれを巧みに避けながら俺の元へとやってくるが、周囲に張り巡らせた糸を伝えばすぐに離れることができる。


「鉄壁の防御、高速の自己回復能力、オールレンジの攻撃、圧倒的機動力! どこをとっても完璧だ。流石、ウン百Mビット以上を注ぎ込んだだけある。ネヴァも良い仕事をしてくれたよ」

「またレティさんに怒られますよ」

「後悔はない! いや、ちょっとはあるけど、今は楽しむだけだ!」


 冷静にツッコミを入れるアストラによって現実に引き戻されそうになったが、なんとか意識を逸らす。

 後のことは後の自分に任せて、今はこの場を楽しむことだけに集中するべきだ。


「ほらほら、アストラ。もう降参してもいいんだぞ」

「言ってくれますね!」


 槍をアストラに向かって投げる。

 “刃鱗の機械槍”は大量生産も可能で、投擲にも適した形状になっている。

 更に名前に機械とあるように〈操縦〉スキルによって発動できる機構が内蔵されていた。


「その槍もまあまあ厄介ですね!」

「いいだろう。まだまだ在庫はあるぞ!」


 投げられた槍は側面から矢羽根のような機構を展開し、真っ直ぐに飛ぶ。

 穂先が地面に触れた瞬間、詰め込まれた火薬が点火機構によって爆発し、細かな金属片を周囲に拡散させる。


「しまっ!?」

「避けるのに夢中になりすぎたな!」


 風牙流、三の技、『谺』

 四組の槍とナイフによって繰り出される、四つの二連撃。

 瞬間的に重ねられた八つの刺突斬撃によって、アストラを包む銀鎧が破壊された。

 更にLPを削りきり、俺はついに四十三勝目を挙げる。


「よしよし、順調だな」

「……流石に、これは厳しいですね」


 リスポーンポイントに戻ったアストラは、鎧の下のインナーが露わになったあられもない姿だ。

 スキンも所々剥がれ、その下の金属機体が僅かに覗いている。


「アストラのスケルトン姿を見るのは初めてかもな」

「そうですね。ゲーム開始直後に、アイと一緒にスキンショップに駆け込みましたし」


 ともあれ、あの“最強”たる団長がここまでボロボロになっている光景は周囲の観客たちにとっても衝撃的だったらしい。

 客席がざわつき、声が飛び交っている。


「どうする? 防具が無くなったら、それこそ絶体絶命だと思うが」


 俺だっていたぶる趣味はない。

 平和的に終わるのなら、それでいい。

 しかし――。


「何言ってるんです。面白いのはここからでしょう」


 汚れた前髪の隙間から覗く青い瞳は、獰猛な猛禽のように。

 ギラギラとした目でこちらを見るアストラ。

 これほどの大差がついて尚、彼はまだ勝つことを諦めていない。

 戦うことに絶望していない。

 それを直感的に察した俺も、緩んでいた心を引き締める。


「それじゃあ、引き続き」

「ええ。そうですね。とはいえ、このまま外に出る訳にもいきませんね」


 槍とナイフを構える俺を前に、アストラはリスポーンポイント内で何か動きを見せる。

 そこで悠々と形態変化した俺が文句を言うわけにもいかず、彼が何かしら企んでいるのをゆっくりと見届けることにした。


「俺、嬉しいんですよ」

「なんだよ、突然」


 アストラの言葉に思わず毒気を抜かれる。

 元はと言えば、〈万夜の宴〉のドリームチームに参加して貰うための対価として設けられたのがこの百本試合だ。

 彼はイベント中よくやってくれていたし、俺もそれに応えねばならなかった。


「俺が五十一勝ゼロ敗でストレート勝ちすることも、できたと思うんです。それが最短ですからね。でも、レッジさんはここまで俺を追い詰めてくれた。追い詰めるだけの準備をしてくれていた。俺のために数百Mのコストを支払ってくれた。これほど嬉しいことはない」

