第533話「新たなる姿」

 衆人環視の中で始まったアストラとの百本勝負。

 最初の十戦は互いに様子見で進み、五勝五敗の引き分けとなった。


「いいのか、団長。俺みたいな一般人と互角の勝負なんかしちまって」


 三叉矛を構え、アストラを煽ってみる。

 挑発に乗ってくれれば対処もしやすいものの、流石にそれほど安直な展開は広げてくれない。

 彼は青い瞳を細め、柔和な笑みを浮かべた。


「いいんですよ。レッジさん相手に既に五勝も上げているんです」

「アストラが言うと皮肉にしか聞こえないなっ!」


 踏み込み、突き出す。

 前方直線上にある対象を貫く防御貫通技『鋭牙穿』を、アストラはひらりと避ける。


「『裂空』」

「ふおっ」


 すれ違うように放たれたのは不可視の斬撃。

 剣のくせに遠距離攻撃とは、この団長卑怯すぎる。


「正当なシステムに則ったテクニックですよ」

「ナチュラルに心を読むんじゃない!」


 アストラの足がポイントについた。

 仕掛けてあったトラバサミが、自動的に発動する。

 それに掛かれば1秒は動けない、ならば仕掛ける――


「もう掛かりませんよ!」

「はぁ!?」


 トラバサミが高速で閉じる。

 しかし、それよりも早くアストラが足を引き抜いた。

 鋼鉄の歯が空を噛む。

 仕留めるつもりで動き出していた俺は急には止まれない。


「六本目!」


 純粋な斬撃。

 肩から袈裟に切り裂かれ、俺はリスポーンポイントへと戻った。


「くっそ。なんつー反応速度だ」

「それこそレッジさんに言われたくないんですが。『裂空』ってかなり発生の早いテクニックなんですよ」


 アストラが呆れた様子で肩を竦めるが、そんなことは知らない。

 というか、空間の揺らぎを見ていればあれくらいは誰だって避けられるだろう。


「さあ、このまま五十一勝上げていきますよ」

「あ、過半数を獲れたら勝ちなんだな」


 てっきり百戦きっちりやるもんだと思っていたが、それでいいらしい。

 とはいえ、こっちもわざと負けるわけにはいかないが。


「『起動トリガー』」


 牽制がてら、リスポーンポイントの中から罠を発動する。

 シルバーストリングが射出され、アストラの体に絡みつかんと迫る。


「やっぱりそれは卑怯ですよ!」

「そう言うなら素直に掛かれよ!」


 アストラはそれをノールックで切り落とす。

 しかし、そっちはブラフだ。

 アストラの頭上に影が落ちる。

 舞台の屋根に隠していた、落石の罠だ。


「この程度で――」

「切ったら爆発するぞ」

「っ!?」


 その巨岩すら切り割ろうとしていたアストラに声をかける。

 銀に輝く刀身がぴたりと止まり、巨岩が彼を押し潰す。

 岩そのものの重量が発生させるダメージと同時に、岩を受け止めたことで生じた隙。


「まあ、嘘なんだが」


 僅かな隙を縫って槍で貫く。

 アストラのLPが七割ほどまで消し飛んだ。


「嘘は良くないのでは?」

「敵の言うことを信用する方が悪い」


 アストラが舞台の外へ岩を投げ捨てる。

 安全性を考慮した舞台なので、リングの外に飛び出した危険物は物質消去グリッドによって消えるため、安全だ。


「よし、じゃあ、やりましょうか」

「うん?」


 距離を取ったアストラがこちらを見る。

 軽く準備体操でもするようにジャンプを繰り返し、首をぐるぐると回した。


「今までのは序の口ってことか?」

「いやあ、ははは」


 笑いながらも否定はしない。

 少しカチンとくるが、納得もする。

 本気のアストラが俺程度に何度も負けるはずがない。


「『猛攻の姿勢』『両断の衝動』『猛者の矜持』『修羅の構え』『猛獣の牙』――」

「やっべ。風牙流、四の技『疾風牙』ッ!」


 唐突に始まった自己バフを止めるため、速攻を仕掛ける。

 ただでさえ強いアストラが更にステータスを強化しては、こっちは何もできなくなる。


「『猛獣の脚』『風読み』『宿りの炉心』」

「うっそだろ……」


 しかし、彼は自己バフを続けながら俺の攻撃のことごとくを避けてしまう。

 軽い身のこなしで、槍も罠もすり抜ける。


「――聖儀流、三の剣『神覚』、四の剣『神啓』、五の剣『神崩』、六の剣『神愚』、七の剣『神羅』、八の剣『神気』」

「待て待て待て待て! フルバフにも程があるだろ。弱い者いじめだぞ!」


 更に彼は〈聖儀流〉の強力なバフまで展開する。

 神々しく白い光を放ち、アストラは不敵に笑う。


「この程度はなければ、レッジさんも退屈でしょう」

「俺をどこかの戦闘狂と一緒にするな!」

「――聖儀流」


 アストラが正面に剣を構える。

 それだけで、警鐘がけたたましく鳴り響く。

 俺は周囲を見渡すが、逃れるための場所がない。


「くそ、狭すぎる――ッ!」

「一の剣、『神雷』」


 白い閃光が舞台を貫く。

 激しいエネルギーが一筋の軌跡に乗って放たれる。

 それは雷のような速度で俺に迫る。


「ッ!」


 激音。

 舞台の周囲に立つウェイドたちが驚いて蹲るほどの光が弾ける。


「おま、お前な……」

「……アレでも殺せませんか」


 ガラガラと崩れ落ちる、炭化したドローンの群れ。

 舞台中に隠していたドローン〈守護者ガーディアン〉のほぼ全てを集約し、なんとか攻撃を凌いだのだ。

 しかし、これなら素直に攻撃を受けておけば良かったと思うほどの惨状だ。

 せっかく仕込んでおいたドローンはほとんど使い物にならなくなったが、それはどうでもいい。

