第532話「刹那の攻防戦」
八角形の舞台の上に、銀の重鎧で身を包んだ青年が立っている。
顔も厚いヘルムに覆われ見えないが、誰もがその正体を知っているだろう。
青いマントに描かれているのは、銀の翼を広げた大鷲――。
「さあ、始めましょうか」
「フィナーレくらい、すっきり終わらせて欲しいんだけどな」
ヘルムの下でアストラが笑っているのが見える。
こんなおっさんをいじめて何が楽しいのか分からないが。
「それにしても、随分と大仰な装備だな。初めて見るぞ」
槍を構えたまま、アストラに話しかける。
まだ間合いは広く、互いに睨み合っているだけの状況だ。
「“繊弱のハユラ”の幻鱗も使った、最新の装備です。正真正銘、俺の本気の装備ですよ」
「そんなものをこんな決闘で使うんじゃないよ。まったく」
「それだけの価値があると言うことです――ッ!」
はじまりは唐突だった。
タンッ、と軽快に床を蹴る音が響いたかと思うと、眼前に大鷲が立っていた。
「ッ!?」
それを避けられたのはただの偶然だった
いや、アストラが逃げる道を意図的に開いていたのだ。
「『風絶ち』ッ!」
「『ポールジャンプ』ッ!」
放たれる斬撃を、槍で床を突き跳び上がることで避ける。
それしか方法がなかったから仕方ないが、空中に留まるのは不利だ。
「『一閃』――」
アストラが剣を鞘に収め、再び抜く。
完璧な型と発声から放たれる神速の抜刀。
だが、そんなものは見慣れているのだ。
「『パリングスラスト』ッ!」
剣の切っ先を三つ叉の矛で捉え弾く。
ぶれる刀身を掠めるように槍を突き出し、胸を狙う。
「『虚刃影』」
「がっ!?」
だが、槍の穂先が届かない。
俺が腕を伸ばしきるよりも早く、アストラの剣が腹を貫いた。
「なんだよ、その技――」
「闘技場で覚醒した剣技です。フィールドでは使えませんが、
幻の剣を生み出し、囮に使う技。
確かに、エネミー戦ではほとんど意味の無い技だ。
「では、一勝貰いますね」
“八尺瓊勾玉”が埋まっている胸を肉厚な剣が貫く。
ウィークポイントを高い攻撃力で破壊された俺は、一瞬でLPを空にした。
「では、第二戦です」
「あと九十九戦も続くの、嫌すぎるな!」
死んでも生き返る。
管理者による支援を受けているこの戦いでは、デスペナルティなしで舞台端にあるリスポーンポイントから再び行動可能だ。
再戦のタイミングは両者がリスポーンポイントから出た瞬間。
試合終了は百回の勝負がついたその時。
「風牙流、二の技――」
流派技は型と発声の完成に時間が掛かる。
しかし、唯一安全なリスポーンポイント内なら焦らずに発動が可能だ。
「『山荒』」
後方に向けて放った長射程狭幅の範囲技。
細長く鋭い風が放たれ、その反動を受けて前方へと飛び出す。
「『三段突き』」
真っ直ぐに飛び込んでくる俺を、アストラは冷静に対処する。
瞬間的に放たれるのはほぼ同時の三点攻撃だ。
勢いのまま進む俺を狙う刺突攻撃。
「風牙流、三の技、『谺』」
それを、俺は仰向けに倒れ込む事で下に避ける。
同時に慣性に乗って舞台を滑り、アストラの懐に潜り込む。
三段突きは高速で突きを繰り返す剣技で、強力だが発動後の隙も大きい。
腕が伸びきり体勢の崩れたアストラに向けて、真下から二連の突きを送る。
「そんなもの――」
無理矢理体を捻って逃れようとするアストラ。
流石の判断力と素早さだ。
「『
「ッ!?」
だが、視線は誘導できた。
アストラの後頭部で爆発がおこる。
リスポーンポイントから出る時、風のエフェクトに紛れて射出していたドローン、〈
「『千鱗抜き』」
よろけるアストラの胸に矛を突き刺す。
頑丈な胸当てだが、防御貫通テクニックならば紙のようなものだ。
「くそ、まだ削りきれないか!」
しかし、攻撃力が足りない。
当たり前だ、俺はただの半分生産職の趣味ビルドなんだぞ。
「なんつー不利な戦いだよ――ッ!?」
ドローンの広げた煙の中から剣が現れる。
完璧に首を狙ったそれを避け、距離を取る。
「やっぱり、ヘルムは駄目ですね」
晴れた煙幕の中から現れたのは、柔和な笑みを浮かべ頭部を露わにしたアストラだった。
「良いのか? 防御力が下がるぞ」
「それより視界が制限される方が厄介なので」
鎧はゴツいが、いつものアストラと同じようなスタイルに戻った。
彼がいつも頭部の防具を外していたのは、視界の確保という理由もあったらしい。
「では、行きますよ――」
不敵な笑みを浮かべ、アストラが前傾姿勢を取る。
再び、強く舞台を蹴って前に出る。
瞬間。
「かかったな!」
粘着質な網が足下から広がり、アストラの体を包み込む。
アストラは驚いた様子だが、動けば動くほど網は体に纏わり付き、動きを阻害していくのだ。
「これは……」
「さっき距離を取るついでに仕掛けておいた。真っ直ぐ走ってきてくれて助かったよ」
粘着性発破網を足下に仕掛け、『罠偽装』で隠しておいた。
卑怯と言われようが、これが俺の勝つための手段だ。
幾重にも罠を張り、相手の視線を誘導し、できる限り有利な状況へと持ち込んでいく。
「これで一勝だな」
俺はゆっくりと歩み寄る。
ヌラヌラと粘着液を纏う網に捕らえられたアストラは、悔しげに俺を見上げていた。
体の自由を奪われた状態では、さしもの彼もなにもできない。
俺が槍で炉心を貫くと、呆気なくリスポーンポイントへと戻っていった。
「『ラッシュスラッシュ』『