「お、おう?」


 俺としては、そんな軟弱な試合ではアストラも集まってくれたプレイヤーたちも許さないと思っていた。

 だから、自分の持てる全ての力を注ぎ込んで挑んだのだ。

 まあ、少しはネヴァと共に調子に乗りすぎたところもあるが。


「だから、俺も準備をしてきたんです」

「準備?」

「レッジさんがそのまま負けるなら、使うことなく捨てようと思ってましたが、無事に日の目を見ることができて良かったですよ」


 そう言って、アストラはインベントリから小さなアイテムを取り出す。


「リモコン……?」


 白い金属。

 縦長の長方形で、手のひらに収まる程度のサイズ。

 その中央に、ボタンが一つついていた。


「これは呼び出しのベルです。俺が貴方を討つための、最終決戦兵器です」


 そう言って、晴れやかな表情でアストラはボタンを押す。

 ピコン、と安っぽい音が静寂の舞台に広がった。


「何を――」


 言い掛けて、口を噤む。

 遠くの方から微かに、何か音がする。


「レッジさんはネヴァさんと色々考えてくれたみたいですが、俺もいろんな人に協力してもらったんです。〈鉄神兵団〉とか〈ビキニアーマー愛好会〉とか」

「アストラの口からその二つの名前が出るとは思わなかったな……」


 そんな話をしている間にも、徐々に音は大きくなる。

 やがて明瞭になるにつれて、それがなんの音なのかが分かった。


「ジェット……。まさか!?」

「その、まさかです」


 突然、“伏桶”の広い舞台に何かが落ちてくる。

 爆音と白煙が周囲に立ち込め、一時的に何も見えなくなった。

 客席が騒然とする中、もうもうと立ち込める煙が強い風に薙ぎ払われた。

 そこに立っていたのは、白銀の騎士。


「これは……」


 三メートルに達する俺と視線が合う、巨大な鋼鉄の騎士。

 いつものマントの代わりか、メタリックカラーに塗装された翼のような推進器を背後に浮遊させている。

 全身を洗練された白銀の金属装甲で覆い、胸部には〈大鷲の騎士団〉の紋章が刻まれている。

 威風堂々と直立する騎士が手に持っているのは、巨大で肉厚な、重量級の特大剣だ。


「〈カグツチ〉か!」


 外見は大きく変わっているが、素体となっているものには見覚えがある。

 それはアマツマラが開発した特殊大型機械装備〈カグツチ〉を基に発展させた、改造機体だった。

 アストラは胸部のコクピットに乗り込み、外部スピーカーを通じて答える。


「〈大鷲の騎士団〉特大機装鉄機兵隊専用装備。対単体大型脅威原生生物特化型高攻性特化アタッチメントモデル。――騎士団長専用機“銀鷲シルバーホーク”」

「なんつーもんを……。対人戦のための準備じゃないだろ」


 それはどう考えても、ヴァーリテインやゲイルヴォールのような巨大なフィールドボスを相手取るために使うような、そんな兵器だ。

 なぜそんなものを用意していたのか、いや、そんなものを呼び出すためのリモコンを持ち込んでいたのか。

 これが分からない。

 どう考えても、俺相手に持ち出すようなものじゃないはずだ。


「とりあえず、ご自身の格好を見てから言って下さい。――では、再開しますよ」


 “銀鷲”が舞台に突き刺していた特大の両手剣を軽々と持ち上げる。

 取った構えは、アストラが最も多用している中段の姿勢。


「流石にアレは厳しいぞ!」

「はああああっ!」


 防御を固め、さらに〈守護者〉を全て集める。

 完全防御体勢に入った俺を真正面から貫くため、巨大な銀騎士は剣を構えて走り出した。



「なんですか、アレは!」

「しゅ、しゅみましぇん……」


 ここは“伏桶”を囲む観客席の一角。

 多くのプレイヤーが、突如現れた巨大ロボ――もとい、アストラの専用機に沸き上がっているなか、十人ほどの騎士団員が鬼の形相の副団長に詰められていた。

 アストラが呼び出した専用機“銀鷲”は、〈スサノオ〉にある本拠地〈翼の砦〉に駐機されているはずだった。

 それがなぜ、ここへ現れたのか。

