第534話「第二形態」

 予想よりも早く防具を破壊され、スキンも剥がされたことによって予定が前倒しになったが、副腕の披露ができたのは満足だ。

 四本に増えた腕は問題なく動き、それぞれに短槍“刃鱗の機械槍”を握っている。

 〈剣魚の碧海〉のネームドエネミー“千鱗のカンノン”のドロップアイテムを用いた槍は、切れ味が鋭く扱いやすい。


「なんですか、その姿は」

「何って、ただ〈換装〉スキルを使っただけだが?」


 愕然としているアストラの問いに答える。

 〈換装〉は防具ではなく、機体そのものにパーツを追加するスキルだ。

 大抵は腕に銃を仕込んだり、足にバネを仕込んだりするところを、俺は肩に新たな腕を仕込んだだけに過ぎない。

 だが、その効果は絶大だ。


「いくぞ!」

「くっ!?」


 カカカカッ、と硬質な音が連続で響く。

 四本の腕、四本の槍から繰り出される連撃は、二本の腕、一本の剣だけでは防ぎきれない。

 しかもこちらは取り回しのしやすい短槍に持ち替えている。


「厄介な!」

「俺だってみすみす負けるわけにはいかないからな! 風牙流、六の技、『鎌鼬』ッ!」


 二本の槍を、二本の解体ナイフに持ち変える。

 この状態ならば風牙流のテクニックを二つ同時に発動可能だ。

 二連の『鎌鼬』がアストラを襲い、LPをガリガリと削っていく。


「なんのっ!」


 しかし、彼も伊達や酔狂でトップを張っているわけではない。

 強引に剣を振ることで纏わり付く真空の風を掻き消し、窮地から脱する。

 そのままノータイムで俺の元へと攻撃を繰り出すが、遅い。


「『無尽突き』ッ!」


 再び四本の槍。

 そこから放たれる無数の連撃がアストラを襲う。


「がああああっ!」

「『速贄』」


 下から槍で突き上げ、青年を宙に放り出す。

 急速にLPが消費して動けないアストラに、俺はとどめを刺した。


「六対六だ」


 その一突きでアストラがリスポーンポイントに戻る。

 なんとか〈換装〉スキルのお披露目で勝つことができて良かった。

 ポイントの中に立ったアストラが、悔しそうに俺を見ている。

 ここまで互角の勝負を繰り広げていることが、気に入らないのだろう。


「とはいえ、俺ももう限界だな」


 現在のLPは残りごく僅か。

 テクニックを使うだけでも死ぬだろう。


「よし。『袋突き』」


 俺は槍を一本、自分の腹部に突き刺す。

 何故か周囲のオーディエンスから悲鳴が聞こえるが、これも戦略の一つだ。

 〈槍術〉スキルのテクニックである『袋突き』は、自身を貫き背後の敵を攻撃する、といったものだ。

 いわゆる自傷技の一つであり、当然自分にもダメージがある。

 俺はこの技を使って自らリスポーンポイントに戻り、LPを全て回復したのだ。


「じゃ、次いくぞ」

「もう負けません」


 ぞっとするほど低い声と共に、アストラがリスポーンポイントを飛び出す。

 俺も同時に駆け出し、四本の腕に握った四本の槍を構えた。


「『貫穿突き』」

「見切った!」


 最速で放ったはずの槍から、アストラが逃れる。

 目の前から掻き消えた彼の青い瞳を探そうと視線を巡らせた直後、胸から剣が生えた。


「か、は……。速い……」

「もう負けない、ですからね」


 剣が引き抜かれる。

 攻撃力を上昇させるバフだけを重ねていたのだろう、余計な状態異常効果は何もないが、純粋にダメージが大きい。

 全身を襲う痺れは、一気にLPを消費した時の――。


「とどめです」

「させ、るか!」


 アストラが再び剣を振り下ろす。

 俺は咄嗟に、地面に仕掛けていた罠を発動させる。


「かはっ!?」


 飛び出したのは太い一本の木杭。

