第535話「魔獣の誕生」

 針蜘蛛形態へと移行した俺は更に加速する。

 LPを消費する小型ジェットはかなり燃費が悪いが、瞬間的に発動し、残りを慣性に任せる移動方法にすることである程度軽減できる。

 それよりも、そんなデメリットが些事に思えるほど、針蜘蛛の力は圧倒的だった。


「ほらほらほらほらっ!」

「くっ、速いッ」


 腕が八本に増えたことにより、通常の〈槍術〉テクニックなら八連、〈風牙流〉のテクニックでも四連で発動することができる。

 対するアストラは剣一本のみ、如何に鎧で防御を固めようとも、それを越える物量で殴れば問題はない。

 さらに、針蜘蛛のより大きな長所が一つある。


「表情が見えなければ、思考を読まれることもない!」


 俺の頭部はつるりとした流線型のヘルムですっぽりと覆われている。

 指揮系統であり弱点でもある頭部を守るための防具ではあるが、また別の役割も持つ。


「ほら、見えてるぞ!」

「かはっ!?」


 背後に回り込んだアストラを、ノールックで返り討ちにする。

 俺はいま、意図的に視界を封じている。

 その代わりに周囲に八つの〈観測者オブザーバー〉を展開しており、第三者的な視点から戦場を見ていた。

 これにより死角は消え、アストラの動きにも難なく対処できるようになっていた。


「だいぶ操作にも慣れてきたな。このまま押し切るぞ!」

「くぅ。……させませんよっ!」


 アストラの重い剣撃を二本の槍で受け止め、二本の槍で反撃する。

 現在の成績は二十勝二十敗。

 俺が針蜘蛛の動きに慣れるまでに多少の時間を要したが、コツを掴んでからはこちらの一方的な勝負になっている。


「ははははははっ!」


 舞台中央に立つアストラの周囲を、笑いながら回る。

 観客席も大いに盛り上がっているようだし、リングの側にいるアマツマラたちもこちらを見ている。


「あれ、なんかネヴァ捕まってないか?」


 客席の一角で、見覚えのある顔が並んでいる。

 そこにツナギ姿の悪友が正座しているのがちらりと見えて、一瞬意識が持って行かれた。


「隙ありっ!」

「ぬああっ!?」


 その瞬間、アストラが俺の頭を切り飛ばす。

 なんて卑怯な……。


「まだ試合数は半分もいってませんからね。ここから巻き返しますよ」

「ふっ。言うじゃないか」


 リスポーンポイントから立ち上がり、再び八角形の舞台の縁に沿うように走り出す。

 アストラは剣を構え、真っ直ぐにぶつかってきた。


「足下がお留守だぜ」

「分かってます!」

「なにっ!?」


 仕掛けていた地雷が起動する。

 その爆発をもろに受けて、アストラは吹っ飛ぶ。


「『一閃』ッ!」

「ぐわーーー!?」


 なんということか、アストラは俺が仕掛けた罠を利用し、こちらへ突っ込んできたのだ。

 予想外の動きにそのまま攻撃を受けてしまう。

 こっちはスケルトンの紙装甲なのだ、いつも以上に貧弱で、アストラの攻撃を受ければ一瞬で死んでしまう。


「卑怯だぞ!」

「まだ言いますか!」


 再びリスポーンポイントから飛び出す。

 今度は奴の動きを封じてからゆっくりと咀嚼してやろう。


「『強制萌芽』」

「もう対処できますよ!」


 ウツボカズラが割れ、猛毒が流れ出す。

 アストラはそれを飛び越える。


「滞空中は逃れられないぞ。『強制萌芽』」


 跳躍しているアストラを狙い、蛇頭葛の種瓶を投げる。

 瞬時に成長した巨大な蔦の硬質な先端部が、アストラの腹へと迫る。


「見えてる!」

「なにぃ!?」


 しかし、彼は空中で強引に身を捩った。

 迫る蛇頭葛を蹴り、更に高く舞台の天井に迫るまで跳び上がる。


「『回転斬り』!」

「ああああっ!」


 そのまま、彼は空中で剣を振るう。

 狙っていたのは俺ではなかった。

 俺の目となるドローン、〈観測者〉が粉々に破壊されてしまった。


「なるほど、目潰しは有効なようですね」

「だがドローンはまだまだあるぞ!」


 すかさず〈狂戦士〉を取り出して放つ。