 しかも、銀鎧や特大の両手剣などのアタッチメントを全て装備した、完全体だ。


「その、団長が念のためって……」

「副団長は忙しいから、言わなくて良いって……」

「くっ。あの馬鹿、なんてことを」


 しょぼしょぼと萎れる騎士団員は、騎士団専用のカスタムされた〈カグツチ〉を管理する特大機装鉄機兵隊の面々だ。

 アストラの密命により“銀鷲”を事前に準備し、彼の合図でカタパルトから発射させたのは、〈翼の砦〉に居る彼らの同僚たちである。


「まあまあ、副団長。結果的にレッジさんと良い勝負してますし」


 奥歯を噛み締めるアイを諫めるのは、彼女の副官でもある第一戦闘班のクリスティーナだ。

 彼女の声を聞いて少し落ち着きを取り戻したアイは、疲れた顔でリングの方へ視線を向ける。

 そこでは巨大な銀騎士と互角に争う、禍々しい鈍色の蜘蛛型の知り合いがいた。


「……なんなんですかね、アレ」

「情報解析隊の報告によれば〈換装〉スキルによってテントと合体した姿のようです。まあ、報告者も首を傾げていましたし、私もあんまり理解できていないのですが」

「私が言っているのは、それを使いこなしてるおじさんの方ですよ」


 アイの元に上がってくるレッジの情報の中に、あのような禍々しい形態はなかったはずだ。

 となれば、最近開発されたもの。

 恐らく、今日の試合に向けて、あのネヴァという生産者と共に調子に乗った産物だろう。

 更に言えば、彼は今回のイベントの主催者であり、目が回るような忙しさだったはずだ。

 当然、試運転などしている暇はない。

 それなのにぶっつけ本番で、あれほど上手く使いこなしているとは。


「あの人は、どんな頭をしてるんでしょうね?」

「さあ。あんまり知りたくもないですが……」


 アイのつぶやきに、クリスティーナは苦笑する。

 一応、情報解析班が必死になってデータを取り、解析を進めているが、それが役に立つかどうかは分からない。


「クリスティーナ、情報解析班に何か甘い物でも差し入れてあげて下さい」

「了解しました。近くの露店で色々売られているみたいですし、そこの鉄騎兵隊に走らせましょう」


 短時間にこの情報量をぶつけられれば、いくら糖分があっても足りないだろう。

 アイの労いに、クリスティーナも賛同する。

 クリスティーナがじろりと視線を向けると、正座で並んでいた騎士団員たちが慌てて立ち上がる。


「か、買い出しに行って参ります!」

「任せて下さい!」


 わたわたと走り出す団員たち。

 数分後、息を切らして戻ってきた彼らからアイも甘いお菓子を受け取る。


「なんか、ちょうど近隣一帯の甘味屋に大きい発注が掛かったみたいで、どこも大量に商品を増産してました」

「試合が盛り上がるほどに甘いお菓子が売れるみたいっすね」


 そう言いながら騎士団員たちが持ち帰ってきたのは、管理者たちの可愛らしいイラストが描かれた回転焼きだった。

 忙しい作業中の情報解析班でも、片手で食べられるようにという配慮だろう。


「管理者印の……回転焼きですか」

「え、今川焼きでは?」

「はあ? クリスティーナさん、これは大判焼きっすよ」

「は? 御座候ですが」


 ともかく、アイたちはソレを食べる。

 そうして、不安と呆れと期待と、様々な感情の入り交じった顔で試合の行く末を眺めるのだった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇管理者“小麦粉を主体とした生地に餡を入れて金属製焼き型で焼成した和菓子”

 とある和菓子職人が考案した、管理者のデフォルメイラストを焼き付けた和菓子。無用な争いを望まない、平和を願う店主によって、この名称が設定された。七個セットの管理者シリーズ、三個セットの指揮官シリーズ、十個セットのシスターズシリーズ、個別販売もあります。一つ450ビット。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る