 それは的確にアストラの顎を狙い、打ち上げた。

 彼は綺麗に飛び上がり、空中でバク転し、超人じみた身体能力で着地する。


「また罠ですか!」

「お前こそなんだその馬鹿げたバランス能力は!」


 痺れが取れ、俺が攻撃を繰り出す。

 アストラはそれを避けながら、抗議の声を挙げていた。


「普通は倒れて大人しくとどめを刺される所だろ!」

「知りませんよ。こっちは必死になってるだけなんですから」

「必死なのはこっちだよ!」


 俺の繰り出す攻撃はことごとく当たらない。

 アストラは完全に四本腕の攻撃を見切っているらしい。


「くそ、学習能力が高すぎる」

「伊達に初見でボス撃破してませんからね!」


 アストラが優れたプレイヤーとして称される所以の一つに、初見のボスをその一戦目で撃破する場合が非常に多いということが挙げられる。

 彼は並外れた身体能力と優れた観察眼、そして怜悧な頭脳を総動員して、戦いの中で戦術を洗練させていく。

 敵の行動を繊細に読み取り、そこから隙を見出していく。

 だから、攻撃が当たらない。


「くぅ、小賢しい!」

「俺だって、こんなに考えながら戦うのは初めてですからね!?」


 もちろん、俺もできるだけ癖を変え、動き方を変化させながら戦っている。

 それでもアストラを捉えられないのは、彼が優秀すぎるせいだ。


「手数が足りない!」

「普通の倍も手を増やしてるくせに何言ってるんですか!」


 一瞬の迷いが命取りだ。

 俺が少し逡巡した隙に、アストラの剣が首を刎ねる。

 六勝七敗だ。


「いくぞ!」

「来いッ!」


 間髪入れず、再戦。

 今度はアストラのLPが少し削れているぶんだけあって、俺の方が有利だった。

 更に、俺は大胆に動きを変える。


「逆手!?」

「こっちはまだ対応できてないだろ」


 四本の槍を全て逆手に持つ。

 こっちの動きが大きく変われば、アストラの学習もまた振り出しに戻る。


「一本!」

「くっ」


 七勝七敗。


「まだ慣れないようだなァ! どうだ、対応してみろよ!」


 そのまま続けて一本。

 八勝七敗。

 カウントがこちらに傾いた。


「ご要望通り対処しましたよ!」

「ぐはーーー!」


 八勝八敗。

 逆手戦法もすぐに通じなくなるとは、改めて目の前の青年に戦慄する。


「じゃあ、次はドローンも参戦だ」

「それは卑怯でしょう!?」


 四本の腕に追加して、四機のドローンを投入する。

 こちらの思考負荷もかなり高くなるが、勝つためには仕方がない。

 戦いとは数なのだ。


「くっ、なんのっ!」

「ははははっ! どうだ、もう終わりか? 苦しそうだなァ!?」


 ドローンは〈守護者ガーディアン〉〈狙撃者スナイパー〉〈観測者オブザーバー〉〈狂戦士バーサーカー〉と様々な種類がある。

 その全てを一度に投入することはできないが、こまめに入れ替えるのは、アストラの戦闘学習を阻害するのに非常に有効な手段だった。


「ほらほら! 逃げろ逃げろ! 狙撃されるがな!」


 〈狂戦士〉の自爆を恐れて回避したアストラを〈狙撃者〉が狙い撃つ。

 〈観測者〉は俺の死角をカバーするし、〈守護者〉は盾となるだけではなく、アストラの足下で障害物としての役割も果たす。

 ドローン戦法は非常に上手く噛み合い、九勝、十勝、十一勝、十二勝と順調に勝ち星を重ねていった。

 しかし。


「――よし、もう大丈夫です」

「は?」


 その言葉を境に、全ての攻撃が当たらなくなった。

 死角から狙った狙撃は避けられ、狂戦士の捨て身の特攻は先んじて切り落とされる。

 あまつさえ、守護者などは向こうに足場として活用されまでした。


「うぎゃーーー!」

「うばーーーー!?