 落下中のアストラに向かって、ヒートブレードの回転翼が迫った。


「お返ししますよ」

「うおわっ!」


 しかし、それをアストラは蹴り返してくる。

 的確に制御部分を蹴り壊してくれたおかげで、操縦も不能だ。

 俺とアストラの間で爆発するドローン。

 ダメージはないが、死角ができてしまった。


「二十三勝目!」

「がはっ!」


 俺はいつの間にか背後に回っていたアストラによって、胸を貫かれて死んだ。


「くそ、アストラが強すぎる!」

「お褒めに与り光栄ですよ」

「褒めてねぇよ……」


 学習能力を阻害し、速度を上げ、手数を増やしたというのに、それでもアストラに負けるようになってしまった。

 罠を仕掛けても、超人的な第六感か何かで察知されてむしろ利用されてしまう。

 この青年は予知能力でもあるのか。


「しかし、あれだな」

「はい?」


 リスポーンポイントの中で一息つく。

 我武者羅に飛び掛かっても、鎧袖一触で倒されるのでは意味がない。

 ひとまず流れを断ち切って、落ち着く必要があるだろう。


「やっぱり、俺は防御力が紙だ」

「それは……そうですかね」


 突然話し始める俺に、アストラは困惑しつつも付き合ってくれる。

 根本的なところで優しい青年だ。

 攻撃力は高いし、ことあるごとに試合を申し込んでくるのが玉に瑕だが。


「ていうか、アストラ。お前の攻撃力が高いんだよな」

「それはまあ……。曲なりにも〈大鷲の騎士団〉の団長をしていますからね」


 俺がBBを胸部に振っていない上、防具を脱いで機装だけの姿になっているのもあるが、それを差し引いてもアストラの攻撃は痛い。

 攻略組としてアタッカーとして、最前線で自ら切り込んでいく攻撃的なスタイルということもあり、彼はスキルから装備まで、全てを攻撃力の底上げに使っているのだろう。


「だから俺は避けるしかないわけだが、なんでBBを速度極振りにしてるのに追いつかれるんだかな……」

「レッジさんの動きは大体分かるようになりましたからね。先回りしてます」

「さらっと怖いこと言うなよ」


 行動が全て把握されているというのは、なかなかの恐怖だ。

 ただでさえ〈白鹿庵ウチ〉には読心術の使い手が沢山いるというのに。


「とにかく、避けるのが駄目なら、どうすれば良いと思う?」

「それを俺に聞きますか」


 アストラが困った様子で眉を寄せる。

 まあ、敵から助言を請われても反応に困るだろう。

 それでも、人の良い青年は正解を答えてくれた。


「やっぱり、防御を固めるしかないんじゃないですか?」

「だよなぁ」


 アストラの回答に、俺も頷く。

 相手の攻撃力が高く、速度でも勝れないのなら、対処法はただ一つ。

 ――相手の攻撃力を受け止められるだけの防御力を得ることだ。


「……まさか」


 ここに来て、アストラも何か感づいたらしい。

 俺を見て素早く臨戦態勢を整えた。


「ご明察。針は糸を走らせる。蜘蛛が編むのは巣だ」


 俺が舞台の外周をぐるぐると走り回っていたのは、ただ操作に慣れるためだけではない。

 腰の下に繋がる四本の先鋭形の足は、まさしく針としての役割もある。


「『領域指定』」


 仕込んだものを起動させる。

 半透明で極細の、非常に見えにくいシルバーストリングが、八角形の舞台を幾重にも巻き囲んでいる。

 それは領域を示す境界だ。

 外界と内界が、彼岸と此岸が区別される。


「『野営地設置』」


 リスポーンポイントの中ではアストラも手出しはできない。

 俺はゆっくりと、機体の構成を組み替えていく。


「これ、は……」


 アストラが愕然とする。

 周囲にも驚愕の声が広がる。

 その間にも、俺は無数の金属パーツを纏い付けていく。


「機装拡張纏衣式テント“荒雲”。破れるものなら、破って見せろ」


 八本の腕は健在。

 だが、下半身は大きく変貌している。

 蜘蛛のように膨らんだ胴体を、八本の脚が支えている。

 言い表すのならば、人蜘蛛。