 それよりも――


「どうしてくれるんだ。ネヴァ特製の槍と防具と、あとスキンまでお釈迦だぞ」


 全身から焦げ臭い煙が立ち上がっている。

 なんとか『神雷』の直撃は免れたが、その余波だけでも絶大な攻撃になる。

 矛は折れ、“ブラストフィン”シリーズも消し飛んだ。

 何より、スキンが剥がれ、中の鈍色の機械体が半分ほど露出していた。


「これじゃどっかの殺人ロボットみたいじゃないか」

「レッジさんのスケルトン姿を見るのは初めてですね。なんだか新鮮ですよ」

「半分だけだろ。全く」


 幸い、『神雷』はただ攻撃力が馬鹿のように高いだけの剣撃だ。

 火傷や裂傷といった状態異常までは付与されておらず、LPはギリギリ多少は残っている。

 防具やらスキンやらが剥がれてしまったのは、恐らくその攻撃力によって一瞬で耐久値が削がれたことと、事前に掛けていたバフの一つ、『両断の衝動』の効果だろう。


「リスポーンしても武器と防具は戻らないんだぞ」

「すみません。試合が終わったら修理費はお渡ししますから」


 とりあえず殺しますね、とアストラがやってくる。

 俺はため息をついて、彼を迎え入れる。


「――別に要らないよ」

「なっ!?」


 ギリギリまで近づいてきたアストラ。

 間合いに入った瞬間、俺は

 青く輝く刃がアストラの胸を貫いた。

 バフのデメリットによってLPが減少していたアストラが、事切れる。

 リスポーンポイントに戻った彼が唖然としているのを見て、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。


「どうせ武器も防具もスキンも、百戦には耐えきれないと思ってたからな。ちゃんと準備はしてるさ」

「……そうでしたか」


 アストラの声が普段より幾分低い。

 どうやら、不意打ちで一本取られたのがショックだったらしい。

 死んでしまえば重ね掛けしたバフも消えてしまうしな。


「全く、こんな序盤に見せるつもりはなかったんだぞ?」


 そう言いながら、俺は残っていたスキンを剥ぐ。

 床に落ちた人工皮膚はすぐに光の粒子となって消えた。

 今の俺は、金属筐体が剥き出しのスケルトン姿だ。


「ッ! まさか!?」


 アストラが何かに気付いたらしい。

 しかし、俺はすでに動き出している。


「まあ、見てなって。――『機体換装』」


 カツカツだったスキルをどうにかやりくりしてねじ込んだ新たなスキル。

 〈機械操作〉スキルが細分化されると同時に実装された〈換装〉は、機体そのものを弄るものだ。

 防具を身につけないスケルトンの為のスキルと言っても過言でもないそれを採用し、ネヴァと開発を進めていた。


「まずは四本。いってみようか」


 両肩から新たな腕が伸びる。

 鋼鉄の腹腕の先には、短めの槍が握られている。

 一本の腕に一本の槍、合計で四本の槍の切っ先をアストラに向け、不敵に笑う。

 とはいえ、スケルトンの体では表情もあまり分からないが。



「うわ、何あれ」

「〈換装〉スキルによる腕の増加ですね。まさか、あんなものを仕込んでいたとは」


 “伏桶”を囲む客席の一角で、ラクトたち〈白鹿庵〉の面々もレッジの変身を目の当たりにしていた。

 彼女たちも知らない隠し種に、少なからず驚いている。


「禍々しすぎるでしょ」

「完全に主人公と悪役ですよねぇ」


 若干引き気味で言うラクトに、レティも頷く。

 金属の機体を剥き出しにして、肩甲骨のあたりから新たに二本の腕を生やしたレッジは、見た目にも恐ろしい。

 対するアストラが聖騎士のような姿をしているのも相まって、まるで王道ファンタジーの決戦の一幕のようだ。

 周囲の観客たちも驚きと混乱を隠せていない。


「あの副腕って、扱いが難しかったりしないの?」

「当然難しいでしょうね。単純に普段あるはずのない部位が増えてるわけですから」


 レティたちも〈換装〉スキルについては深く踏み込んでいるわけではない。

 それでも、四本に増えた腕の扱いが難しいことは直感的に理解できた。


「その割には、レッジさん普通に戦ってるよね」


 少なからずショックを受けた様子のシフォンが、変わり果てた叔父の姿を見ながら言う。

 リングの中のレッジは、四本の手に持った四本の槍を巧みに扱い、怒濤の連撃でアストラを圧倒していた。


「まあ、レッジはDAFも使いこなしてるしね」


 エイミーの言葉に、周囲のメンバーが揃って頷く。

 なんとなく、レッジならばぶっつけ本番で扱えていてもおかしくは無いと皆思っていた。


「〈換装〉と言っても、ほとんどの人は腕にロケット砲を付けたり、足にブースター仕込んだりするくらいなんですけどねぇ」

「まあ、手数が増えるのは強いよね」


 どう見ても悪役な自分たちのリーダーが、どう見ても勇者役のアストラを追い詰めている。

 その様子に複雑な感情を抱きつつ、レティは管理者饅頭を口に放り込んだ。


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Tips

◇管理者饅頭

 とある菓子職人が考案した、管理者の姿の焼き印が押された大きな饅頭。こだわりの皮はふんわりとしていて、中にはみっちりと具が詰まっている。粒あん、こしあん、チョコ、カスタード、ハバネロ、からし、抹茶、ゆず、サカナなど多くのラインナップがある。一個300ビット。


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