「あばーーー!?」


 九敗、十敗、十一敗。

 これまでの勝ちを全て塗りつぶすように、アストラの猛攻が俺を切り刻んでいく。

 どれだけ手を変え品を変え襲いかかっても、まるで思考が読まれているかのように、その全てが難なく対処されてしまう。


「思考――!?」


 ピンときた俺は、思わず手で顔を隠す。

 それを見たアストラが、にやりと笑った。


「まさか……スケルトン状態の俺の表情を読んでたのか――」


 スキンを張っていない素のままの状態の機体――スケルトンの機体は表情といったものがない。

 無機質な鈍色のデッサン人形のような頭に、小さなカメラアイが二つと口がついている程度だ。

 スケルトン愛好家の多くはその無骨な姿を好んでいるわけだが、大多数のプレイヤーには恐ろしい印象を与える。

 アストラは、そんな今の俺の顔を見て、そこから思考を読み、次の行動を予測していた。


「なんつー化け物だ……」

「レッジさんには言われたくないです――よっ!」


 驚愕の事実に思わず足が止まる。

 その瞬間、俺はアストラに殺された。


「これで十二勝十二敗。また互角ですね」

「全く、試合展開が速すぎるぞ……」


 得意げな顔をこちらに向けるアストラ。

 心底この試合を楽しんでいるのだろう。


「今や、レッジさんのことは全て分かりますよ。〈白鹿庵〉の皆さんより、俺の方がレッジさんのことを良く知っています」

「そ、そうか……」


 戦闘の中で高揚しているのだろうか、若干アストラの眼が怖い。


「なら、もっと知ってもらわないとな。――『機体換装』」


 そう言って、俺は


「なっ、第二形態!?」

「さっきまではただの肩慣らしだ。こっからが本番だぞ」


 バキボキと機体に内蔵されていた機構が展開する。

 背中が開き、中から更に四本の腕が現れる。

 更に足はそれぞれが前後に分割、変形し、針のような先鋭形の四本足になった。

 顔を流線型のヘルムが覆い、背中から小型のブースターが四機展開する。


「もはや人の形を成してないですよ……」

「めちゃめちゃ頭が混乱するよ。まあ、三回くらい負けた後は、それなりに戦えるようなるはずだ」


 八本の腕に、四本の槍と四本の解体ナイフを持つ。

 四本の足は歩くためではなく、舞台の上を滑るためのものだ。

 推進力は背後の小型ブースターに任せている。

 鈍色の異形機体。


「全身機装“針蜘蛛”ってな」

「ネヴァさんも随分張り切りましたね」

「いやぁ、二人とも寝不足でテンションが変になってたんだ」


 おかげで良いものができた。

 全ての展開が完了すると同時に、俺はリスポーンポイントを飛び出した。



「ネヴァさん」

「……はい」

「アレ、なんですか?」

「その、ほんと、一時の気の迷いというか……」


 “伏桶”を望む客席の一角にて、ツナギを着たタイプ-ゴーレムの女性が正座していた。

 彼女を囲み詰問しているのは〈白鹿庵〉の面々。

 理由はもちろん、突如リングの中で蜘蛛人間のような姿に変貌したリーダーについての弁明を聞くためだ。


「最初は副腕だけにするつもりだったのよ。でも、レッジが案外使いこなせてたから、興が乗っちゃって」

「その結果があれですか」

「はい……」


 レティは管理者の絵柄が焼き付けられたパンケーキを食べつつ、深いため息をつく。

 ネヴァは〈白鹿庵〉の専属生産者と言って良いほど、普段から非常に世話になっている人物で、レティ自身も感謝している。

 しかし、彼女がレッジと絡んだ時の暴走っぷりに頭を痛めているのもまた事実だった。

 普段はどちらも節度を持った大人なのに、何故か二人にしておくと小学生並の知性と大人の知能でトンチキなモノを作り出してしまう。


「どっからどう見ても、被検体に取り込まれた悪の科学者だよね」

「むしろ本望って感じの狂気が窺えるのも悲しいところですが」


 針のような四本足で舞台上に火花を散らし、背中の小型ジェットを焚いて機敏に駆けるレッジを見て、ラクトとトーカは複雑な表情を浮かべる。

 アレを作り出すネヴァもネヴァだが、アレを使いこなすレッジもレッジである。


「ちゃ、ちゃんと元には戻るから。安心して」

「当たり前ですよ!」


 へへへ、と怯えながら笑うネヴァに、レティは鮮烈な言葉で返す。

 アレから戻らなければ、レティが自らの手で壊す他ない。


「で、アレで最後なんですよね?」

「え?」

「アレ以外に何か仕込んでたりしないですよね?」

「……」


 問い詰めるレティの視線から逃れるように、ネヴァがすっと顔を逸らす。

 レティがすっと目を細め、顔を近づける。

 ネヴァの額から冷たい汗が伝った。


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Tips

◇管理者パンケーキ

 とある菓子職人が考案した、管理者の可愛いデフォルメイラストが描かれたパンケーキ。味はシンプルなパンケーキと変わらない。お好きなソースをかけて召し上がれ。一枚660ビット。


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