 ケンタウロスの下半身が蜘蛛になったようなものだろうか。

 我ながら人の姿をかなぐり捨てているが、こうでもしなければアストラに勝つことはできないだろう。

 胴体部に仕込んでいるのは、小型のテントだ。

 これによって俺は高い防御力と自動回復能力を得る。

 さらに、舞台中に張り巡らせた極細のシルバーストリングの上を八本の蜘蛛脚で高速移動することができる。

 さらにさらに、舞台上は全て俺の“領域”の範囲内だ。

 自由に罠を仕掛け、起動させることができる。


「なんだか、本当にボス戦をやってるみたいですね」

「俺だってもう対人戦をやってる気分じゃないさ」


 胴体部が巨大化したことにより、身長は三メートルに達している。

 かなり高くなった視点からアストラを見下ろすと、少し新鮮な気持ちになった。


「ちなみに、変身はそれが最終形態ですか?」

「さてね」


 アストラの言をはぐらかし、リスポーンポイントから出る。

 それが、百本勝負四十四試合目のはじまりだった。



「で? アレはなんですか?」

「その、機装拡張纏衣式テント“荒雲”という感じの……」


 異形九割人形一割のクリーチャーと化したレッジと、神々しい光を纏う勇者のようなアストラが、広い“伏桶”の舞台上で激戦を繰り広げる最中。

 レティたちはネヴァを尋問していた。


「あれのどこがテントなんですか! 要塞おじさんっていうか、もはやおじさんが要塞じゃないですか!」

「だってぇ、レッジがいけるいけるって言うんだもん」

「だもんもカモンもありますか!」


 人差し指を突き合わせ、拗ねたように唇を尖らせるネヴァに、レティは耳をピンと立てて声を荒げる。

 舞台を取り囲む観戦者たちは、すでにPvPではなくPvEを見に来たノリで盛り上がっている。


「ああもう、めちゃくちゃだよ。レッジ、ちゃんと元に戻れるんだよね?」

「そ、そこは安心してちょうだい!」

「当たり前でしょ」


 これで元の姿に戻れなかったら、運営に報告しなければならない。

 ラクトが冷ややかな眼で見ると、ネヴァはうっと喉を詰まらせてしょぼしょぼと俯いた。


「けど、レッジもレッジよね。なんであれを使いこなせてるの?」


 エイミーが舞台上を眺め、呆れた顔で言う。

 八本の脚を動かし、レッジは舞台上を縦横無尽に駆け回っている。

 地雷や機銃といった罠も景気よく放出し、更にはDAFシステムまで展開している。

 恐らく、“荒蜘蛛”の内部に〈統率者リーダー〉も仕込んでいるのだろう。


「舞台、二人が戦うにしては広すぎると思ったけど、そうでもなかったね」


 唖然とした様子でシフォンがぽろりと言葉を零す。

 彼女の言うとおり、管理者と指揮官の十人が広々と踊れる広い舞台は、魔獣のようなレッジとアストラが戦いを繰り広げるにはちょうど良い。


「これは、レッジさんも後で問い詰めないといけないですね」

「まあまあ。楽しそうにしてるしいいんじゃないですか?」


 あれでは、一体どれほどの散財をしているか想像するのも恐ろしい。

 ぷんぷんと怒るレティを、トーカが苦笑して諫める。


「そんな訳にはいかないですよ。一応、レッジさんに財布を任されてますからね。それに――」


 言葉を区切り、レティは今一度レッジの方を見る。

 もはや普段の彼の面影は一切ないが、その動きはレッジそのものだ。


「どうせあれが最終形態というわけでもないんでしょう。試合はまだ半分も終わってないんですから」


 そう言って、レティは手に持っていた羊羹を囓った。


_/_/_/_/_/

Tips

◇管理者羊羹

 とある和菓子職人が考案した、管理者の姿を模した形の羊羹。それぞれ抹茶やソーダなど、管理者のイメージカラーに合わせた色と味になっている。七個セットの管理者シリーズと、三個セットの指揮官シリーズ、十個セットのシスターズシリーズ、個別販売も承っております。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る