「があっ!?」
直後、リスポーンポイントから飛び出し、高速移動系の剣技で瞬く間に距離を詰めたアストラによって胸を貫かれる。
驚愕に目を見開き、ぐんぐんとLPが減っていくのを感じながらアストラを見る。
彼は柔らかな金髪を揺らし、得意げな笑みを浮かべた。
「これで二勝です。油断大敵ですよ」
「ひ、ひきょう、な……」
「レッジさんには言われたくないです」
視界が暗転する。
次に目を開いた時には、リスポーンポイントの中にいた。
「『
「なっ!?」
リスポーンポイントの中から、地雷を起動させる。
アストラが死に戻る間に仕掛けておいた罠だ。
数にして三つ、その爆発をもろに受けたアストラは、一気にLPを五割削る。
いや、五割しか削れなかったと言うべきか。
「卑怯ですよ!?」
「リスポーンしても罠が残ってるのはシステムの仕様だからな」
アストラが何か喚いているが、聞こえない。
汚いと言われようが、これが俺のやり方だ。
「というか、LP五割削れてもいいハンデだろ!」
「流石にきついですよ!」
「寝言は寝て言え!」
リスポーンポイントから一歩出た瞬間、アストラが飛び掛かってくる。
あと九十七戦もあるのだ、サクサクと行こう。
「『強制発芽』」
「かはぁっ!?」
しかし、アストラは実直すぎる。
間合いを真っ直ぐに詰めてくるおかげで狙いが定めやすい。
彼の横腹に“蛇頭葛”の固い先端がぶち当たる。
なんとか受身は取っているものの、鞠のように舞台上を弾んで転がった。
「そこ、危ないぞ」
「え? うわっ」
アストラがすっ飛んでいった先に待ち構えているのは、凶悪なトラバサミだ。
床と同色に塗られ、隠されていた鋼鉄の牙がアストラの足に喰らい付く。
アストラが何とか外そうとするが、なかなか外せない。
「悪いな。罠はある程度の拘束が保証されてるんだ」
このトラバサミの場合、アストラのステータスを加味すれば1.3秒程度。
それだけあれば、残り4割5分程度しかない彼のLPは、俺でも削りきれる。
「よし、これで二対二だな」
「……やっぱり、レッジさんと戦うのは面白いですね」
アストラがリスポーンポイントの内側から笑う。
いつものような、穏やかな好青年の笑みではない。
ボスと戦っている時のレティのような、凶悪な殺意に満ちた笑みだ。
「勘弁してくれよ」
「できません」
俺が肩を竦めると、彼は即答する。
そうして、第五戦が始まった。
†
「始まりましたねぇ。地獄の百本勝負」
「そうですね。って、レティは何を食べてるんですか?」
「何って、観戦のお供ですよ」
〈スサノオ〉のイベントスペースに建設された特大型可動式舞台“伏桶”。
その周囲に、すり鉢状に作られた客席の一角に、レティたちは陣取っていた。
彼女は会場の周囲で売られていた軽食を山のように積み上げ、ハムスターのように頬に詰め込んでいる。
八角形の舞台の外縁では、ウェイドたちがファンサービスか客席に向かって手を振ったり、笑いかけたりしている。
しかし、特にアマツマラは舞台の内側――闘技場となった“伏桶”で始まった戦闘に興味を向けているようだ。
「開始三分と経たずに二勝二敗。レッジさん、ほんと強いですね」
「あれで趣味ビルドとか言うんですから、私たちの立つ瀬がないですよね」
矛と剣を激しく打ち合い、離合集散の激しい攻防を繰り広げている舞台を眺め、レティたちは眉を下げる。
方や最大手攻略系バンドの長であり、全プレイヤーから“最強”と称え称されている正真正銘のトッププレイヤー。
方や自称“趣味ビルド”のエンジョイ勢、最近腰が痛くて辛くなってきたと嘆くおじさん。
真っ当に考えれば、この舞台がただのいじめの現場――一方的な処刑場になってもおかしくない対戦表なのだ。
しかし、現実は違う。
搦め手も多用しているとはいえ、一介の“エンジョイ勢”がトッププレイヤーに既に二勝を挙げているのだ。
「おじちゃん、あんなに強かったんだ……」
「シフォンはレッジさんの戦い見るの初めてでしたかね。まあ、見ての通りですよ」
初めてレッジの戦いぶりを目の当たりにしたシフォンは、あんぐりと口を開けている。
普段の穏やかな姿からは想像もつかないほど、レッジは機敏に動き、アストラの猛攻を凌ぎ続けている。
自分はこの世界でそれなりに動ける方だと思っていただけに、彼女は色々と衝撃が大きかったようだ。
「会場も盛り上がってますね」
「賭けも始まってるみたいだね。レティはどっちに賭ける?」
「もちろん、レッジさんに全ベットですよ」
周囲の客席も、華々しいライブから無骨な決闘に変わった舞台に熱狂している。
オーケストラピットにいる楽団も、戦いに合わせて勇壮な曲を奏でていた。
「頑張れー! レッジさーーーん!!」
レティが立ち上がり、声援を送る。
舞台上で爆発がおこり、客席が大いに沸き上がる。
戦いは高速で進み、レッジとアストラの双方は互いに一進一退の攻防を積み重ねていった。
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Tips
◇管理者焼き
とある菓子職人が考案した、管理者の姿を模したカステラ焼き。ふんわりと柔らかく素朴な甘さでいくらでも食べられる。一袋500ビット。
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